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第57話 VS工作員たち①

 これから砦の中で戦闘に入る――わけだが、リズは中に入る前に立ち止まった。

 現状把握の間にも飛び込んでくる、《追操撃(トレイサー)》や《貫徹の矢(ペネトレイター)》を、煩わしく思いながらもいなしつつ、戦場全体に視線を巡らせていく。


 まず、魔法によって透過した砦の中では、多少の動きがあった。最初10人入り込んでいたはずだが、二人動かなくなっている。

 おそらく、余り物四人からなる2組で、それぞれ”仲間割れ”したのだろう。


 そして、透視図の中の動きから察する限り、いずれの敵も、こういう形での戦闘を念頭に入れた訓練を受けているのは明らかだ。

 この砦は元から戦場とする想定だった可能性は高い。

 あるいは、トーレットの街、さらには最終目標であるサンレーヌ城や城下町での戦闘も、視野に入れているのかもしれない。


 一方、リズはこういった屋内戦闘や市街戦の経験がない。

 自分相手の決闘であればいくらでも経験があり、それを応用できる野戦等であれば、なんの不安もないのだが……


(あえて、相手の得意分野に入り込む必要はないわね)


 他にも考えるべきこともある。

 今の状況が、ラヴェリア王位継承競争に、どのように関わっているかは定かではない。ラヴェリア主戦派、非戦派のいずれが関わっているかどうかも。

 それに、この戦場にいる工作員が、革命勢力に入り込んだ全てとは考えにくい。

 この戦いを五体満足で勝ち残るつもりのリズだが、この先のことを考えると、あまり手の内を(さら)した状態で目立ちたくはない。

 その上で、相手の得意分野に付き合わず、さらには自分の強みを押し付けられるような手立て――


 そんな都合のいい要求に対し、リズの頭に稲妻が走り、彼女は動き出した。



 リズが砦の外で動き出し、程なくしてのこと。

 外で生じている異変にいち早く気づいた工作員のペアは、中で行われている攻防に加え、外の様子にも注意を傾けた。


『外で魔法陣の展開を確認』


『ああ……魔力の感じから、相互に接続し合っている系統か?』


『みたいだな。攻撃系じゃない。おそらくは情報系か』


 彼らは、外で何か仕掛けている者がリズであると、即座に見抜いた。これまでの外の動きから容易に察せることだ。

 そして彼女は、建造物の外壁に、いくつもの魔法陣を張り付け続けるつもりのようだ。一枚どころではなく、際限なく壁中に。


『複製の自動展開か?』


『そうかもしれん』


 外で妙な動きをする女がいる一方、内側の戦いも気が抜けない状況にある。

 彼ら二人にとっては、いち早く日陰側を確保したのが幸いか。窓から差す日に邪魔されず、砦の内部内側で走る魔力の流れを鮮明に視認できる。

 中にいる”同業者”狙いの攻撃は、壁の中を通る貫通弾のやり取りが主だ。時折、窓から窓を通り、誘導弾が襲い掛かることもある。

 攻防共に、他の勢力も同じような実力であろうか。

 外で不可解な魔法陣が張り巡らされる一方、窓から飛び込んできた誘導弾を、男は的確に相殺していく。


『移動するか?』


『外を見て決める』


 やがて、外の魔法陣は――信じがたいことだが、外壁の一面のほぼ全体にまで行き渡ったようだ。

 これを警戒したのか、そちら側の壁には誰も残っていない。

 魔力透視の中、一面に魔法陣を張られては外が見づらくなる。これはリズの狙いの一つであろう。屋外の様子を見ようにも、その前面に魔法陣の壁が立ちふさがるからだ。

 実際、彼女の手で構築された魔法陣の壁は、彼女の姿をくらます煙幕のような働きをしている。

 しかし、手練の彼らは屋外へと集中力を注ぎ込み、動き出す魔力の人影をどうにか感じ取った。

 動き出すなら、早い方がいい――リズが標的とする、次の壁を確認した上で。


『反対へ行くぞ』


『ああ』


 相棒と同時に、音もなく駆け出しながら、男は考えた。


 外であのように目立ってまで魔法陣を張り巡らせる意図は、いくつか考えられる。

 まずはカモフラージュ。張り巡らされた魔法陣に隠す形で、何らかの攻撃魔法を仕込むという手が考えられる。

 そして、外への透視を阻むことによる、情報の隔絶。外で何かしらの動きがあっても、中からは認識と判断が遅れる。


 あの魔法陣の壁自体に効果があるかどうかは、微妙なところである。

 まず、攻撃系の魔法ではないだろう。壁を埋め尽くしたところで、一斉射撃しても外れが多くなりすぎる。

 無論、そうと決まったわけではないが、懸念を抱かせて行動を操作しようという威嚇のように思われる。

 また、今回の口実としての罠解除は、まったく進んでいない。

 その中で、あのように魔力でかく乱されては、本来の罠に気づきにくくなる可能性もある。


 内側にいる自分たちからすれば、外に張られた魔法陣からは距離を取りたくある。

 そして、この心理を活かし、外壁の一面ずつ潰していけば――中で戦う自分たちの行き場が、少しずつ制限されていく。

 外にいる側からすれば、潰し合いを誘発できるわけだ。


 とはいえ、外に出る選択はとりづらい。遮蔽物のない環境でも戦えるだけの訓練を積んだつもりではあるが、本業は建造物内部での射撃戦だ。

 外に出るよう、促されているようでもある。

 何の魔法陣を展開しているのか、詳細を確認しに行くのも危険だ。近づいたところを撃たれかねない。

 自分たちでそうするよりは、他の奴に動いてもらい、それを観察したくある。


 外で不可解な動きをする少女に弄ばれているような感じを覚え、男は歯噛みした。

 だが、中にいる他の勢力の工作員も、油断ならない敵だ。相手に鉢合わせないよう道を定め、射撃でのかく乱を織り交ぜつつ、二人は駆けていく。

 幸いにして、同じ階にはもう1組しかいない。リズに壁を2面潰されても、まだまだ共存(・・)する余地はありそうだ。


 しかし――


 男は一瞬、頭の中を直接叩きつけられたかのような衝撃を覚えた。頭部に熱感を伴う、強い立ち眩みのようなものに襲われる。

 砦の四方八方から衝撃音が絶えず残響し、魔力透視を行う視界の中で、無数の青白い線が行き交う。

 瞬間的に生じた知覚情報の津波の中、男は吐き気をこらえて頭を振った。

 そして彼は、つなぎとめた意識の中で、外にいる相手の意図を悟った。


 壁の一面に展開していた魔法陣は、《遠話(リモスピ)》だ。


 展開した《遠話》の全てを一組にしてつなぎ合わせることで、一つの魔法陣から全ての魔法陣に音を伝え――逆に、全ての魔法陣からの音が、一つの魔法陣に伝わって流れ込む。

 たちの悪いことに、砦の通路がお(あつら)えな反響装置になっている。魔法陣から魔法陣へ、壁から壁へ、音の波が絶えず広がり跳ね返り、そのたびに音と魔力の接続を連鎖的に生じさせていく。


 聴覚と視覚、両方に対する無慈悲な暴力に対し、男はどうにかこらえきった。

 音の波が少しずつ去っていくのに従い、《遠話》同士のやり取りも収まり、視界を埋め尽くす勢いの魔力線が薄まっていく。


 しかし、《遠話》を接続する魔力の線は、完全には消失しない。魔法陣が一つでも、何かしらの音を感知すれば、その音を届けるためのやり取りが生じるからだ。

 そうした環境音の連鎖は、《遠話》の壁から離れた男の耳には入らない。

 おそらく、あの魔法陣で埋め尽くされた壁の方では、風の音などの雑音が絶え間なく響き渡っていることだろう。もしかすると、屋外以上に。


 音はほとんど聞こえなくなり、魔法陣同士でやり取りが行われている魔力の線は、薄まったもののなお健在。集中すれば、内部の様子をどうにか識別できるといった具合だ。

 つまり、透視による互いの識別力が問われる状況となっている。

 この機に乗じ、二人は仕掛けた。同業者たちもほぼ同時に、息を吹き返したかのように動き出す。互いに撃ち合い、それらをさばいていく。


 攻防によって発生した音は、《遠話》に聞き取られはしなかったようだ。砦内の全員が、あの魔法陣の包囲から距離を取っていたのが幸いしたらしい。

 再び始まった射撃戦だが、互いに被害は出ていない。

 いずれも、動きが明らかに悪くなっている。男の口から、乾いた笑いが思わず(こぼ)れる。


 ただ――外にいる一人は圧倒的優位にある。


 建物外からは音響攻撃が断続的に発生した。そのたびに、鷲掴みにされた脳が揺さぶられる。

 男はその感覚に抵抗し、どうにか慣れようとしたところ……外の彼女が新たな動きを示した。思わず心の内で悪態が出る。


『クソが』


 どうやら、今度は屋上を手中に収めようとしているようだ。

 完全に、この檻に閉じ込めようという腹らしい。縦横無尽に魔力の線が走り、果てしなく残響が駆け巡るこの檻に。

 苦虫を噛み潰したような顔になる男に、相方は話しかけた。


『手分けして動くのはどうだ?』


『しかし、《念結(シンクリンク)》を気取られるかもしれない』


 そう思って、男ははたと思い直し、この状況ならではの気づきを得た。


 この二人は意思疎通に《念結》を用いている。他の勢力も同じことだろう。

 しかし、遠隔での意思疎通が可能でありながら、彼らは固まって動いている。透視して《念結》による魔力の流れを見れば、別れて動いても誰と誰が仲間であるか一目瞭然だからだ。

 となると、挟み撃ちを仕掛けるつもりで別々に動いても、その気配を先に気取られ、対応で各個撃破される恐れが高い。

 それよりは、固まって動いた方が安全である。


 だが、今は状況が違う。壁中に展開された《遠話》同士で、無数の魔力の線が絡み合う環境下、《念結》の線を紛れ込ませるのはたやすい。

 加えて、《遠話》で埋め尽くされた壁を背にすれば、それを魔力の迷彩として位置を気取られにくくもできよう。個別に動くことでの奇襲性は高まっている。それに……


『外の奴のせいで、戦場が狭められつつある。本格的な衝突の前に、今のうちから挟み撃ちに向かえるように、態勢を整えたい』


『いいだろう。目が慣れない内に動き出した方が、背景の線に紛れやすいしな』


 二人は合意に至ると、《遠話》で埋め尽くされた壁に近づいていった。

 その間にも、屋上では新たな《遠話》の包囲が敷かれているところだ。執拗な攻め手の動きに、男の顔が歪む。

 これだけの魔法陣を維持しつつ、つなぎ止めるのは尋常の力量ではない。やっていることはシンプルだが、それゆえに、小手先抜きでの格の違いを見せつけてくる。


 それでも、すでに同僚を一人失っている彼に、引き下がるという選択肢はなかった。


 いち早く動き出したこの組に対し、他の組も、遅ればせながら行動を示しつつある。

 彼ら同様に二人で固まっていたが、縦横無尽に張られた魔力線に乗じることを考えついたのか、距離を取って他を挟みにかかる動きに見える。

 的が分散していくと、先発の利益も損なわれる。挟み込もうにも、他の勢力の横やりが入るだろう。

 となると、入り乱れて混戦となるか、それを嫌って膠着(こうちゃく)に陥るか。

 かといって、今から固まって動く選択はない。今や動き出した敵たちが戦場をより広く使いだせば、寄り集まることは選択肢を狭める結果につながる。


 こうして、外からの働きかけにより、砦の中の各グループは同じ結論に至ったようだ。二人で固まって動く段階から、別れて動き、一つ一つの駒がけん制し合う展開に。

 より危険度を増した中、男は相棒に言葉を掛けた。


『死ぬなよ』


『ああ』

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