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第406話 決戦の玉座

 ヴィシオス王城、玉座の間にて。


 この空間で四人が(にら)み合ったのは、ほんのごくわずかな間のことであった。突然の閃光が去った今、リズと大魔王の二人だけが残される形となっている。

 ヴィクトリクスがベルハルトを虚空へと連れ去ったのだと、リズはすぐに悟った。


 心の中を覗き込む厄介者がいなくなったことで、息詰まるものから解放され、彼女の思考が自由に回転していく。

 どちらが連れ去られても、彼相手であれば五分以上にまで持っていける想定ではあった。

 実際にはヴィクトリクスがベルハルトを消しにかかった形だが、彼の判断に対して疑問はない。事前知識がないのなら、より強そうな方を虚空へ連れ込んで置き去りにする。あるいは、いきなり現れる空間の刃で奇襲する――

 そうやって手早く始末するのが、彼にとっては妥当と思われるからだ。


(問題は、私の方ね……)


 本命相手に戦う覚悟はできていたものの、自然と身が強張(こわば)ってしまう。この人生――すでに死んでいるが――では初戦闘だが、これまでの生死のループにおける数々の敗死がフラッシュバックする。

 戦術的な都合もあり、彼女はひとまず近づかずに身構えていた。そこへ、大魔王がゆったりとした口調で声をかけてくる。


「余を殺しに来たのであろうが、まずは言葉でも交わさぬか?」


 あくまで敵意なく、さながら宴席で初対面の相手に声をかけるかのような態度。油断させようというのではないらしい。

 実際、これまでのケースにおいても、この大魔王は戦闘の前に多少の会話を持ちかける傾向があった。

 ちょうど、外で足止めしてくれている、あの魔神のように。


 リズは彼の提案に乗ってやることにした。ゆっくりと奥へ歩を寄せつつ、大魔王を見据えて口を開く。


「降伏ならいつでも歓迎よ」


「フッ、クハハ! 応じると思ってか?」


「言っておくけど、始まったら殺すまで止められないから。王として下す最後の号令が何になるか、よくよく考えることね」


「ほう……それは重要な決断だな。ならば、一昼夜ほど待ってはもらえぬだろうか? 配下を集めて検討したい」


 待てるはずもないのを承知で、ぬけぬけと。「配下を集めて」というのも、手勢を散らそうと試みたこちらの心底を見透かしているようで……

 しかし、リズは不思議と苛立ちを覚えることはなかった。自分の方から(あお)り始めたというのもある。

 また、緊張感の高まりはあるが、一触即発というほどの緊迫はない。互いにまだ、その気でないのがわかっている。


 彼女は、この大魔王に向けたそれなりの感嘆の念があることを自覚した。

 人類の大敵には違いない。だが、このヴィシオスという大国を瞬時にして掌握した手腕は、長期にわたる仕込みあってのことだろう。奪い取る前からある程度は、抱き込んで傀儡(かいらい)としていた節さえ感じられる。

 そうした狡智は、感服に十分値するものであり……


 だからこそ、この場で滅さなければ。


 静かな使命感と殺意が体を動かしていく。心の奥底に刻まれた畏怖を振り払い、視線はまっすぐ敵の方へ。腰から魔剣を抜き放ち、彼女は構えた。

 すると、魔剣が刀身を震わせて声を響かせる。


『今回の敵は何だ?』


 どこか呆れたようにも聞こえる声で尋ねられ、リズは困り気味の苦笑いで応じた。


「ロドキエル」


『……正気か?』


「少しはイカレてるのかもね」


 気負いのない返答が、逆に飾り気のない迫真さを与えたのかもしれない。押し黙る魔剣に、リズは続けた。


「これ以上の相手はない、でしょう? 魔剣としての誉れよ。力を貸しなさい」


『……好きにせよ。お前が死んで、所有者が移り変わるのも一興よ』


 相変わらずの憎まれ口である。困ったような笑みで、リズは小さく鼻を鳴らした。一方、このやり取りを耳にしていた大魔王が、愉快そうに笑って口を開く。


「これでニ対一といったところか?」


「さあね」


「消えた仲間の事はいいのか? 二人がかりならばと思っていたのではあるまいか?」


 まず間違いなく、ヴィクトリクスの手によって消されたであろう、ベルハルトを指しての発言だ。動揺を誘おうというのか、はたまた挑発のつもりか……

 いずれにしても、リズの心は微塵も揺らぎはしなかった。

 どちらかが消されることなど承知の上。ただ現状は、若干悪いパターンを引いたに過ぎない。


 それにしても……このような状況になってなお、あの兄への心配がまるで沸いてこない。自分の方が、運悪く本命を引いてしまったということもあるが。

 兄への信頼と言えば聞こえはいいが、一方で相当に薄情な自分も感じて、リズは思わず苦笑いした。


「ご自分の配下の事でも、気にかけて差し上げたらどう?」


「そなたと同じ気持ちであろうよ。わからぬか?」


 彼もまた、あの配下への揺るぎない信頼の念があるようだ。違いと言えば――


(自分自身への信頼ってところでしょうね)


 ゆったりと自然な所作で立ち上がる大魔王に、リズは見せつけてくるような威圧感を覚えた。

 向こうにその気がなくとも、勝手に圧を感じてしまう。


「そろそろ動くとするか。言い足りないことがあれば、まずは生き残ってみせよ」


「余裕こいてられるのも今の内よ」


「ククク……威勢がいい、そうこなくてはな!」


 声を発し終えるや、硬い物質がきしむ音が響き、リズの眼前に巨大な物体が迫る。


(速い!)


 彼女はすぐさま横へ鋭く動き、敵を見据えながら距離を維持していく。

 飛び込んできた物体は、ロドキエルその人であった。彼がそれまで立っていた床が、見て分かる程度に打ち砕けて窪んでいる。

 一手目は回避されたロドキエルだが、彼は床に右の足刀を突き立てる要領で急減速し、左足で跳躍。弾丸のような勢いでリズに再び迫った。

 彼の実際の身長は、リズよりは上ではあるが、巨人と見紛うようなものではない。

 それでも、迫り来る勢いとプレッシャーが、彼を実際よりもずっと大きく見せた。


(だからって、最初から防戦一方ではね!)


 このような単純な突撃程度で、怯えていられるわけもない。迫る敵を迎撃するように、リズは手持ちの魔導書も動員し、魔弾を雨あられと浴びせかけた。

 無論、この程度で殺せる相手ではない。それどころか、突撃の勢いは弱まりもしない。

 だが、わかりきったことでもある。


 玉座の間の床を盛大に破壊しながら、幾度となく突撃を敢行するロドキエル。全身にまとう魔力も相まって、その軌跡は稲妻であった。

 これを避けつつ、迎撃の手を緩めないリズ。敵に着弾して魔力の(かすみ)が広がっていき――

 避け続けていた彼女は、果敢な一手を打ちに行った。ロドキエルに打ち付けた魔弾が飛び散り、雲のようになった魔力の残滓が漂う中へ飛び込んでいく。

 雲の向こうからはロドキエルが突進を続け、彼とすれ違いざま斬りつけるよう、リズは魔剣を構えた。


 もっとも、敵も示しわせたように対応してくる。すぐ横をかすめようとするリズへ、突如として右腕が伸びた。

 不死者(アンデッド)として身体強化も施されたリズだが、ロドキエルの剛腕をまともに受ければ、手痛い一撃になるのは必至。


 だが、相手がこうやって動いてくれたのは、リズにとって幸いでもあった。

 敵の腹を撫でるように斬り抜ける剣筋を強引に曲げ、切っ先を立てて敵の腕中程へ。体を強く前傾させ、迫る敵の右腕を避けた。

 そして、両手を通じて感じる確かな重み。


 魔力の雲を抜け、瞬時にして身を翻すと、ほぼ同時に床を踏みつける大きな音が響き渡った。

 少し離れたところに立つロドキエルは、右腕の肘から先を喪失している。

 だが、切断面からは血が流れていない。代わりに、傷口からは青紫の魔力が漂い――

 魔力は、傷口から(こぼ)れるのではなく、むしろ吸い込まれているようでさえある。

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