表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
70/429

第69話 次の挑戦者

 革命勢力がモンブル砦を確保したという情報は、当然のようにラヴェリアの外務省にも届いた。

 それも、確保したという情報のみならず、前後してのおおまかな情報まで。


 国外諜報を取り仕切る王女、アスタレーナにとっては、頭が重くなる一日が始まった。場の空気に加え、彼女自身がまとう雰囲気にも張り詰めたものがある。

 上司である彼女を前に、立派な装いの高官も硬い表情だ。わずかながらではあるが、気圧されている感すらある。

 そんな彼は、現時点での報告書を片手に口を開いた。


「砦を占拠するにあたり、死霊術師(ネクロマンサー)と交戦したとのこと。にわかには信じがたい報ですが、どう思われますか?」


「どこが、何の意図で遣わしたか、ということね」


 彼女の言葉に、側近もうなずいて応じた。

 その後、アスタレーナの長いため息に続き、「暗黒大陸からじゃないかしら」という言葉がポロッと(こぼ)れ出た。


 暗黒大陸というのは、世界4大大陸の中の一つ、アバンディ大陸を指す俗称だ。実質的には、ヴィシオス王国という単一の国によって、ほぼ支配される大陸である。

 このヴィシオスは、他国とまともな国交が通じていない。さらには、秘密裏に不穏な動きをしているという諜報情報も。

 ヴィシオス治める大陸が、他の諸国から暗黒大陸と揶揄されているのは、そうした不気味な存在感を指してのことだ。


 大陸一つを手中にするこの大列強国が、他の大陸沿岸部に対する侵略行為も行うのも、決して珍しいものではない。

 ラヴェリアのような覇権主義的な国家が国際的に受け入れられているのは、こういった”ならず者国家”へのカウンターとしての役を期待されてのことでもある。


 とはいえ、当然のことながら、ラヴェリア外務省としては事を構えたくない相手だ。アスタレーナの口から忌まわしき名が話題に上り、高官の顔がにわかに曇る。

 それに、本当に死霊術師が動いたのであれば、確かに由々しき事態ではあるが、外務省としてはアクションに困る部分もある。

 なにしろ、現地諜報員は伝聞でしか知らないのだ。実際に、その死霊術師と交戦したわけではない。


 また、死霊術師が暗躍しているのであれば、近隣諸国で協力し合うことも念頭に入れる必要があるが……当該国が声を上げる前に、ラヴェリアが先んじるようでは、国際関係がまたややこしいことになりかねない。ラヴェリア国内の派閥闘争についても同様だ。

 先走った警戒心が、逆効果に終わる可能性は無視できない。


 さらに言えば、悪意を持つ死霊術師は確かに野放しにできない存在だが、下手人はすでに始末されたとの報。死霊術師ほどの魔法使いが使い捨ての尖兵とも考えにくい。

 だとしたら、その背後にある勢力は、この革命に関して言えば、もう打ち止めではなかろうか?


 渋い顔で思考を巡らせたアスタレーナは、結局この件を、一時的に保留することに決めた。


「ルグラードの側から、この件について表明されることがあれば、その時は呼応するのが妥当と思うわ」


「……では、然るべきタイミングで、そのように?」


「ええ。私としてはその考え。次の会議で打診してみましょう」


「かしこまりました」


 外務省諜報部門を取り仕切る彼女は、外交官としての顔も持ち合わせるが、外務省全体の長ではない。

 実際に、それを任されるだけの度量と才覚はあるのだが……自身を担ごうとしてくれる、年配の先達を重んじ、彼女は外務の長の席を断ったという経緯がある。


 さて、死霊術師の一件でも十分に頭を悩ませてくるが、問題はそればかりではない。高官は緊張した面持ちで、その件を告げた。


「エリザベータ殿下が、(くだん)の死霊術師を倒したとのことで……」


「そのようね。大したものだわ」


 皮肉などの含みなく、素直な感嘆が漏れ出るアスタレーナ。

 しかし、腹心の顔は晴れず、彼は追加の情報を告げた。


「交戦後、殿下は体調を崩されたとのことです」


「……負傷ではないのよね?」


「どうやら、呪術を仕掛けられたようです。呪力自体は軽微という報告のため、疲労と重なって倒れられたのではないかと」


「呪術?」と聞き返したアスタレーナは、口元に手を当てて考え込んだ後、尋ねた。


「砦を占拠した者たちに、そういった兆候は?」


「いえ。砦に仕掛けられた罠ではなく、おそらくは交戦中に仕込まれたのではないかと」


「なるほど……」


 死霊術師であれば、呪術にも精通している。よほど高度な呪いでなければ、戦闘中に仕掛けることもできるだろう。

 実際、そういうレベルの使い手が身内にいることもあり、アスタレーナはそれ以上追及することはなかった。


 砦に関わる現時点での概況は以上だ。これらの情報を手に、彼女はこれから別の会議に向かう。

 彼女としては、あまり気が進まない集まりだが……

「行きましょうか」と疲れ気味の笑顔を側近に向けると、彼はただ無言で深々と頭を下げた。


 アスタレーナが向かった先は、20人程度が入れる、ちょっとした会議室だ。

 その壁や天井、テーブルやイス等の調度品は、いずれも暗い色合い木材でできており、落ち着きよりも(いかめ)しさを思わせる。

 部屋の中央には円卓と6つの座席、それぞれの席の後ろに、さらに長机とイスが2、3ずつといった配置となっている。


――この会議室の中で、今から継承競争に関わる会議が行われる。


 執務室を出た後、別の側近を拾ったアスタレーナは、会議室内の自席に着いた。

 すでに召集はかかっており、続々と他の王子王女に、その側近が部屋へと入ってくる。

 こうした会議の議長を務めるのは、だいたいが第一王子ルキウスか、第三王女アスタレーナ。今回は後者が場を仕切る形となる。


 会議の大きな目的は、リズの居場所の情報共有だ。

 継承権を争うそれぞれが、独自に配下を持って諜報活動を行わせているとはいえ、こういう点ではアスタレーナが圧倒的に強い。

 そんな彼女ではあるが、リズの位置情報を独占することを良しとしなかった。

 なぜなら、リズの居場所を暴き出すためにと兄弟が無理をして、外交問題に発展するリスクを憂慮しているからだ。

 加えて、継承競争が長引くことで、想定外の事態が引き起こされる懸念もある。国の内外問わずに、だ。

 そのような事態を招くよりは……と、彼女が自発的に、こうした場を設けてリズの居場所を発信している。


 ただ、リアルタイムで常に報告するというわけではない。

 報告するタイミングは、何らかの町や城塞、あるいはランドマーク等、地図上でこれと定まる地点にリズが到着した時と定めている。今回は、あの砦だ。


「エリザベータは、ルグラード王国ハーディング領、モンブル砦に到着したわ」と、アスタレーナは落ち着いた口調で告げた。

 その言葉とともに、円卓に広げられた地図上で、赤い光点が浮かび上がる。リズの現在地を示すものだ。

 この場のいずれも、あの国で何が起こっているのかについて、情報の精細度に違いこそあれど、おおむね把握はしている。

 つまり、近隣の国で革命騒ぎが起きており、その中にリズが紛れ込んでいるということを。

 そういった事前知識のおかげで、彼女が攻略目標の砦に到着したことについて、別段の驚きは生じなかった。ごく当然のように受け止められている。


 さて、卓を囲む六人の継承競争には、いくつかの決まりごとがある。儀式契約に匹敵する、競争の根本に関わる重要なルールと、紳士協定的とも言える緩やかな方針のような取り決めだ。

 例えば、アスタレーナがリズの居場所を自発的に知らせているのは、後者の取り決めによるものである。

 兄弟間で交わされた取り決めには、他にも次のようなものがある。


1:エリザベータに対する明確な作戦行動(以下、挑戦と表記)を継承権者の勢力が実行している場合、国が認める特段の事情がない限り、他勢力はこれに干渉・妨害してはならない。


2:挑戦状態を明確化したい場合、継承競争会議において、それを宣言すること。


3:第2項の宣言が複数より同時に発された場合、これまでに行使した挑戦権が少ない側を優先する。


4:第2項の宣言による、挑戦状態の専有は、宣言後1ヶ月間有効とする。


5:挑戦状態の破棄は自由とする。目論見が外れた場合、早々に切り上げて破棄するのが好ましい。また、第2項の宣言を行った同日にそれを撤回した場合のみ、挑戦権の消費がなかったものとして扱う。


6:挑戦権の譲渡は認めない。


 つまるところ、兄弟同士での潰し合い――換言すれば、国に存する人材・リソースの浪費――を抑止しようという取り決めである。

 これにより、兄弟間にはある種の均衡がもたらされた。

 もとより、上の王子二人は軍の要職に就いており、リズを攻撃するならば人材的に有利な立場にあった。

 一方、アスタレーナは諜報力を用い、より有利なタイミングを図って攻撃を仕掛けることができる。


 しかし、挑戦権という概念によって拘束を受けたことで、人材の差を活かした力押しを封じられることとなった。

 これにより、生まれの先後等に起因する各派閥間での差が、継承競争にいくらか反映されにくくなったわけだ。


 加えて、アスタレーナにとっては、(にら)みあいが発生しやすくなるこの取り決めが、有利に働いている。

 正確に言えば、彼女にとってではなくラヴェリア外務省、あるいは非戦派にとってだ。

 数撃ちゃ当たるという戦法が封じられ、不確定要素も多い中、貴重な挑戦権を投じてまで動き出すのは難しい。


 それに、ラヴェリアの国政における大派閥は、主戦派と非戦派の二つだが、それらに属さない者も相当数いる。

 そして、この場の六人の王子王女のうち、アスタレーナ以外はそうした中立の立場にある。第二王子ベルハルトは外征担当だが、彼に言わせれば、主戦派とは「価値観が合わない」とのことだ。

 つまるところ、今起きている革命に対して、特段の意図を持って構える兄弟はいないはず……そう思って彼女は卓を囲む兄弟を見回した。


 すでに挑戦権を行使した者が三人いる。

 まず、第二王子ベルハルト。「せっかくだから」「様子見でも」ぐらいの感覚で、手勢の密偵を用い、王都を出たばかりのリズを狙わせた。

 続いて、第一王子ルキウス。リズが国を出て面倒が生じる前に……と、指揮下にある部隊を動かした。

 そして、現第四(・ ・)王女ネファーレア。国外に出たリズが、他国の街に逗留したと認識して少し後、手勢になった駒を用いて攻撃を仕掛けた。


 挑戦権未消費は、アスタレーナ含む三人。彼女は、妹と弟がどう出るか、それとなく視線を向けてみた。

 すると、彼女にベルハルトから声がかかる。


「レナ、今がチャンスだぞ」


「何が?」


「現地の情報は、お前が一番良く知ってるだろ?」


「それを言うなら、エリザベータの方がよっぽどだわ」


 淡々とした口調で返すと、「それもそうか~!」と兄は朗々と笑った。長兄ルキウスも苦笑いしている。

 実際のところ、兄に返した言葉は、アスタレーナにとっての本心でもある。諜報部門として握っている情報はあるが、現地にはあまりにも他勢力が混ざりすぎており、不確定要素は多い。

 となると、むしろ現場の要人となったリズの方が、情報面での優位があるかもしれない。

 そう考えれば、もとより継承権争いに興味が薄いアスタレーナとしては、貴重な配下を投じてまで戦う意味はないのだ。


 この状況は、他の兄弟にとっても相当やりづらくあるのだろう。宣言が重複しなければ、使用した挑戦権に関わりなく仕掛ける事ができるのだが……軽はずみに動く兄弟はいない。

 アスタレーナが一瞥(いちべつ)したところ、リズに対して一番の憎悪を燃やすネファーレアも、今日はいつになく大人しい。やはり、動き出そうという気はないようだ。


(そういえば……死霊術師の騒ぎもあったことだし、色々と思う所あるのかしら?)


 いずれにせよ、今は外交上、頭が痛い状況には違いないが、兄弟が手を出そうとしないという点だけは助かった。


――アスタレーナは、そう早合点した。


 人知れず安堵しかけた彼女の視界に、静かに挙手する姿が映る。その動きを認め、長兄は静かに口を開いた。


「レリエル」


「他に立候補者がいらっしゃらなければ、私が挑戦させていただきたく思います」


 メガネを掛けた第五王女は、凛とした声で答えた。

 他に挑戦権未行使なのは、末弟の第六王子ファルマーズ。彼へとベルハルトが声をかける。


「ファル」


「僕はいい」


 食い気味に答える末弟に、兄は苦笑いした。

 それでも、長兄からは続けて視線が向けられる。これに対し、末弟は少し間をおいてから、何か気づいたように口を開いた。


「研究開発が忙しくって。まだ仕掛けるタイミングじゃないんだ」


「そうか……もしかすると、遠慮しているのかもと思ってな」


「完成したら、その時は堂々と名乗りを上げるよ」


 こうして、次の挑戦者は第五王女と定まった。異母兄弟たちに深々と頭を下げる彼女。


 一方でアスタレーナは、平然としつつも内心で、つい頭を抱えそうになった。

 第五王女レリエルは、法務部門と祭祀において枢要な役割を占めている。魔導師としては、魔法契約における大家の血筋を引いており――


 ネファーレアとはまた別方向で、傑物なのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ