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第43話 渦中の街①

 聖王暦612年、5月2日早朝。

外の騒がしさに、リズは目を覚ました。ベッドから身を起こし、窓の外に目を向けると、日はまだ登り始めたばかりという程度。

そんな朝早くから、外では威勢のいい声が上がっている。


 彼女はまず、息を殺して周囲の気配を探ってみた。広域を探知できる型の《遠覚(テレタクト)》を作ってみるが、それらしいものはない。

 外の動きが、陽動や釣りではない自然なものと考えた彼女は、とりあえず外に出て何なのかを確かめてみることにした。


 すると、街角のあちこちで人だかりができており、荷箱の壇上に立つ者が大声を張り上げているではないか。声を上げる者の近くでは、何やらビラを配る者の姿も。


「我々は、この機に立ち上がらなければならない! これでは交易もままならず、それでいて軍備のためにと、上は金だけを絞り上げようという! 諸君は、これを見過ごそうというのか」


 壇上に立つ青年は、声を張り上げた後に続く歓声の中、肩で息をしている。

 その様がリズには、かなり必死なものに見えてならなかった。

 というのも、いかにも余裕がなさそうで、ふてぶてしさや自信のようなオーラもないのだ。とても、煽動でメシを食うタイプではない。

 彼にとって幸いなのは、少なくとも町の住民は、こういった活動を容認しているということだ。こんな朝早くから喧騒の発生源になろうとも。


 それに――他の同志も大勢いるようだ。遠くに視線を向けると、同様の活動が目に入る。

 リズを少なからず驚かせたのは、この街宣を見守る衛兵たちの存在だ。やめさせるでもなく、好きにさせている。

 もしかすると、煽動された群衆との衝突を懸念しているのかもしれない。人数比では勝ち目がないだろう。

 ただ、リズが見たところでは、衛兵たちの表情や気配に、敵意や害意を始めとする負の感情が感じられなかった。複雑な心境を胸に、揺れ動いているように思われる。


 群衆に混ざって、リズは少しの間、決起を促す叫びに耳を傾けた。

 が、ビラを配っている者を見てハッとするものがあり、彼女は一枚受け取ると、他の街角へと足を向けた。

 河岸を変えても、やはり同じことをやっている。一人が壇上で蜂起を促し、周囲では仲間がビラ配り。

 リズは、すでにもらった一枚をコッソリとカバンにしまい込み、もう一枚受け取った。

 それからも彼女は、周囲からの視線にそれとなく気を配りつつ、場所を変えてビラを受け取り続けた。


 ある程度、ビラを受け取ったところで、彼女は広場のベンチに腰掛けた。町人たちの歓声を横に、街の地図を広げて、印を打っていく。

 街宣箇所は20を下らない。その各所でビラ配りと演説――のようなもの。それなりの規模を持つ革命勢力と考えられる。

 特に注目すべきは、おそらくこの街の衛兵を組織的に取り込んでいると思われる点だ。いずれの街宣箇所でも、衛兵は事態を静観していた。

 もしかすると、あれらをやめさせようという動きに対する備えでさえ、あったのかもしれない。


 日が昇り、人通りが増えるにつれて、街を覆う熱は高まりを見せていく。

 少し考え事をしたいリズにとっては、あまりよろしい状況とは言えない。


 結局、彼女は図書館へと逃げ込んだ。図書館周りは街宣に使われていないのを確認していたからだ。おそらく、革命勢力も気を遣ったのだろう。

 受付の女性と目が合うと、先方には苦笑いされた。出勤途中で街の様子を見たのは間違いない。

 リズもリズで、今後を考えると頭が痛い思いだ。思わず苦笑いで応じ返し、窓際の閲覧席へ歩を進めていく。


 町民の関心は、今や各所での街宣に注がれている。

 そんな中で図書館に足を運ぶものは、そうはいない。この人気(ひとけ)の無さは、リズにとって好都合であった。

 というのも、もらったビラを並べて机を埋めるのは、明らかに不審だからだ。

 ビラを見比べてみたところ――やはり手書きであった。また、書いてあることはほとんど同じだが、細部の表現に若干の差異がある。


 これらのビラを目にし、リズの中でピースがつながっていく。

 やがて、脳裏に閃光が走って全てがつながった直感を得た彼女は、ビラをしまい込んで大陸の地図を広げた。ラヴェリア聖王国と、ここルグラード王国の間の情勢から、今の状況が少しずつ浮き彫りになっていく。

 彼女はノートを取り出し、今回の一連の事象について、関与が疑われる勢力を書き出していった。一通り書き出したところで、状況の考察をまとめていく。



 発端は曖昧だが、おそらくは5年以上前に始まった、ラヴェリア聖王国の東端にある。聖王国はそちらに兵を少しずつ集め、軍事演習を繰り返してきた。

 これに対し、ここルグラード王国、ハーディング領は西端部の防備を固めていった。両国の緊張が高まっていったわけである。


 ただ、事をややこしくしているのは、この2カ国が国境を接しているわけではないということだ。間に(くさび)を入れるような形で、第3国のセントアム王国が存在している。

 このセントアム王国、国力としてはルグラードに大きく劣り、ラヴェリア聖王国とは友好関係にあるが、実質的には従属しているようなものだ。

 そして、このパワーバランスが、3国にとって悩ましい状況を作り出している。


 東端部で軍事演習を繰り返したラヴェリアは、友好国保護のための演習だと言い張った。現に、ルグラードは国境側に兵を集め、セントアムを脅かさんとする動きを見せているではないかと。

 ルグラードにしてみれば、言いがかりも甚だしい言ではあるが、まんまと挑発に誘われた感は否めない。あくまで、現時点での隣国は弱小国に過ぎず、西端の防備は過剰と言えるからだ。


 さて、自国よりも強い2国に挟まれたセントアム。だが、ラヴェリアからは外交圧力がかかっていない。

 そんな中で、友好国であるラヴェリアに対し、軍の通行を自発的に許可するわけにはいかない。

 なぜなら、セントアムがラヴェリア軍に通過を許せば、ルグラードは軍を留めおく理由を失うからだ。どうせ戦火が広がるなら、他国の領土の方がいい。


 ラヴェリア側がセントアムに対し、軍の通過を打診しないのも、ここに原因がある。通り道が戦場になると承知で通過を企てようものならば、他の国との関係が悪化しかねないのだ。

 とはいえ、ラヴェリアにとって、領土の東部拡張は大いに意味がある。向かい合う大陸との地峡の向こう側にルグラードの港があり、東進する上ではかなりの要所になるからだ。

 その港というのが、リズがいるトーレットである。


 以上が、比較的広く知られている軍事・政治的な情勢だ。

 ただ、状況の主役である各国は、決して一枚岩の存在ではない。それぞれの勢力の思惑が絡み合い、状況を一層ややこしくしている。

 ラヴェリア側では、大別して2つの勢力がここトーレットに干渉していると、リズは考えた。

 1つ目が、東進戦略を推し進める主戦派だ。主戦派はこのトーレットか、できればハーディング領まで手中に収め、さらなる東進の足がかりとしたいと考えていることだろう。

 そんな彼らにとって、この革命は好ましい――というより、この状況を引き起こした主犯であると、リズは考えた。


 彼女が考えた事の流れは以下だ。まず、軍の東進を(にら)みつつ、東部に兵を集めていく。これにルグラードを呼応させ、兵を集めさせる。

 ただ、軍事力では圧倒的にラヴェリア有利だ。まともにやりあおうものなら、軍備の増強は避けられない。

 そこで、ハーディング領は軍費を徴収し、軍備の増強に走った。


 その過程で、領内の中産階級との間に不和が生じたが……主戦派は工作員を潜り込ませ、この不和を煽りさえしただろう。

 実際、リズが街を訪れた時の新聞にも、領内行政と領民の不仲が感じられた。


 そして、今回の船の爆発事件である。革命勢力が街に存在することを知った上で、彼らの尻を叩くように、この事件を引き起こしたのではないか。

 この革命は、成ろうが成るまいが、主戦派にとっては好都合だ。身内同士の争いで疲弊してくれればそれでいい。

 あるいは、革命で軍が弱ったところを、海側から攻めるという手もあり得る。革命のドタバタに紛れて工作員をさらに忍び込ませ、内部から蚕食する手も。

 それに……革命の火が手のつけられないものになり、国境防備どころではなくなったその場合、圧力に屈したセントアムが「今のうちに」と軍の通過を許すかもしれない。


 一方、ラヴェリアには主戦派と相対する派閥もある。穏当な融和路線を旨とする非戦派だ。

 この非戦派は、数年前まで主戦派に押され気味であった。

「強者こそが民を治めるべき」という英雄信仰は世界各国で根強いが、ラヴェリアはその筆頭だ。

 こうした信念は、一国の中に留まらず、国家間の関係にまで向けられている。弱小国――大半の他国――はラヴェリアの旗の下にあるべきと考える者は多い。

 そのため、主戦派勢力は伝統的に多数派を占めている。

 そんな中、非戦派筆頭の外交部門は、数年前に第3王女アスタレーナを旗手とした。

 これにより勢力を盛り返した非戦派は、今では主戦派と拮抗する状況にある。


 この非戦派は、今回の一連の事象について、好ましくは考えていないものとリズは考えた。軍を動かし、開戦する口実を与えたくはないだろうと。

 外交面を受け持つ非戦派が、この事態を把握していないとは考えにくい。今まさに起こりつつある革命に対し、非戦派はどのように立ち回るか?

 リズはその身になったつもりで考えた。


 一番有り得そうなのは、どう転んでも構わないような両取り路線だ。革命の機運が尻すぼみになれば、それに越したことはない。

 ただ、本格的に権力の転覆が起きるようであれば、新勢力の権力中枢に諜報員の手を忍ばせたいと、非戦派は考えることだろう。

 そこで何かしらの約定を取り付けることで、国としての方針とできればいい。


 リズの考えでは、この革命に対するラヴェリア側の2勢力は、相反するスタンスを持っている。主戦派は、革命が野放図に広まっていき、このハーディング領がメチャクチャになればいい。

 一方で非戦派としては、革命がすぐ鎮火されるか、それが無理なら無血での転覆が理想だろう。

 いずれにしても、暴力に訴えない形での、完全に抑制が効いた流れを求めているはずだ。


 この両勢力に対する見立てが正解であれば、両者の利害が一致する部分もある。

 すなわち、この革命が確かな実体を得たのなら、ラヴェリアとしてはこれが長生きするのが好ましい。

 両勢力の望みの違いは、長く存続して混沌を振りまくか、より永く存続して新たな秩序を築くかだ。混沌が生じれば、それに乗じて主戦派が動き、秩序が築かれれば、非戦派が裏から手を伸ばすだろう、と。


 そして……図書館の外の動きを見る限り、完全な火消しはもはや難しそうである。

 リズは思索を一度切り上げ、図書館を後にした。喧騒と熱が渦巻く街を進み、昼食をとりに向かう。

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