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第410話 勝利の礎になれるなら

 怒涛の魔力が周囲の全てを震わせる。大魔王の両手から放たれる、この魔力の奔流に、リズは真っ向から向かい合った。

 単に《防盾(シールド)》を張ったのでは、すぐに割られて意味がない。再展開する間に、攻撃の威力に呑まれるだけである。

 そこで、彼女は構えた魔剣を盾とすることにした。右手で柄をしっかり握りしめ、左手は刃にそっとあてがうように。彼女もまた、両手に魔力を高めていき、剣へと魔力を流し込んでいく。

 そして、両者の魔力が激突した。刃が極太の光線を受け、着弾点からは目も(くら)む閃光が(ほとばし)る。


「ッ!」


『グヌッ!』


 甚大な魔力を受け止め、リズと魔剣が揃えて苦しそうな声を漏らした。

 瞬時にして押し切られるものではない。それでも、滝の流れを手で()き止めるようなものであった。構えた両手が震え、衝撃は手から腕、そして全身へ。

 すっかり荒れ果てた玉座の間の中、床に散らばる細かな破片や粒子が、足の踏ん張りを阻害する。

 魔力の激流に押されまいと、リズは恐怖を振り切り、その場に留まるどころか前傾気味に力を込めて構えていく。留まることを知らない強圧を前に、少しでも(ひる)んで弱さを見せれば、一気に吹き飛ばされてしまいそうだった。

 だが、このための備えがないわけではない。多大なリスクを伴う賭けでもあったが、彼女は勝負所だと判断した。


 激流を受け止める魔剣の構えはそのままに、彼女は心の中で念じた。この合図に合わせ、彼女の全身を覆う鎧が、再び小さな金属片となって体を離れていく。

 被弾箇所が機能しなくなった際、他から金属片を寄せて補強するためのダメージコントロール機能である。

 使用者の意のままに守りを融通させるこの機能を用い、彼女は自身の体を守る鎧を盾に変えることを選んだ。宙を舞う金属片が、彼女のイメージに従って寄り集まっていく。


 その間も、気を抜けば吹き飛ばされ、そのまま勝負が決しかねない重圧がリズを襲っていた。気が遠くなりそうな時間感覚の中、これまで身を守ってくれていた金属片たちに念を飛ばし続け――

 押し切られる前に、どうにか間に合った。宙で終結した金属片が、今は二つの盾となっている。正確に言えば、一つの盾を中央で分割したような格好だ。

 これらで、大魔王が放つ魔力の奔流を挟むように動かしていく。


 すると、自身に打ち付ける威力がフッと和らいだのを、リズは実感した。前方にある盾が、恐るべき威力を受け止めてくれている。

 とはいえ、いつまでもというわけにはいかない。時折、威力に耐えかねた金属片が脱落し、その隙間から光線が飛び込んでくる。隙間を埋めるべく、別の箇所から金属片を融通させるも、一時的な処置でしかないことは明白だ。


 実のところ、リズもそのつもりであった。全身鎧を失ってまで、この果断な判断を下したのは、さらなる一手を打っためである。

 大魔王が放つ威力の大半を肩代わりしてもらえている今、彼女は剣の構えはそのままに、どうにか別の魔法を放つだけの余裕を得ることができている。

 そこで用いたのは、《超蔵(エクストレージ)》。あらかじめ用意しておいた何冊もの魔導書が、この時空の穴の中にある。

 その中から飛ばした一冊を、リズは金属片の盾のすぐ後ろに着かせた。


 現代の魔道具技術の粋も、大魔王操る簡潔にして絶大な暴力の前に、ついに耐えきれなくなった。最後の小片が、まばゆい光線の中で果てていく。

 代わりに立ちはだかる一冊。中に記されているのは、飛ばすための《念動(テレキネ)》を除けば、後は全て《防盾》である。

 そんな一冊が、激甚な魔力に(さら)された。魔導書に注ぎ込まれた魔力が、それぞれのページで盾となり、打ち付けられる威力に対抗。重なり合う薄い防壁が、見る見るうちに削られていく。


 無論、「一冊で受け止め切れる」などと考えるリズではない。彼女は再度、穴から後続を飛ばし、前任とピタリ重なり合うようにあてがった。


(おそらく……一冊あたり数秒ってところかしら)


 このような極限状況下にあって、精確に時間を図るだけの余裕は、さすがの彼女も持ち合わせていない。

 それでも、思考自体は冷静さを保てている。彼女は落ち着いて、穴の中から次々と使い捨ての盾を展開していった。


 いくつかの魔導書に盾を任せつつ、別のものを飛ばして敵を討つ――そういった手を取れないこともないが、彼女はあまり得策ではないと判断していた。

 より多くの力を注がなければならないのは守りの方である。となると、攻撃に割ける力は知れたもの。申し訳程度の攻撃など、あの大魔王には涼風のようなものだろう。駆け引きになるかどうかも怪しい。

 それよりは、こうして守りに集中し続けることを彼女は選んだ。


 魔導書を盾にしている間に、この場を離れようと移動する――という選択肢もない。

 これだけの破壊力ある攻撃を継続できる敵なのだ。盾の影から身を現せば、守りの構えが崩れたところに光線を合わされておしまいである。


 つまるところ、この攻撃を受け止め続ける以外の道がないわけだが……それは、最初から望むところであった。

 大魔王にとっても、これほどの攻撃は片手間に放てる余興ではないはず。

 彼に相当量の魔力を消費させることができるのなら、防戦一方のこの構えも、時間稼ぎ以上の意味がある。

 なにしろ、こちらにはラヴェリア王家二人分の魔力が宿っているのだ。


 ここに至るまでに、王都へ飛行船を襲来させ、これらを撃たせたこと。加えて、今の削り合いも合わせれば――

 自分の力で勝ち切るところまではいかずとも、次に(つな)がる(いしずえ)には、なれるかもしれない。


 こうして、大魔王相手に魔力比べへと持ち込んだリズだが、彼女よりも先に備蓄の方が音を上げた。

 彼女操る《超蔵》も、決して無尽蔵の備蓄があるわけではない。他にも念のためにと、用意しておいた諸々が入っている。それでも、数十冊は用意していたはずの盾だが……


(これがラス1ね……)


 壊される前提運用の魔導書は、これが最後だ。

 じきに、この手で再び、あの威力を受け止めなければならなくなる。


 せめてもの備えにと、リズは足を軽く動かし、踏ん張りの邪魔になるものを払った。

 そして……これまで怒涛を受け止めてきた無数の盾の、最後の一葉が打ち砕かれた。剣に伝わってくる衝撃に、胸の奥が早鐘を打つ。

 こうなっては、自分の魔力と手にした魔剣が最後の盾である。


 それにしても――と、リズは唇の端を吊り上げ、皮肉な笑みを浮かべた。

 この身一つで、大魔王渾身の一撃を受け止め続けているなんて。これを食らった飛行船たちは、もろくも空の藻屑へと果てたというのに。

 無論、自分も似たような運命をたどる可能性を、彼女は十分に理解していた。

 しかし、完全に諦めているわけでもない。このために仕込みはあったのだ。

 後は、結果がどう出るか。

 死闘の最中ではあったが、さながら審判を待つような心地でもあった。

 視界を覆いつくさんばかりに閃光が走り、言い知れない緊迫感に満ちる中、一瞬一瞬さえも気が遠くなるほど長く感じられる。


 必死に堪え(しの)ぐリズに、やがて朗報がやってきた。

 それを伝えたのは、彼女の両手であった。手に伝わってくる圧力が、わずかにではあるが和らいだのだ。

 緩急つけようというブラフかもしれない。だが……この必殺の一撃は、大魔王にとっても特別のもののように思われる。互いの魔力を競い合う意地の張り合いの中、今の今に至るまで、威力に揺らぎを感じさせることはなかった。

 この事実が、彼も全力を振り絞っているのだと、リズに直感させた。


 すなわち、彼の力が弱まりつつある。ここまでの、決死の構えは、無駄ではなかった。

 まだ何も終わっていない中、それでもほのかな満足を覚えるリズだが、彼女はすぐに心を引き締めた。


 そこへ、今度は凶報がやってきた。

 両者の魔力が相殺されて生じる耳を打つような轟音の中、耳に届いた小さな音に、彼女は心臓が止まるような気持ちを(いだ)いた。

 何かに亀裂が入る、不吉な暗示の音。

 閃光の中で目を凝らせば、残酷な現実がそこにあった。魔剣の刃に、ヒビが入っているのだ。盾代わりに膨大な魔力を注ぎ込み、これまた甚大な魔力に晒されて続けてきた、その無理が祟ったのだろう。

 後、どれだけ凌げることか。


 その時、彼女はふと、弱まったはずの相手の攻勢に再び押し込まれるのを感じた。無意識の内に、この魔剣を気遣って、注ぎ込む魔力を少し弱めてしまったのだ。


『愚か者め!』


 打ち付け合う魔力の轟音の中、刃が叱咤(しった)の声を響かせる。

 再び守りの構えを整えるリズだが……亀裂がどうなるか、気が気ではなかった。危険を承知で、この光線を受け流すように動き、この場を逃れるべきだろうか?

 この状況で魔剣を失うことは、今の彼女には、武器を手放す以上の意味があるようにも――


 しかし、この状況で一か八かを考え始めたリズよりも、魔剣はさらに果敢であった。


『敵の威力に陰りが見えている、それに気づかぬお前でもあるまい。このまま堪え凌げば良かろうが』


「でも、あなたが先に」


『ククク、見くびられたものだな』


 どこか自嘲気味に笑った矢先、さらに亀裂が広がっていく。そんな自身の有り様に、魔剣は刀身をかすかに震わせて再び笑った。

 しかし、次に発した言葉の響きには、リズの心に染み入る神妙さがあった。


『持ち手に気遣われ、結果として危険に晒させようなど……良い物笑いではないか。魔剣の恥さらしよ。このまま構え続けるがいい』


「だからって、このままじゃ」


『奴より先に、我らが音を上げようというのか?』


 世界を揺るがす大魔王を相手取り、なんとも不遜な物言い。今もなお迷いあるリズの心に、魔剣の言葉はスッと沁み込んでいく。

 自身がどうなっているか、この魔剣はよくわかっているのだろう。その上で覚悟を決め、剣がリズの心を駆り立てようと、声をふるわせた。


『この戦い、必ず勝て! 我が主……エリザベータよ!』


 その激励、あるいは懇願が、魔剣が放った最後の言葉であった。

 刀身に走る亀裂から膨大な魔力が溢れ出し、リズの視界を白に染め上げていく。

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