第65話 VS死霊術師⑤
ここまでの情報でどうにか次へと考え、多対一の戦闘を切り抜けながら、リズは策を練った。
操っている仮説が正しければ、これを逆手にとって相手の戦術を瓦解させるのがいいだろう。それで隙を晒してくれれば儲けものだ。
事態への対処に算段をつけた彼女は、さっそく行動に移った。襲い掛かる屍人を足払いし、隙を作った上で、空へ駆け上がっていく。
やがて屋上に着いた彼女は、《念結》でクロードに話しかけた。
『クロード』
『どうした? 大丈夫か?』
向こうから返ってくる心の声には、差し迫ったものがある。
リズは、彼のそういう態度を実際に目にしたことはない。
しかし、彼女の脳裏には心配そうにする彼の顔が、ありありと浮かび上がるようだ。
そんな繋がりに温かなものを感じつつ、リズは彼に頼んだ。
『少し気になることがあってね、この繋がりが安定してるか確かめたいの。心の中で“あ~“って、声を出し続けてくれない?』
『そうか、わかった。あ~~~』
息継ぎの必要がない思念の声が、二人の間を満たし続ける。
彼の声で活性化している《念結》の線に、リズは目を向けた。この線を対象とし、思い付きの魔法を試す。
魔力の接続を対象とする、アレンジ版の《遅滞》だ。
彼女――もしかすると、人類全体――にとって、《遅滞》を魔力接続相手に使うのは初めてだが、うまくいく予感が彼女にはあった。
まず、《遅滞》自体、過去にアレンジを加えることで、本来は対象とならないものに効果を発揮することができている。彼女が呪いでダウンしたとき、呪いの進行を遅らせるために用いたのがそれだ。
また、魔力線自体に働きかける魔法は、世の中にもあまりないが、リズはオリジナル魔法としてそういう物を使っている。今も実際に、《傍流》として使っているところだ。
ならば、《遅滞》を魔力線相手に使えない道理があろうか?
確信にも近い直感とともに、彼女はクロードとの繋がりに、この場で調整した《遅滞》を用いた。
瞬時にして書き上げた魔法陣が、対象とする魔力線に巻き付き、溶け込んでいく。
すると、クロードから届く心の声が急に低くなり、一気に間延びし始めた。
こうしている間にも、敵方からの《貫徹の矢》や、迫りくる亡霊がリズを煩わせてくる。
そんな攻防の中、確かな一歩を踏み出した感覚に、彼女は微笑んだ。
少し波打つように間延びしれ届く声が、ユーモラスに聞こえたから……いうのもある。
迫る攻撃をいなしながら、彼女は《遅滞》の力を今度は絞り込んでいく。
すると、クロードからの声がシームレスに変化していった。間延びして低い声が少しずつ締まり、本来の彼の声に近いものへ。
彼がそうしているのでなければ、彼から届く声の遅延具合が変化しているわけであり――
《念結》の接続に干渉できた証左だ。
それでも念のため、すぐに違和感を覚える程度の声調に整えた後、リズは声をかけた。
『もう大丈夫、ありがとう。そちらは、何か変なことは?』
『……声、変わってないか?』
うまくいったと考え、リズは会心の笑みを浮かべた。
お互いに、自分の声は違和感なく、相手からの声だけが遅れて聞こえる状況だ。
見込み通りの結果を得られたリズは、《遅滞》を切って声をかけた。
『気のせいじゃない?』
『ん? あれ? よくわからんが、確かにそうだな……』
無理もないことだが、事情が分からない彼は困惑している。
とはいえ、種明かしの説明をしようにも、色々と専門的な話になって面倒だろう。
振り回したことへの、うっすらとした罪悪感を覚えたリズは、最後に朗々と付け足した。
『実は、生きた人間の声を聴きたくてね。相手してくれて、ありがと』
『しおらしいこと言いやがって……本当に大丈夫か?』
『朗報をお届けするわ……次は肉声でね。楽しみに待ってて』
『わかった』
そこで会話を切ったリズは、揚々とした心持ちで、敵勢に向き直った。
勝利につながる、小さな、しかし確かなカギを手中に収めた。そんな手ごたえが、今の気持ちを後押ししている。
後は使い方次第だ。勝利につなげるための手札が揃いつつある中、リズはその筋道について思考を巡らせていく。
屍人の御し方については考えができた。宙に浮かぶ亡霊についても同様だ。
厄介なのは、建物の中に未だこもりっぱなしの死霊術師本人だ。
おそらくは、屋内で亡霊を量産している最中と思われる。
その後続は、リズを追い詰めるための兵力なのだろうが、屋外に出すまでは目くらましの役も果たしている。魔力透視では、亡霊と死霊術師とで、瞬時に見分けをつけるのが難しいのだ。
集中すれば判別できないこともないが、多勢でかかられている状況で、そちらに目を向けて集中するというのは中々リスキーだ。
そこでリズは、屋外に漂う亡霊の対処を優先することとした。陸側の屍人の動きに注意しつつ、動きが遅い亡霊たちに、《陽光破》を照射していく。
当て続ければ消失するこの攻撃に対し、中には建物の影に隠れようと動く亡霊も。
これをリズは逃さずに魔法陣を動かして追い詰め、亡霊を光の中で霧散させていく。
空を掃除していく一方、陸の屍人はそのままだ。死霊術師本人と連携して魔法が放たれ、建物からは新手の亡霊が飛び出してくる。
リズの余裕を削ごうという意図を感じさせる寄せ手だが、むしろ好都合だった。建物の中から亡霊を出してもらえれば、最後の詰めが楽になる。
もっとも、詰めにまで寄せていく過程が大変になる部分はあるのだが……
ここが勝負どころと判断したリズは、迫る魔法攻撃と亡霊の回避を兼ね、建物から飛び降りた。
そこに合わせ、宙を駆けて飛びかかる屍人。敵の動きを見極め、リズはその場で《陽光破》の魔法陣を刻んだ。
すると、宙を駆けてくるその屍人は、見えないが確かにあったはずの足場を突然失った。
リズの見立て通りである。屍人の視覚を通じて目が眩むのを嫌い、死霊術師が接続を切ったのだろう。
地に立った彼女の元へ、また別の屍人が二体迫る。
リズとしては、これら屍人をできる限り損壊させず、無力化させたい。
――戦闘後の展開のために、だ。
そこで彼女は、一つ策を考えた。手のひらに《陽光破》の魔法陣を展開。威力は可能な限り絞り、相手には感づかれないように。
準備を済ませた彼女は、自分に飛びかかろうという屍人に向き直った。猛然と突き進む屍人のタックルが迫る。
これを横に避けた彼女は、すれ違っていく屍人の顔に手を伸ばした。《陽光破》を仕込んだ手だ。魔法陣を動かすより、こちらの方が手っ取り早い。
相手の目を手で覆うなり、絞り込んだ魔法陣の威力を瞬時に開放、屍人の顔に光を浴びせつける。これみよがしに威をチラつかせる、宙に浮く《陽光破》の大鏡とは異なり、奇襲性は抜群だ。
魔法陣が小さいため、集光力はさほどではないが……この光は単なる目潰しではなく、対死霊術向けのものだ。
実際、屍人には十分な威力が出たらしい。浄化の光でいきなり目を焼かれた屍人は、前に突き出した腕を、顔を覆うように持っていく。
が、時既に遅し。リズの足払いを受け、盛大に転がっていった。
もう一方、別方向から迫ってきた屍人に対しても、リズは近接戦闘で応対した。
掴みかかろうとする相手に対し、彼女は相手の腕をつかんで背負い投げ。近くの壁に叩きつけた追撃に、彼女は手のひらから光を浴びせつける。
受け身もとれず、大の字になって壁に激突した屍人は、そのまま目を焼かれ、地に落ちるとうずくまるように丸まった。
この短い間の連続戦闘に、死霊術師の邪魔が入ることはなかった。
屍人への目くらましが、一時的なものに終わる可能性はある。
ただ、相手の行動を左右する布石には、なったことだろう。目を焼かれて満足に戦えない屍人に、今更乗り移る理由はない。
それでも、最低限の警戒を絶やさないリズだが……最大の標的は、今も残る屍人一体だ。
――すなわち、死霊術師が操り得る屍人が、一体に絞られたのだ。




