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第73話 しらみ潰し検査①

 呪いの検査と称した夜間の全員検査を前に、やるべきことは多々ある。

 中枢幹部の多くは、一般の構成員に向けた説明のための準備に入った。ここでの説明が、作業をスムーズに済ませることができるかどうかの分かれ目になる。

 この説明について、リズはあまり心配していなかった。表面的には皆を(おもんぱか)るような口実があるからだ。

 それに、革命の中枢部に対する一般構成員の信頼は、同郷ということもあってか確かなもののように思われる。街の人間としての気質もあるのかもしれないが、事が荒立てられる心配はないだろう。

 彼女はそう考え、自身の側の作業に気を向けた。


 彼女の他には、傭兵の多くが書類仕事――革命参加者の名簿作りに駆り出されている。

 この革命勢力は、集団行動を円滑にするためにと、班や隊といった形で小集団を構成している。その把握を助けるためにも、今回の名簿作りは、いずれやらなければならない作業であった。

 そこで、今回の全員検査を前にちょうといいタイミングだということで、傭兵の多くを借り出して作業しているというわけだ。


 こうした傭兵たちは清書係だ。簡易的な組織図やメモを参照し、清書用の紙に魔力の筆で、各班・隊の名簿を書き写していく。

 魔力で書いてもらうのは、その方が後で色々と便利だからだ。リズが歩く魔導複写機というのは、革命幹部と傭兵たちに知れている。


 傭兵が記入係になる傍ら、革命の幹部にも仕事はある。組織図や班等の構成を照らし合わせつつ、現時点での正確な情報をまとめ、清書部隊に渡しているのだ。

 革命が起きてまだ日が浅く、この革命勢力は、言ってしまえば走りながら拡大してきたような集団である。砦への道中で参加した者も相当数いるし、この砦の中で構成が決まったという班も少なくない。


 そんな状況ではあるが、事務方の動きは忙しそうにしつつも、さほどの混乱はない。

 彼らの働きぶりを目に、それぞれのできることを持ち寄って、この革命が形を成している……そういう念をリズは新たにした。

 すると、清書部隊の彼女に、すっかり打ち解けた傭兵の一人、マルグリットが声をかけた。


「リーザは、仮眠でもとったら?」


「いえ、大丈夫。夕食をとったら、だいぶ楽になったから」


 実際、戦闘による疲労は一過性のものであった。気疲れの方が大きかったかもしれない。

 それに、今後の算段について話がまとまった後、肩の荷がだいぶ下りた感じも確かにあった。

 万全というわけではないが、休まなければというコンディションではない。


 そんなリズからすれば、こういう作業を通じてのコミュニケーションの方が重要に思われた。

 一緒に作業する傭兵たちは、信頼のおける戦力集団ということで、主導部に次いで情報を与えられている集団だ。

 清書作業に関わらない者にも、重要な役目が与えられている。たとえば、捕虜の見張りなどだ。捕虜の倍の人数を投じ、地下牢の前に張らせている。

 そちらから、特に報告が上がってくることはないが……清書部隊の中から、ポツリと声が上がる。


「現時点では、連中の処遇は保留なんだよな」


 この言葉に、幹部の一人が書類を手慣れた所作で仕分けしつつ答えた。


「はい。今回の検査で全体像が明るみになった上で、改めて決めればよいと」


「なるほどね。ニ転三転しても困るか」


 もちろん、早くにスタンスを定めたいという思いは、主導部にある。

 ただ、追加情報を得られる可能性を目前にして、ひとまずの結論を出すのはリスクがある。朝令暮改のような流れになれば、革命勢力内で不和が生じかねず、そこを突かれる恐れがあるのだ。

 そういう懸念を考慮に入れた上での保留であった。


 こうした対応を、傭兵たちは逃げ腰と取らなかったようだ。クライアントに対する苦言は出てこない。

 意見があれば遠慮しないでほしいと、革命主導部からの通達はあるのだが。


 主導部の決定に不満の無さそうな傭兵たちではあるが、それでも気になるものは気になるらしい。そこかしこで、捕虜や潜伏中と思われる工作員についての会話が交わされている。

 すると、話はリズの方へと飛び火した。


「へい、大将。例の魔法で出生地を暴くんだよな?」


「ええ」


 例の魔法というのは《家系樹(ペディツリー)》のことで、この場の傭兵全員にやってある。

 というのも、彼らが自分の興味から、我も我もとリズに頼んだのだ。

 中には、本当の出生地を知らないという者や、拾われる前の名前を知らないという者もいた。そんな彼らの秘された真実が明るみになって、やや湿っぽくも感謝される一幕も。


 相応に魔法への理解があるであろう傭兵たちも、この《家系樹》については知らなかった。時間系統の禁呪ということで、系統まるごとが世の中から秘匿されているも同然。知らなくて当然ではある。

 そんな“奇妙でニッチな魔法”を操れる人材ということに加え、先立っての死霊術師(ネクロマンサー)との戦闘も相まって、リズへ向けられる興味関心の念は強い。

 そうして作業を進めていく中で雑談が花咲き、しばしば彼女へと、お声がかかる。たとえば――


「革命が終わったら、何か予定とかは? 良かったらダンジョンでも潜ろうぜ」


「ナンパか?」


「なわきゃねーだろ」


 軽口が飛び交い、場が少し盛り上がる。

 実際――ナンパはともかく――リズとしても、いつかはそういうダンジョンを攻略しようという考えはあるのだが……


「興味はあるけど、他にもまだ色々とやりたいことがあって。ごめんなさいね」


「フラレてやんの」


「うっせぇわ」


 ナンパだのなんだの、そういう言葉が自然と飛び出て、場に馴染んでいる。

 高嶺の花のような扱いのリズだが、別に悪い気はしなかった。

 変に勘違いさせないよう、澄まし顔であしらう程度の処世術は心得ているが。



 人海戦術と事務方の仕分け能力の甲斐あって、書類仕事はどうにか完了した。こちらに記載されている名義と、魔法が明るみにする本当の名前を、リズが照らし合わせていくこととなる。

 清書が終わってから少し後に、説明等の諸々も完了したようだ。合流してきた幹部の口から、事の顛末(てんまつ)が語られる。


「この検査自体は、全体としてかなり好意的に受け止められた。ただ、寝ている時にゴソゴソされたくないって声はあったね。あと、『自分の班は受け持つよ』って声も」


「そのあたりは織り込み済みでしたが……割合としては?」


「百人いかないぐらい、ところです」


 そう言って手渡されたメモに、リズは目を通していく。

 翌朝、相手が起きているうちに検査することになる者、リズの手を離れて検査される者とが、班の単位でリストアップされている。

 そして、砦の中における、そういった班の所在地の記載まで。

 班単位で固まって行動する都合上、把握するのは容易だろうが、ちょっとした気遣いをリズはありがたく思った。

 もっとも、礼には及ばないという。


「疑っては悪いだろうけど、警戒が必要な班ではありますし。所在を掴むのは必要不可欠かと」


「確かに」


 身内に対し、疑念を抱くことに複雑な思いはあるようだが、それでもやるべきはきちっと抑えている。

 このメモがリズのためだけではないとしても、それはそれで頼もしくはあった。


 やがて皆が寝静まったころ、彼女は動き出した。

 彼女の付き人は二人。いずれもリズと同世代の女性で、それぞれ革命の幹部と傭兵団から一人ずつつけてもらっている。

 革命幹部からの助手はナタリー。検査作業においては、名簿片手にチェックしていく係となる。メガネを掛けた彼女の表情は、やや硬い。

 一方、傭兵団からの協力者はシモーヌ。少し垂れ目気味で柔らかい雰囲気の女性だ。彼女には、リズが魔法を使う傍ら、周囲へと目を向けて警戒してもらう。


 実のところ、リズ一人でもできる作業ではある。

 それでも二人が同行するのは、今更潔白を示さなければならない立場の彼女ではないが、念のためのお目付け役兼護衛といったところだ。

 それに加え、この検査を怪しまれないようにという、一般構成員や潜伏者たちに対するエクスキューズでもある。


「行きましょうか」とリズが声をかけると、二人はうなずいた。

 夜間当直の幹部に声を掛けた後、彼の「お疲れさまです」という声を背に受け、三人は会議室を出た。ひっそりと静かな、夜の砦の廊下へと繰り出していく。

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