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第63話 VS死霊術師③

 要救助者を背負い、陰鬱な廊下を駆けていくリズ。

 だが、彼女を逃げさせまいと、2方向から《貫徹の矢(ペネトレイター)》が迫る。

 廊下の外からは屍人(グール)が迫る音も。透視図の中でも、そういう反応は見受けられる。

 それに加え、外に漂う何らかの魔力も。あの死霊術師(ネクロマンサー)が、別の魔法を使ったのだろう。


 そこでまず、彼女は救援要請を行うことにした。走りながらも貫通弾をいなしつつ、《念結(シンクリンク)》でクロードに呼びかけていく。


『捕虜を一人確保。空から逃がしたいわ』


『わかった。あの二人を向かわせればいいな?』


『ヤバい敵だから、気を引き締めてもらってね』


『ああ』


 後は、お迎えに引き渡すまで、敵の攻勢をしのぎきればいい。

 自分たちに向かう攻撃をさばき続けるリズだが、背負われている男も、ただのお荷物ではなかった。息を荒くしながらも、彼は防御の構えを取り続けている。

 無論、先んじてリズが彼を痛めつけたせいで、万全の守りとは言い難い。

 しかし、彼の心意気は頼もしくあり、背を押されるようでもある。


「無理しなくていいわ。でも……ありがとね」


 それに対する返答は、だいぶ遅れてから「すまない」という一言だけであった。


 どうにか建物から出たリズだが、今度はさっそく屍人が襲い掛かってきた。

 前から視えていた待ち伏せではあるものの、背負ったままの戦闘では分が悪い。

 彼女はまず、機敏なステップでジグザグに動いて行く。成人男性一人を背負っているとは思えない身のこなしだ。

 それに追いすがろうと、こちらも不可解なほどの瞬発力で迫る屍人。煩わしい限りの火力支援の手助けもあり、ジリジリとリズの猶予を削いでいく。

 あと少しで掴みかかられる。


 そこで彼女は、足裏に魔法陣を一つ展開した――いや、靴底に、と言うべきか。

 足の動きと、靴に用いた《念動(テレキネ)》の力を組み合わせ、自身の脚の動きを阻害することなく、彼女は靴を脱いだ。

 靴を脱ぐや否や、今度はすかさず屍人の足元へ滑らせていく。


 この屍人からすれば、今はまさにリズに掴みかかろうという絶好の機だ。

 その、ここぞという相手の仕掛けどころ、力強く踏み切ろうという動きの兆しに合わせ、彼女は屍人の足元で力強く念動靴を引き抜いた。

 もちろん、靴の構造を活かし、相手のつま先をひっかけることも忘れずに。


 見事にひっかけられた屍人は、爆発的な瞬発力の矛先をうまく変えられ、頭から地面につんのめっていく。

 その顔面に、リズは膝蹴りを合わせた。転ぶ勢いに足して鋭い膝も受け、砂埃を上げて転がっていく屍人。

 一方、彼女は膝蹴りで自身の足が浮いたついでに、脱いだ靴を合わせて履き直した。


 間をおかず、彼女は《空中歩行(エアウォーク)》で駆け上がっていく。

 この程度では、不死者はリタイアなどしない。

 案の定、継続する魔法攻撃と、その相殺音に紛れ、先ほど蹴って転ばした屍人が起き上がる音が彼女の耳に届いてくる。


 それに辟易(へきえき)するものを覚えながら、彼女は空を駆けた。

 まずは、傭兵の二人、マルグリットとロニーに合流しなければ。

 建物群を見下ろすほどの高度に達すると、城壁の直上あたりに例の二人がいた。

 ヤバい相手だと聞くに及び、あまり近づかないでいてくれたのだろう。リズとしてはありがたいことだった。


 だが、合流をそのまま許す敵ではない。四方から迫る《追操撃(トレイサー)》の連発に加え、新手が現れた。霊魂らしき魔力の塊が、リズの方へと向かってくる。

 この霊魂は、弾速はさほどでもないが、それでも荷を背負っての脚では逃げ切れない。


 これを相殺しようと、リズが《魔法の矢(マジックアロー)》を放つと、霊魂は撃ち抜かれてその場で四散した。

 だが……バラバラになったはずの例の断片が、再び集合していくように見受けられる。

 そうこうしている間にも、下からは誘導弾や貫通弾、それに別の霊魂まで。


 すると、飛来しつつある霊魂の対応に、増援の二人も《魔法の矢》で応戦してくれた。

 二人からすれば間合いは遠いが、狙いは的確だ。対応が遅れれば選択が狭められると判断し、早めに動き出してくれたのだろう。

 根本の解決には至らず、助力としては小さなものかもしれないが、彼らの存在をリズは心底頼もしく思った。


 そして、どうにか無事に合流を果たした彼女は、二人に問いかけた。


「そちらで《封魔(マギシール)》を使える人は?」


「全員」


「これは失礼したわ」


 聞くのがむしろ非常識だったかもしれない。

 答えたロニーに苦笑いを返したリズは、手早く救助対象を空中で渡していく。


「たぶん、急所は外れてると思う。必要なら手当を」


「もちろん。捕虜は丁重に扱うわ」


「そうそう」


 二人は注意深く戦場に目を巡らせつつも、対応はどこか余裕があって軽やかだ。捕虜に対する、特段の強い感情もない。

 そんな二人に安心し、後事を託し終えたリズは、向き直って相手の攻撃に備え続けた。

 すると、去り行く三人に向けた彼女の背に、「すまない」という声が。

 その声は、風の音に揉まれてかき消されそうなほど弱弱しいかったが、それでも確かに彼女の元へと届いた。


 三人が場を離れるまで、彼女はそこに留まって攻撃をさばき続けた。

 撃ち抜いても戦場へ舞い戻る不可解な霊魂、下からはご主人に加勢して魔法を放つ、これまた不可解な屍人。

 そして、敵の首魁はいまだ姿が見えない。解決すべき問題はいくつもある。


 しかし、リズは不敵に微笑んだ。

 この砦へ入り込んだ当初を思えば、事態はかなり前進した方だ。クロードは無事に離脱させることができ、今もまた離脱していく一人を含めれば、捕虜は計七人。

 後は、あの敵を倒すだけ。多勢力が絡み合う暗闘も、随分とシンプルになったものである。


 さて、ここからの戦術を組み立てるにしても、まずは敵を知らなければとリズは考えた。

 まずは、霊魂による攻撃の特性だ。こちらからの攻撃で一時的に相殺できるとはいえ、完全に消滅できない以上、徐々に追い詰められかねない。


 そこで彼女は、霊魂相手に魔法を用いた。時間系魔法と複製系魔法を組み合わせた、彼女のオリジナル禁呪――《解読(デクリプト)》だ。

 これは、時間系の要素として過去に遡る力、複製系の要素として対象の魔法を読み取り再現する力を組み合わせている。

 本来であれば、時間を遡る力など、人間の手に余る物だが……対象をごくわずかに絞り込めば、どうにか制御可能になる。


 彼女が刻み込んだ魔法陣は、複雑怪奇な構造ではあったが、記述は一瞬であった。

 敵に知られてはならない魔法だと考え、幾度となく練習に励んできた成果だ。

 瞬時にして形を成した魔法陣を、霊魂が何事も無かったかのように素通りしていく。


 しかし、《解読》はここから本領を発揮する。対象とした魔法が、いかにして記述されたものか。その過去を遡り、魔法になる前の魔法陣を、リズの脳裏に再現する――

 はずであった。


(映らないわね)


 これまで実験台にしてきた魔法と違い、霊魂は《解読》に反応しない。

 リズの記述に誤りがなければ、話はシンプルだ。霊魂らしき魔力は、実際には魔法ではない。


 そこでリズは、別の可能性に思い至った。相手の死霊術師が、何らかの儀式的手法によって操っている、いわゆる亡霊(スペクター)ではないかと。

 この亡霊は、浮かばれない魂が持つ生者への憎しみが凝り固まることで、人に害をなすようになったものである――と、リズは記憶している。

 そして、この砦という建物の存在意義を思えば、亡霊の素材があるのもうなずける。遠い昔、ここで戦いがあったのだろう。


 リズが目にしているものが亡霊という可能性は高く、それを踏まえれば、敵の死霊術士には立地上の有利がある。

 また、死霊術師自体、情報面の優位がある。普通に生きていれば不死者(アンデッド)に出くわすことはまず無いため、死霊術師の希少性も相まって、対策の認知が遅れているのだ。

 だが……革命に参加した多くにとって、この事態が予想外であるように、相手の死霊術師にとっても、おそらくは予想外と思われることが一つある。


 それは、妹との戦いに備え、リズがそれなりの知識を蓄えてきたことだ。

 不死者への対応準備など、専門家でもなければ時間の無駄として避けられることだろうが……リズにとっては死活問題である。


(かえって、ちょうど良かったかしらね)


 プラス思考の彼女は、この機に覚えた魔法を試してみることにした。

 そもそも、亡霊や屍人のような不死者など、遭おうと思って遭えるものではなく、貴重な実践の機会を逃す手はない。

 彼女は陸から迫る貫通弾や誘導弾には《防盾(シールド)》で対応し、亡霊の多くは《魔法の矢》で蹴散らした。相対する亡霊を、まずは一体に絞るためだ。


 そして、彼女は対不死者用魔法の入門である、魔法を宙に刻んだ。

 白味を帯びた黄色い魔法陣が、周囲の光を吸って集めていく。魔法陣を中心とする空間が少し暗くなり、中央の一点からは亡霊へと、まばゆい光を照射される。

 これは《陽光破(ソルブラスト)》、集積した光を破邪の力に変え、不死者を撃つ魔法だ。

 ただ、入門用ということもあってか、欠点は多い。相手を焼灼するまで、この魔法のレンズを当て続けなければならないのだ。

 また、実体のある屍人に対しては、身を焼く力はあるものの、生前の力を遥かに超える動きをする相手に、これを当て続けるのは難しい。

 加えて、周囲の光を必要とする都合上、暗闇に弱い。


 もっとも、今回は晴れ間がリズに味方したようだ。彼女の見立ては正しく、集光レンズとなった魔法陣から注がれる光が、亡霊の魔力を四散させることなく焼いていく。

 やがて、敵対していた亡霊は、跡形もなく消失した。

 おそらくは、不浄の気を(はら)われて、還ったのだろう。


 手応えを感じたリズは、地面の方に目を向けた。

 亡霊への対処法が手にあるとはいえ、光を当て続けなければ浄化できないのは厄介だ。

 さらに言えば、数の有利は向こうにある。死霊術師本人の姿は未だ明らかになっていない。

 そればかりか、敵はさらなる亡霊を用意して、その魔力の中に紛れて隠れようと目論んでいるようだ。敵が潜んだ建物の中、亡霊の雲が広がっていく。


(上等じゃないの)


 単騎でありながら自身の勢力を増していくという、自分とはまるで違ったスタイルの強敵を前に、リズは不敵に微笑んだ。

 相手の死霊術師は、確かに脅威だ。死霊術自体、系統丸ごと禁呪として扱われる程で、多様な魔法系統の中でも最上位に属する。

 だが、禁呪を修めているのは敵ばかりではない。リズもまた、系統そのものが禁呪となるような魔法系統を修めている身だ。

 それも、互いに近縁する2系統――時間系と空間系の魔法を。

 彼女自身、入門程度の習熟度という認識ではあるが……


 遅れを取っていると感じ、尻込みする理由はない。

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