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第47話 売り込み②

 あっさりと本名を名乗ったリズだが、それにはもちろん理由がある。

 おそらく、この革命勢力にもラヴェリア側の者は食い込んでいて、リズの動向もある程度は把握していることだろう。隠すことにあまり意味はない。

 むしろ、逆に堂々と振る舞うことで、彼女の名前に反応する粗忽者がいれば……という淡い期待がある。


 後は、真面目に活動している者たちへの敬意と礼儀だ。どちらかというと、こちらの心情面の理由が大きい。

 ちなみに、愛称を変えたのは、単になんとなくである。


 では、本名を明かしたことで、反応する者がいたかと言うと……


(それらしいのはいないわね……)


 早々と尻尾を出すようなマヌケはいなかった。ここまで潜り込んでいないのかもしれない。

 ただ、まずはここに滑り込むのが先決だ。わずかな間に周囲の反応をうかがった彼女は、リーダーの方に意識を戻していく。

 名前を聞いてきた一方で、礼儀正しそうなこの青年は、自ら名乗ろうとはしない。

 しかし、これをリズは失礼だとは考えなかった。自分は試される側に過ぎず、名乗られるのは採用されてからだろう、と。

 相手の青年は、少し考え込む様子を見せた後、リズに尋ねた。


「では、エリザベータさん。あなたが、僕らに協力しようという理由は?」


 これが問題である。この中に何かしらの勢力から、手先が潜り込んでいる可能性を考えると、過度な刺激を与えるわけにはいかない。

 現状の見立てでは、この革命が形を成していくのを、強く引きとめようという動きはなさそうだ。この流れを掻き乱すこともないだろう。

 そのように判断したリズは、当たり障りのない理由を口にした。


「ここの港から、海外へ向かおうと考えていたのですが……この有様で。ただ、海外を目指す理由というのが、自分の力を活かせる場を探すためでしたので……」


「こちらで、その力を活かしてみようと?」


「はい」


 この言い分は、そう不自然なものには聞こえなかったようだ。部屋の中の一同は、さほど疑いの目を向けはしない。

 問題は、売り込んできているこの娘に、実際のところ何ができるかという興味関心に移ったようだ。横合いから彼女に声がかかる。


「このビラ、お手製って話だったけど……ここで実演してもらうことは?」


「ええ、もちろん。普通の紙をご用意いただければ」


 すると、さっそく一人が動き、少し安っぽい紙を一枚、リズの前に差し出した。

 テーブルに置いた紙に向き合い、リズはその上に手をかざした。自身の中に刻み込んだページから記憶を引き出し、魔法陣を瞬時に宙へ刻んでいく。

 これは、複写における原版となる魔法陣だ。事前に自筆でビラを清書し、それを取り込んである。

 できあがった魔法陣からは、下の紙に暗い濃紺の魔力が針のように伸びた。その針は魔法陣に刻まれている筆致を正確になぞって、またたく間に下の紙に文字を刻んでいく。


 こうして、魔法陣展開も含めてものの数秒で、ビラが一枚できあがった。ニコリと笑ってそれをリーダーに手渡すリズ。

 お相手は、元から持っていたリズの手土産と、新たに加わった一枚を見比べ、「なるほど」と短く言った。

 次いで「こういったことが専門の方ですか?」と問いかけられ、リズは少しだけ間を持たせてから答えていく。


「どちらかというと、魔導書を使うのがメインの魔導師です。こういったこともできる、といったぐらいにお考えいただければ」


「魔導師ですか」


「失礼ながら、こちらには不足しているのではないかと思いまして。特に、戦闘できるような方は、軍に召し上げられたか、外に逃げられたのでは?」


 やや突っ込んだ質問を投げかけると、周囲の一部からは苦しく(うな)るような声が漏れ出た。

 リーダーも、これは認めざるを得ないようだ。「ご明察です」と言って、言葉を続けていく。


「生活用魔法の使い手は、組合が協力してキープしてくださったのですが、戦闘向けの方が……中々」


 台所事情がフッと漏れ出るあたり、リズからすればやや不安ではあるが……好意的に捉えるならば、彼女の言葉や売り込みを、正面から受け止めているということなのかもしれない。

 ただ、周囲には少し(いぶか)しい目を向けてくる者も。この会議までの案内中、ツンツンした感じだった青年が、リズに向かって問いかけた。


「あんたは戦えるって感じの含みがあるけど、実際はどんなもんなんだ?」


「相場がわからないので、何とも言えませんが……中等の攻撃用魔法の覚えはありますし、それを求められる程度の交戦経験もあります」


「出任せ……ってわけでもなさそうだが、どうだかな……?」


「よろしければ、静かで人目につかないところで、披露させていただきましょうか。あなた方が人前で戦う用意を見せると、色々と不都合があるかと思いますし」


 少しカマをかける意図も含んで口にしたところ、少なからぬ顔がやや驚きの様相を示した。

 一方、リーダーの青年は、リズの見立てに興味を示したようだ。彼は柔和な態度を保ちつつ、問いかけてくる。


「差し支えなければ、そのように考えた理由などをお話しいただけませんか?」


「はい。まず、領内の軍備増強にあたり、兵に向いた人材はすでに軍へ回されているものかと。事を荒立てるのは不利でしょう。それに、現時点ではこの運動を穏当に見せているからこそ、兵役に向かなかった住人からの支持もあるように思われます……いえ、この街の行政と官憲も、でしょうか」


 この見解に、部屋の中はざわついた。おそらく、肯定を意味するものだろう。

 そんな中でリーダーの青年はというと、真顔で考え込んだ後、ため息をついていった。


「この辺りの方ではなさそうですね」


「はい。流れ者の魔導士です」


「なるほど……先程のお考え、仰る通りです」


 その後、彼は場の面々をサッと見回した後、リズに尋ねた。


「あなたが僕たちに手を貸してくださるとして、具体的にはどのように?」


「ビラの作成に、敵対勢力との交戦、それと……戦略・戦術面における参謀役でしょうか」


「戦術、戦略について、ですか」


「思想面については口を出しません。何を成すかはあなた方が決めるべきと思いますし。私は、それを成すためにどのようにするか、そこで何かしらご提案できればと考えます」


 この申し出に、リーダーは場の一同を見回し、「みんなはどう思う?」と尋ねた。

 これに口火を切ったのは、リズに対して一番ツンツンした青年だ。彼はリズの予想に反し、「いいんじゃねえの」と言った。

 思いがけない言葉に、多少なりとも驚かされたリズが彼に顔を向けると、彼は「してやったり」といった含みありげな、少し意地の悪い笑みを浮かべた。

 それから、彼は考えを補足していく。


「完全に信用できるってわけじゃないが……最終的な決定権を預けなけりゃ済む話だ。そのつもりもなさそうだけどな。流れ者だからこその視点ってのもあるかもしれん。怪しいのには変わりないけどな……」


 彼に続く意見も、おおむね似たようなものだ。「ちょっと怪しいけど、使ってみるのもいいかもしれない」「ビラづくりのこともあるし、何かやってくれそうな雰囲気はある」と。

 そんな中でリズが思わず感心してしまったのは、印書業者が逃げ出したのが、このための仕込みではないかという見解だ。つまり、ビラ作成に困っていたところ、都合よくやってきたリズを潜り込ませるための仕込みではないかと。

 リズとしては中々困る指摘ではある。かといって、潔白の証明に使えそうな材料はない。


 一方で、そういった懸念点を補うだけの何かを、一同はリズの中に見出しているようでもある。ツンツンした青年がリズに問いかけた。


「あんた、街頭演説で誰よりも人を集めてたけど、そうなる確信はあったのか?」


「ええ、まあ……目立つ服と面の厚さがあれば、どうにかなるものと」


 謙遜と冗談込みで言葉を返すと、彼はややひきつったような笑みを浮かべた。


「そうは言っても、打ち合わせもなしで良くもまぁ、あんなに堂々と人前で話せるもんだ」


「そうですね。もしかすると、ビラが手書きというのが良かったのかもしれません。覚えやすく、共有しやすかったですから」


 実際、手書きだからかそんなに内容を詰め込めなかったビラは、覚えやすさの面でメリットがあったように思われる。集団を一つにするという点においては、要点を絞っていった方がいいだろう。

 今回の煽動においては、「軍費の捻出でこの街が厳しい」「まずは話し合いの場を」というものだ。

 また、街宣に回る者たちは、リズから見れば不慣れながらも頑張っている印象であった。

 そこで、主張する内容をシンプルにし、同じ言葉を繰り返させることで、彼らの負担を減らす効果があったのではないかと。


 こうした見解をリズが述べると、場の一同は感心したようなため息を漏らした。彼女の洞察については、すでに一定の評価を得られているように思われる。

――後は、信用して扱うか否か。

 急に場がスッと静かになったところ、多くの視線がリーダーに集中し……彼は意を決して口を開いた。


「僕は、あなたを受け入れようと思います」


「いいのか?」


 問いかけたのは、ツンツン青年だ。先ほどはリズの加入に賛意を示しておきながら、この態度。

 そんな彼に、リーダーは苦笑いして答えた。


「エリザベータさんには申し訳ないけど、本当に味方かどうか、まだ判断つきかねる部分はある。だけど、悪意を持って近づいているのなら、ここで追い返してもそうは変わらないように思えてね」


「まぁ……手玉にされるだろうな」


 と、能力面については、相当買ってもらえているようだ。

 そこでリズは、この街の中心的な営みが何であるかを思い出した。この場の者たちも何かしらの商売を営み、若くして様々な人と関わり合ってきた経験があるのだろう。

 そのお眼鏡に(かな)ったようで、リーダーはリズをまっすぐ見据えた。


「とりあえず、お願いしたいのはビラの作成ですね。それ以外については、追々ということで」


「わかりました。よろしくお願いします」


 これで完全に信用されたとまでは考えていないリズだが、とりあえずの立ち位置は確保できた。後は活躍次第である。

 決断を下したリーダーに、リズは頭を下げた。

 ただ、彼の方はまだ言い足りないことがあったようで、どことなく申し訳なさそうな顔になっていく。


「すみません、話の流れってものもあったんですが……あなたに対する見返りについて、何も触れていなかったですね」


「ああ、そういえば……」


 つい、そう返したリズだが、見返りという言葉にうっすらと違和感のような引っ掛かりを覚え、辺りを見回した。


「……あなた方は、無償でやっていらっしゃるのですよね」


「それはそうですが、今までの生活を取り戻すという意味がありますので、タダ働きとは違いますよ」


「逆に言や、国や街に関係ない人をタダで働かせるってのもなァ……」


「上の連中を叩けなくなっちまうわ」


 横合いから軽めの言葉が差し込み、場が少し明るく笑いで包まれる。

 なるほど、自分たちの主義主張に対して、実にまっすぐな者たちだ。

――だからこそ、付け入る隙もあるだろうし、リズが役に立てる部分もあることだろう。


 それはさておき、ますはリズの見返りだが……彼女にとって一番の見返りは、ラヴェリア主戦派が痛い目を見ること、主戦派と非戦派の対立強化、ひいては継承競争への飛び火だ。


(とてもじゃないけど、言えたもんじゃないわ)


 この場で口にするにはあまりにアレなので、彼女はもう少しありきたりなものを求めることにした。


「こういうことをビジネスにするようで、不愉快に思われるかもしれませんが……金銭などで報いていただければと思います。とりあえず、協力中は街に滞在するに困らない程度の賃金をいただければ……」


「それをベースに、何かしらの功績があれば、追加報酬……といったところでしょうか?」


「そうですね。何分、妥当な相場がわかりませんので……金額については、皆様方の目利きにお任せいたします」


 つまり、リズからの明確な要求は、単に生活費のみである。

 彼らは軍費の徴発で絞られているという前提があり、要求は控えめにすべきと考えたリズは、日当だけでも抵抗感を示されるものかと、内心では危惧を抱いていた。

 しかし……この場の面々は、それぞれが関わってきた商売の経験からか、彼女の要求を逆に安すぎるとして捉えて面食らっている。


「さすがに、あんまり安いんじゃ……他に協力者ができた時に示しがつかんし」


「あ、ビラの作成なら、正当な相場があるな!」


「しかし、他の相談費やらなんやらは……」


 金の話題となると、各々がすぐ活発に声を出していく。そんな中、リーダーは場を落ち着け、リズに切り出した。


「また今度、追加報酬についての話を詰めましょう。あまり多くは払えないかもしれませんが」


「いえ、お気遣いありがとうございます」


 そこで、頭を下げようとしたリズは、ふと思い出したことがあって止まった。


「どうかしましたか?」


「そろそろ、名前を教えていただいても構いませんか?」


 この言葉に、対面の彼はハッとしてから少し慌て気味になった。


「すみません、大変な失礼を。僕は、クリストフ・アルバネルと申します」


「あなたが、この革命の主導者ということでよろしいでしょうか?」


 すると、クリストフは神妙な顔で「はい」と答えた。

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