第72話 リズの献策
革命勢力の中には、呪術医を始めとして、呪いへの心得がある者が何名か参加していた。砦に呪術系の仕掛けがあるかも……ということで、事前に声をかけておいた人材だが、その用意が幸いしたようだ。
加えて、かけられていた呪いが軽微なこともあり、リズの呪いは悪化することなく完治した。
それでも、戦闘による心身の疲労を考慮し、大事をとるようにと大勢から気遣われはしたが。
砦を確保するにあたって、その立役者となった彼女が呪いにかかったという話は、革命勢力全体に伝わった。
交戦中にかけられた可能性が高いとの見立てはあったが、もしかすると、そういう罠の存在があるのかもしれない……おそらくは大丈夫としつつも、念のための警戒を促すため、情報を公開した形である。
放っておけば情報を留めきれず、そうなる前に手綱を取ったという面も。
実際、砦の中は罠が完全に掃除され、今のところ問題なく利用できている。
間に合わせの陣地から引き払い、引っ越しも完全に終了。新たな拠点に、腰を落ち着けることができている。
とはいえ、呪いの存在は、慣れない者には薄ら不気味なところがあるようだ。一般的な構成員の間には、少しばかり不安な空気が広がっている。
一方、革命の主導部としても、悩ましい問題は多い。砦を確保したのはいいが、その過程において、新たな問題が沸き起こったのだ。
すなわち、捕虜をどうするかということと、それら工作員等についての情報公開の在り方について、である。
☆
砦の上層部の一室、元からあったテーブルやイスを用い、今では即席の会議室が出来上がっている。
そこに集合したのは、クリストフを始めとする革命の幹部たち。その席に、リズも参加している。疲労があるのは承知の上、是非ともということで参席した形だ。
彼女自身、この状況について考えるところは多くあり、むしろ参加するのは当然といった意識であった。
引っ越しの後に、周辺と革命勢力自体の状況把握等々……それらを済ませた上でのこの会議に、参席者の多くには疲労の色が見え隠れする。
そんなー同に、まずは主導者がここまでの労いを口にした。
「みなさん、お疲れさまでした。解決すべき問題は、まだ多くありますが、まずは一歩前進したと言っていいでしょう」
言葉に続き、クリストフが拍手を始めると、皆もそれに倣った。
そして、場の視線がリズに集中する。事情を知る幹部からすれば、当然の反応ではあるが……感謝の念を一手に受ける彼女としては、なんとも面映ゆい限りであった。
それに、色々と罪悪感もある。この場の皆を騙しているところもあるからだ。
いたたまれなさに加え、この後の話の流れを考えると、動き出しは早い方がいい。そう思って、彼女は口を開いた。
「少しよろしいでしょうか」
「はい、どうぞ」
クリストフが答えると、スッと場が静かになる。
発言の場が整った感はあるが、リズは口を開く前に辺りを見回し、クロードに手招きした。
「何か?」と尋ねる彼に、さらに手招きし、彼に耳打ちする格好に。
「この場の皆さんって、絶対の信頼を置ける人たち?」
「ああ。同じあの街で生まれ育った連中だな。買収されたり、丸め込まれたり……そういうのはないと信じたい」
「いえ、それだけ分かれば大丈夫。私も信じるわ」
リズが答えると、耳を放したクロードは、やや怪訝にしながらも柔らかな表情になった。
さて……ここから少しばかり、気が重い話題を切り出すことになる。深呼吸の後、リズは言った。
「呪いにかかった件ですが、あれは自分で自分に仕込みました」
思いがけなかったであろう彼女の言葉に、場の一同が驚きを示す。
少ししてから一同の視線が、一人の青年に向いた。トーレットで代々街医者をやってきた家系の若者だ。彼自身も医学や呪法、薬学等の嗜みがある。
実際、リズの解呪を担当していた彼は、戸惑い気味にしつつも言った。
「妙だと思った部分はあります。解呪の練習に用いられるような、ちょっと疲れさせたり痺れさせたり、そういう弱い呪いだったので……仮に、交戦中に仕掛けたとしても、嫌がらせの域を出ないなぁ、とは」
「はい。最近、呪術関連の本で覚えた、入門用の呪法でした」
リズの返答は、ある意味、場の一同にとっては安心できるものではある。
なぜなら、砦に何か呪いが仕掛けられているかもという不安があったところ、それがリズの自作自演だというのだから。
彼らにとって解せないと思われるのは、大勢を不安にさせてまで、なぜこのようなことをしたのかということだが……
「彼女のことだから、何かしら考えはあるのだろう」といった感じの幻聴が聞こえんばかりに、リズへ向けられる視線の数々。
場の雰囲気から、彼女へは疑念よりも関心の念が強く寄せられているようだ。
そこで彼女は、自身の左手を前に差し出した。手の上の空間に魔力を刻んでいき、魔法陣を展開させていく。
「それは?」と幹部の一人が尋ねると、リズは「身元照会用の魔法です」と答え、言葉を続けた。
「対象の本名と出身地を明らかにする魔法です」
その後、魔法陣を消した彼女は、テーブルの面々を見渡して尋ねた。
「どなたか、お試しになりますか?」
これは、彼女がつい先程、この場の信頼できる面々だと聞いていたのが幸いした。本名や出身地を偽れるはずもなく、皆が当然のように手を挙げる。
ここで何かしら、紛糾や吊るし上げが生じるようでは、かえって話がこじれて面倒になるところであった。
潔白の表明というよりは、むしろ興味等から手を挙げているように見える面々の内、リズは適当に一人選んで魔法を行使した。
使うのは《家系樹》、ただし、家系の樹までは出さない。若い女性幹部を対象としたその魔法陣に、彼女の名と出身地だけが浮かび上がる。
「マリオン・グランジュさん、トーレット出身」
「合ってる」
「合ってないと困るんだよなぁ」
クロードがぼやくと、周囲から軽い笑いが漏れる。
その後、他の者にも同じの魔法をを試していったが、当然というべきか、自らを偽る者の存在はなかった。
デモンストレーションを済ませた後、リズは言った。
「砦の確保にあたり、一戦交えることになりましたが……まだ紛れ込んでいる者はいると思います」
「同感です。まだ動きを見せていない勢力もいることでしょうし」
苦い顔であっさりと認めるクリストフ。「本当なら、僕らがどうにかして、そういった手合いを排除できていれば……」と彼は申し訳なさそうに続けた。
ただ、リズとしては、彼らを責めようという気にはならなかった。
何しろ、こんな事態になるまでは、彼らは単なる中産階級の市民でしかなかったのだ。
むしろ、こういう状況下でも落ち着きを失わず、組織をコントロールできているだけ立派なものである。
それに……先程リズが自分にかけてみせたのは、《家系樹》に似せたハリボテの魔法陣である。本名と出身地がバレては大変なことになりかねないと、それっぽい魔法陣モドキでごまかしたのだ。
色々と偽りっぱなしでいることを申し訳なく思いつつ、せめて彼らの助けになれればと、彼女は献策を口にした。
「この魔法を、革命勢力の構成員全員にかけていこうと思います」
彼女の考えはこうだ。国内他勢力からの工作員であれば、まず間違いなく偽名と使っていることだろう。工作員・諜報員というのはそういう仕事だからだ。
また、別の国の出身者であれば、それだけで怪しい部分がある。在住歴次第ではあるが……
仮に、トーレット居住年月が浅いよそ者が他国の革命に首を突っ込んでいるのなら、相当疑わしいものがある。リズのように、予めよそ者だと表明していればまだしも、である。
つまり、出身地という情報を判断材料に、要注意人物を絞り込めるというわけだ。
そこで、しらみつぶしに《家系樹》を使っていこうというのだが……
「いや、理屈はわかるぞ。たださ、全員ってのは難しいじゃないか?」
真っ先に疑義を呈したのはクロードだ。これは織り込み済みであり、むしろやりやすいと思いつつ、リズは彼に尋ねた。
「理由は?」
「いや、魔法をかける名目ってもんがあるだろ? 潔白な奴は否定しないだろうけど、それでもいい気はしないかもしれないし、かけられて困る連中を刺激するのは間違いない。そういう連中を探る価値は認めるが、慎重にやらないと、だいぶリスキーじゃないか?」
実際、彼の言はまっとうなものである。可能な限り早いうちに、識別を済ませたいところではあるが、炙る出す動きに反発されると面倒だ。
そしてもちろん、リズにはそのあたりの心得がある。彼女は自身の企てについて口にした。
「『呪いにかかっているか、念のために確かめる』と言って、実際にはこの魔法を使っていけばいいのではないかと考えています」
「……なるほど、《呪毒相写法》を使うように思わせて、実は……ということですね!」
医者の青年が合点がいったように声を上げ、彼にリズはうなずいた。
ただ、呪いがあるかどうか調べると称して、実際に使った魔法からは名前と出身地が浮かび上がる。これでは怪しまれることだろう。そこでリズは言った。
「今夜、皆が寝静まった頃に、こちらで検査するということにすればよいのではと」
「夜中に何かされるかもってことで、抵抗感を示す奴もいるんじゃないか?」
「呪いの検査は早い方がいい、そういう口実で乗り切れたらと思いますが……それでもと言われれば、翌朝に回してもいいでしょう。見られても困らないよう、何かしら策を講じる必要はあるでしょうが」
クロードの疑問に応じつつ、リズは言葉を重ねていく。
「この検査について、何かしら別の意図を感じ取り、反応を示す者もいるかもしれません」
「『大変そうだから手伝う』と言って、自分の班や隊に《呪毒相写法》を使う者もいるかもしれませんね」
医師の指摘に、リズはうなずき肯定した。
「そうした申し出を断るのは怪しいですから、それはそれで受け入れましょう。そうした申し出をした者、あるいは未検査の集団の内、何か懸念のある動きがあれば、後の対応を早められると思いますし」
「なるほど」
実のところ、それらしい罠がなかった中で全員の検査を行うという対応は、かなり神経質なものではある。
だが、それを強い態度でやめさせるような動機を、他勢力の潜入者に与えるものではないだろう。事情を知らない一般人からすれば、むしろありがたくさえあるはずだ。
寝ている最中にというのは、評価の分かれるところであろうが。
最終的に、リズの案は全会一致で可決された。
砦を得る過程で捕虜をも得たものの、情報源として絶対の信頼を置けるものでもない。
そんな中、早々に他の潜入者の識別を済ませることができれば、拠点の確保と相まって大きな安定を得られる。
リズの提案は、革命勢力としては願ってもないものだった。
それでも残る、大きな懸念が一つあるが。
「全員の検査、エリザベータさんが担当することになってしまいますが……」
クリストフが心配そうに尋ねると、リズは「そうなりますね」とあっさり応じた。
当然と言うべきか、かなり申し訳なく思われているようで、クリストフ以外からもそういう視線が彼女に刺さる。
ただ、リズ自身、そうするだけの十分な動機があった。
「せっかく、一仕事して勝ち得た拠点ですから……横槍入れられて邪魔されたくないのです」
自らを偽るところのある彼女だが、これは本心であった。
それに……あの一戦を通じ、その手で殺めた者がいる。リズ自身の手で殺したわけではなくとも、生死を左右することなった敵が何人もいる。
あの戦いを超えて、向けられるようになった視線に仲間意識を覚える一方、敵だった者たちへの拭いきれない感情がある。
リズは完全に、この革命の一員になったのだ。
だから、やり遂げなければならない。




