第53話 モンブル砦攻略①
軍議が終わるとさっそく、罠解除のための人材探しが始まった。
物理・魔法両面でのトラップがあり得るが、偵察の感じでは、何か大掛かりな動きは見られなかったという話だ。
となると、資材や工作が必要な物理トラップよりは、魔法系の可能性が高い。
そうした魔法系の罠に対応できる人材を募ったところ、程なくして十分な人員が集まった。
この罠探しに関しては、砦に潜む伏兵との戦闘になる可能性も否定できない。その懸念を明らかにした上での募集であったが……それでも、人員がすんなり集まってしまったのだ。
革命の中枢側としては、早めに動きだしたいという意向がある。募集のための各種伝達に滞りがなかったのは確かだ。
しかし、ここまで速やかに状況が整ったのは、それはそれで何とも言えない怪しさがある。
まるで、こういう事態になるのを待ちわびていた者がいるかのような――
人材が集まったことについて喜ぶべき立場にある革命中枢だが、リズの目には、感情が漏れ出ないように抑制しているように映った。
彼らの目から見ても、お誂えな事の流れに、不自然さはあるのだろうか。
何はともあれ、これで準備は整った。伏兵の確認に次いで、罠を見に行く人員、さらには緊急時に出動する要員が、陣地中央に集合している。
文民からなる革命勢力の中においては、選りすぐりの実戦担当と言っていいだろう。
商人等が多数を占めるこの革命勢力にあって、彼ら戦闘要員が醸し出す雰囲気は独特だ。砦という作戦目標を前に、ピリッとした緊張感を漂わせつつも、空気に飲まれないゆとりや余裕がある。
ただ、そういう面々の注目はというと、砦よりもリズに注がれている。
この場の人員は、これからの作戦の動きを当然知っている。まずは単独で様子を見に行こうというリズに、多くは「どれほどのものか」と興味関心がそそられているようだ。
そして……その中には、純粋な関心のみならず、情報戦のための注視も含まれることだろう。
今から向かう砦それ自体もさることながら、後ろから向けられる視線も気にかかるところ。これからを思って、彼女は気を引き締めた。
彼女の出発を前に、周囲は緊張で静かになっていく。
見送る側に立つクリストフは、総責任者ということもあってなおさらだろう。気が気ではなさそうだ。
そんな彼の顔を見て、リズはふと気がついた。腰のベルトに括りつけた装具から、魔導書を取り外して彼の手に渡す。
「これは?」
「非武装を装って接近するという事でしたので、魔導書は携帯できないと思いまして。それと、これで連絡をできれば……」
そう言って彼女は、魔導書の表紙を捲った。
開かれたのは、何もないページだ。その白紙と宙に、彼女は《遠話》の魔法陣を描いていく。
魔法陣が2つできたところで、彼女は通信の実演をしてみせた。
衆人環視下で手の内を明かすようではあるが、持っていて然るべき手札でもある。彼女は気にも留めなかった。
大事なのは、連絡手段として確かに預けることである。
この準備を、クリストフは納得して受け入れた。
さて、リズとしては、クロードの反応が気にかかるところだ。これを何らかの罠と見るかもしれないが……その懸念は外れ、彼は何も言わずに見守っている。
こうして、完全に丸腰になったリズは、砦へ向かって一人歩き出した。
単独で伏兵の確認を任された彼女だが、もちろん、無策で名乗り上げたわけではない。
ある程度、後方集団から距離を取ったところで、彼女は自分の中に広域感知の《遠覚》を展開した。
それに合わせて《幻視》を併用し、砦の石壁を越えて魔力の反応を検知していく。
偵察からの報告通り、砦には実際に誰もいなさそうである。
これは二重に安心だ。偵察が敵に丸め込まれたり、あるいはマヌケだったり、そういうわけではないのだから。今後も仲間として信頼できる。
また、砦に向かう道においても、気がかりな魔力は検知されない。
後に続く傭兵たちの用心深さを思えば、余計なお世話かもしれないが、間違いが起きることはないだろう。
しかし、何一つ問題がないというわけではない。
リズは砦の門前にまで到着した。見上げるような石壁が連なり、門は見るからに重厚な扉が閉ざされている。
革命勢力に攻城用の用意はない。そのため、内部に侵入した上で門を開けようというのだ。
そのためにまず、彼女はより一層の注意深さを発揮して周囲に視線を走らせた。2つの魔法が組み合わさり、彼女の視界に魔力の透視図を提供する。
やはり、人のような魔力は検知されない。番犬のような生物もない。
その代わりというべきか、砦の至る所に置き土産がいくつも仕掛けられている。接触あるいは接近に反応する魔法トラップだ。
とりあえず、閉じた門を出た先に2つある。これらに気づかず門を開けようとすれば、大惨事になるところだろう。
戦う気を見せずとも、底意地の悪い者はいるようだ。
問題は、かの者がどこに属するか――
ただ、考察は後回しだ。今は別にやらなければならないことがある。
リズは宙に魔法陣を刻み込み、それに「クリストフさん」と話しかけた。向こうからは少し驚いたような声が返る。
「申し訳ありません、少し驚かせてしまったようで」
「い、いえ……慣れていないもので」
実際のところ、慣れ不慣れではなく、単に心配していたのだろう。
リズは一人で微笑みながらも、そのことは口にはしないでおいた。代わりに、事務的な報告で安心させていく。
「伏兵は、いなさそうです」
「では、そちらに向かわせます」
「お願いします。改めて確認取れ次第、また連絡しますので」
これで作戦は第2段階に入る。彼女の報告が正しいものであることを確かめるため、傭兵から数名がチェックに来るのだ。
連絡を終え、リズは《遠話》の魔法陣を消した。
普通は、紙などの安定した土台の上に、出しっぱなしにすることが多い魔法だ。ペアにする方と正確に合わせなければ、つながらずに孤立し、接続待ちの《遠話》ができあがる。
それでも、わざわざ通話のたびにつけたり消したりするのは、彼女の精密無比な記述力ならば問題にならないからというのが一つ。
そして、この後のことを考えると、出しっぱなしにはしたくないからだ。
連絡から数分後。選抜された傭兵たちが五人、リズの元に到着した。
上は40代、下は20代、男性四人、女性一人というパーティーだ。いずれも鍛えこんだ、引き締まっている肉体を持っているのがそれとわかる。
また、表情や佇まいは、程よい緊張感と落ち着きを保っている。仕事仲間としては申し分ない。
彼ら五人に、リズは自分の所見を伝えた。
「門を出たすぐ先に、おそらくは接近者を撃つ系統の罠が……」
「魔法系か?」
「そのように視えます」
問いかけてきたのは最年長の男性で、ダミアンと名乗った。一応は即席のリーダーらしい。
彼の問いにリズがうなずくと、彼は困ったように苦笑いし、他の面々を見回して言った。
「罠はわかるか?」
「ま、ぼんやりとね」
声を掛けられた若い女性、マルグリットは、《遠覚》を使って門付近の罠を探知した。
彼女に言わせれば、本業は剣士であり、魔法はさほど使い慣れているわけでないらしい。
それでも、リズにとっては頼もしい証人だ。次いで、彼女はリズに尋ねてきた。
「まずは、《空中歩行》で向こうまで?」
「その考えです。城壁の上まで上がって確認、その後、内部を見渡そうかと」
「そうなるよねぇ……じゃ、別れて動く?」
マルグリットがダミアンに尋ねると、彼は「そうなるな」とうなずいた。
そこで、リズと女性剣士、それに加えてもう一人、ロニーという若い剣士が内部へ入り込むチームと定まった。
同行する二人は、リズのお目付けのような立場ではあるが、特に疑いの目は向けられていない。
ロニーに言わせれば、「ま、形式的なもんだって」という話だ。
リズから見ても、彼らに何か妙な違和感はない。この革命に対して、単なる傭兵として向き合っているように感じられる。
中へ向かう三人は砦の外壁に向き直って《空中歩行》を用いた。
これを使えるというだけでも中々の魔法使いだが、傭兵二人に言わせれば、必要な分だけをかじって覚えたのだという。
「組合で、そういうカリキュラムがあってね。山岳部の組合限定っぽいんだけど」
「特定の魔法だけ覚えたければ、そういうところに滞在するのが近道ってわけさ。滞在費と学習費で、結構持ってかれたけどね……」
「なるほど」
三人で透明な階段を、不思議と段を揃えて駆け上がりながら、リズは仲間と言葉を交わした。
魔法の知識については負けるつもりがない彼女だが、魔法が使われる実態となると、知らないことは多い。
重要な任務に就いている中のことではあるが、好奇心旺盛な彼女としては、少し得した気分であった。
さて、外から気配のないこの砦は、塁壁の上に立ってもやはり、そういう様子がない。
しばらくの間、三人で視線を巡らせて警戒しても、何かが動き出す気配はまるで感じられなかった。
伏兵がいなさそうだと認めたところで、三人は壁の上から地面に下り立った。
城壁に囲まれた内側は、それなりに空間にゆとりを持たせて、各建造物が配置されている。
とはいえ、メインとなる要塞の威容は、威圧感を与えてくるばかりではあるが。
それに、これだけの規模の施設に人の気配がまるでなく、不穏な緊張を助長させてくる感覚も。
こうして内部に立ち入りはしたものの、攻略したというには程遠い不気味さが漂っている。
伏兵がいないとは感じつつも、警戒を絶やすことなく、三人は門へと近づいていく。その門の両脇には、女性二人が事前に感じ取った、魔力による罠が。
「ああ、これね。物騒なもん仕掛けちゃってまぁ……」
「爆発系っぽいな。近づいたらドカンだ」
傭兵二人が言う通り、仕掛けられている魔法の罠は、周囲に一定量以上の魔力を持つ物体が近づいたときに起動する。
――この一定量というのは、人間相当に反応するよう調整されるのが業界基準である。
今回の罠であれば、発動する魔法は《爆発》。比較的広域を破壊するために用いられる魔法だ。
この魔法は、軍で使われることもあれば、建造物の解体や治水などで用いられることもある。
いずれにせよ、一般人向けの魔法ではない。
今回の罠が嫌らしいのは、門の外側から近づいた程度では、起動用の魔力を検出されないところだ。
そのため、気づかずに門を開け、ある程度入り込んだところで……先頭集団が《爆発》を受ける羽目になる。
おそらくこれは、門を破城槌などでこじ開けられた際のカウンターにと仕掛けられたものだろう。勢い余って大勢が巻き込まれ、破城槌の破片でさらに――というのが、仕掛けた側の想定だろうか。
さて、これを解除しなければ、この門自体の通行が難しくなるわけだが……
傭兵二人は、そういう罠解除の技術が無いという。
「エリザベータさんだっけ? あなたは?」
「やりましょう。少し離れていてください」
「了解、両方見張ればいいか」
もはや疑わしき者はいないように思われ、完全に形式的な見張りである。
傭兵二人は微笑を浮かべ、監視に回った。マルグリットは砦内部の監視、ロニーはリズの監視に。
リズに向けられるロニーの視線には、疑念が感じられず、興味そのものと言っていい。解除に失敗すると思っていなさそうなあたり、リズへの信頼と期待があるのだろう。
寄せられるものに対し、なんとも言えない感じを覚えつつ、彼女は魔法の解除に入った。
罠魔法の解除は、記述の精密さを要求される仕事だ。
まずは、対象となる魔法陣の中でも、罠として機能させている構造部を見つけ出す。そこに魔力の線を伸ばしてアクセスし、適切に魔力を刻み込んで鍵を開ける。
(シンプルな魔法陣で良かったわ……)
設置数を優先したのか、罠魔法としては、そこまで高度な構造になっていない。
もっとも、罠の解除法自体が、そもそも相当に高度な技芸ではあるのだが……リズにとっては造作もないことだ。
夢の中で自分たちと年中、難問を出し合っているぐらいなのだから。
見る見るうちに魔法陣を魔力で刻み、解きほぐしていく彼女は、あっという間に罠を魔力の霞へと還した。
悪辣な罠は、結局何を為すこともなく、無為に散っていく。
「片方終わりました」と彼女が告げるが、見ていたロニーは、手際の良さに呆気に取られているようだ。
後ろを張っていたマルグリットが、「どうだった?」と興味津々で聞いてきたのに対し、ロニーは少し間を置いて応えた。
「なんか、あっという間だった」
「へえ」
「簡単そうに見えたけど……たぶん、錯覚だな。上手い人が何かすると、逆に簡単そうに見えるみたいなヤツだ」
「へえ!」
より一層の興味を示したマルグリットに、リズはただニコリと笑みを返した。
続く罠解除も何の問題もなく終わり、三人は門を開けた。閂を取り外し、重厚な扉を両側へと開いていく。
この解除において、傭兵二人からは信を得られたようだ。扉を開け終わると「お疲れさん!」と朗々とした労いが。
「でも、エリザベータさんは、まだこれからも解除あるんだよね?」
「はい」
「っていうか、リーザでいい?」
「ええ」
年が近いこともあってか、打ち解けた雰囲気に。
今後を考えると、傭兵たちとの交友を深めるのも重要だろう。
そういう実利的な事情もさることながら、こういう仕事を知る者から認められたことが、リズにとっては単にうれしくもあった。
内側から門を開けて戻ってきた三人に、居残りの傭兵たちは安堵の表情を見せた。
まずはリーダー、ダミアンから「お疲れさん」との一言。
しかし、彼は表情を引き締めて、言葉を続けていく。
「伏兵はなさそうだが……俺たちも入って、手分けして確認するか?」
「いや、そうすると罠にかかった時大変だと思う。次の段階に進めていいんじゃねえかな」
「そうか」
次の段階というのは、砦に入り込んでの罠探しと、その解除だ。
色々な意味で、ここからが本番である。
伏兵の可能性について、場の意見の一致も取れたところで、リズは《遠話》で本隊へと連絡を入れた。
「伏兵はないものと思われます。次の段階に進めてはいかがでしょうか」
「了解しました。探知、解除用の人員を送ります」
「それと、クロードさんも」
「そうですね」
最後の応答は、少し笑いが零れるような感じであった。




