第64話 VS死霊術師④
亡霊への対応法を確認したリズは、陸へと向かった。
魔法を使いこなす屍人の正体を突き止めるためである。
果たして、陸に立った彼女の元へ、それまで手持ち無沙汰であっただろう屍人たちが躍りかかる。
さらに上や横合いからは、緩慢ながらもしっかりと距離を詰めてくる亡霊、加えて建物の内部からは《貫徹の矢》も。
前もって囲まれない位置取りをしていたリズは、貫通弾を《防盾》で相殺した。
同時に、空には《陽光破》の魔法陣を二つ展開。一つは一点に継続的な照射、片割れはより自由に動かし、空を薙ぎ払うように。
定点照射の光が、空から迫りつつあった亡霊の一体を焼く一方、薙ぎ払う光は亡霊を斬りつけた後に屍人の群れへ。
すると、三体で駆けていた屍人の内、一体がその速度を緩めた。残る二体の脚に、身を焼く光の薙ぎ払いが迫る。
これで焼き尽くせるわけではないが、身を焦がす音と煙が立ち込め、二体の下肢が震えた。
自身の脚力の大きさゆえに、急激なバランスの変化には耐えきれないようだ。二体の屍人がその場でつんのめって倒れていく。
この二体が倒れるや、歩を緩めて難を逃れた一体の姿が、リズの視界に入った。
――彼がすでに構えていたのは《火球》。間を置かず放たれる凶弾。
しかし、こうして攻撃が来ること自体、リズには読めていた。
彼女は《防盾》を重ねてこれを相殺、辺りに爆炎が舞い散る。
その中、魔力透視で間合いを計りつつ、彼女は《火球》を射てきた屍人に狙いを定めた。機敏なステップで、斜め前方の空中に躍り出ていく。
それを屍人も認識していたようで、別の魔法陣を構えていた。
一方のリズが構えるのは、《防盾》の魔法陣だけである。しかし……
爆炎が視界を覆ったその隙に、彼女は《陽光破》の魔法陣の威力を限界まで絞っていた。
空中でさらなるステップを踏み、彼女は横へ抜けていく。その動きに合わせ、彼女は《陽光破》の威力を元通りにした。
すると、力を取り戻した鏡から光が放たれ、彼女と対峙する屍人の顔にまばゆい刃が迫る――
これに対して屍人は、構えていた魔法陣を発動させるよりも別の行動を優先した。とっさと思われる動きで両手を前方に伸ばし、目を焼かれるのを防ぎつつ、横にダッシュして建物の中へ。
彼の姿が建物の影に隠れると、すぐに別の建物から援護射撃が。死霊術師本人のものと思われる貫通弾を難なく相殺するリズ。
また、地面からは別の攻撃も迫る。先程、前のめりに倒れた二体の屍人の内、一体が《追操撃》を放とうとしているところだ。
この攻撃に対し、彼女は即座に反応した。《陽光破》の鏡を傾けて、彼女を狙う屍人の手を焼き付ける。
結果、記述の途中でかき乱される結果となり、書きかけの魔法陣は霧散した。
《陽光破》が屍人相手の戦いに奏効する一方、空からは相手にされずにいた亡霊たちが迫る。
それらに彼女は、陽光の薙ぎ払いを差し向けた。
怒涛の攻勢をしのぎきり、やや戦いが落ち着いたところで、彼女は戦場の把握に意識を傾けた。
操られる屍人と死霊術師の間には、隠すこともなくマナの線が結ばれている。
少し立ち止まってみれば、なんともおぞましい話ではあるが――リズはこの魔力のつながりの一つへと、《傍流》の魔法陣を仕掛けた。
屍人に魔法を使わせるその仕組みについて、理解できれば有利になると考えてのことである。
しかし、このつながりの中で、屍人相手に何か命令が発された様子はない。傍受しても、それらしい感じがないのだ。
では、敵は屍人を別の方法で操っているのだろうか。それとも、屍人それ自体に任せっきりなのだろうか。
リズは後者が有り得そうだと考えたが、それでは説明がつかないこともある。
というのも、魔法を使える奴だけ、妙に動きがいいのだ。
本能的とも言える野蛮で粗野な動きを見せる屍人の中で、魔法を使える奴だけ、人間らしい意識や洗練された技があるように見える。
また、特定の個体だけが魔法を使ってくるというわけでもないようだ。いずれの屍人も、魔法を使ったことがある。
それに加え、ここまでの戦闘を振り返ってみると、複数の屍人から魔法を仕掛けられることはなかった。
となると……
手口がなんとなく視えてきたリズは、三体いる屍人と死霊術師を結ぶ魔力線、三つ全てに《傍流》を仕掛けることに決めた。
それにしても、思考加速抜きでは、数回は死んでいそうな戦いである。
おそらく、これも死霊術の強みであろう。自分だけ継続的に手数を増しながら、相手に圧をかけ、思考の余裕を削いでいける。
何とも苛立たしい敵の連携を、リズも自分自身と《陽光破》の薙ぎ払いというセルフ連携で応戦し、どうにか三本の魔力線に《傍流》の仕掛けを組み込んだ。
後は、この三本の内、どれが使用中かということだ。目を凝らせば識別できるが――
できる限り、安定して使わせたい。
そこでリズは、賭けに出た。
陸から攻める屍人は三体。その二体へと、リズは《陽光破》の照準を差し向けた。地面を焼く光の刃が、屍人二体へ迫る。
彼らはその攻撃を横に跳んで回避するも、リズは執念深くその動きを追った。
だが、残る一体はフリーである。
その相手へ、彼女は申し訳程度に《魔法の矢》を放ちつつ、屍人たちと死霊術師をつなぐ線に注意を向けた。
すると、今相手をしている屍人へのつながりに、より多くの魔力が流れていることを彼女は認識した。
おそらく、この線に何らかの情報が流れている。そして、この状況はいくらか安定して続くはず……
そう踏んだ彼女は、《傍流》の魔法から合流するように、この線へと意識を集中させていく。
――瞬間、リズは他人の視界から自分を見ている自分の意識に気づき――
視界の中の自分が目を見開いたと同時に、リズは自分の中に戻ってきた。
わずかに遅れ、視界にお邪魔した相手の手から魔法が放たれる。
内心で少し冷や汗をかくリズだが、指先は精密無比に動いて攻撃を相殺。攻防の音に紛れるように、彼女はホッと息を吐いた。
(危なかった……)
あれが錯覚でなければ、彼女は屍人の視点で自分を見ていた。
と同時に、全身が微妙に跳ね上がるような違和感もあった。自身の意図とは無関係に、体が動く――あるいは、動かされるような奇妙な感覚が。
それが戦闘中に、である。
今回の一連の戦闘でも、とりわけ危なかった一幕に、さすがのリズも心臓の鼓動が跳ねる。
そんな彼女へ、先ほどの視界提供者らしき屍人から魔法が放たれる。死霊術師とつながれた魔力線を見たところ、今も使用中のようだ。
その魔法攻撃を迎撃するも、今度はお仲間が横合いから飛びかかってくる。
この飛びかかりの勢いを活かし、魔法を使ってきている屍人へ投げ飛ばすリズ。
すると、二体の屍人がもみくちゃになっている横合いから、残る一体の屍人が魔法を放ってきた。
リズは投げの勢いに身を委ね、転がりつつ回避。勢いを活かして立ち上がり、彼女は態勢を整えた。
屍人が二体転がっている隙に、《陽光破》で空を焼き払いつつ、彼女は加速した思考の中で考えを推し進めていく。
《傍流》の魔法は、情報のやり取りを傍受する魔法だ。
そしてリズは、この傍受は言語化された情報を対象とするものと考えていた。
しかし、発案者本人が想定していなかったことだが……映像もまた、盗み見ることができるらしい。
《叡智の間》における試験では、《念結》による自分との会話でしか試していなかっただけに、これは盲点であった。
今回のケースにおいては、死霊術師から言葉による命令が発され、それで魔法を使わせているものと彼女は考えていた。
だが、先ほどの現象を素直に解釈するなら、彼女を見ていた屍人の視覚情報が、敵の死霊術師へと流れ込んでいたというわけだ。
そのようなことをせずとも、死霊術師本人は、魔力の透視によって戦場の把握が可能なはずである。
にも関わらず、自分自身の視界を捨ててまで、敵は屍人と同じ視覚を得る必要があった――
この段階でも推論は可能だが、一回限りの情報では心もとなくもある。
そこでリズは、もう少し検証してみることにした。《空中歩行》で地面から少し上がり、屍人たちの頭上を取って《魔法の矢》で攻め立てていく。
すると、屍人たちは一気に跳び上がった。手が届く位置にいるリズを捕まえるためであろう。元は人間と思えない跳躍力を見せる屍人たち。
――そのうちの一体が、急に空を駆け出す。
もっとも、これはリズが誘っていたことでもある。
彼女は空中で鋭くステップを刻み、突進を回避しつつ周囲に視線を巡らせていく。
それぞれの位置状況、攻撃の有無を確認した彼女は、タイミングを見計らって、意識を《傍流》に向けた。
傍受対象は、三つある線の内、宙に浮いている線だ。
次の瞬間、彼女の視界は、宙に足をつけて自分に追いすがろうという屍人の視点に移った。
そこで彼女は、屍人の目で見る自分自身を意識しつつ、自分の指先に魔力を集める意識を持った。
すると、彼女の意志に従い、屍人の視界の中で自分の指先に魔力が集まっていく。
ごくわずかな間のことではあったが、それだけの微妙な変化をつぶさに感じ取り、リズは自分の中へと意識を戻した。
いや、正確には、流れ込んできた情報を一度振り切ったというべきか。
少しばかり立ち眩みのような感じを覚えつつ、空を蹴って迫る屍人の足に、彼女は《魔法の矢》を撃ちこんだ。
着弾に伴い、攻撃を受けた相手の腿が怒張する。射撃の威力を内側からかき消すかのような力強さを見せるが、バランスは崩したようだ。
左右の脚力差に、空中でふらつき始めた屍人に、リズは矢の連撃を加えていく。
その時、彼女の知覚は、標的とする屍人の足から魔法陣が消えていくのを感じ取った。
すかさず、彼女は周囲に気を張り巡らせ、今度は陸に控える別の屍人に新たな脅威を知覚した。
同時に、敵の死霊術師からも貫通弾が放たれる。
《防盾》を構えて貫通弾をやり過ごしつつ、彼女は、自分を狙う屍人と死霊術師の間のつながりに意識を向けた。
今回も彼女の中に、別の視界情報が流れ込む。今まさに、彼女を撃とうとする屍人の視界だ。
それだけ確認すると、彼女は一瞬でその視界から意識を抜け出させた。
これでおおよそ確定したものと、リズは考えた。
死霊術師は、屍人から視覚を得ており……その視覚情報を元に、相手の屍人の体を我がものとするかのように動かしている。
そして、自身が操る屍人に、魔法を使わせている。
このつながりの中にリズが意識を忍び込ませたとき、彼女は同じ視界を共有したわけだ。
その際には、意識とは無関係に体が微妙に動かされるような感覚があった。これは、死霊術師が屍人を動かそうとする意志に影響を受けたのだろう。
二体以上の死人から同時に魔法を使われていないのは、これで説明がつくように思われる。意識一つで、同時に二体を動かせないということだろう。
おそらく、普段は手勢の好きにさせておき、ここぞという時に行動を掌握。手勢から魔法を使っていると考えられる。
時折、屍人と術者本人で、連携を決めて攻撃しているように見えることもある。
これは、意識を高速で切り替えているからか、あるいは、同時攻撃に見せかけることのできるタイミングを選んでいるようにも思われる。
ただ、もう一つ別の解釈もあり得ると、リズは考えた。
――視界が屍人のものに上書きされても、その中の対象を《貫徹の矢》で撃つのは、そういう訓練を積めば可能なのでは?
まず、他人の視界を得ている状況でも、自分で魔法を使おうとすること自体は可能だ。
これは、リズ自身が体験したことでもある。屍人の視界で眺める自分の体が、自分の意志に従って、指に魔力を集めていたのだから。
また、死霊術師から魔法攻撃がやってくる際、全て《貫徹の矢》だ。
これは、敵が建物の中にこもっているからというのが大きな理由だろうが……他者の視界を借りて狙い定めるなら、攻撃魔法として妥当な選択肢とも思われる。障害物を考慮せずに真っすぐ飛ばせるからだ。
とりあえず、敵の死霊術師は、屍人の中へ一時的に自分の意識を入れることで、魔法を使わせている可能性が高い。
リズはそのように結論づけた。
もちろん、これで確定したわけではないが……相手の手口を探っていることと、糸口をつかみつつあることを、相手に悟られたくはない。
情報収集はここまでと、リズは判断した。
思い返せば、《傍流》は実戦経験の浅いオリジナル魔法だ。肝を冷やすような局面もあった。
(我ながら、よくやったもんだわ……)
情報収集のためとはいえ、意図して危険に踏み込んだことを思えば……今なお見せつけてくるような敵の連携プレーも色あせてしまう。
敵勢はまるで減っていないが、ここからだ。




