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第403話 人類最強の男VS魔王軍No.2 ⑤

 逆転のための最初の標的を討ち取ったヴィクトリクスだったが、感慨に(ふけ)る暇などないことは、他でもない彼が一番良く理解していた。

 ベルハルトが魔導書を再展開できること――というより、そうするつもりでお取りに出していたことなど、先刻承知だったからだ。

 ならば、攻勢を掛けるのは今しかない。


 極限状態にあって、ヴィクトリクスの意識は澄み渡っていた。かつてないほどに研ぎ澄まされた知覚により、周囲の魔力の乱れが急速に収まっていくのがわかる。

 やはり、あの魔導書こそが妨害の核だったのだ。

 それが沈黙した今ならば。


 遠く離れた向こうでは、ベルハルトが再展開しようと動き出しているのが見えた。双剣を解き、空いた手にもう一冊を作ろうというのだ。だが……


(こちらの方が早い!)


 幾度となく使い続けてきた禁呪、《裂空斬(ディスペース)》の魔法陣が、がベルハルトのすぐそばに現れた。彼の右手を貫かんと、次元を裂いて魔力の刃が迫る。

 結局、彼の手甲に阻まれ、直接刺す事は(かな)わなかったが、ある程度の効果はあったらしい。若干の痛みを覚えているのが、瞬間的に伝わってきた。

 そして、作りかけていた魔力が(かすみ)となって消えていく。


――攻め続ければ、作らせないままに勝ちきれるかもしれない。

 それを許すような相手かどうか、ヴィクトリクス自身も疑問に覚える状況ではあったが、これ以上の策はない。

 彼は最大にして最後の好機に直面しているものと捉え、ただ一心不乱に禁呪を放ち続けた。


 狙うべきは、レガリアの生成を担うと思われる両手、両腕。

 あるいは、一撃で勝負が決するかもしれない頭部。

 だが、彼はすぐに、そう甘い相手ではないと察した。いくら距離を隔てても襲いかかる次元の刃に対し、ベルハルトは平静を取り戻すまでの間、頭部の防御に専念したのだ。

 四方八方、死角からも襲いかかる凶刃に対し、彼は虚空の中を転がるように飛び回りながら、どうにか狙いを逸していく。


 泥臭くはあったが、これを笑う気は、ヴィクトリクスには毛頭もなかった。切り替えがなければ、カッコつけたまま死んでいたに違いない。

 それに、必死なのは自分自身も同じであった。細かな策を弄し、やっと(つか)んだこのチャンスをものにせんと、頼りの得意技に全てを託し、ただただ力押しで勝ちきろうとしているのだから。

 頭部を守りながら動き回るベルハルトだが、他の部分は明らかに捨てている。彼を攻め立てるヴィクトリクスは、頭部へのプレッシャーは維持しつつも、別の部位への比重を高めていたのだ。


 ベルハルトの頭部以外を覆う全身鎧は、身動きを阻害しない作りでありながらも、相当の防御効果があるらしい。一度の攻撃では、《裂空斬》でも破壊しきれない。

 だが、一心不乱の連撃が、少しずつではあるが鎧の守りを打ち砕いていく。

 一方的に攻めていくヴィクトリクスだったが、いずれ魔導書を再展開されるのではないか、そういった拭いきれない危惧が胸中には確かにあった。

 仮に魔導書を再展開されたなら、勝ち目が残されているのかどうか。

 だからこそ、今のうちにできる限り、相手に手傷を負わさなければ。


 そして、その時がやってきた。

 鎧の一部だったものが舞い散る中へ、ベルハルトは右腕を突っ込んだ。漂う破片を目隠しと盾代わりにし、その中で右手に魔力を集め――

「もはやこれまで」と、最後の一撃にヴィクトリクスは次元の刃を放った。

 後頭部狙いのこれに、ベルハルトは絶妙なタイミングで振り向き、左手で刃を受け止める。

 やがて、この戦場を支配する一冊が舞い戻り、二人の間には静寂が訪れた。


 一気呵成の攻撃は、決して無意味なものではなかった。目にするものと心の声から、ヴィクトリクスは十分な手応えを得て、息を弾ませながらも表情が少し緩む。

 ベルハルトの鎧は、四肢を中心に大きく損壊していた。頭部と胴体を守りつつ、動かしやすい四肢を盾に用いた結果だろう。

 最初は鎧に負わせた攻撃も、最終的には少なくない数が彼を直接脅かした。鎧の下に着込んだ衣服は、所々が鮮血に(まみ)れている。

 それでも、まだ戦闘は十分に続行可能といったところだが。


 結局は殺しきれなかった。

 おそらく、このまま続ければ殺されるだろう。

 それでも、ヴィクトリクスは実のある満足感を覚えていた。世界に轟くラヴェリアの正統な末裔(まつえい)に、ここまで手傷を負わせることができたのなら。主君に対しても、十分に面目が立つだろう。

 これ以上を目論む戦意はありながら、同時に穏やかな諦念が胸を満たしてもいる。なんとも不思議な心地であった。

 そんな彼に、ベルハルトが大声で話しかけてくる。


「お互い、振り回されっぱなしだな!」


 言いながら指差す先には、一冊の魔導書。この戦いの背景に、彼は察しがついたのだろう。

 彼の言葉を受け、ヴィクトリクスは……真顔で固まって直後、腹を抱えて笑い声を上げた。

 実のところ、この場にいない一人の手の上だったということか、と。

 奇妙なシンパシーに、思わず呆れたような笑みが浮かぶ。


 しかし、相手への親近感を覚えたのもつかの間。流れ込んでくる思考に、彼は顔を強張(こわば)らせた。


「……は?」


 心で読み取ったものが信じられず、口をついて声が出る。

 その後、誰に向けた言葉か、ベルハルトが大きな声を発した。


「……すまん!」


 そう言って、彼は未だ健在な鎧の胸部を、残存するガントレットで打ち付けた。鎧を統制する中核が壊され、残存する全ての金属片が、互いの結束を失っていく。

 こうして鎧を失った彼だが――彼は自らの手で、一つの武具を破壊してみせた。

 レガリア、《夢の跡(イクスドリーム)》のコレクションに、また一つ加わったのだ。


 今になってやっと、《夢の跡》の根底を知ったヴィクトリクスの前で、ベルハルトは目を閉じた。至る所が血に濡れた全身を覆い隠すように、彼の魔力が青白い光を放っていき……

 彼が身にまとう神々しき光輝に、ヴィクトリクスの戦意が折れた。



 ファルマーズが用意してくれた装備を自身の手で破壊することに、ベルハルトは実際、かなりの抵抗感を覚えてはいた。

 その一方、あの弟とリズは、こういった展開を見込んでいたのではないかという考えもあった。自分の所業を自己正当化するようでもあったが。

 結局のところ、死ぬよりはマシという思いが、彼を実行に踏み切らせた。


 さて、仕切り直し――と思った彼だが、遠方にいる相手の悄然(しょうぜん)ぶりには、戦意よりも戸惑いが勝る。

 まさか、そういった演技でもあるまいが。

 さすがに、不用意に近づくわけにもいかず、彼は安全策を取ることにした。距離を維持したまま、魔導書からは《追操撃(トレイサー)》、自身の手には槍を。飛び道具で相手の反応を見ようというのだ。

 だが――相手は避ける素振りさえ見せない。相変わらず言うことを聞かない誘導弾は、わかりやすい曲線軌道で飛んでいくも、向こうは直撃を許した。

 あろうことか、伸びる槍の一突きに対しても、彼は一切身動きしなかった。ベルハルトの狙い通りに、槍の穂先が彼の肩を浅く斬って突き抜ける。


(無抵抗だと……やりづらいな)


 ベルハルトが顔をしかめ、「そういうつもりなのでは」と勘ぐり始めたところ、これまで沈黙していたヴィクトリクスが笑い声を上げた。


「……どうせ最期だ、少し話をさせてほしい。構わないか?」


「ああ」


 裏の無さそうな言葉に、ベルハルトは即応した。

 辺境で倒してきた外敵とも、似たようなやり取りはあった。

 死地を悟った相手の、それである。

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