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第42話 都市封鎖

 翌朝目覚めたリズは、朝一で図書館へと向かった。すでに用済みとなった本を返却し、保証金を返してもらうためだ。

 幸いにして、同じ行動に移るものは少なく、人の流れは中央広場か港の方へと集中している。

 事前に覚えた地図を元に適当な迂回路を進み、彼女はさほど労せず図書館に着くことができた。


 返却窓口では、受付が小さな驚きを示した。昨日借りて今日返却、それも多くの本なのだから、無理もない。

 ただ、彼女はすぐに合点がいったようだ。この街の現状では、手元に金をという考えは、良くできるものだったという事だろう。


 手早く用事を済ませ、図書館をそそくさと立ち去ったリズは、次に港の方へと向かった。

 しかし、人ごみに紛れ、妙に視線が鋭い者が散見される。

 そういった者たちは、どうやらリズに注意を傾けているわけでもなく、また別の何かに注意を払っているようだ。

 彼らの振る舞いと、昨夜の出来事から、この街が予想以上に大きな何かに巻き込まれているようにリズは感じた。


 足早に駆けつけた港では、昨夜の惨事を物語る光景が広がっていた。

 どうやら、停泊中の船が一隻、相当な規模の爆発をしたらしい。

 係留されている残骸は、甲板が完全に吹き飛び、外板は上端部が焼け焦げている。マストなどは撤去されたようだ。

 なんとか船の原型を保つ程度の残骸から、在りし姿が想起される。中々の大きさの船だったことだろう。

 そのイメージと今の惨状の対比が、一層に爆発の威力を思わせる。


 また、爆破で吹き飛んだ木片や煤が、辺りに広く散らばっており、付近の桟橋も大きな損害を受けている。

 初期消火がうまくいったのか、実際に火が回った範囲は、港全体に比べれば限定的だが……当分は使えないだろう。

 海の方はというと、さっそく国から派遣されたと見える軍船が数隻、港を遠巻きに取り囲んでいるのが見える。緊迫感漂い、ただならぬ様子だ。


 さて、港湾管理事務所に目を向けると、大変な混雑ぶりだ。外にいても中の騒ぎようと怒鳴り声が響いてくる。

 中に入って確かめる気もしないリズは、周囲の様子に視線を巡らす風を装いつつ、事情を聞くのに良さそうな人物を探し始めた。

 ややあって、ちょうど良さそうな人物が事務所から出てきた。商人らしき、身なりの良い中年の紳士だ。

 彼は、打ちひしがれるほどには至っていないが、確実に困っている様子。

 尋ねれば、何か話してくれそうだ。


「少々よろしいでしょうか?」


「ん、何かな?」


 物腰柔らかな紳士は、横合いから問いかけてきたリズに対し、律儀にも体を向け直してくる。

 そんな彼に対してリズは、もともと良い姿勢を更に正した。


「そこから出ていらっしゃったものですから、お尋ねしたいことがありまして。こちらの港の、船の出入りは……」


「ああ、ご想像の通りだよ」


 そう言って紳士は、困り顔ながらも状況をあらかた説明してくれた。

 まず、港の復旧には相当の時間がかかり、復旧後も港の利用は限定的になる。ここから出港できるのは、街でも確たる地位のある老舗の商人に絞るそうだ。

 また、商船の出入りはある程度許可されるものの、やり取りは国内の港湾だけになる。ここから他国へ出る船はない。

 他国からやってくる船については、軍船による検問で追い返すという話だ。


「では、他国からの船は、別の港へ?」


「そういう話だね。ただ、他の港においても、他国とのやり取りはかなり絞ることになるだろうというのが、この事務所の見解だ」


 ここハーディング領、さらには上のルグラード王国がどういう判断を下すか、現時点で確定はできないものの、耳にした見立ては何ともありそうな筋書きであった。

 いずれにせよ、この港から出ていくのは難しい。しかし、だからといって……


 今後について脳裏に暗雲立ち込めるリズだが、まずは話を聞かせてくれた紳士に頭を下げた。

 互いに好感を持てたのか、彼の方も弱り顔を少し綻ばせ、軽い会釈で応じた。


 港での情報収集を切り上げリズは、次に城門へと足を向けていく。

 城門に近づいたところで目に入ったのは、閉じた門の前に集まる群衆と、困惑しながらも事態を落ち着けようとしている官吏と衛兵たちだ。

 まるで期待などしていなかったリズだが、やはり外には出られないようだ。


 遠巻きに状況を見守ってみたところ、物流関係者だけは通過できるらしい。

 しかし、そのチェックは念入りだ。

 当然と言えば当然である。船の爆発が事故でなければ、それを仕掛けた犯人が、まだこの街に潜伏しているのかもしれないのだ。逃がすわけにはいかないだろう。

 それに……


(むしろ、内部に潜ませてるのかも……)


 昨日と今日、リズが目にしたこの街の衛兵は、緊張感を漂わせてどこか不安げな感がある。だいぶ若い兵か、老いた兵に二分される傾向も気にかかるところだ。

 そこで、リズは考えた。国境付近の緊張が高まる中、実戦向けの兵は西へと駆り出され、残る彼らが街の留守番なのだろう。

 そんな彼らが直面したのが、今回の爆発事件とこの騒動……というわけである。

 街を守る彼らに対する同情心を覚えつつ、リズは適当なベンチに腰掛けて思考を推し進めていく。


 到着当初から、この街にはどことなく不穏な気配が漂っていた。印刷業者が夜逃げしていたというのもそうだ。

 リズが訪れる前から、何らかの動きがあったと思われる。


 おそらく、今回の爆発は偶然の事故ではない。彼女はそう考えた。

 ただ、継承競争との接点は十分にありえるだろうが、それだけ(・・・・)を目的としたと考えるには、あまりに準備が早い。

 とすると、この街を巡って何らかの策謀は、リズがここを目指す前から、すでに根付いていた。爆発のための下準備は、すでにあったのでは――彼女はそう考えた。

 また、今回の爆発を企んだ勢力が実際にいると仮定した場合、それは町の行政か防衛、防犯のいずれかに食い込んでいると考えるのが自然だろう。

 働き盛りを前線に抜かれた衛兵隊など、いかにも付け入る隙がありそうではないか。


 うんざりするような思考を巡らせ、リズは空を見上げてため息をついた。

 ラヴェリアとの緊張状態を前提に、今回の爆発が事故ではなく故意によるものとすれば、仕掛けたのはラヴェリアの工作員だろう。

 そして、リズはこの街から逃げ出すのが難しくなった。とてもではないが、普通に通過できる検問ではない。積荷に紛れて通るというわけにもいかなさそうだ。


 門を通らず、空を……というのも困難だろう。夜陰に紛れて《空中歩行(エアウォーク)》で脱出でもしようものなら、やましいことがあると喧伝するに等しい。

 そういう脱走者にこそ、街の監視が目を光らせていることだろう。

 試しに、見上げた空から視線を少し下ろしてみると、リズの視界には城壁の上に監視の姿が見えた。

 注意深く警戒を続けているようで、街中の警備よりもよほど力を注いでいるようにさえ映る。


 逃げ出すにしても、今すぐにというのは困難だ。現地の治安維持関係を敵に回すことで、他の街での行動を制限されても困る。

 最悪なのは、継承競争を伏せた上で、ラヴェリア側が現地勢力と協力する展開だ。


 そういった事態を避けるとなると、単独でここを脱出するのは好ましい判断ではない。

 まずは情報収集だ。街の者がここを脱しようというとする動きがあれば、それに乗じて動くこともできよう。あるいは、物流関係者に取り入って逃げるという手も。


(いずれにしても、大陸から出るのは先になりそうね……)


 門の前に集まる、不安そうな群衆の姿を横目に、リズはベンチから腰を上げた。



 それから、彼女は思うところあって図書館へ戻った。新聞のバックナンバーがあるからだ。新聞の貸出はできないものの、館内での閲覧は自由にできる。

 昼ごろまでは図書館でカンヅメになり、彼女は新聞を読み漁ってメモを取り続けた。知らなかった街、取り巻く領内の情勢が、少しずつ浮き上がっていく。

 昼から日没後にかけては、食事処や広場、酒屋などを巡った。周囲で交わされる住民の言葉に、耳を傾けるために。


 そうして得ていった情報のピースは、一日でそれなりのものになったが、リズにはまだ物足りないものだった。

 得られる情報は皮相的で、表面的な情報どうしを裏でつなぐ真相がわからない。

 安全に、そして秘密裏に脱出できればそれでいいと考えつつも、彼女は背後の流れが気がかりであった。

 というのも、彼女の中には、うっすらとした危惧があった。


――仮に、この街から脱することができたとしても……今起きていることがこの街一つに留まらないのなら、結局は船でどこにも行けないのではないか、と。


 実際、船の爆発事件は、一つの契機に過ぎなかった。

 発端になったトーレットの街に留まらず、歴史のうねりが様々なものを呑み込んでいくことになる。

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