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第76話 捕虜との会話

 現時点での捕虜は計七人だ。全員が個別に、地下の独房へと入れられている。

 それぞれに《封魔(マギシール)》で魔力は拘束済みだが、ボディチェックを念入りに済ませた上で、手足等の物理的な拘束までは施していない。

 加え、尋問・拷問等も行っておらず、閉じ込められている点を除けば、彼らは人道的な扱いを受けている。


 これら捕虜は、実際に行動を起こし、その上で捕らえられた者たちだ。革命勢力からすれば明確な敵ではあった。

 にも関わらず、こうして丁重に扱っているのは、いくつか理由がある。

 もしかすると、彼らの口から、何らかの情報が漏れるかもしれない……という淡い期待が、その理由の一つ。

 より大きな理由は、今も潜んでいるかもしれないお仲間(・・・)や、その背後にいる組織の心証のためだ。

 革命勢力としては、下手(したて)に出る考えはない。だが、協力あるいは利用できるものならそうしたい。そういった可能性を残すための措置だ。

 その可能性の一つに、今からリズが手を掛けていくこととなる。


 彼女は薄暗い地下牢へと近づいていった。念のための傭兵が二人、彼女の護衛として後ろについている。

 牢の前に着くと、中にいる青年が彼女らを眺めてきた。敵意を向ける様子もなく、落ち着いた様子で構えている。


 口を開くこともなく静かな彼に、リズはまず、怪しい人物の名前を列挙したリストを取り出した。これを丸め、鉄格子の間から彼に差し出した。

 紙を(いぶか)りつつも、彼は無言で受け取り、視線を走らせていく。

 最初は落ち着きを保っていた彼も、このリストにはさすがに驚いた様子だ。声を上げず、ただ目を見開いている。


「お仲間はいらっしゃるかしら?」


 リズが尋ねるが、反応はない。

 彼からすれば、どのようにこれらの情報を得たのか、まったく見当もつかないに違いない。青天の霹靂といったところであろうか。

 こうしてリストを見せてやることで、彼は仲間がゲロったと考えるかもしれない――そんな考えが、リズにはあった。

 ただ、彼は驚きこそ示したものの、少しずつ平静を取り戻していく。自発的に口を割る気はないようだ。


 そこで、リズは牢番役の傭兵に目を向け、開けるように促した。

 心配そうな彼が牢を開けると、リズはすぐにその中へ入り込み、彼女の合図を受けて再び牢が閉まる。

 手を伸ばせば(つか)みかかれる間合いだが、さすがに魔法を使えないとあっては、彼女に一矢報いようという気も起きないようだ。

――素手の勝負であっても、まず間違いなく彼女は負けないだろうが。

 入り込んできた若い娘に対し、むしろ緊張と警戒心を見せさえする捕虜に、彼女は言った。


「目を閉じてもらえる?」


「断ったらどうなる?」


 何かしらの駆け引きをねじ込める問いではあったかもしれない。

 だが、罰を考えるのも面倒になったリズは、苦笑いして「いいから閉じろってのよ」と言った。

 あくまで暴力の気配や敵意をチラつかせることのない彼女に対し、捕虜はその言に従って目を閉じた。

 その背後に回り込み、彼女は相手の背に《家系樹(ペディツリー)》を使っていく。


「名前と出身地は?」


「マルク・ルチアーニ、ブロヴィル出身」


 リストを見せられ、隠しきれないと悟ったのだろう。目にしているものと同じ言葉を耳にしたリズは、「ありがとね」と言って魔法陣を消した。

 彼の出身地は、このハーディングに隣接するクレティーユ領にある。おそらくは、そちらの領か……あるいは国に属する工作員と思われる。

 ここからが説得だが……とりあえず、彼女は問いかけた。


「どこの組織の人?」


「あのな……」


 そこでリズは、例のリストをにこやかに指差した。この思わせぶりなポーズに対し、マルクは彼女の想像よりもずっとそっけない。


「今更、俺に尋ねる理由は何だ?」


「念のためよ。立場が弱いヤツからも吐かせて、裏を取りたいの」


 サラリと口にしたリズだが、その“弱い立場”にあってなお洞察力を見せるマルクには、心の中で感嘆の念を抱いた。彼の口から、情報が漏れ出る気配はない。

 彼はおそらく、リストの不自然さに気づいたのだろう。


 お仲間が相当数、実名と出身地を明らかにされていることは疑いない。

 ただ、このリストの大部分は、彼にとって他勢力と思われる潜入者たちだ。複数勢力が入り交じるように思われるこのリストを見た彼は、仲間たちが口を割ったわけではないと察しがついたのかもしれない。

 そこでリズは、細く長いため息をついた後、口を開いた。


「では、質問を変えるわ。あなたの組織が目指すところは何? この革命勢力と、協力し合える余地はあると思う?」


 マルクは、押し黙った。

 囚われの身となった今、それでも彼にできることがあるとすれば……リズたちをうまいこと動かし、所属する集団の利になるように取り計らう事だろう。

 考え込む彼に対し、リズは脈ありと考えた。彼女は「仲良くしましょうよ」と、冗談っぽく語りかける。

 対するマルクは、それをやや苦味のある顔で笑い飛ばし……口を開いた。


「一つ聞かせてくれ」


「何?」


「あんた、この辺りの人間じゃないだろ?」


「どうして?」


「この辺りの生まれだったなら、こんなことになる前に、軍や諜報で活躍しているはずだからな」


 言われてみれば、である。「それもそうね」とうなずくリズに、マルクは尋ねた。


「どうして、ここまでするんだ?」


「質問、一つじゃなかったの? いえ、まぁいいか。ラヴェリアが気に入らないから、こっちに手を貸してるの。ハーディング領の乱れがラヴェリアの国益に(つな)がる……あなたならわかるでしょ?」


 問いに対し、彼は苦い表情になってうなずいた。「我々もそうだ」と、言葉を足して。

 そして彼は、言葉を選びながらも、話を続けていった。


「革命によって、この領内が混乱に陥れば、ラヴェリアにとっては格好の攻め時になる。ラヴェリアが攻めて来たなら……クレティーユにとっても、他人事ではなくなる……わかるだろう?」


「それはもちろん。では、混乱少なく革命が成就したら?」


 この言葉を、マルクは「夢物語だ」と一笑に付した。

 しかし、真顔で見つめてくるリズの圧に耐えかねたのか、上っ面の笑みが一気に引いていく。彼は真面目に考え込み、やがて口を開いた。


「革命の終着点はなんだ?」


「領主を始めとする領内の権力者を交渉の席に着かせ、政治に民意を反映させることよ。結果として、権力者の失脚に発展する可能性は高いでしょうね」


「成り代わることを目的にしているわけではないのか?」


「私はそのように聞いているわ」


 すると、捕虜は「そうか」と答え、ややあって言葉を続けた。


「クレティーユにとって一番いいシナリオは、ラヴェリアが勝手に矛を収めてくれることだ」


「夢物語ね」


 意趣返しのようなリズの返答に、捕虜は「そうだな」と苦笑いしつつ、話を続けた。


「次善は、クレティーユの意向を反映させられるような新体制が、このハーディングに樹立することだ」


「革命に便乗したいのね」


「極めて目の薄い賭けだが。それよりは、可能性の大きい方に賭けていただけのことだ」


「そっちの賭けってのは?」


 牢の外から声が挟まれてきた。思わずといった感じに漏れ出た声だったのだろう。

 問いかけてきた本人は、「しまった」とばかりに口をつぐんだが、リズとしては好ましい態度のように思われた。

 捕虜のマルクにとっては、なおさらかもしれない。彼は無意識なのかもしれないが、先程よりも少し声を大きくして言った。


「革命が中途半端なところで立ち消えるのが、一番あり得そうな見立てだ。もっとも、それで混乱が終息したとしても、領内の力が損なわれていく展開は避けられないだろう。いずれ、ラヴェリアの軍門に屈する日が来る。クレティーユとしては、革命の妨害は延命策にしかならない可能性が高い。それでも……他の賭けよりは手堅いものだった、はずだ」


 出任せの言葉ではないだろう。言葉を進めるにつれて苦々しくなっていく彼は、最後に少し体を震わせて口を閉ざした。

 そんな彼に「ありがとう」と答えたリズは、少し間を空けて問いかけた。


「協力し合えると思う?」


「わからん」


「おいおい」


 外からツッコミが入るが、マルクはいたって真面目だ。


「何しろ、俺はこんな状態だからな。気弱になっている部分はあるし、それでも故郷へ貢献したい思いもある。俺からすれば、協力するのが今では一番有意義に思える。だが、組織としての見解が同じとは限らない」


「立場や視点が違えば、考えることも違うでしょうしね」


 含みを持たせたような物言いに、マルクは渋い顔になり、うなずいた。


 彼の相手はここまでと考え、リズは立ち上がった。

「話してくれて、ありがとね」と、笑顔で声をかけると、うつむき加減な彼の口から、「ああ」と言葉が漏れる。


 牢から出た彼女は、次の牢へと目を向けた。ここまでの話が聞こえていたのは間違いないだろう。

 実際、牢番を務める傭兵たちは、捕虜たちにそれと気づかれないよう、耳を澄ませるようなジェスチャーで伝えてきた。


(事前情報ありなら、そこまで揺さぶられないかしらね……)


 インスタントに情報が(こぼ)れ出るという幸運は、あまり起きそうにない。

 それでも、マルクの言葉は正直なものだという実感が、リズにはある。彼を派遣したクレティーユ領の立場が把握できたのは、決して無駄ではない。

 この先の聴取にあまり期待はしない彼女だが、とりあえずの前進だけは感じつつ、次の牢へと足を運んでいく。

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