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第66話 VS死霊術師⑥

 まともに動ける屍人(グール)は、ついに残り一体になった。

 この貴重な部下に、死霊術師(ネクロマンサー)は意識を滑り込ませたのだろう。屍人は死霊術師がいるのとは別の建物へ退散しつつ、リズへと《貫徹の矢(ペネトレイター)》を放ってくる。

 それと挟み撃ちするように、死霊術師側からも貫通弾。

 これら挟撃を《防盾(シールド)》でいなしつつ、リズは空に目を向けた。


 役立たずになった屍人二体の代わりというべきか、控え戦力らしき亡霊(スペクター)が、死霊術師の建物から続々と押し寄せている。

 それでも、最低限の煙幕を中に残しているあたり、さすがに用心深くはあるが……リズからすれば、随分と見やすくなった。


 屍人は二体が地面でのたうつように転がっている。

 残る一体は日を避けて、建物の中から射撃に専念するように。戦いは完全に射撃戦に傾いた。

 まずは迫りくる亡霊の物量に対処すべく、リズは《陽光破(ソルブラスト)》をさらに展開し、亡霊の群れを焼き払っていく。


 だが、《陽光破》同士で光を取り合うようになったり、亡霊に空を覆われたりしては、火力が弱まって押し込まれてしまう。

 相手もそれは承知で、そういう状況を狙っているのだろう。

 光の無駄遣いをできないリズは、それぞれの魔法陣の動きを注意深く調整しつつ、自身に迫る貫通弾の挟撃にも対処していく。


 《陽光破》自体、リズにとっては初実戦の、慣れない魔法ではある。それを、複数同時展開。自分の意志一つで制御し続けている。

 それに加え、状況把握に《遠覚(テレタクト)》と《幻視(ヴィジョン)》による魔力透視。思考加速に《雷精環(サーキット)》まで併用している。

 いつにない負荷感に、リズは胸のあたりでいくらか圧迫感があるのを知覚した。


――これでちょうどいい、とも。


 まだまだ行けるという確信はあるものの、実際にいくらか疲弊しているという方が、自分の身振りに真実味が出る。

 彼女は、体からのささやかな要求に従い、その場で膝をついた。8割がた演技である。


 こうして動けないフリをして、防戦一方になっているフリをして……彼女は戦場全体を注意深く観察した。

 目を焼いた屍人二体は、まだまともに動けそうにない。

 宙から押し寄せる亡霊と《陽光破》の戦いは、拮抗状態になるように調整できている。

 そして……リズを挟み撃ちにしている屍人と死霊術師は、その場から動く様子がない。動けなくなったリズ相手に、ここで仕留めようという算段のように思われる。

 彼女が動かなくなったことに加え、日の下に出れば目を焼かれるという脅しが効いているようだ。残る屍人が釘付けになっている。


――つまり、あの屍人を建物から出すまいと、死霊術師が操りっぱなしになっているのだ。


 もしも、この状況が、リズが意図して構築したものと相手に悟られれば……策は空振りに終わってしまう。

 差し向けられる火勢に対応しつつ、彼女は用心深く時を待った。


 そして、攻撃と攻撃の切れ目を見計らい、目的の魔法陣を瞬時にして書き上げた。《遅滞(スロウ)》の魔法陣を、屍人と死霊術師をつなぐ線に。

 標的の魔力線に《遅滞》が機能するや否や、彼女は魔法陣の威力を一気に絞り、相手に感づかれないようにした。

 それから、ほんの少しだけ、遅延が効果を発揮するように力を調整していく。相手に悟られないように、慎重に。


 ここまでの攻防で、リズが把握したことがいくつかある。

 まず、屍人による魔法の記述速度と連射性能は、さほどでもない。理由は不明だが、屍人を操る魔法や技術の限界なのかもしれない。

 そして、屍人と死霊術師が《貫徹の矢》を放ってくるタイミンクは、ほぼ同時だ。少なくとも、今の状況に持ち込んでからはそのようになっていた。

 これは、屍人の連射力を、挟撃による同時攻撃で補おうという考えがあるのかもしれない。あるいは、単にクセなのかもしれない。

 いずれにせよ、リズには好都合だった。


 絶対の確証があるわけではないが、魔力線による情報のやり取りに《遅滞》をかませれば、その情報の流れが間延びする。

 この状況で言えば、屍人が見ている視覚に加え、死霊術師が屍人を動かそうとする指示の伝達が遅延するはずだ。

 この遅延によって、貫通弾の同時攻撃がズレ始めたら……うまくいっていると考えていいだろう。


 懸念事項は、間延びした視覚から、相手が遅延の存在に気づくのではないかということ。

 ただし、前もって動きがほとんどない戦場を構築することで、露見のリスクを減らせている。

 激しい動きを見せる屍人がいれば危なかったろうが、それら屍人二体は、地面に寝転ばせてある。

 さらに、《遅滞》の力を絞り込めば、強い違和感を与えることもないだろう。

 加えて、相手による挟撃も、状況の誤認を助けている。魔力透視をしたとしても、屍人側からはリズまでしかまともに認識できない。その先の死霊術師までは、うまく視界が通らないのだ。

 つまり、挟撃による双方の射撃にズレが生じたとしても、それをはっきりと認識できるのは、間に挟まれて攻撃を受けるリズだけなのだ。


 《遅滞》が期待通りに働いているかどうか、《傍流(ブランチ)》も合わせて確かめようと考えたリズだが、さすがにそれは危険だと考えた。予期せぬ相互作用が生じて、一気に苦境に陥りかねない。

 となれば、彼女にできることは、ただ自分の直観を信じることだけだ。


 すると……挟んで撃ってくる相手の動きが本当にズレた。間で攻撃を受け、しかも思考加速までしているリズだからこそ気付ける微妙な差だが、確かにズレている。

 これは単なる偶然とは言い難い。なぜなら、屍人の側の動きだけが、常にやや遅れてきているからだ。

 死霊術師自身と屍人への攻撃指示の発出が同時と考えるなら、これは《遅滞》が機能していることを示唆している。死霊術師は即座に動き出せるが、屍人への命令だけが遅れているのだ。


 手応えを覚えつつ、リズはさらに少しだけ《遅滞》の力を元に戻し……動きのズレが増したことを確認した。

 そこで欲を抑えつけ、彼女は防御に専念し、時の経過を待った。

 彼女が膝を付き、両側からの挟撃が始まって、まだ十数秒だ。

 しかし、こうして攻撃をしのいでいる間にも、見えないところで状況は動いている。


 屍人を動かし続けている限り、死霊術師は屍人の視界で物事を把握しているはず。

 そして……《遅滞》の効果により、屍人から伝わる視覚情報は、ズレが重なり続けている。

 敵が見ていて認識している現実は、本当の現実よりも少しずつ遅れ続けているのだ。その差は、まだ1秒程度かもしれないが――


 彼女らのレベルの戦闘で1秒を棒に振ったなら、それだけで十分に死ねる。


 このズレに対し、相手が違和感を覚えたのなら……それはそれでいいと、リズは考えた。

 その時は、《遅滞》の威力を強めて、屍人の操作を使い物にならなくすればいい。相手の操作がなければ、最後の屍人の視界を奪うことも容易だろう。


 ただ、相手がズレに気づかなかったなら、それは絶好の機になり得る。

 仮にリズが動きを示しても、相手がそれを認識するのは遅れてのこと。その時間差は、リズの連射速度によって致命的なものになる。


 押し寄せる攻撃をさばき続けながら、リズは死霊術師がいるはずの建物に目を向けた。

 多くの亡霊を送り出した成果、守りは手薄になっている。死霊術師を(かくま)っている霊の雲も薄くなっており……リズは、その中に死霊術師本人と思われる反応を見定めた。

 もちろん、前もって防御の構えはあるだろうが……知覚できていない攻撃に先手を取られた後、押し切られずに耐えきれるものだろうか?


(試してやるわ……!)


 リズは勝負に出た。敵の攻撃を相殺した直後、死霊術師がいると知覚した方へ、ありったけの力で《貫徹の矢》を連射していく――

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