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第61話 VS死霊術師①

 叫び声を耳にして、リズの背筋が凍りついた。


――あの中に一人、死霊術師(ネクロマンサー)が紛れ込んでいる?


 そうと思えば、情報がつながる部分はある。リズは思考を加速させ、状況の把握と理解を推し進めていった。

 まず、魔力による透視は、重なり合うように見える対象のそれぞれを、分解して認識するには向いていない。

 これは、死体に魔法を施す上では有利に働く。透視図の上では、単に一点に魔力が集中しているようにしか映らないからだ。

 そして、死霊術師が手下を繰り出したとしても、それを怪しまれることはない。術者と手下をつなげる魔力の線は、傍目(はため)には《念結(シンクリンク)》と区別がつかないからだ。

 そもそも、《遠話(リモスピ)》の監獄で、魔力の透視と識別を阻害していたというのも、敵にとっては好都合だったことだろう。


 今の攻撃が本当に屍人(グール)――死霊術(ネクロマンシー)で動かされている人間の死体――によるものだとすれば、死霊術師が魔法を使い終わったのは、自分が傍受の準備を済ませた頃だとリズは考えた。

 そして、砦の中から二人出てきたタイミングで他の面々の注意が外に向き、それに乗じて死霊術師は自身の仕事を始めたように思われる。


 結局、新たに襲われた一人も、断末魔の叫びだけを残して反応が消えた。

 残り四人、うち一人がおそらくは死霊術師だ。

 そこでリズは、砦を覆う《遠話》の大半を解除し、残った《遠話》に自身の声を乗せた。


「死体になってまで使われたくなければ、早く逃げなさい!」


 これまで音の檻に閉じ込めておいて、この言い分。相手に対し、少し申し訳なく思うものが彼女にはあった。

 ただ、城塞にこもっていた連中も、結局は屋外よりは得意なフィールドと見て、あの中に留まり続けたのだろう。

 屋内で死霊術師と戦う想定など、決してなかったものとは思われるが。

 まず、死霊術師自体が大変に希少な存在である。

 それも、祭司祭礼の場で力を振るう神職のようなものでなく、戦場でモノになるほどの猛者となると――

 それを運用できる国は、ごくわずかだ。


 リズの勧告と檻の開放を受け、工作員が二人、外へと飛び出してきた。

 一応の防御を構える彼らに対し、リズは攻撃を撃たないでいるし、彼らも同様だ。リズへの敵意をまるで見せない。

 もはや、そういう状況ではないという共通認識が出来上がっている。あの死霊術師を放置すれば――


 二人が脱出した後にも、砦の中からは交戦音と悲鳴が響いてくる。

 おそらく、これで三人目がやられた。先に死んでいたと思われる二人を足せば五人で――相手にしてみれば、使える死体が増えた可能性が高い。

 命からがら逃げてきた二人は、自分たちや、おそらくは本部が想定していたのよりも、ずっとヤバいヤマだと把握したのだろう。敵であるリズを前にして、深刻そうな顔で固まっている。

 リズは、やや憔悴を見せさえする生還者二人に声をかけた。


「私はすでに、あなたたちとは別勢力と思われる五人を、砦の内外で確保してる。こちらに(くだ)った協力者としてね。あなたたちもそうしなさい。でなければ、手出しできないところで事態が動いていくわ」


「……降ったところで、手出しできるわけでもないだろう?」


「このハーディング領の民同士が殺し合えば、それはすなわちラヴェリアの国益につながる。それを避けたいのなら、手を貸しなさい」


 この提案は、一つの賭けだ。持ちかけられた言葉に対し、二人の顔にピクリと反応が走る。

 まずリズは、多くの工作員を確保したことを告げた。実力の差を示した上で、自分たちも降伏することの不名誉を和らげ、ハードルを下げた。

 彼女の言葉を彼らが真正面から信じたかどうか。それは定かではないが……あながちハッタリとも思えなかったことだろう。それだけの技量と策謀を、リズは披露している。

 さらに、彼女は国際情勢を持ち出し、協力体制の構築を促した。

 これは、先の発言ともつながっている。捕らえた五人と、その背後につく勢力が、革命勢力に手を貸すことになれば……


 リズの前で、二人はやや戸惑いを見せた。

 これは、彼女にとっては、それなりに幸いなことだった。反射的に反発を示す者がいれば……ラヴェリアの手先と見て、真っ先に始末せねばならないところだからだ。


 ただ、あまり時間の余裕はない。静かになった城塞の中から、魔力の反応が四人分近づいている。

 死体の総数、すなわち屍人の最大数は五体と思われる。死霊術師込みで六体だ。

 しかし、実際に動いているのが四体というのは、損傷から屍人に適さない死体があったのか、力量の限界か、はたまたブラフか……

 二人に「戦える?」と、リズは尋ねたが、二人とも苦々しい顔で首を横に振るばかりであった。片割れが、リズに問い返す。


「あんた、一人でも戦う気か?」


「ええ。ここで逃げたら……相手の実力次第だけど、不死の軍勢ができてしまうわ」


 その後、彼女は「あなたたちにも都合が悪いんじゃない?」と付け足した。

 この言葉に、二人の顔が言いしれない感情で歪む。


 肉体のリミッターを超えてくる不死者(アンデッド)相手に、生身の人間での格闘は不利だ。安全(・・)のためにと武器を本陣に置いてきているのも災いした。

 さらに魔法も、痛覚のない敵には効きづらい。

 その上、相手の死霊術師は、屍人を使役できる時点で相当な強者だ。

 以上を踏まえれば、人間相手の屋内戦・市街戦を志向しているであろう工作員には、明らかに分が悪い。


 リズは、彼らが逃げることを、恥ずかしいこととは思わなかった。戦えない奴が場に留まり、死んで相手の戦力になるよりは、ずっと賢明である。

 専門外の戦いとなれば、なおさらのことだ。


――言ってしまえば、リズが少しばかりおかしいのだ。


 結局、リズに加勢できそうもないことを、二人は()びた。

 感情を押し殺すのが仕事であろう工作員にも関わらず、彼らの声には苦い思いと悔しさ、申し訳無さがにじみ出るようだ。

 その声を、リズは真正面から受け入れ、彼らに魔法陣を向けていく。《封魔(マギシール)》だ。

 これを二人は、ただうなずいて了承し、魔力を使えない捕虜の身となった。

 自らの安全のため、非戦力化を選んだ――そう思ったのか、二人の顔がさらなる含羞で歪む。


 そんな二人の背を軽く叩き、リズは「早く逃げて」と、優しげな声で語りかけた。

 敵には違いないが……ここまでの仕事ぶりは十分なものであった。その敬意を示してのことである。

 彼女の言葉に、二人は門へと駆けていった。

 一方、彼女は外のクロードに、《念結》でこれを報告しつつ、後について考えを巡らせていく。


 屍人が危険なのは、リミッターが解かれた筋力と、痛覚に阻害されない動きばかりではない。

 死霊術は呪術の上位系統ということで、呪いの要素も多分に含む。不死者の血それ自体が、死霊術師には上質のリソースとなり、さらなる呪術の媒介となる。

 つまり、下手に傷もつけられないのだ。

 だからこそ、不死者は焼き滅ぼすか、這い上がれない質量の土で埋めてやるのが常道である。

 しかし……


(野良の不死者であれば、普通は火攻めにするけど……でも、その程度の対策はあるでしょうね……)


 リズがすぐに思い浮かべたのは、《窒息(チョーク)》という魔法だ。

 これは、対象領域の空気を抜いていく効果がある。動く対象に狙い定めて使うのは難しく、相手の抵抗に弱いため、もっぱら鎮火に用いられる。

 ただ、手勢の不死者に使うには好適な魔法と言える。空気を遮ったところで、部下は文句を言わないし、抵抗もしない。

 もちろん、この《窒息》で確定ではないが、それに類する火炎対策が相手にあることは疑いない。


 では、どうやって相手に対応していくべきか。不死者相手の戦闘法について思い巡らしていく中、リズの脳裏に一人の少女の姿が思い浮かんだ。

 死霊術師の妹、ネファーレアだ。


 アレと今回の敵は同業者だが、おそらく違いもある。

 仇敵である妹の方が、まだマシだろうということだ。

 というのも、継承競争が絡まなければ、あのネファーレアはまともな魔導士なのだ。

 後宮の安寧秩序の維持に大きな貢献があることは、リズも重々承知している。何かと曰く付きの後宮の中、妹は自身の力で御霊を鎮めているのだ。

 そんな彼女が、リズを不倶戴天の敵としている理由は、ただ一つ。


――王の子を産む名誉を、売女に先を越されたからだ。


 それゆえに、ネファーレアの母娘は、リズを大いに憎んでいる。


 ただ、そんな妹ではあるが……それでも、今回の敵よりはマトモだろうとリズは思った。

 もちろん、《インフェクター(汚染者)》まで持ち出してのあの戦いは、十分に下劣だったが、目的はリズの殺害に絞られていたはずだ。

 しかし、今回の敵は、まるで違う目的を持っているように思われる。もっと、邪悪な何かが――


 リズと、対峙する建物の間で、空気が静かに張り詰めていく。衝突が近い。透視図の中、反応が徐々に近づいてきている。

 だが、ゆっくりとした動きは、単なるブラフだろう。

 彼女はつい最近、不死者との戦闘を経験している。生物としての枷がない動きがどれほど鋭く危険なものか、その身を持って体験しているのだ。

 ひりつく緊張の中、彼女はその時の経験を思い出し、静かに身構えた。


 そして――それまで人間であった物体が、四足獣と見まがうほどの敏捷な身のこなしで、向かいの窓から飛び出してきた。

 屍人が総勢三体。死にものぐるいの勢いでリズに迫る。

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