第44話 渦中の街②
リズは、なるべく人が少ない店をと考えていたが、あえて探す必要もなく、そういった食事処にありつくことができた。
閉まっている店も少なくないが、開けている店にしわ寄せが来るわけでもない。住人の関心は、完全に街宣の方にある。
こんな状況でも店を開けている店主に感謝しつつ、リズは昼食を適当に頼んだ。
席について程なくすると、料理が運ばれてきた。客が少ないせいか思いのほか早く、給仕は苦笑いしている。そんな彼女に、思わず苦笑いを返したリズ。
まずは腹ごしらえを……と思ったものの、頭の中では勝手に考えが動き出す。口と手も、心なしか進みが早い。
やがて、料理を平らげて食後の茶が出てきたところで、彼女は図書館での思案の続きを始めた。暗号のようなノートを広げ、ティーカップ片手に考えを巡らせていく。
まず、この革命に関し、ラヴェリア側からは主たる勢力が二つ関与していると思われる。主戦派と非戦派だ。船の爆発事件を仕掛けたのは、おそらく主戦派であろう。
では――この事件は、継承競争と関係があるかどうか?
リズは頭を悩ませたが、結論に至るのにあまり時間を要することはなかった。
彼女一人を標的とする継承競争で、ここまでの仕掛けを行うのは、明らかにやりすぎだ。外交や軍事に与える影響が大きすぎ、他の兄弟も黙っているとは思えない。
それに、準備期間の問題もある。
おそらく、継承競争との関係を匂わせつつ、各王子の派閥外の主戦派が動いたのではないか。この騒動でリズをあぶり出し、うまく捕縛できれば好都合。政争の具にできる。
そうでなくても、本来の目的である革命が起きればそれで良い、と。
事前の仕込みが十分、後は船を爆発させるタイミングを……そう考えていたところ、ちょうどよくリズがやってきてといったところか。
そういった流れが、一番有り得そうな展開のように彼女は思った。
不確定要素は多いものの、ラヴェリア側のスタンスはそのようなものだと、リズは推定した。
ここに、現地勢力の思惑が絡むと、事態は一層に混迷を増してくる。
革命をやられると困るのは、ここトーレットを有するハーディング領と、その上にあるルグラード王国だ。
街から印刷屋が夜逃げし、新聞が手書きになっていたというのは、これら現地の行政権力が働きかけていたように思われる。
つまり、現地民を情報から遠ざけるか、せめて革命の足を引っ張ろうと、ビラの作成を妨害しようというわけだ。
ただ、街の状況を見るに、この街の行政機構は革命を容認、あるいは支持しているように思われる。
これは、従前から街そのものが“上”に対して批判的であったか、革命勢力の手がすでに入り込んでいたか、はたまた別勢力の手が介入していたか……
(衛兵さんたちを見た感じ、全部かしら……)
おそらく、種々の理由が複合的に作用し、現在の街があるのだろう。
街の上にある権力機構としては、革命されると困るだろうが、横はどうであろうか? ハーディング領と隣接する、同国の別領は?
これは、リズから見ても微妙なところである。ここルグラード王国は、各領主の権限が強く、上に君臨する国は、他国の政府と比べてさほどの実権を有していない。
だからこそ、付け入る隙を見出してラヴェリアの主戦派が仕掛けているのだろう。
他の領主は、ハーディング領の状況を見て、対応を決めることができる。ラヴェリア側に寝返るというのも、状況次第ではアリだろう。
無論、「やむを得ず」という口実づくりは必須であろうが。
他にも、まったく関係のない第3国が、諜報員を忍ばせに来るということも十分に考えられる。
もともと、この街の港は海外に対して広く開かれていた。以前からつながりがあった中で、革命の機運を感じ取っていたのなら、手勢を忍ばせておくのは十分に有り得る話だ。
茶をすすりつつ、リズはこの革命に関与が疑われる各プレイヤーを書き出し、現状の考察のまとめとしていく。
・ラヴェリア主戦派:おそらく火付け役
・ラヴェリア非戦派:ボヤで終わるか、無血革命希望?
・トーレット行政:革命容認、おそらく懐柔済み?
・ハーディング領:革命の敵
・ルグラード王国:革命されると困る側
・国内他領:傍観? 飛び火は避けたい
・第3国:様子見?
とりあえず、傍観者の立場にいるリズの視点でも、この革命にはこれだけの勢力が関わっている可能性に思い至った。
――今、活動中の革命勢力の中にも、こういった外部勢力の者が紛れ込んでいることだろう。
ここまで推測を進めたリズは、一度ノートを閉じてティーカップを傾けた。
窓の外に目を向けると、相変わらず荷箱の上で街宣をやっている青年たちの姿が視界に入る。
今朝から始まった、この騒動の中で、リズは幾度も彼らの声を聞いた。
一言で言えば、なんとも頼りなさそうだった。
彼らは、同じ言葉を繰り返していた。それはそれで、革命においては重要なことである。要点はシンプルにし、思想を共有しやすくすべきだ。
しかし、人前で声を張り上げる彼らの姿に、リズは自信のなさを感じていた。憤激がにじむ叫びも、どこか自暴自棄な勢いと開き直りのように聞こえてしまう。
実際、彼らは色々と追い込まれ、やらされているようなものだろう。住人を装い、焚きつける工作員さえいたのかもしれない。
窓の木枠の中、もがきあがくように声を上げる革命家たちがいる。光の加減か、うっすらとリズの顔が映り込み、彼らに重なり合う。
ハッとした彼女は、その後いくらか考え込み、表情を柔らかくして立ち上がった。店主と軽く会話をしつつ勘定を済ませ、彼女は宿へと足を向けていく。
☆
一方、ラヴェリア王国では、一人の王女が頭を悩ませていた。
自身の執務室で書類とにらみ合うのは、第3王女アスタレーナだ。
家系のご多分に漏れず美形の彼女は、一見すると気が強く近づきづらい印象を与える。
実際には、外交の要職を任されるだけあり、重臣の大半からバランス感覚に富む人格者と、敬意を向けられている。
だが、今日は近づきづらい日だ。各所から寄せられる報告に対し、にらみつけるツリ目が鋭くなり、顔は渋くなる一方。
彼女に対面するように、机の前に立つのは渋みのある中年男性だが、彼は緊張で顔を強張らせている。
「今から止めるのは難しそうね」と、アスタレーナは静かに言った。
言葉の出だしでピクリと動いた腹心に、彼女が苦笑いすると、腹心は緊張した面持ちで言葉を返していく。
「はっ、現地での盛り上がりようを考慮すると、抑制には相当の力を要するものと」
「工作員を失ってまで試みるものではないわ。ここで消したとしても、火種はくすぶり続けるでしょう。適切に導火線を敷くのが賢明ね」
「では、現地要員には、引き続き情報収集を命じます」
「そうしてちょうだい。衝突は避け、他勢力の動向に注視を」
「かしこまりました」
腹心は深々と頭を下げた。この報告については用件が済み、アスタレーナは別の報告書に目を向けるが……腹心は立ち去らない。
この信の置ける懐刀は、何か思うところがあるのだろう。彼女は少しだけ表情を和らげて問いかけた。
「まだ何か?」
「いえ、ご兄弟との間で、何か表立った話があったのではないかと」
「あれば言うわ」
「では、ご兄弟も静観なされるお考えで?」
「今のところはね。裏で動く可能性はあるけど……他国の諜報とかち合う危険がある。目立つ動きは得策ではないわ。それぐらいは、下の子もわかってくれてるってことね」
そう言って彼女は頬杖をつき、横を向いて深い溜め息をついた。
その後、ハッとした表情になって腹心に向き直り、「ごめんなさいね」と言った。
「とりあえず、継承競争のことは大丈夫。他の兄弟が動くようであれば、話は別だけど……私たちはルグラードの騒動を、平和裏に終わらせるのが第一よ」
「かしこまりました」
「現地要員はよく労っておいて。ご家族にもね。必要があれば慰労に伺うわ」
「はっ」
そうして話が終わり、腹心が立ち去ろうと動いた時、外から誰かが駆けて来る音が部屋に響いた。徐々に近づき、一度音が途切れると、次いでノックの音。
「どうぞ」と真剣な顔のアスタレーナが口にすると、若い部下がドアを開いた。
「申し訳ありません、火急の件につき」と、息を荒くしながらも彼は言った。
「トーレットで、何か動きが?」
「はっ、信じがたき報かとは思われますが……」
この言葉に、アスタレーナは口からため息が出そうになるのを必死に抑え、部下の言葉に耳を傾ける。すると……
「元王女、エリザベータ殿下がトーレットに入った件ですが……」
「脱出したのなら、こちらで追うわ」
「いえ……」
息の荒い彼は、一度深呼吸をした後、口を開いた。
「エリザベータ殿下と思われる人物が、街頭演説を行ってます」
「ハァ!?」
思わず口をついて出た言葉を取り繕うこともなく、アスタレーナは顔を右手で覆ってつぶやいた。
「まったく、どいつもこいつも……!」




