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第75話 検査結果とその先

 夜が明け、少しずつ空が白んできたころ、リズたち検査隊は砦の会議室へ向かった。

 朝早い時間帯ではあるが、会議室には数名の幹部が常駐している。リーダーであるクリストフはきちんと寝かせ、早朝からの指揮代行はクロードが担当しているところだ。

 リズはまぶたを軽くこすって、彼に検査結果の表を手渡した。


「どうぞ」


「お疲れさん」


 受け取った紙をペラペラ(めく)っていくクロードは、少し読み進めてから「結構多いな」とつぶやいた。

 彼に顔を寄せるようにしてリストをのぞき込む他の幹部たちも、少し顔が険しくなっていく。


 検査によって、疑わしいと浮かび上がってきたのは、20名ほどだ。

 これでも、全てを洗い出せたとは言い難い。全員分の検査をできたわけではないし、別の懸念もある。

 怪しい人物の判定要素は、偽名を使っているかどうか、国外の人間かどうかだが……別段怪しい要素のない出身地で、しかも本名を使っている諜報員も、ありえないわけではないのだ。


 もっとも、検査できた人数を踏まえれば、これで大半を洗い出せたという感はある。

 リストをざっと見たクロードは、リズに顔を上げて尋ねた。


「夜中はちょっと……って連中もそこそこいたが、そっちは普通に呪いの検査だけにするか? その方が、潜入している奴らも安心するだろ?」


「それは確かに」


 クロードの提案に、リズはうなずいた。

 全員検査という強行策を、怪しむ者もいたかもしれない。その疑義を払拭するためにも、衆人環視下でまっとうな呪い検査だけを行う意義はある。一般的な構成員の安心にも(つな)がるだろう。

 《家系樹(ペディツリー)》検査の取りこぼし分となるのは確かだが……

 仮に、その中に本当に諜報員が紛れ込んでいる場合、明らかに警戒しているであろう相手に、《家系樹》の検査強行することで、予期せぬ事態が引き起こされるリスクはある。人前であれば、騒ぎにもなるだろう。

 となると、《家系樹》未検査の班については、「やや怪しい」程度の監視対象に定めておくのが、穏当な措置と思われる。


 この場の幹部・傭兵は少ないものの、とりあえずの方向性として合意に達した。

 取りこぼしを防ぐための強行策は取らず、現状で得られた情報をもとに諜報戦を対処していく、と。


「ま、これをどうやってうまく使うかってのが、面倒な話ではあるんだが……」とクロードは苦笑いした。

 実際、このリストが交渉や説得の材料になる可能性は高いが、やり方次第であろう。

 リズとしては、考えがないこともないのだが……彼女ら検査隊の三人に向かって、幹部の一人が口を開いた。


「夜通しの作業、本当にお疲れさまでした。ゆっくりと休んでください」


「そうですね……」


 実を言うと、リズは作業中に何度か、ごく短い仮眠をとってはいた。

 より正確に言えば、寝ながら頭の中で情報を整理しつつ、後の動きの段取りをつけていたのだが。

 これは、構成員名簿を魔力で書いてもらったおかげで、彼女自身の中にまるごと取り込めていた強みである。

 そういう意味では、寝たような寝てないような……といったところだ。


 多少の仮眠を取りつつも、夜通しの作業には変わりなく、助手の二人はよく動いてくれた。

 改めて二人に向き直り、リズは「お疲れさまでした」と声をかけた。傭兵のシモーヌは、まだまだ動けそうではあるが、さすがにナタリーは辛そうで、力なく笑うばかりだ。


 さっそく、きちんとした睡眠を……といきたいところだが、リズには懸念はあった。

「外で何か動きは?」と問いかけたところ、傭兵からすぐに返答が。


「怪しい動きは何もないな。夜襲ぐらいやるもんだと、身構えてた部分はあったが……」


「壁に明かりをつけまくったのが良かったのかもな。カカシで人影作ったのも、割と効いたかも」


「なるほど……」


 初日だからこそ、気を抜かずに警戒しているポースを、外に見せていたというわけだ。

 もっとも、砦をあっさりと手放したように見える正規軍が、実際にどこまで本気で戦うつもりなのか、未だに読めない部分はある。

 そういった読み合いを仕掛け、動くに動けない状況を作ろうというのかも……


 つい考え込んでしまう頭を軽く振って、リズは口を開いた。


「お言葉に甘えて、さっさと寝ちゃいます。お昼には起きますから」


「了解。工作員対策はそれからだな。リーザが起きるまで、他の準備を整えておくよ」


「ええ」


 こうして情報の引き継ぎが終わり、リズたち三人は会議室を後にした。



 夜明け頃に寝付いたリズは、事前の宣言通り昼前に起床した。夜通しで魔法を使い続けたものの、目立った疲労感はない。

 あてがってもらった個室の中、彼女は寝起きの柔軟を始めた。

 狭い部屋だが、特別扱いではある。大半の構成員は、男女で部屋を分ける配慮はあるが、基本的には大部屋で雑魚寝なのだから。

 寝起きの身支度を軽く済ませ、彼女は部屋を出た。


 部屋も廊下も殺風景だが、それでも砦の様子は昨日とまるで違って見える。

 自勢力が拠点を得たという事実は、この革命に関わる者たちを強く後押ししたようだ。確保に至るまで陰気でしかなかった砦に、生きた人間の活気が満ち溢れている。

 こういう変化に手ごたえを覚えながら、リズは会議室へ向かった。


 会議室の方は、主だった幹部と傭兵側の指揮者が勢揃いといったところだ。

 砦の占拠に伴い、引っ越したりリズが倒れたりと、かなりドタバタが続いていただけに、今ようやく腰が落ち着いた感がある。

 リズを待つばかりであったのか、彼女が席に着くと、さっそくクリストフが口を開いた。


「まずは、監視の報告から」


「川向こうの森に、やはり伏兵がいるようだ。今日の朝方から、引き払う動きが見られたが……誘いかもしれん」


「ま、この砦にも罠はあったしな」


 ただ、近辺の兵力を減らしているというのは間違いないようで、他から攻めようという動きも見かけられないらしい。となると……


「野戦に備え、戦力温存……ということでしょうか」


「たぶんな」


 クリストフの言を、傭兵たちの一応のリーダー、ダミアンが認めた。


 現状において、すぐさま戦闘に入るような懸念はない。

 ただし、腰が引けたように見える正規軍の動きが、なんとも不気味ではある。


 油断せず、引き続き外を警戒することを再確認した上で、議題は次に移った。捕虜の扱いと、紛れ込んでいる諜報員らしき人物のリストについてだ。

 まず、リズたちが調査したものを改めて清書した書類が、各員へ回されていく。


 やってきた紙に目を落とすリズ。そこには書かれていたのは、疑わしいところのある者たちの本名と出身地で、いずれも生まれは国外である。

 その中には、ラヴェリアという単語もある。


 諜報員を通じて関与していると思われる諸国の内、目につくのは近隣の小国だ。革命の結果によっては色々と巻き込まれかねない立場にある。

 その国力を考えれば、革命に干渉しようというのではなく、情報を得た上でどうにかうまく立ち回ろうといったところか。

 海外から関与している国はと言うと、ルグラードにとっては交易相手といったところ。商人の出自が多い革命幹部たちからしても、なじみ深い国々だ。

 こういった国々が悪意を持って紛れ込んでいるというのは、あまり考えたくない話ではある。

 おそらく、今後のビジネスの方向性を定めるための情報収集にと、諜報員を紛れ込ませているのだろう。会議ではそのような見解に落ち着いた。


 問題はラヴェリアである。


 同国でも、この革命に対するスタンスは二分されている――そういった強い確信がリズにはあるが、この場の幹部たちの認識はどうであろうか?

 仮に、ラヴェリアの全てが敵だと判断されれば、同国での派閥争いを逆用するのが難しくなる。

 かといって、こういった事情について、説明次第ではリズの信用を失いかねない。下手をすれば、色々と話さざるを得なくなるかもしれない。


 この後の話の流れに、人知れず気を揉み、話の流れを急いでシミュレートしていくリズ。

 だが、意外にもすぐに助け舟がやってきた。こういった剣呑な分野における情勢に詳しい者たちが、ちょうど同席しているのだ。


「ラヴェリアからのお客さんは、たぶん、主戦派と非戦派が混ざってるっぽいな」


「だなあ」


 声が出たのは傭兵たちの側である。すかさず、それらの単語に耳を傾ける革命幹部たち。

 そこから傭兵たちが説明していった内容は、リズの認識とほとんど変わらないものであった。

 むしろ、今の情勢に明るい傭兵たちの方が、情報の鮮度が高くさえあったかもしれない。


「ラヴェリアじゃ、軍部でも派閥が分かれててなあ。声が大きくて強気なのは主戦派なんだが、割と冷めた感じの派閥もあるんだ」


「国境防備の部門とかな。そういう部署の方が柔軟な指揮官が多く、傭兵とも繋がりがあってよ」


「あまり戦うのが好きじゃない将軍さんの方が、お得意さんってわけだ」


 傭兵たちから話される実情に、耳を傾けていく革命幹部たち。

 こうして、リズの口から色々と開陳することなく、ラヴェリアについての認識を共有することができた。


 では、これら諸勢力に対してどのように対応するか。まずはクリストフが、彼なりの見解を示した。


「ラヴェリアから紛れ込んでいる者が、どちらの派閥か判別できないとなれば、接触するだけでも危ういと思います。現段階では避けるべきでしょう」


「主戦派の諜報員に、『バレた』と思われて刺激になっては……ってことだな」


 実のところ、この革命が遂行されることを望んでいるようにも思われる主戦派だが……考えが読めない部分は未だにある。

 そちらへのアプローチは考慮せず、別勢力への干渉を先にした方が好ましいと思われる。

 そうした他勢力への行動指針について、クリストフは言葉を続けていく。


「できれば、協力関係に持っていきたいとは思います。事が終わった後のことも考えると、なおさらです。ただ、それが(かな)わないのなら、諜報員と思しき者については、捕縛して黙らせておくしかないと考えます」


「……処刑とか見せしめとか、そういうのはしないんだな?」


 傭兵の長として、ダミアンが口にした。場がピリッとした緊張感に包まれる。

 この問いに、クリストフは首を横に振った。


「見せしめによって敵が増える恐れがあります。現場ではなく、僕らの外側に、です。それよりは、相手に恩を売りたい。それに、掲げた看板を偽ることが、長期的には不利になると考えます」


「なるほど。いや、考えがあるのならそれでいいんだ。俺たちとしても、処刑とかは気持ちがいいもんじゃないからな」


 ダミアンが返答すると、他の傭兵たちもうなずいた。手を染めるなら自分たち、そういう意識があったのだろう。

 諜報員たちを野放しにできないのは確かだ。一方で、怪しい人物はリストアップできたものの、絶対の確証があるわけではない。あくまで、疑わしいと思われるだけの材料が手元にあるだけだ。

 ここでの対応を誤れば、組織として瓦解しかねない。その点をクリストフが指摘していく。


「諜報員への対応は、一般構成員には知られないように、慎重に済ませていく必要があると思います」


「不安にさせるからか?」


「その程度で済めばいいのですが……不安に駆られて勝手に犯人探しを始めるかもしれません。それだけは避けたい。誰か″怪しいの″を吊るし上げて私刑にかけ、それで何かやった気分になられても困りますから」


 基本的に温和で物腰柔らかなクリストフだが、その口から語られたシビアな物の見方に、リズや傭兵たちの口から感嘆のため息が漏れ出る。


 砦という軍事拠点を得た革命勢力だが、先行きが不透明なのは否めない。全体として高揚感と不安が入り混じっている。

 この革命の目標は、領主等を会談の席に着かせ、租税等の見直しを迫ることだが……それまでに軍事的衝突が発生する可能性は極めて高い。


 そんな革命が、果たして成るかどうか――大きすぎる目標を前にして、異分子の排除という小目標が現れれば、そちらに人心が傾く可能性はかなり高い。

「自分も何かしなければ」といった使命感と焦燥感の矛先として、格好の的だからだ。

 こうした内輪もめによる暴力の発露がエスカレートすることで、内部分裂に発展する可能性も、決してゼロではない。


 クリストフが表明した諜報員への対応については、実際、甘い部分もいくらかあっただろう。

 一方、人間集団に対する彼の視点は、かなり厳しいものがある。理念によって集まった集団だが、彼はそれを過信していない。

 とはいえ、決して構成員たちを低く見ているわけではなく、人間というものについての冷静な価値観を持っているように思われる。


 革命を率いる彼の言葉に対し、異議の声は上がらなかった。傭兵たちも、彼の見解には納得いった様子である。

 では実際、どのようにして諜報員への対処を行っていくか。そこでリズは手を挙げた。


「まずは私が捕虜を説得してみます」


「なるほど。例のリストを持参して、か」


「もちろん」


 元はと言うとリズの一存で助命されたような捕虜たちである。おそらく、今は諜報の命令系統から遮断されていると思われ、その点も都合がいい。

 怪しそうな人物の目星もついており、変に干渉されることもないだろう。


 リズの名乗りに対し、彼女に面倒な仕事がちょくちょく回っていくことについて、クリストフは心底申し訳なさそうな顔になったが……

「ちょっとお話しするだけですよ」とリズが笑うと、彼も少しだけ表情を崩した。

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