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第49話 新入りの初仕事

 翌日5月3日。革命に参加したリズの、正式な初仕事の日である。


 彼女は作業場として、街の講堂の一室をあてがわれることになった。

 講堂の外観は立派な石造りで、内側は木製。歴史を感じさせつつも、どこか温かみのある建物だ。


 やることはビラの複製であり、既存の印刷所を使えばという声もあったが……この革命をやめさせたい勢力が、現場を見張っている可能性は無視できない。

 革命の中核メンバーからは、業者が放棄して去った後で、何らかの罠が仕掛けられている可能性の指摘も。

 そういった懸念とは別に、リズはもう一つ、この講堂を使うことに別の意味合いを考えていた。


(街の行政との関係性を、私に示したいのかも)


 行政の管轄下にあるこの講堂は、今も職員が管理している。作業用の広間へ向かう途中、幾度も職員とすれ違ったが、変な目を向けられることはない。

――というよりも、革命勢力に対しては好意的のようにも見える。

 これを少し意外に思うリズだが、疑問はすぐに解けた。クロードという、例のツンケンな青年が口を開く。


「この街にしてみれば、国や領地からは見捨てられた……って言うと大げさだけど、搾られた軍費ほどには気を遣われてないからな」


「もちろん、官吏としては上に逆らえないんですけど……長年にわたって上から無理を押し付けられてきたことで、不満は確かに溜まってたみたいで」


「割に合わんってわけだ」


「なるほど、そういうことでしたか」


 つまり、現場で住人と向き合う者としては、様々なフラストレーションを感じていたという事だろう。

 そう仕向けるための分断工作も、あったのかもしれないが。


 ともあれ、作業場としては問題なさそうだ。職員からの妨害の心配はまずないだろう。

 あり得るとすれば、同行者の中に紛れ込んでいるかもしれない、別勢力の手先からの干渉だ。


 革命リーダーのクリストフからは正式に雇用されたリズだが、作業の同行者を代表するクロードは、目付け役として動いている。

 そういった警戒心を抱かれるのは、ごく当然のことではある。

 ただ、彼のこの警戒心が、他勢力の諜報員にとっての隠れ蓑になる可能性は無視できない。

 仕事とはまた別のべクトルで、リズは気が引き締まる思いであった。


 彼女らは静かな廊下を通り、作業場に到着した。いくつもの長机が並ぶ会議室で、紙を扱うには勝手が良い。

 ビラの作成をするにあたり、リズはまず簡単にお願いを出した。


「机同士をくっつけて、大きなテーブルにしてもらえませんか? その方が(はかど)りますので」


「わかった」


 意外にも素直な目付け役が答えると、テキパキとした指示の後にその場の人員が淀みなく動き出し、リズの希望通りの作業台が出来上がった。

 今度は、そのテーブルの外縁上に、小分けにした紙の塊を置いていく。


 そうして紙が並べ終わったところで、リズはビラの作成に取り掛かった。

 まずは見守る一行の前で、少し実演をして見せる。

 彼女は最初に、文面を刻み込んだ原版を思い出し、その複写を行うための魔法陣を宙に書き上げた。

 そこから、印書の対象物である紙へと、暗い濃紺の魔力が下りていく。その魔力は、瞬く間にすべての文字を刻み終え、一枚のビラを作り上げた。


 直下に複製物が完成した時点で、魔法陣の反応は止まった。

 そこで、彼女が出来上がったビラを一枚取り出すと、再び魔法陣が動き出し、新たに露出した次の紙へと文字を刻み込んでいく。

 見ればわかる流れではあるが、リズは改めて口にした。


「魔法陣の下から完成品を抜くと、新たに一枚処理していきます。そのため、魔法陣につき一人、紙を抜く当番が必要になります」


「ってことは、俺たちがそれをやるわけだ」


「手書きよりは、こちらの方がまだ楽かと思いまして」


「はいはい」


 クロードは軽く応えると、テーブル端に沿うように並んだ紙束へと、それぞれ人員を振り分けていく。


 別に、手で完成物を抜かずとも、複製用の魔法陣に連動して紙を動かす魔法はある。実際に、リズはそれを普通に扱える。

 ただ、人手があるのはちょうどいいし、何よりそちらの作業に皆を集中させたい。

 その中で、作業ではなくリズへの警戒に意識を向けるものがいれば、正式な目付役か……でなければ、腹に一物抱えたお仲間(・・・)だろう。


(そう簡単に、尻尾を出すマヌケがいるとも思えないけど……)


 あぶり出すのは、あくまで期待薄。ただ、今後のアドバンテージにつながるかもと思えば、やってみる価値はある。


 人員配置が終わったところで、リズは原版の展開を始めていった。実演に使った魔法陣を、一度テーブルから離すように浮き上がらせていく。


「ああ、一度そうやって用意した魔法陣は、後で使い回せるのか」


「はい。ある程度の距離内にある紙にだけ、反応するようにできてますので。浮かせれば休止状態になります」


 リズの説明に、作業者たちの多くは「へえ~」と関心の声を漏らした。この魔法や転写という行為に、かなり興味を持たれているようだ。

 場の雰囲気を少し意外に思ったリズだが、こうした反応について、彼らは口々に事情を語っていく。


 彼らはもともと何かしらの商売に関わる身であり、印刷物に触れ合う機会も相応に多かった。

 ただ、印刷業は行政等の規制下にあることが多い。業者以外が現場に立ち会うことはめったになく、多くの場合、印書依頼と成果物の間はブラックボックスである。

 また、印刷業は機械的な活版印刷か、魔力による複製の2業態があるが、後者は実際には魔道具での印刷を行っている。手書き魔法陣による複製をやる業者はほとんどない。

 つまり、リズは相当珍しいことをやっているというわけだ。

 それを目にした若者たちは、かねてより文書複製に興味があったということもあり、思いがけない事態につい盛り上がってしまったという次第である。


 リズとしては、彼らの反応は、やや緊張感に欠ける気がしないでもない。

 ただ、仲間内に(さら)す姿としては、むしろ当然のあり方なのかもしれないと思い直した。

 仲間内でギスギスするよりは、温かな人間味を維持できたほうがずっといい。その方が、内部工作への抵抗力にもなるだろう。


 ただ、多くの若者がイキイキと興味を示す一方で、冷静さを保つ者もそれなりにいる。

――こちらに、潜伏者がいるのだろうか? あるいは、興味津々にしている方に、そのように装う者が……?


(いや、変に(いぶか)ってると、そっちの方が怪しいわ……)


 周囲の反応から相手を探ってしまいそうになる気持ちを落ち着け、リズは次の作業に移っていく。

 彼女は原版を一枚用意した。これだけでも複写は可能だが、原版を増やした方が生産効率は上がる。そのための作業だ。

 最初に用意した原版の横で、リズが新たな魔法陣を書き上げると、「ん?」とクロードが口にした。眼光鋭く、眉を寄せるその目付役に、リズは気持ち柔和な感じで話しかけていく。


「どうかなさいましたか?」


「いや、最初に書いた魔法とは別の奴か?」


「はい。よく見てらっしゃいますね」


「まぁ……それが仕事なんでなァ」


 クロードは鼻で笑った。横合いから仲間が言うには、「昔っから万引き犯見つけて捕まえるのが得意で」だそうだ。

 なるほど、頼もしい監視役である。リズは苦笑いしつつ、新たに作った魔法陣について説明を始めた。


「これは《分記(セパライト)》と言いまして、生きている魔法陣のコピーを、別に書いていくものです」


 そう言ってリズは、《分記》の魔法陣を原版に近づけた。

 すると、《分記》の側から魔力の線が原版に伸び、直後に逆方向へ同距離だけ魔力の線が伸びた。

 その後、原版をなぞるように魔力の線が動いていくと、逆側に伸びた魔力の線が、宙に新たな魔法陣を刻んでいく。

 程なくして、原版そっくりの魔法陣が完成した。


 その新しい魔法陣を紙の上に持っていくと、最初の原版同様に文字を刻んでいき、最初のと同じビラが出来上がった。

 また、コピーされた原版を移動させたために《分記》の上の空間が空き……再び、原版がコピーされていく。

 事の流れを察したようで、一同から漏れる関心の声が場を満たす中、クロードは言った。


「なるほどね、こうやって複製しちまえば正確ってわけだ」


「はい。業者の方は、普通は魔道具を用いるはずなので、こういうことはしないでしょうけど」


「へぇ……魔道具の方が正確なのか?」


「本の知識ですが。こういう転写の場合、紙との距離で印字にズレが生じることがありますので、機械的な調整で安定させるのが重要だとか」


「ふーん」


 なんだかんだで、この目付役も興味は持ってくれたようだ。

 あえて指摘することでもないとは思いつつ、リズ自身も少し表情が柔らかくなる感じを覚えた。


 ひと通りの説明が済み、いよいよ本格的にビラを量産する態勢ができた。原版のコピーを作り、それを順番に紙束の上へと飛ばしていく。

 原版の最終コピーが終わるまでは、ほんの数分の出来事であった。

 今では連結した長机の縁に沿い、それぞれの原版と紙束のセットに、作業者がつきっきりで出来上がったビラを抜き取っている。


 こうなると、リズとしては暇である。同時に動いている魔法はすべて、リズが負担している。

 だが、彼女からしてみれば、これは軽めのトレーニング――いや、ウォーミングアップになるかどうかといったところだ。

 魔法の複数同時展開とはいえ、特に操作・制御する必要もない出しっぱなしということで、安定してしまえば意識することも特にない。


 そして、全員がきちんと作業に専念している。さすがに、和を乱すマヌケはいないようだ。

 安心と同時に、少し残念に思う気持ちが入り交じるリズであった。


 手書きに比べれば、転写の作業効率は圧倒的だ。これを十数ライン同時稼働という状況だが……革命勢力としては、今回のビラ作成にそれなりの期待をかけてくれていたようだ。転写待ちの紙束が山というほどある。


(これは……ちょっと、長丁場になりそうね)


 リズは誰にも顔を合わされない中で、少し顔を引きつらせた。



 リズの働きにより、用意していた分の紙は全てビラへと変わった。作業が終わり、互いに声をかけて(ねぎら)い合う。

 その中心は、もちろんリズだ。


 一同にとって幸いだったのは、魔法による複写の専門業者がいなかったことだろう。

 本来であれば、魔道具という設備を用いての複写を、リズ単独の人力で済ませてしまった。刻み込むインク代わりの魔力含め、全て彼女の払い出しで。

 印刷を生業にするものがこれを知ったら、仰天してイスから転げ落ちるところであろうが……

 やり遂げた本人も、他の面々も、「そこまで」のことだとはつゆ知らずだ。


 ただ、業界的にどれほどのことを成したのか、さほど理解が追いついていない部分はあるものの、成果に対しての報いはしっかりしていた。


 出来上がったビラの束を前に、メンバーの一人が紙に何かを書き込んでいる。

 ややあって書き終えたその紙を幹部同士で回覧し、彼らはすぐに同意に達した。

 その紙が、クロードの手からリズへと渡される。今回の成果報酬だ。彼女は思わず目を疑った。


「こ、こんなに?」


「いや、こんなもんだろ?」


 クロードはさほど驚いていないが、彼の顔に不安そうな色が浮かんでいく。

 もしかしたら計算間違いがあったのかも、ということで、経理担当者からは検算も兼ねてリズへの説明が。


「分量的には、実際にこんなもんかと……普段はまとめ割が適用される分量ですが、急ぎ仕事ですので割高になりますし。後、こちらから提供した作業員については、その分の工賃を差し引いています」


「そ、そうですか……」


「何だ、金もらってやるのは初めてか?」


 クロードが尋ねてきて、リズは少し迷った。完全な未経験者だと怪しまれないか、しかし、業界の知識はこちらの商人たちの方が上なのでは……?

 そして彼女は、こうして迷うこと自体が不審に思われる元だと、すぐに思い直した。少し力なく笑って話していく。


「個人用に覚えた魔法でしたから……事業レベルで使える自信はありましたけど、金額には驚かされますね」


「うーん……助っ人が思っていたよりも安上がりで済みそうだぞ?」


「それはそれでいいんじゃない?」


 金にシビアであろう、商人出の革命幹部たちは、軽い調子で言葉を交わしている。

 そんな彼らの様子と、目にした報酬概算に、リズは彼らに受け入れられていく感じを覚えた。

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