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第52話 砦に潜む不穏

 第3王女アスタレーナは「順調ね」と、ポツリとつぶやいた。

 今は、革命勢力がトーレットを発って3日目の夕方だ。彼女の執務机に広げられた地図の上には、報告が寄せられる各武力集団の駒が乗っている。

 その中には当然、革命勢力の駒も。

 現地から寄せられる報告によれば、目立った動きは革命勢力の進行ぐらいだ。モンブル砦の防御に、正規軍が兵を割こうという動きはない。それどころか……


「帰り支度をしているようにも見えるとのことで……」


「なるほど。ここで一戦交えずってことね」


 砦の上に置かれた駒を指先で転がすように弄びながら、彼女は言った。窓から差す夕日を受け、駒の影が地図上で小さく踊る。


 軍事の専門家ではないが、それでも帝王学を受けている彼女に、相応の知識はある。

 砦を明け渡すという戦略自体は、彼女を驚かせるものではない。砦を取らせた上で巡らせる策謀など、いくらでも考えられる。

 ただ、彼女にとっての懸念は、砦というわかりやすい戦略目標を前にして、革命勢力に寄生しているはずの各勢力がどのように動き出すか……ということだ。

 特に、あの妹。


「エリザベータの動きは、特に無いのよね?」


「はい。幹部との関係は良好のように思われる、とのことです」


「羨ましいわ」


 皮肉のこもった冗談か、ニコリともせずに言い放つ彼女に、渋い顔の側近はなんとも言えない微妙な表情で応えた。

 しかし、今後の動き次第では、冗談では済まされない事態に展開しかねない。砦に着いたら着いたで、兄弟に対して位置情報開示もしなければ。

 今後のことに思いを巡らせ、彼女は腕を組んで考え込んだ。すると、側近から提案が。


「殿下に張り付かせるならば、優秀な諜報員が一人いますが……」


「切り札だから使いたくはないわね。張り付かせて戦闘に巻き込まれるよりは、少し距離を置かせて諜報戦に専念させたいと思うけど」


「では、砦に着いた後も、諜報部としては静観する構えで?」


「ええ。砦に着いたら、場をコントロールしようという連中が、勝手に動き出すでしょうね。その中で、それぞれの狙いを見極めたいわ。外交で使えるネタを拾えるかもしれないし」


「かしこまりました」


 恭しく頭を下げる側近に、アスタレーナは柔らかな笑みを向け……視線は引き寄せられるように、地図の方へ向いた。モンブル砦、その先のサンレーヌ城、ハーディング領全体、近隣領、そして国……

 彼女は勝負を、不必要には急がない。小競り合いで現地の配下を失うリスクを負うよりは、汲み上げた情報を手に、より広いフィールドで自分が戦えばいい。

 それが、彼女の考える、上に立つ者としての使命と責務である。



 トーレットを出発した革命勢力は、その後、何事もなく順調に砦へと近づいていった。

 前方に遣わせた偵察からは、目立った動きが報じられない。後方の各町村とつなぐ連絡係も同様だ。

 具体的に懸念を抱かせるものはないが、むしろこの静けさが、不安を掻き立てるようであった。


 そして、本当に何事もなく、一行はモンブル砦の付近に到着した。

 要塞の壁は高く、中は広い。周囲一帯の軍事拠点として機能し得る規模の砦だ。

 高い壁から突き出る形で、物見や城塞の屋上が見える。こちらから見えるということは、先方もとうの昔に気づいているはずだ。

――そこに人がいれば、の話ではあるが。


 直近の偵察報告では、砦には人の気配が感じられなかったという話だ。

 一方、砦より先の川、その向こうの森の中には、何かが潜んでいそうな気配があったということだが……

 実際、武装した数千人規模の集団が近づいてなお、砦の方からは何の反応も返って来ない。門こそ閉まっているが、矢は一本も撃たれない。

 ここを守るはずの者たちは、すでに引き払い、砦を明け渡そうというのだろうか?


 前々から、砦の防衛戦力の少なさ、気配のなさを革命勢力は把握していた。

 しかし、現物を目の当たりにして、さすがに気味の悪さを覚えた一行は、砦を臨む位置に陣取って一度立ち止まることにした。


 その中でリズは軍議に呼ばれ、幹部が集う天幕へと足を向けた。

 軍議に関わるのは20人程度。ビラ作成の頃から顔を見合わせている者もいれば、そうでない者もいる。

 諜報員を潜り込ませているのなら、まさに今が好機だろう。

 警戒心はおくびにも出さず、普段通りの自分を意識するリズは、人知れず気を引き締めた。


 軍議の内容はシンプルで、「この先どうすべきか」というものだ。

 ここでスッと意見が出てくるわけではない。幹部と言っても、元は商人なのだ。軍事に明るいわけではなく、いずれも慎重に考えを巡らしているようにうかがえる。

 そんな中、ある程度予期できたことではあったが、リズに意見を求める声が。「どう思います?」と問われ、彼女は答えた。


「取らせてから、何かしら行動に移る腹積もりでしょうね」


「取らせてからって言うと、補給線を断ち切って、干上がらせるみたいな?」


「はい。それも考えられます」


 さすがに、物流と縁深いだけあって、こういう発想はすぐに出てくる。

 リズは感心しつつ、横から入った言葉を活かして話を続けていく。


「この革命について、穏当に済ませたいのは、領主と軍も同じことでしょう。兵糧攻めなどで、実際に戦わずに済ませようというのは、あり得そうな策と思われます」


「とはいえ、だからって砦を確保しないわけにも……」


「怪しいのは確かですが、取らないわけにはいかないでしょうね。士気にも関わってきます。確かな成果をここで一つ上げる意味は、付き従う者にとってこそ大きなものがあるものと思います」


 仮に、この砦を迂回して進めば、それはそれで空白の拠点が不安を抱かせるということもある。無視するのは難しい。

 そこで、誰もいなさそうな砦に攻め入り、これを確保しようという方針が定まったのだが……「罠ぐらいはあるでしょうね」とリズは淡々とした口調で言った。

 この場の大多数も、その点は承知している。

 あり得そうな罠としては、物理あるいは魔法的なトラップ。伏兵の可能性は低めだが、あり得ないこともない。


 では、この怪しげな砦を確保するため、どのように動いていくか。

 具体的な策を定める段にあたり、リズは考え込み……そして言った。


「私が見てきます」


「えっ!?」


 大勢が驚きの声を上げる中、やや落ち着いた様子の者も散見される。

 とはいえ、この程度では(あぶ)り出す材料にもならないと考え、リズは表情も変えずに言葉を続けた。


「非武装の使節を装い、向こうに近づきます。そこで、本当に人の気配がなく無人であれば、後続に知らせて中を探りましょう」


「しかし、入り込んだ瞬間にでも襲われたら……」


「一人犠牲になって伏兵の存在が明るみになるのなら、安いものでは?」


 あっけらかんとした口調で言い放ったリズだが、相変わらず心配そうな目や気遣わしい目を向けられている。

 そんな中で向けられる、やや疑いをこめて探るような視線を、彼女はむしろありがたく感じた。軽く咳払いし、話を続けていく。


「逃げ足には自信がありますから、そう簡単にはやられませんよ」


「……ちょっといいか?」


 軽く手を挙げ、声を出したのはクロードだ。リズが「どうぞ」と声をかけると、彼は場をサッと見回した後、口を開いた。


「伏兵がいないと装って、あんたが招き入れるって可能性は……否定できないんだよなぁ」


「ちょっ、それは……」


「もちろん、そうじゃないとは信じたいさ。エリザベータの演説が、一番ウケが良かったぐらいだしな」


 信じたいというのは本意だろう。真剣な眼差しながら、少し肩をすくめて話す彼を見て、リズはそう感じた。

 しかし……もしものことを考えると、最初の侵入までは、リズ単体で済ませたくある。彼女自身は、単独でやりきる自負心がある。

 他の面々も、誰かを差し出すようなやり方に抵抗を示す一方で、集団全体として伏兵のリスクを抑えるのに、彼女の案が妥当だとは認めている。


 そこで、リズ以外にいる、腕に自信がある者を運用する流れになった。

 そういう戦闘要員については、他の街の協力もあって、100人近く確保できている。早い話が傭兵だ。


 実際の動きとしては、まずリズが伏兵の確認を済ませる。

 その後、彼女の合図を受けて傭兵たちがその再確認へ。彼らには退路を常に意識しつつ、慎重に動いてもらう。傭兵相手であれば、釈迦に説法であろうが。

 晴れて伏兵がないことを確認できた後、砦に入って罠を調査するわけだが……


「罠の確認も、私がやりましょう」


「だ、大丈夫ですか?」


 いかにも不安そうな幹部から声がかかる。

 内心、「ここね」と思いつつ、リズは平静を装って場を見回した。


「私以外にも、魔法の罠を探知できる方がいらっしゃれば、手分けして効率よく……と思いますが」


 さて、この場ではそういう名乗りが――上がらない。

 そこで、幹部の一人が提案した。


「会議の後、広く周知して人員を募りましょう」


「そうだな。こういう魔法使いがいると知れた方が、周りは安心できるかもしれんし」


 話がつながり、流れができていく。

 ここまで声を発した者に、特に怪しげな感じはない。これらの発言だけを以って、怪しいと推断するのは難しい。

 むしろ、怪しいのはリズの方であろう。彼女の自覚を形にしたかのように、横から声が入った。クロードだ。


「罠を見にいくと言って、逆に仕掛ける奴がいたらマズイぞ?」


「そ、それは確かに……」


 怪しんでばかりいては進まないが、そういう手合いが紛れ込むのに絶好の場でもある。

 疑義を呈したクロードは、リズに一瞥(いちべつ)してから提案した。


「罠を探す段階になったら、俺がエリザベータについていく。それでいいんじゃないか?」


「そうですね」


 リズはあっさりと応じた。この反応に、少し疑問符が浮かぶ他の幹部の顔を見て、クロードは言葉を付け足していく。


「俺の身に何かがあれば、疑いが濃くなるだろ? 逆に、俺の前で何もなければ……俺が何も見落としてなければ、だけど、その場合はエリザベータの信用が増す。どう転んでも、悪い話じゃないだろ。早めにスッキリさせたいしな」


 これは、大変にリスキーな流れではあるが、リズにとってはある意味で大きなチャンスでもある。

 革命の中核幹部自らが、自分の身に何かあれば、その時はリズが疑わしいと口にしたのだ。

――ならば、リズを邪魔だと思う勢力は、この機にクロードを亡き者にすればいい。

 仮にそうなれば、死人に口は無く、リズからの抗弁はクロードの遺言が打ち消す。状況次第ではあるが、潔白の証明はかなり難しくなるだろう。


 しかし、クロード自身が口にしたことでもあるが……リズとしては、こういうことは早めにスッキリさせたい。

 それに、この機に乗じて動き出す潜伏者がいれば、炙り出して次につなげられるかもしれない。

 クロードの身の危険を承知の上、それを進言しない自分自身を身勝手に思いつつ、リズは彼の言葉に応えた。


「では、クロードさんには、私についていただきましょう。仕事ぶりを査定していただきたいですしね」


「はいはい」


 身の危険を知ってか知らずか、それは定かではないが……クロードは淡泊な感じで応じた。

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