第45話 みんなに火をつけろ
革命の機運に沸き立つトーレットの街。至る街角で決起を促す叫びが上がる中、一際多くの耳目を集める場所があった。
荷箱を積んで作った即席の壇上に立つのは――どういうわけかメイド服を着た、見目麗しき少女。
たったそれだけでも、通行人の足を一度引き留めるには十分だ。
しかし、本質は見た目ではない。彼女の堂々とした振る舞いと、流れるような弁舌は、通りがかりたちをその場で釘付けにした。
皆が、彼女から目も耳も離せない。
「重ね重ね軍費を召し上げ、それでいて領主も国も、何も約してはいない! 守りは実を結ぶことなく、遅きに失した軍船が、我らの海を閉ざすばかりではないか!」
喧騒の中でもよく通るリズの声が一度切れると、観衆は各々が張り裂けんばかりの声で賛意を示した。
その波がひとしきり去るのを待ってから、彼女は続けていく。
「さぁ諸君! 君たちが何者であるか、自分自身に、領主に、そして国に、思い出させてやる時が来た。払いに見合わぬサービスしかできぬ愚か者が、さらなる金をせびっているのだ。ならば! こちらは正当なビジネスという物を教えてやろうではないか! 者どもをテーブルに着かせ、その頬を手形で叩いてやれ! 事業計画を立てさせよ! ガキの使いに金を出したのではないのだと!」
朗々とした煽りの後、周囲が熱狂の渦に包まれる。
この熱の高まりと、他の街角から向けられる視線の集中を認め、彼女は潮時だと判断した。
(もう、街宣でのアピールは十分かしらね)
後はこの町の者に任せようと考えた彼女は、群衆に向けて適当に視線を走らせた。
そこで目があった者に手招きすると、キョトンとした顔の青年が自分自身に向けて指差した。彼に微笑みかけてうなずき、壇上へと促す。
彼が戸惑いながらも傍らにやってきたところで、場も少し落ち着きを取り戻し、リズは言い放った。
「ちょうどいい機会だから、みんなも思いの丈を口にし合いましょう! 大勢の前で大声で話すの、中々気持ちいいから! ねっ?」
この声かけに、観衆は再び歓喜の声で応えた。大勢からは、肝が据わった町娘ぐらいに思われていることだろう。
身代わり第一号は、なおも少し困惑気味だが、リズに背を軽く叩かれると、覚悟を決めたようで口を開いた。
こうして場を引き継いだところで、リズはそそくさと立ち去った。
もっとも……放っておかれるはずもなく、彼女を追いかける者が何名か。
おそらくは革命勢力の中核か、それに潜り込んでいる者だろうと、彼女はあたりをつけた。
だが、接触を図るにはまだ早い。交渉のテーブルに着くには、もう少しアピールしてからだ。
リズは自分の中に《遠覚》を刻み込み、周囲の魔力の動きを探知し始めた。
これに《幻視》を合わせれば、ある程度の距離なら遮蔽越しに、魔力の存在を視覚化できる。
つまり、魔力的な透視である。感覚的に魔法を組み合わせるこういった技法は、相当の経験とセンスがなければ成立しない。
さて、さすがにこんな日ともなれば、住民は街角の街宣に引き寄せられるか、部屋にこもるかに二分される。
もともと人通りが少ない路地、それも伏兵が見えないところを選び、リズは駆け抜けた。
《遠覚》からは、追手が脱落するのがわかる。一人、また一人。
やがて独走状態になったところで、彼女は建物が密集する路地に入り込んだ。《空中歩行》で素早く中を駆け上がり、屋上へと身を躍らせていく。
登った建物の背は低めで、城壁までは距離があるのに加え、他の建物が城壁からの視線を遮ってくれている。まず、気づかれはしないだろう。
それに、天井には洗濯物が干されている。ここで一休みしたところで、そう怪しまれるものでもない。洗濯物とメイド服という取り合わせもちょうどいい。
熱気渦巻く巷から抜け出し、追いかけっこも済ませたリズは、少しはしたないとは思いつつ、メイド服の裾を広げてバタバタと扇いだ。
ひとしきり涼んだところで、彼女は街路の方に目を向けた。
相変わらず、そこかしこで街宣が続けられ、街全体にその熱が広まっているようだ。
その中に加わる決断を下したことについて、リズなりに思うところは色々あった。
まず、この事態に関し、ラヴェリアの関与は十中八九ある。それを前提とし、彼女はこの町に対していくらか罪悪感を覚えていた。
もともと、このための仕込みはあったことだろう。リズの存在がなくとも、いつかはこういう日を迎えていたものと思われるが……無関係と言い張るのも、ためらわれるものがある。
一方で、リズ自身のための都合という面もある。
この街を中心として、ラヴェリア主戦派と非戦派の間での対立はきっとあることだろう。当然、この騒動に対し、諜報員を忍ばせているものと思われる。
そんな中、リズが両者のうち一方の側に、明らかに好都合な振る舞いをすれば……ラヴェリア側での対立構造に、より一層の亀裂を入れることができるかもしれない。
これは継承競争にも波及しうる。あの者、あの派閥は、実はエリザベータと水面下で手を組んでいるのではあるまいか、と。
そこまで明確な疑いの目を向けずとも、疑念の種を蒔ければ、今後の布石となるかもしれない。
また、他の王子王女とは違い、リズは組織的な力を持たない。そんな中で巡り合ったこの事態は、ちょうどいい経験になるかもしれない、彼女はそう考えた。
というのも、集団・群衆という物を理解することで、今後の逃避行や反撃の機に役立てられるのではないか、と。
それに、どうせ大陸外に逃げようとしても、現状でルートはほとんどない。
加えて、何らかの方法で位置情報を掴まれている可能性は、船の爆破でもって確定的に思われる。逃走経路を絞られたまま逃げたところで、行き先は先細りだろう。
それよりは、この革命に付き合ってみる方が、ずっと実入りがあるかもしれない。
ただ、一番の理由は心情的なものだ。与えられた状況の中、枠を打ち破ろうと、拙くもあがく若者たちの姿に、自分の現況が重なった。
ここで逃げるのは、何となく気に入らない。
意を決して渦中に混ざり込んだリズだが、革命勢力の中枢に食い込むには、まだ手土産がある。
下の様子に気を配りつつ、彼女は屋根伝いに飛び移り、宿へと進んでいった。
幸いにして、城門を守る兵以外は空に気を配りはしない。大体が街角の街宣に気を取られている。
そのおかげで、面倒な事態に陥ることなく、リズは宿の屋上に着くことができた。上層階を選んでいたのが幸いし、屋上から部屋までの距離は短い。
結果、誰ともすれ違うことなく、彼女は部屋への帰還を果たした。
物怖じなど滅多にしない彼女だが、胸が少しドキドキする感じがある。場の熱気にあてられた……とはまた違う感じの、体の火照りもある。
焚きつけに行ったところ、自分自身にも火がついたようだ。
(ラヴェリアの連中も、尻に火がついているかしら……)
そんなことを思いながら、彼女はひとまずメイド服から着替えた。
このメイド服のおかげで、顔や背格好よりもこの服に注意が向いたことだろう。顔の露出を減らしてヘアスタイルを変えれば、他の服で街に難なく溶け込めそうである。
着替え終わった彼女は、窓際の机に向き直った。
机には、昼食の後に買い求めた紙束が山と積まれ、その横には革命のビラが何枚も。その内の一枚を手に取り、視線を走らせるリズ。
革命勢力が主張するところは単純である。軍備増強に対して、ある程度の理解は示しつつも、横暴な徴発はいただけないという。
また、ここハーディング領の軍上層部で、汚職・腐敗も取り沙汰されている。詳細は不明だが、有り得そうな話ではある。軍備増強というのは大金が動く機会だ。
そこで、正当な話し合いの場を設けよというのが、この革命勢力の主張だ。本格的な武力蜂起は、現時点では考えておらず、あくまで現状としてはストやデモの範疇に収めようという。
荒れに荒れてくれた方がいい勢力もいることだろうが、その中で理性を保ちつつの決起を促すこの流れは、リズから見ても中々感心できるものだ。
元から燻っていた上への不満に、船の爆発が火をつけた。この勢いを活かそうとしつつも、きちんとコントロールしてみせようという意志を感じる。決してやけっぱちになっているわけではない。
暴力に訴えかけないのは、この街の中の安全を見越してのものでもあるだろう。革命勢力と、街の治安維持関係者が衝突すれば、穏当な支持層まで失いかねない。
実際、どこまで考えているかは会ってみなければわからないが、話が通じる相手のようにリズは感じた。
しかし、考えが深いように思われる革命勢力も、彼女が見たところハッキリとした弱点という物はある。
それが、このビラだ。手書きの上、互いに微妙な語句の違い等が見受けられる。
手書きということで、行部数の問題もあるだろうが……表現の微妙な差は、もっと深刻な問題に発展しうる。仮に、こういった違いが偶然ではなく、意図して仕込まれたものなら――
(ま、こういうのは良くないわね)
反革命を志向する勢力の仕業か、この街には印書業者がいない。だから、手書きにせざるを得なかったのだろう。
それを、リズがどうにかしてやろうというのだ。




