第400話 人類最強の男VS魔王軍No.2 ②
素早く思考を巡らせながらも、構えて攻撃を待ち受けるヴィクトリクスに、再びベルハルトの攻撃が迫る。
重さなど感じさせない、滑らかに流れるような動きで放たれる一撃。その実、目にしただけで圧を感じさせる斬撃が、やはり目にしていた以上の想定を超えて虚空を切り裂いていく。
続く横薙ぎを上に飛んでかわし、すぐさま襲い掛かる振り下ろしは、体を横へ滑らせつつ、身を反らしてどうにか回避。
目の前を通り過ぎる白刃からは熱を感じなかったが、全身からは汗が噴き出るようだった。
(しかし……見切れないほどじゃない)
余裕を持ってかわすことを念頭に入れれば、いかにベルハルトの猛攻といえど、避け切れないほどではない。
確かに、想定と現実に若干のズレがあるとはいえ、決して見当外れというわけではない。ある程度の精度を以って先読みできる有利は、依然としてヴィクトリクスの方にあるのだ。
とはいえ、決して油断ならない状況でもある。ベルハルトの思考を読む限り、必殺の攻撃を何度か繰り返すしているものの、彼にとってはウォーミングアップに過ぎないようなのだ。
(自分の力の現状を掴む意図もあるのだろうけど……)
にわかに強まった力に慣れてくれば、攻撃のイメージはより正確になる。今の力を使いこなされるのは脅威だが、読みやすくなると思えば、悪い話ばかりでもない。
実のところ、読みやすくなって思考の余裕ができるというのは、非常に大きい。
――というのも、今のヴィクトリクスには、ベルハルトのことを差し置いてでも解決すべき大問題があるのだ。
一方、それに気づきもしていない様子のベルハルト。彼は遠い間合いを開け、まだ防戦一方の対戦相手に口を開いた。
「そちらからはいいのか?」
「まずは様子を見る主義でね……」
「そうか……まあ、隠し立てすることもないか」
そう言うと、ベルハルトの魔導書から魔弾が放たれた。どうやら《追操撃》らしい。特に目を引くような特徴はない。
これにハルバードの攻撃を合わせようというのだろうが、誘導弾が加わった程度ならば……
新手に対し、そこまで脅威を感じなかったヴィクトリクスだが、その考えはすぐに覆されることになった。
「ん?」
ベルハルトが胸中に抱いた違和感が、ヴィクトリクスにも伝わってくる。
一方、彼が受けた衝撃は比較にならないほどのものがあった。彼は強靭な精神力を以って、表に出かけた動揺を押し殺し、意外な伏兵に注意を集中させていく。
魔導書から放たれたのは、実際に《追操撃》で間違いない。魔弾の軌道は曲線的だ。
だが、ベルハルトが思い描いた軌道――すなわちヴィクトリクスも目にしたものと、現実の軌道がまるで違うのだ。
表向きは平静を保ち、ヴィクトリクスは難なく弾を退けた。だが、胸中は当惑で渦巻くばかりだ。そんな彼の脳裏に、彼ほどは戸惑っていない思考が流れてくる。
(おかしいな……落丁か? あいつの本で?)
弾を撃ったベルハルト自身も、「こんなはずでは」という思いを抱いているようだ。
が、ヴィクトリクスにとってはそれどころではなかった。
(じょ、冗談じゃないぞ……!)
実際に撃たれてみるまで射線がわからないとなれば、術者が思い描く軌道が、ヴィクトリクスの目にはフェイントとして機能する。気が散る分、見えない方がマシでさえある。
無論、術者自身の操作に従う方が、連携攻撃としての完成度は増すことだろうが……敵の思考を読めるヴィクトリクスにとっては、連携も先読みで対処できる。
逆に、言うことを聞かない魔弾の方が、彼にはよく刺さるのだ。
思いがけない精神攻撃を前に、ヴィクトリクスは持ち前の冷静さを働かせ、ただベルハルトの思念に注意を向けた。
向こうも向こうで、アテにならなさそうな魔導書に対し、色々と思うところはある様子だ。
(間に合わせっぽい魔導書だしな……何か不都合でもあったか?)
(そういえば、「期待どおりに使えないかも」みたいな話はあったな)
(いや、しかし……「何が起きても気にせず戦え」って話もあったか)
(それに、思い通りに撃てないとしても、こっちを撃つってことはないだろ。ちゃんと《追操撃》らしく曲線軌道ではあることだし……付け合わせ程度に考えるか)
使用者にとっても得体の知れない状況ながら、それでも継続して使うことに決めた模様だ。
使い手があまり期待していないのが、ヴィクトリクスにとっては実に皮肉であった。
(あの魔導書は、例のエリザベータから受け継いだものらしい。しかし、決戦のための武器が、その実、狙い通りに飛ばない不良品だというのは……偶然にしては、僕への対処としてハマりすぎている……)
その時、彼は不可解な寒気を覚えて身震いした。
と、そこへ襲いかかる、ベルハルトからの連撃。彼が振るう魔力の白刃が、目にしていた通りに現実を縦横に断ち切る。
幸い、双方の読みが正確になったこともあり、ヴィクトリクスは余裕を持って回避していく。
一方、この連撃に合わせる気があるのかないのか。魔導書から放たれる誘導弾は、使い手からは考えられないほどに粗末で、ただ狙って撃っているという程度の代物でしかない。
初心者を思わせる弾幕ではあったが、しかし、ヴィクトリクスに確かな圧を加えてくる。
敵の手筋を先読みし、現実を一歩先んじるスタイルを習熟した彼にとって、「先に目にしていたもの」と「いま目にしているもの」が異なるのは、想像以上のストレスがあった。
なんとも質の悪いことに、言うことを聞かないはずの弾幕に混ざり、時折、術者が思い描く通りの軌道を通る魔弾が現れる。
これが現実かどうか、一瞬迷うも、ヴィクトリクスはどうにか従順な魔弾を迎撃した。
術者の思い通りにならない不良品に、いいように弄ばれている。その事実が、彼の苛立ちを助長した。
(こんな、他愛のない攻撃に悩まされるなんて……!)
当たれば即死しかねない、ベルハルト操る斧槍の連撃も、お互いが慣れて正確に読めるようになった今ならば、凌げないことはない。
しかし、その読まれやすさを補うかのように、思い通りに飛ばない魔弾が飛んでくるというのだ。
今や、ヴィクトリクスの注意は完全に、出来損ないの方に向いていた。
彼にとっては、本当に悪い状況であった。
さすがに世に知れた英傑だけあり、ベルハルトには防御のぎこちなさを見抜かれたらしい。その理由まではさすがに知られていないが……ないよりはずっと意味があると、いい加減な魔導書に魔力を注ぎ、質より量で攻め立ててくる考えの模様だ。
防戦一方のヴィクトリクスとしては、もちろん、状況を好転させたくはあるのだが……
打って出るにしても、大きな問題がある。
何度も試したことだが、彼は今一度、指に魔力を集中させて念じてみた。
しかし、お得意の魔法へと実を結ぶことはない。他の、普通の魔法であれば、何の問題もなく使えるのだが……
重なる想定外に、彼は歯噛みした。
この不可解な状況を解決しようにも、情報源となり得るのは対戦相手のベルハルトひとり。激戦の最中で彼の思考を読み取るだけでも、相当の苦労が見込まれる。
そればかりか、彼がエリザベータから受けた「深く考えるな」というアドバイスゆえに、そもそも追加情報を得る見込みが薄い。
こうした現状を繋ぎ合わせ、ヴィクトリクスは――
ハメられたのではないかと思い至った。
玉座の間で待ち構え、虚空へと敵を引きずり込んだ自分が、である。
当然のことながら、確証はない。
できることならば、早くこの場を脱して、主君の方に馳せ参じたくある。
加勢のためではなく、答え合わせのために。
だが、それができない。
どういうわけか、転移を使えないのだ。




