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第67話 苦い決着

 ひっそりとして陰気な城塞も、かつては大勢を抱える要所だったのだろう。

 しかし、騒々しかったのは昔の話だ。にわかに現れた亡霊(スペクター)たちも、凝集された陽光を受けて霧散し、すっかり静かになった。


 今では、ただ二人の女性が中に残るのみである。


 仰向けに倒れ、息も絶え絶えな敵を見下ろし、リズは構えた。

 死霊術師(ネクロマンサー)は、意外にも若い女であった。リズよりも何歳か年上といったところか。

 整った顔立ちをしており、死霊術(ネクロマンシー)に手を染めずとも、いくらでも生きる道はあったことだろう。


――あるいは、死霊術の秘奥か何かで、その若さを維持していたのかも――


 思いがけない相手の容姿に、思わずそんなことを考えるリズであった。


 

 《遅滞(スロウ)》による時間差戦術は、見事功を奏した。互いの時間認識のズレは、文字通り致命的なものになったのだ。

 まず、最初の《貫徹の矢(ペネトレイター)》連射により、屍人(グール)と死霊術師の接続が消えてなくなった。

 その段階で、魔法を維持できなくなったものと思われる。

 続く、リズからの第2波に対し、相手はどうにか《防盾(シールド)》を使用していたようだが……リズとやり合うだけの力はなく、その場から離脱するだけの余裕もなかったようだ。

 完全に押し込まれ、もはや相手が動かなくなったのを認めたリズは、続いて亡霊を掃討。

 それも終わったところで屋内に入り込み、今に至る。


 リズの目に、青白い顔のこの女は、もうじき死ぬように見えた。

――その手で殺めた、初めての敵だ。


 相手に対する同情心などは、まるで湧いてこないが、それでも胸に伝う苦い感情はある。

 それに……同世代で、美形で、陰気な女性で、死霊術師。この組み合わせが、リズにふと妹のことを想起させた。

 目の前の女とは、顔に似たところなど何もないというのに、あの顔が亡霊のようにチラつく。


 心をかき乱すものに襲われるも、リズはそれを押し殺し、真顔で敵に向き合った。

 すると、彼女の前でささやかな動きがあった。敵の指先に魔力が集まり――

 それを認識した瞬間、リズは即座にその指を《魔法の矢(マジックアロー)》で射貫いた。敵の指先が、曲がってはいけない方向に曲がる。

 それを見てわずかに顔が曇るリズ。

 一方、撃たれた側の女は……リズの目には、わずかにではあるが、唇の端を釣り上げたかのように映った。

 いや、見間違いではない。実際に女は、荒い息で呼吸しながら、胸元を上下させて乾いた笑いを吐き始めた。

「フッ、フフフ……」と、小さな音でしかないその笑いが、しかしリズの中へと妙に響いてくる。


 彼女は、この敵を今殺すべきかどうか迷った。


 情報を引き出さなければ、という考えはある。一方で、それを抜ける相手ではないようにも。

 それに、こんな危険な存在を、みんなの元へ持ち帰るわけにもいかない。

 腹を(くく)った彼女は、《念結(シンクリンク)》でクロードに話しかけた。


『終わったわ』


『ほ、本当か!?』


『敵は死にかけよ。危険だから、ここで確実に始末しようと思う。構わない?』


 心の声が、どこか沈んでいることを自覚したリズに、その死にかけの敵は不敵な笑みを浮かべている。この会話が、聞こえるはずもあるまいが。

 その後、ほんの少し間を空け、クロードは言葉を返した。


『そちらの判断を支持する。無事に帰って、色々聞かせてくれればいい』


『わかった』


『……辛い仕事させちまったな』


 その言葉に、リズはじわっと胸中が温かくなった。『ありがと』とだけ、心の中ではあるが朗らかな声音で返し、改めて敵に向き直る。

 余裕ぶったところのあるこの敵に対し、リズは(かが)んだ。

 外部と(つなが)っているような、魔力の線は見当たらない。

 また、魔力線を用いない跳躍的な形で、魔力や情報をやり取りしている様子もない。


 他の誰かに気取られることはないと感じたリズは、上着を脱いで女の顔にかぶせた。

 そして、相手の胸元あたりに、魔法陣を一つ描いていく。

 これは《家系樹(ペディツリー)》。相手にまつわる縁をたどり、出生地や家系を明らかにしていく、時間系の禁呪だ。


――リズにとっては、自分を知るための魔法だった。


 刻んだ魔法陣から、魔力の樹が小さく生えて上に伸びる。

 本人と出生地を見るだけであれば、土壌である魔法陣を見れば事足りる。

 しかしリズは、できる限り多くを抜き出すべきと考えた。親兄弟、親戚筋、敵からたどり着ける血の限りを。

 なぜなら、一般的に死霊術師というのは、国から認められた家系にのみ、その深奥の知識と技術が継承されるものだからだ。

 ここで判明させた、この者の血縁の情報が、今後のためになる可能性はある。


 彼女は目で見るばかりでなく、この魔法陣の反応自体、自身の”書庫”へと意識して刻み込んでいった。

 後でこれを再現し、いつでも確認できるように。

 この確認作業自体は、彼女の手際と認知・思考速度もあって、ものの数秒のことだった。

 他の情報も抜き出せれば……というところだが、おそらく無理だろう。彼女は精神系の禁呪は修めていない。

 それでも、とりあえずは出生地――つまり、相手の国につながる情報がわかっただけでも十分である。


 上着を取っ払ってやった彼女は、最後のお別れにと、敵に口を利いた。


「コルネリア・ウィスラーさん? 意外とかわいらしい名前をしてらっしゃるのね」


 この呼びかけに対し、当人は思わずといった感じで目を見開いた。

 しかし、すぐに気を取り直したようだ。リズからすれば死にかけに見えるこの女は、自分のこれからにまるで拘泥しないかのように、クスクスと笑っている。

 それが、リズにはどうにも、目障りで耳障りだった。「楽しそうね」と、彼女は冷ややかに言い放つ。

 すると、女は生気のない顔に嫌味ったらしい笑みを浮かべ、消え入りそうな声で言った。


「滑稽ですね」


「何が?」


「それだけの力がありながら、こんな、くだらない小競り合いに……弱者に囲まれ、もてはやされたいのですか?」


「お前みたいな外道を叩きのめしたいだけよ」


 もちろん、誰かに評価されて嬉しく感じる気持ちは、リズにもある。

 だが、それを目的に動いているわけではない。彼女は、この革命に関わる者たちの、与えられた状況に立ち向かおうという気持ちに共感を覚え、行動を共にしている。

 彼女にとって、他者からの評価は副産物に過ぎない。本質は反骨心にこそある。

 ただ、そういう心情は、死にゆくこの敵には伝わらなかったようだ。何ら信じるそぶりも見せず、女はただ嘲笑(あざわら)う。


 そして――その体に火がついた。瞬時にして勢いよく、炎が燃え上がっていく。

 本人が魔法を使ったわけではない。何らかの契約による効果だろうか。

 とっさにリズは、女へと魔法で水を浴びせかけた。凝集した水弾を叩きつける魔法、《水撃(アクアブラスト)》だ。


 これは、殺傷能力が低い一方で相当な衝撃力を持つ、攻撃魔法に近い立ち位置の魔法だ。弾速が遅く戦闘向けではないが、密集した暴徒やならず者相手には、中々の鎮圧効果がある。

 そのため、色々な意味での火消しに用いられる、治安維持関係者向けの魔法として認知されている。


 リズが放った一発は、燃え盛る炎と衝突し、激しい蒸発音を立てた。

 だが……炎が収まる様子はなく、むしろ火勢は強まる一方だ。

 その猛火の中で、女は嘲笑った。死にかけ――いや、今まさに果てる者とは思えないほど、しっかりと朗々とした声で。


「フフフ、何をなさっているのですか? 血迷って、私を助けようとでも?」


「この手で殺したいだけよ!」


 それは、リズの本心だった。このまま放っておけば、この手に収めた勝利も、この手で人を殺めた罪の意識も、宙ぶらりんなものに終わってしまう。

 それに、いかなる契約によるものか定かではないが……この場にいない何者か、得体の知れない何かに介入されているような感覚に、彼女は強い憤りを覚えた。


 渾身の力で大火に水塊を叩きつける彼女だが、結局、その努力が実を結ぶことはなかった。

 この火元にある女は、実際には、炎に焼かれているという感じではない。体が魔力へと分解されているようで、橙色の粒子が立ち上っていく。


――おそらく、その体が消失するまで、火が消えることはないのだろう。

 目の前の火にも勝るほどの激情の裏、冷徹な観察と思考が答えを出した。静かに手を下ろすリズ。


 昼でも薄暗かった砦の廊下は、今や猛火から放たれる朱色の光に制圧されている。外の陽光よりも、よほど明るく熱い光が満ち満ちる。


 やがて……火が消えて、陰鬱な廊下が戻ってきた。

 思い返してみれば、ほんの数十秒程度のこの事象であった。女の体は跡形もなく消失している。黒い焦げと煤だけが、廊下にその痕跡を残すのみだ。

 敵は、その口から何の情報も漏らすことはなかった。匂わせぶり、思わせぶりな言葉は、何一つ。

 彼女はただ、リズの胸に苦い感情だけを残して去っていった。


 石造りの床に残る、黒いシミのようなものを彼女は(にら)みつけた。強く握った両手が、行き場のない感情に震える。

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