第54話 モンブル砦攻略②
さて、伏兵の確認までが傭兵五人の仕事であるが、彼らはこの場を去ろうとはしない。
引き継ぎも兼ね、入れ替わる形で戻るのだろうか。リズはそう考えていたが……
「中で何か起きちまった時のための対応用にさ、ここで控えてるんだ」
「門からは少し離れるけどね。中継役みたいな感じ」
「それは、向こうのみなさんもご存じで?」
「ああ。こっちが提案して、承諾してもらった。何かあった時に手も出せないんじゃ、半端な仕事で終わっちまうからな」
なるほどと、リズは合点した。
一言で傭兵と言っても、交わされた契約だけに忠実な者もいれば、クライアントの満足を優先する者もいる。彼らは後者なのだろう。
こうした態度の動機は様々だろうが、彼らの職業意識を、リズは大変好ましく思った。
それと同時に、彼らも無事で済ませたい、と。彼女の考えすぎかもしれないが――
これからあの砦の中で、殺し合いが始まる可能性が十分にある。
そこで、彼女は一計を案じた。
「何か、書くものはありませんか?」
「ん? 待ってな」
傭兵の一人が取り出したのは、ちょっとした大きさの紙である。
これを受け取ったリズは、《遠話》の魔法陣を刻み込んだ。
「何かあれば、これでお伝えしますので」
「なるほどね。了解した」
「ん? ちょっと待てよ? あっちのクリスに持たせてる方と、ごっちゃにならないのか?」
この気付きに感心しつつ、リズは「大丈夫です」と答えた。
「組を分けて書きましたから。逆に言えば、今お渡ししたものでは、クリストフさんにつながりませんが……」
「ま、そんときゃ誰か走らせるさ」
「だな」
そう言って笑い合う傭兵たち。
しかし、リズがこういうものを渡してきたことに、何か感じるものはあったのか、少し神妙な感じになっていく。
「このドサクサに紛れて、暴れようって奴がいるかもしれんな」
「たぶん、私がそう思われてます」
冗談交じりに言うリズに、傭兵たちは陽気な笑い声を上げた。
「ま、笑い話じゃねえかもだけどな」
「はい。ですので、何かあった時のためにと、これを」
「わかった、ありがとよ。ただ、助けを求められても、駆け付けられんかもしれんが……」
ダミアンが申し訳なさそうに言った言葉に、リズは笑みを返して応えた。
「その辺りは承知しています。何かあった際、適切な対処で被害の拡大を防止していただければ」
「後続を塞き止めたり、出てくる奴を保護してやったり……」
「場合によっては拘束、だな」
「はい」
話が早い傭兵たちを、リズは心強く思った。
彼らの中に、別の勢力から派遣された者がいれば、色々と面倒なことになるのだが……雇用に際し、裏は取れているという話だ。
現地人の商人たちが信用調査を行ったのなら、よそ者に過ぎないリズが口を差し挟むこともない。
彼ら傭兵よりもずっと怪しいのは、罠解除のために動く魔法使いたちである。
それも、一般的な賛同者の中に紛れて行軍に従い、今になって名乗りを上げてきたような魔法使いたちだ。
その者たちが、クロードを先頭として、もうすぐ合流する。
果たして、クロードが連れてきた魔法使いは総勢10名だ。
クロードはクリストフの代行として全体の責任者を務めつつ、リズのお目付として同行する流れとなっている。
罠解除を担う魔法使いたちは、全体的に少し無愛想で、強い緊張感を漂わせている。伏兵の確認を通し、打ち解けた感じになった傭兵とは対象的だ。
伏兵よりも罠が本命という、事前の想定通りの結果になったことを踏まえれば、こうした雰囲気も不自然ではないが……
門から少し離れて待機する傭兵五人に見送られ、罠解除の計12名は砦の中に入っていった。
ここからの段取りとしては、手分けして罠を探し、それを解除していくというものになる。
ただ……メインとなる建物以外、リズの視野に罠の魔力は感知されなかった。
見えやすいものを陽動にしている可能性は否めない。
とはいえ、感知されにくいようにと魔力を抑えれば、罠としての威力や価値は大きく減じる。仕掛け、引っ掛けても、弱すぎる罠では意味がないのだ。
そのため、いくつかある建物のうち、メインの城塞以外に向かっても、罠の解除という点では空振りに終わる可能性が高い。
この“状況設定”をどう捉えるべきか……リズは少し考え、クロードに打診した。
「伏兵探しの際、少し建物の外側を歩き回ってみたのですが、罠を感知できたのは一番大きな城塞だけでした」
「そうか……念のため、まずは全員で建物の外から罠を探ってみてくれ」
彼の言は、リズからすれば妥当な判断だ。自分が信じ切られていないという認識はある。
一方で、彼女を信じたいと彼らが考えている、とも。
そこで、まずはリズの言葉を確かめようというのだろう。
また、事前に建物内の罠の有無がわかれば、罠がない建物で無為に過ごす愚を避けられるというのもある。
リズにとっても、探るべき建物を一つに限定できるというのは望ましいことだ。目を離した隙に、別の建物で工作されるリスクを抑えられる。
それに……今回の作業に集まった他の魔法使い10人の中に、複数の勢力からの工作員が含まれている場合、同じ建物内で睨み合せることもできよう。
多方面から警戒されていそうなリズからすれば、そういう泥沼的状況に持ち込んで、互いの負荷を増やしてやりたいのだ。
それぞれに考えはあることだろうが、クロードの提案に対し、反対意見が上がることはなかった。
まずは全員で、建物の外側から罠の存在を探り、罠がある建物を絞り込んでいくことに。
この、全員そろっての探知作業の中でも、不審な動きを示す者は出なかった。いずれも見解を一にし、一番大きな城塞の中にのみ、罠の反応が感じられる、と。
一人だけ別のことを言い出せば怪しまれるだろう。ここまでの言動にも、特に気がかりなところはない。
では、肝心のチーム分けだ。最初に、リズが口を開いた。
「クロードさんが適当に決めてしまってよいのでは? ご自身は、私と同行するという手はずですが……」
「適当、ね。んじゃ、この中で知人同士だったら、それ優先で組んでいいぞ。その方がやりやすいだろうしな」
これは……仮に複数人潜り込ませている勢力があれば、色々とやりやすくなるだろう。
不審者を炙り出すという点では、好都合ではある。
一方で、クロードのリスクを大きく引き上げる案でもある。
しかし、リズは反論を出さなかった。
クロードが口にした、旧知の仲の者とともに動くという案は、受け入れるのが自然ではあるからだ。
ここで不必要に声を上げ、自分の都合のいいように誘導しようとしていると取られるのを、彼女は避けた。
すると、クロードの提案通り、「実は……」ということで、過去に仕事を共にしたというペアが三組できあがった。残る四名はクロードが適当に二分割。
こうして六組できあがり、それぞれ別れて行動することに。別々の入り口を見つけ、その中から手分けして罠を解除していく流れだ。
敵がいると確定したわけではないが、その可能性は高いように思われる。
その上で、クロードという非戦闘員の幹部を連れるリズとしては、かなり不利な状況だ。
一応の仲間たちと別れ、入り口を求めて歩き出したところで、リズはクロードに話しかけた。
「探索についての指示は?」
「ん? ああ、それは任せる」
「わかりました」
そこでリズは、何も言わず、瞬間的に《空中歩行》を展開。クロードの目の前で、少しずつ高度を上げていった。
いきなりの挙行に、彼は少し驚き、無言で目を見開いている。
そんな彼にニコリと微笑みかけて、リズは言った。
「屋上から行きましょう。手分けするなら、そちらの方が効率的では?」
「まぁ、それはそうかもだけどな、俺はあんたみたいに飛べないんだ」
「よろしければ、同じ魔法を使いましょう。いかがですか?」
さて、クロードはこれを受け入れるかどうか……
内心では少し迷いもあったリズだが、彼は意外にも「わかった」と即答した。
これを意外に思い、彼女は少し呆気に取られた。
「なんだよ」
「いえ、もう少し警戒されるものかと……では、失礼」
自分にかけた時と同様に、リズは一瞬でクロードの足裏に、同等の魔法陣を展開させた。
「降りる意識をしなければ落ちませんので、安心して空を踏んでください」
「ん~……無限に階段を上る感じでいいのか?」
「はい」
説明を受けても、無理もないことだが、クロードの足取りは少しぎこちない。ゆっくり、一段一段確かめるように登っていき、時折地面に目を向ける。
慣れない様子の彼に、リズは微笑みながら手を差し伸べたが……クロードは苦笑いし、軽く追い払うような小さなジェスチャー。
とはいえ、本気で嫌っているようではない。リズは肩をすくめて笑った。
そんなやり取りの後で少しすると、クロードは慣れたのか、はたまた気持ちが程よく切り替わったのか、すいすいと透明な階段を上がっていく。
間違いが起きないようにと、リズはほんの少しだけ距離を開け、一緒に宙を登っていった。
やがて二人は、城塞の最上部に着いた。手すりのある屋上はちょっとした広さがあり、視界を遮るものは何もなく、周囲の様子を一望できる。
これが軍事施設と思わなければ、ちょっとした観光気分に浸れるだろう。
リズは砦を超えた後の方へと目を向けてみた。先はちょっとした空き地になっており、続いて川と幅広な石橋。さらにその奥に森が横たわっている。
正規軍が張っているとすれば、おそらくはその森の中だ。
砦すぐそばから視線を上げると、先へと続く街道が。街道沿いにはちょっとした集落が点在している。あれらが、どちら側についているか――
そして、目指すべき領主の居城は、地平線のさらに向こうだ。
ここまでは順調な道のりだったが、先はまだまだ長い。
少しの間、リズは周囲の様子に目を向けていたが、彼女の耳に「仕事は?」という声がかかる。
振り向いてみると、クロードが苦笑いしていた。
「いえ、近辺の様子も探っておくべきかと」
「ま、それはわかる。んで、こっから降りて罠を探しにいくのか?」
「そうですね……」
リズは口を閉ざし、視線を地面に向けた。
いきなり屋上に向かった理由はいくつかある。その中でも大きな理由が、下を一望できることだ。
――下の風景だけではなく、砦の下の階層をも。
《遠覚》と《幻視》の組み合わせによる、リズの視界には魔力の透視図が浮かび上がっている。
その中で示されているのは、各所に配された罠と、砦の中で動く他の組。そして、彼らが使う魔法の痕跡や、魔力の流れだ。
これらが、一つの視界の中に収まっている。
相手の動きを把握する上で、上を確保できているメリットは多大だ。
リズ同様、相手も透視法を使えると想定すれば、上を取って目立つリスクはある。とはいえ、彼女はすでに十分すぎるほど目立っているため、今更だろう。
そして……彼女の視界の中では、下の階の連中は不穏な行動をとっている。事前の懸念に沿うように。
やはり、紛れ込んだ者がいる。遠からず、この砦は戦場になることだろう。




