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第401話 人類最強の男VS魔王軍No.2 ③

 いつもであれば難なく使えるはずの転移が、今だけは何回試みても使えそうにない。

 相手の心を読む《顕心(アニマスペクト)》と、自由自在な転移を両輪とするヴィクトリクスにとって、現状は非常に厳しいものがあった。

 自分の移動方法としての転移はもちろんの事、任意座標に魔力の刃を出現させる禁呪、《裂空斬(ディスペース)》。彼ほどの腕であれば、隙を作ることなく繰り出せる上、敵の死角から攻めていく事もできる恐るべき魔法なのだが――

 どういったわけか、これも封じ込められている。

 魔界広しといえど、転移を封じる魔法というのに、思い当たるものはない。かといって、現状が偶発的なものとは考えにくく、ヴィクトリクスはあくまで、何らかの人為的な妨害があるものと判断した。


(転移無しで戦う、か?)


 今できることをと考えた彼だったが、対峙するベルハルトの攻勢を前に思い直した。

 得意技を使えないままで勝てるような相手ではない。

 心を読むにしても、術者の意のままにならない《追操撃(トレイサー)》が、大いに煩わしてくる。双方が正確に太刀筋を読めるようになったとはいえ、ハルバードが放つ魔力の刃も、全く油断ならない威圧感がある。

 普段通りで全力を賭して、それでやっと対等かどうか――というぐらいの力関係というのが、ヴィクトリクスの見立てだ。

 まずは、封じられている力を、どうにかして取り戻さなければ。


 迫る刃をかわし、気ままな誘導弾は遠くにある内から迎撃。ベルハルトの猛攻を(しの)いでいく中、少しずつ慣れて思考の余裕がでてきたヴィクトリクスは、現状についての考察を始めた。

 普段通りに転移を使えるわけではないが、完全に不可能というわけでもないらしい。

 というのも、遠い間合いにいる敵を目掛け、《裂空斬》を放とうとしても何ら反応はなかったが……試しに、自分の近くに行使してみたところ、いつもよりは貧相な姿ながら、魔力の刃が現れて誘導弾を迎撃することができたのだ。


(手元を離れると、急激に弱まる……あるいは、敵に近いほど弱まる?)


 いずれのパターンも考えうる状況だが、そうなっている原因というのは、何となく把握することができた。

 激戦の最中(さなか)で精神を集中させてみれば、周囲の魔力が不自然にかき乱されている感覚があるのだ。

 空間に魔力の乱れがあること自体は、特に珍しいことではない。こうした乱れを自分の手で整え、遠隔地との接続を安定させるのが転移の基礎でもある。

 しかし、この戦場は異常である。いくら魔力を整えようとしても、不可解な力で乱され続けているようなのだ。おそらく、何かしら原因があるのだろう。

 果たして、それが何なのか。


 ヴィクトリクスの注意は、直感的に、一冊の魔導書へ向いた。ベルハルトが生成した、魔導書の形をしている魔力の塊にしか見えない一冊である。

 これが怪しいのではないかと考える材料は、実際にあった。

 まず、この空間での転移が完全に封じられているとなれば、そもそもベルハルトを連れ込めたのがおかしい。現に彼と一騎討ちの状況を作れている以上、虚空へ連れ込んだ後に起きた変化に目を向けるのが妥当であり……

 あの魔導書は、一対一になってから生成されたものである。


 虚空へ転移した後、《裂空斬》で奇襲しようにもうまくいかなかった際、ベルハルトに「何かしたか」と問いかけても、彼の方には本当に心あたりがないようだったが……

 彼があの魔導書の中身について、例のエリザベータとやらに任せっきりにしているというのは読めている。

 また、魔導書から放たれる誘導弾が、所有者の意に沿わないものだが、それでいて、そのような魔導書を持たせた妹に対する信頼は何一つ損なわれていない。

 このような戦闘においても、なお。

 継承の儀まで済ませたという、儀式上では正当な現ラヴェリア王が、それほどまでの信頼を寄せる策士となれば――

 彼女がベルハルトに持たせたという魔導書に秘密があると考えるのは、ヴィクトリクスにとってごく自然な推理であった。


 これが事の真相だとすれば、ベルハルトの攻撃をかいくぐって魔導書を破壊せねばならない。

 それは無理難題のようにも思えるが、標的が定まっただけ、ヴィクトリクスには確かな前進だと感じられた。


(あとは……どうやって攻めるか)


 一つのヒントは、自分の近くであれば、魔力がかく乱されずに済むということ。《裂空斬》においては、奇襲が効く飛び道具としての有用性は落ちるが……

 ベルハルトの全身を覆う鎧を見るに、生半可な魔法が通用するとも思えない。普通の魔法を放ったとして、直撃するような相手でもない。

 ヴィクトリクスは、これまで窮地を切り開いてきた次元の刃に、命運を託すことを選んだ。


 気ままに動く誘導弾を迎撃し、虚空を切り裂く白刃を交わし続け――

 連撃の中、ついに好機を見出した。これまで防戦一方だったヴィクトリクスが、魔力を放出して虚空を翔けていく。

 無論、これを黙って受け入れるべルハルトではない。すぐさま軌道修正を加え、迎撃にかかってくる。

 一方、精神を研ぎ澄ませたヴィクトリクスは、その変化を瞬時に把握した。大ぶりな連撃から打って変わって、鋭く放たれる縦の斬撃。迫りくる青白い魔力の刃を、彼は最小限の動きで体を反らして避け――

 すれ違いざま、飛んできた魔力の刃に対し、彼は自分の攻撃を合わせた。彼を真っ二つにするべく飛来した魔力の刃が、逆に返り討ちに遭い、刃の中ほどで泣き別れて虚空へと果てていく。

 手のひらに鋭い痛みが走り、実際、じわりと血が(にじ)んで流れ出るが、この手ごたえに彼は不敵な笑みを浮かべた。


 今まで思うように使えなかった《裂空斬》だが、自分に近い領域に生成すれば、ある程度の威力は見込めるだろうという見立てがあった。

 その推定に基づき、彼は手のひらの表皮すぐ内側に魔法陣を展開したのだ。この空間に広がる不可解な魔力の乱れも、自分の体にまでは浸透してこないだろうと考えての事である。

 本来の《裂空斬》であれば、敵との距離を取ったまま致命的な一撃を繰り出せるだけに、手のひらから出すというのでは長所を一つ損なっているのは確か。

 それでも、彼は構わなかった。半端な攻撃が通用しないとなれば、後は次元を切り裂くこの刃に賭けるのみ。


 敢然と距離を詰める彼に対し、ベルハルトからの攻撃が迫る。手加減していたというわけではなく、単に戦闘スタイルを変えたというだけのことだろうが、これまで以上に鋭く素早い連撃が襲い掛かる。

 だが、一つ一つが致命傷になりかねない魔刃の嵐を前にして、ヴィクトリクスの脳裏は冴え渡っていた。ハルバードの連続突きを見切り、迫りくる誘導弾は、手のひらから生じる次元の刃で切り伏せて、ただひたすらに前へ。

 距離を詰めるほどに避け切れなくなり、全身に細かな傷を負っていくも、彼は止まらなかった。


 そして、ベルハルトが武器を解いた。ハルバードが消え去り、代わりに現れたのは、青白い光を放つ魔力の双剣。完全に近距離戦を挑む腹積もりであろう。

 その脳裏に浮かんだ剣舞の濃密さに、一瞬だけ気が遠くなりかけるも、ヴィクトリクスは恐怖を振り切った。もはや刃を飛ばすまでもなく、直接斬れるほどの間合いに近づき、両雄が互いの剣を構え――


 眼前で綾なす双剣の嵐に、ヴィクトリクスもまた、剣筋の全てを読み切った上で打ち合いに応じた。

 互いが手にした剣の強度は互角。次元を裂いて現れる魔力の刃は、当代のラヴェリアが手にするレガリアを前に、何ら遜色ない。

 加えて剣の技量もまた、即座に決するほどの差はない。


 これほどの猛者相手に、まだ崩されず打ち合えている事実に、当の本人も少なからず驚かされる思いであったが……

 それは、相手にしても同じことのようだ。


「やるな!」


 心で読んだ通りの言葉が耳に届く。

 ベルハルトに優位があることは、互いに認めるところだ。

 しかし、彼が発した言葉には、優位を笠に着た調子はない。ただ、素直な感嘆の念があった。


(まったく……!)


 当然、これはお遊びの試合などではない。気を抜けば瞬殺されかねない中、互いの技は冷徹かつ精妙に、敵を討つその機をうかがい続ける。

 だが、それはそれとして、ヴィクトリクスもまた純粋な敬意を(いだ)いた。目の前で対峙する、ラヴェリアを継ぐ偉大な剣士に対して。

 そして――この若き次代の王の信望を受ける、あの策謀家の娘に対して。

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