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第46話 売り込み①

 次の行動の準備を整えたリズは、鏡の前で身だしなみの確認を行った。

 メイド服から着替えた彼女は、地味な服に身を包んでいる。髪は適当に束ねてまとめ、安い帽子をかぶって首にはスカーフ。

 よほど注意深く見られない限りは、あのメイド服の娘だと気付かれないだろう。当時の群衆の集まりを思えば、遠くからでは顔や格好の細部までは気に留められなかったはず。

 試しに宿の受付を通過してみるも、先方はこれといった反応を返すことなく、普通に見送るばかりであった。


 変装の効果を確認したところで、リズは街路を進んでいった。

 街の各所で街宣が今も続いているが、新しい動きも見られる。十分に人が集まったと判断したのか、支持者を引き連れて街を練り歩く一団が。

 こうした行進に対しても、街の衛兵は完全に容認しているあたり、行政と官憲はもはや仲間と見てもいいだろう。

――もっとも、そう見せかけておいて、背後から……という目論見もあり得るが。


 さて、カバンに自前のビラを詰め込んだリズは、適当な協力者の物色を始めた。

 程なくして目に留まったのは、道行く人々にビラを配り続ける、一人の青年だ。ずっと動きっぱなしなのか、袖で額を拭う彼に、リズは近寄っていく。

 すると、接近に気づいた彼が、さっそく使命を果たしてきた。


「1枚どうぞ!」

「ああ、ごめんなさい。すでに持ち合わせがありますので」


 青年が勧めてくる1枚をやんわり断り、リズはカバンの中から1枚取り出した。

 いや、1枚どころではなく、2枚3枚……次々に出てくるビラに、青年は目を丸くした。

 そんな彼に、リズは柔らかな口調で話しかけていく。


「このビラ、手書きですよね?」


「えっ? ああ、はい、そうです」


「ビラを書く仕事があれば、紹介してもらいたくて。ほら、中々のものでしょう?」


 にこやかに声をかけつつ、リズは見本にとビラを手渡した。それを手持ちと見比べる青年。

 文面の方にほとんど差異はなく、違いがあるとすれば字の美しさだ。売り込むだけのことはあると、青年は感嘆のため息を漏らす。


「ただ、持ち場を離れるわけにも……今の分が終わるか、仲間が通りがかったら、上の方に取り次ぎますよ」


「ありがとう。大広場の適当なべンチに腰掛けてるから、そちらまでご紹介してくださいね。これ、お近づきのしるしにどうぞ」


 そう言ってリズは、見本以外にも十数枚のビラを手渡した。

 それをやや戸惑いに受け取る青年。少ししてから「いや、住所とかは?」と彼が尋ねてきたが、耳に入らないかのように足早に、リズは立ち去っていく。


(……さすがに迷惑よね。本当に仲間になれたら、その時は謝りましょう)


 一方的に押しつけて去ったことへの罪悪感を覚えつつ、リズは次なるターゲットを見定め、街を歩いていく。


 そうして彼女は、自作のビラを街の数か所に混入させることに成功した。

――やたら美筆だが、妙に怪しい女がビラを押し付けて去った。そんなことが街の数か所で発生したとなれば、遠からず革命勢力の中枢の知るところになるだろう。


 実際、あまり人気のない場所でベンチに腰かけていると、それらしい集団がリズの元にやってきた。ビラを各所に拡散させ、一時間強経った頃のことだ。

 リズは自前のビラから視線を上げ、その集団に視線を向けた。

 彼女から少し距離を開けて取り囲むのは10名。年齢層は、下が10代後半、上は40代といったところで、20代あたりが多めに見える。

 身のこなしからするに、武闘派が混じっている様子はない。あからさまな敵意こそないが、緊張と警戒心は見て取れる。


 そんな集団の中から、一人の青年が一歩前に出てきた。

 彼の手にはビラが一枚。彼がつまみ上げ、リズの眼前にさらされる形となったそのビラは、彼女にとって身に覚えのあるものだった。


「すみません、これに見覚えは?」


「ええ、あります」


 問いかけた青年に対し、リズはカバンから同じものを取り出していく。

 目の前の集団は、彼女の反応に一層身構えた。そんな中、青年は差し出されたビラを手に取り、2枚を見比べた。

 やがて、その顔が困惑と緊張で硬くなっていく。


「どうやって、これを?」


「口では、まだ言えませんね」


 リズは詳細な返答の代わりに、右人差し指を軽く立て、指先に青白い魔力を集中させてみせた。

 このメッセージで、彼女が何をどうやったのか、合点がいった者もすでに数名いる。

 そこで、一行の中からハッとした顔の者が、別件を切り出してきた。


「もしかして、メイド服で演説してた人じゃ……」


「はい」


 悪びれもなく返答するリズに、一行の多くは面食らったような反応を返した。

 一応の証明にと、帽子をとってまとめた髪をほどき、当時の姿に近づけていくリズ。

 すると、最初に話しかけてきた青年が、いかにも胡散臭い人間を見るような冷ややかさを表に出し、端的に尋ねてきた。


「あんた、どういうつもりだ?」


「売り込みです。お役に立てるのではないかと」


 この言葉に、一行は様々な反応を見せる。(いぶか)しむ者、考え込む者、戸惑いを見せる者……

 結局、代表らしき青年が、この場での決断を下すことになった。


「ここじゃなんだから、とりあえず場所でも変えよう」


「わかりました」


「信用したわけじゃないぞ」


「ええ」


 リズとしては、承知の上である。むしろ、これぐらいの警戒心は見せてもらわなければ。


 そうして場所を変え、街路を進んで一行に連れられた先は――


「案外普通ですね」


「……あんた、なんか変な期待してたのか?」


 そこは大きな卸問屋であった。中に入ってみると、少し暗めの木材に囲まれた空間で、倉庫然としている。

 どうやら、ここでは服飾を扱っているらしく、舶来物の取り引きもあるようだ。異国情緒を感じさせる服も少なくない。服がいくつも並ぶ中、棚には反物や装飾具も。

 リズとしては、物の本に書いてあるような地下の秘密組織を、多少は夢見ていなくもなかったが……


(でも、街の感じから言って、もとからオープンな雰囲気はあったかも)


 なんとなくのイメージだが、革命を主導するこの街の(・・・・)要員については、やましいところなく真っ直ぐ事に取り組んでいるようであった。

 彼らからすれば、地下に潜る必要などまったく無いのかもしれない。


 布に囲まれた倉庫の中を進んでいくと、併設された事務所らしきところに通じていた。

 ここが、この革命の司令中枢、あるいはその一部のようだ。大きなテーブルの上には地図が広げられ、中央の席には、人が良さそうな青年が一人。他にも何人か、同士らしき者が室内にいる。

 しかしリズは、この真ん中の青年こそが、この革命の中核ではないかと直感した。


 ここまで連れられた感じ、彼女は怪しまれこそすれ、敵とは見られていないようだ。

 一行の代表らしき、少しツンケン気味な青年も、この場では少しだけ態度を和らげている。

 会議室らしき場に着き、彼はリズのために椅子を引いた。

 笑顔で「ありがとう」と声をかけるも、ツンと視線をそらされるばかりだが。


 こうして、革命のリーダーらしき青年とリズが対面する形になり、青年は他の者に問いかけた。


「とりあえず、状況を教えてもらえるかな?」


「ああ」


 答えていくのは、少し冷たい感じの彼だ。彼はここまでのリズの所業を、客観的な視点で報告していく――

 つまり、革命勢力に何一つ声をかけずに街頭演説を行い、さらには勝手にビラを作って拡散させたと。

 この報告を受け、青年は真剣な顔で尋ねた。


「演説の中身やビラの中身は、特に問題なかったのかな?」


「……まあな。強いて言えば、演説が他の誰よりも盛り上がってたのが問題だな。あと、ビラも。手書きとは思えない正確さだ。たぶん、相当なレベルの魔法使いだろ」


「……なるほど」


 すると、青年は対面のリズに顔を向け、困ったように苦笑いしながら言った。


「市民の自発的な活動について、どうこう言う立場ではないですが……影響力に自信がお有りでしたら、事前に声をかけていただければと」


 と、そこまで言って、彼ははたと気づいたように視線を上に向けた。一度、何か思考を巡らせ、解に至る。


「いえ、あなたにとっては逆なんでしょうね。実際にパフォーマンスしてみせ、こうして僕らに近づいた、と」


「はい、ご推察のとおりです」


 相手の青年は、物腰柔らかで線が細く、やや頼りなさげな印象もあるが……頭の回転と洞察力には確かな物があるようだ。

 そんな彼は「お名前をうかがっても構いませんか?」と問いかけてくる。間を置かず、リズは答えた。


「エリザベータです。リーザとでもお呼びください」

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