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第404話 好敵手

 神妙な顔で槍を携え、穂先を下に向けるベルハルトに、ヴィクトリクスは「ありがとう」と言った。


「いきなりで信じられないかもしれないけど、僕には相手の心が読める」


「……ああ、妙に避けられると思ったら、そういうことだったのか」


「相手の攻撃が、その先まで視覚的に読めるものでね。もちろん、それ以外も読めるのだけど……」


 思考を読むという超常の力を明らかにしながら、彼にはそれを誇る様子がない。

 読めるがゆえに、見えてしまっているものがあるのだろう。

 それを察したベルハルトの先を行くように、ヴィクトリクスは悲壮な笑みを浮かべた。


「このまま続けても、君には勝てそうにない……いや、この身を賭しても時間稼ぎにしかならないだろう。だから、ひと思いに殺してほしい。陛下への忠誠はあるけど、勝てない戦いとわかっていながら、死ぬまで苦痛を甘受するのは……耐え難いんだ」


「そうか……」


 他者よりも多くを読み取れるからこそ、待ち受ける苦痛がより鮮明なものになるのだろう。心を読めるという相手に対し、ベルハルトはある程度の理解に至った。

 そして、こういった諸々までも読まれているらしい。これまで本気で殺し合っていたにしては、妙に柔らかな表情をするヴィクトリクスに、ベルハルトはなんとも言えない苦笑を向けた。


「本当に、やりずらいな……」


「君が嫌なら自刃するけども」


「いや……討たれて死にたいんだろ?」


 どうせ死ぬしても、名誉というものはある。生まれにそこまで誇りを(いだ)くことはないベルハルトだが、背負う名の重さは経験上(・・・)、重々承知していた。

 ラヴェリアを継ぐ者の手にかかるのなら……そういった想いは実際にあったらしく、神妙な顔でうなずくヴィクトリクス。

 だが、彼の想いはそれだけではなかった。


「僕を討ち倒して、君に何か得るものがあったのなら……いや、はっきり言うか。《夢の跡(イクスドリーム)》とやらに何か加わったなら、遠慮せず使い倒してほしい」


「……いいのか? お前の主君に向けることになるぞ」


「ここから出られたら、だろう?」


 皮肉っぽく笑うヴィクトリクスに、ベルハルトは顔をひきつらせた。出る手段について、彼自身は特に算段と呼べるものがない。

 ただ、「これぐらいは想定しているだろう」という、妹を始めとする戦友への信頼の念があるだけだ。


(次王に担ぎ上げておいて、こんなところで謀殺ってこともないだろうしな……)


 ふと頭に湧いた考えに、ヴィクトリクスが含み笑いを漏らす。

 実のところ、先程は挑発的な言葉を投げかけた彼も、ベルハルトがここから出られないものとは考えていないらしい。先の言はさておいて、彼は言った。


「陛下への忠誠も、結局は自尊心あってのこと。僕がどれほどのものか、どこまでいけるか、試してみたかった。だから、僕から継いだ何かが君の力になれるなら……それで万一にでも、陛下を討つようなことがあれば」


「名誉か?」


「……まぁ、面白いとは思うね」


 力ない微笑みを浮かべ、ヴィクトリクスは目を閉じ、全身から力を抜いていった。その時(・・・)を待つ態勢になったのは、ベルハルトの目にも明白である。


「最後に聞くが、《貫徹の矢(ペネトレイター)》と武器と、どっちがいい?」


「痛くない方がいいな」


 正直な返事に、ベルハルトは思わず苦笑いし……つい最近のことを思い出した。

 同じく《貫徹の矢》で殺めた一人のことを。

 彼女について止めようとしても止まらない思考は、ヴィクトリクスにも確実に伝わったようだ。目を閉じたままの彼は、どこか物憂げな表情になっていく。


「そうか、そんなことが……負けるわけだ」


 この戦場をデザインした人物が何者であるかを実際に知り、もしかすると敗北感を覚えたのかもしれない。

 一方、将でありながら最初から一個の駒として割り切る心構えのベルハルトとしては、劣等感などまるでないのだが……相手の気持ちは、読まずとも理解できる気がした。


「心を読めるっていうのも、ラクじゃないな」


「……ああ、まったくだ」


 ヴィクトリクスがしみじみと口にし、会話はそこで途切れた。二人の間に張り詰めた静寂が満ちる。

 ベルハルトは無言で相手に手を向けた。それなりに距離はあるが、彼が外す距離ではない。

 ましてや、動く気のない的相手など。

 しかし、微動しない腕と手の照準とは裏腹に、心には揺れ動くものがかすかにあった。妹のときよりはずっとマシだが、それでも自覚できるほどの抵抗感がある。

 すると、彼の逡巡(しゅんじゅん)を読み取った標的が、優しげに笑って口を開いた。


「僕がもし、人として生まれていたのなら……君みたいな人に仕えたかったと思うよ」


「……そうか」


「でも、僕は魔人として生まれ……君たち人間を脅かしてきた。二君に仕えるつもりはない。僕らは、何があろうと……君たちの敵だ」


 改めての宣言は、もしかすると、背を押すためのものだったのかもしれない。

 少なくとも、ベルハルトはそのように解した。

 最後の会話の後に飛んだ一本の矢は、正確に標的の胸を射抜き、完全に沈黙させた。重力のない虚空の中、崩折れるでもなく静かに亡骸が漂う。


 もはや物言わぬヴィクトリクスのもとへ、ベルハルトは静かに近づいていった。

 刃で切り結んでいた時の、お互いの顔がどうだったかなど思い出せないが、今は何とも安らかな顔で眠っている。

 この好敵手を前に、ベルハルトは先の戦いを思い返した。


 これほどまでに手傷を負わされたのは、初めてのことである。かつてない強敵だった。

――この先、彼以上の敵に相まみえるとすれば、それは大魔王ロドキエル以外にないだろうと確信させるほどに。

 未だにどういった働きをしているのか、詳細は定かではないが、リズに持たされた魔導書がなければ、勝敗は逆だったに違いない。


 もちろん、あの大魔王の配下として、人類としては許しがたい存在ではある。

 だが、一介の戦士として、敬意に値するというのも正直なところであった。

 そんな彼から、果たして何を受け継いだのか。ベルハルトは一度深呼吸をし、気持ちを落ち着けて念じてみた。


 しかし、何も出てこない。


 彼は虚空で眠る好敵手に、今一度神妙な顔を向けた。

 形あるものを残せなかったというのは、寂しいことなのかもしれない。

 だが、ベルハルトの考えは違っていた。


 この恐るべき魔人には、他人に誇れるような武器や兵器と呼べるものは何一つなかった。ただ自分の力だけを頼みに、徒手で立ち向かってきたのだ。

 片や彼に対峙した自分は、大英雄ラヴェリアの血を引いている上、人から託され、あるいは奪い取った武具に身を包んでいた。

 そして、彼が向けてきた刃は……物事の巡り合わせが少しでも違っていれば、この首に届いていたのかもしれない。


「本当に、大したやつだよ」


 聞かれているはずも読まれているはずもないが、それでも素直な気持ちが口から(こぼ)れ出る。

 外敵の将官を討ったときのような、感傷的な気分であった。


 と、その時――


『お疲れ様です、陛下』


 不意に声をかけられ、ベルハルトは振り向いて身構えた。

 声の発生源は、例の魔導書である。

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