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第395話 布石

 ルキウスたち陽動部隊が夜の王都を騒がせる一方で、静かに王城を狙う二人組がいた。潜入要員であるアクセルと、フィルブレイスである。

 監視の目をかいくぐり、二人は王都の民間向け区画を超えて官庁街へ。

 死にかけの街に住まう民衆も、このような夜ともなれば息を吹き返す。それは、国や王都を動かしてきたはずの高官たちも同様らしい。街路を慌ただしく人影が行き交う。

 右往左往しているようにも映るこの群衆を尻目に、二人は官庁街を駆け抜けていった。事前に用意してある地図により、侵入ルートは何通りも構築できている。


 二人はひとまず、軍の庁舎へと向かった。ダンケル卿の協力により、庁舎内の一角にちょっとした空き部屋を用意してもらっている。この部屋を中継地点とし、王城へ侵入するための機をうかがうというわけだ。

 幸いにして、軍部の動き出しは早い。動くだけの気力がある者は、すでに街へと繰り出しているらしい。


 敵魔族との鉢合わせの懸念もあったが、二人は構わず庁舎に忍び込み、何事もなく目的の部屋へ。

 その部屋というのは、空っぽの棚が並ぶ一室であった。これから使うという雰囲気だけがある、なんとも殺風景な部屋である。

 ともあれ、都合のいい部屋を用意してもらえたことに感謝しつつ、二人は窓際に身を寄せた。まずは本業のアクセルがわずかに顔を出し、外の様子に目を走らせていく。


 夜闇を街灯の光が切り抜き、いくつもの光の島が暗闇の中に浮かび上がっている。その中を動き回る人影。

 ほとんどはやはり人間だが、魔族の姿も散見される。人間を統御するためだろうか。


(今仕掛けに行くのは、さすがに……)


 この軍庁舎まではどうにかたどり着けたものの、王城に続く街路を行き交う人影を見るに、動き出すのはハイリスクであった。早く仕掛けに向かい、早々に退却したいのは山々ではあるのだが……

 結局、アクセルは安全策を取ることに決めた。相方のフィルブレイスに顔を向け、首を小さく横に振る。


『もう少し落ち着いてからですね』


『わかった……多少の無理なら付き合うけども』


『いえ、それも厳しそうです』


 そうして、二人は息を潜めて動き出す時を待った。

 今、この王都で起きていること。そして、これから起ころうとしていることを思えば、急き立てられるものはある。いつまでも待てるわけではない。待っても状況が好転するかどうかも。

 だが、替えの効かない重責を負っている自覚が、アクセルを冷静にさせた。下手を打って敵に感づかれれば、全てがご破算である。

 幾度となくループを繰り返したリズの見立てでは、こういった大規模な仕掛けに対しては、まず間違いなくヴィクトリクスが王の近くに控えているはずだという。事の次第では、心を読める彼に出くわしかねない。


 焦れるものを押し殺し、外の状況をうかがうこと数分。慌ただしい人影の流れに切れ目が現れ始めた。王城から出てくる魔族も、かなり散発的になったように映る。

 これが好機と、アクセルは認識した。


『フィル様、動きましょう』


『了解。場所は?』


 尋ねてくる彼に、アクセルは窓の外へ鋭い視線を向けた後、床に広げた官庁街の地図の一点を指さした。指し示された一点を目的地と定め、精神統一したフィルブレイスが《(ゲート)》を開く。

 アクセルの見立て、フィルブレイスの技量は、二人を無事に建物の外へと運んだ。王城近く、街路樹に囲まれた植え込みの中。目的地へ大きく歩を寄せるも、差し迫った危険は感じられない。

 さすがに胸弾むものを感じながらも、アクセルはあくまで冷静沈着に周囲へ注意を向けていった。

 暗闇にぽっかりと口を開ける、白亜の城の大きな入り口に、何者かが近づこうという気配は感じられない。魔力透視での観察でも、入り口付近には誰もいないのが確認できた。

 それだけ確かめると、アクセルは深呼吸をした。


『そろそろ動きます。後は手筈通りに』


『了解』


 フィルブレイスは胸ポケットから一枚の地図を取り出した。城内へ何度か忍び込んだことがあるという、過去のリズたちによる手書きの見取り図だ。この地図と、先行するアクセルからの指示を照らし合わせ、転移で飛んで合流する事となる。

 敵本陣内での転移だけに、いつ感付かれてもおかしくはない。緊張した面持ちのフィルブレイスが、フッと息をついた。

 しかし、短い間で覚悟を決めたらしい。困り気味の苦笑いながら、彼は真剣な眼差しを向けてうなずいた。


 相方の合図を受け、アクセルが素早く城内へ忍び込んでいく。

 見たところ、すでに多くの魔族が外へ繰り出した後ながら、まだそれなりの数が残っている気配があった。入り口付近の直接視線が通る場所にはいないが、低層階に固まっているらしい。

 これは、念のための予備戦力ということだろうか。王都における、ここまでの一連の動きを陽動と捉えている者が、指導層にいるのかもしれない。


 ただ、城内をあてどもなくうろつく者がいない程度には、敵の余裕を削げている様子だ。潜入者たるアクセルたちにとっては、またとない好機であった。

 ひとまず物陰に隠れたアクセルは、外のフィルブレイスに念じて合図を飛ばした。これを受け、転移で合流。

 城内への侵入を果たした二人は、頭に叩きこんだ城内の構造を元に、無音で駆けていく。ささやかな明かりだけが照らす城内を、息を潜めて上へと向かい……


『フィル様、敵です』


 短く念じたアクセルに、フィルブレイスは息を呑んだ。


『了解』


 城内で敵と出くわした際の対応法は、大筋の流れ程度は設定済みである。後は、うまくやり遂げるだけ。

 まずは《念結(シンクリンク)》を解除し、アクセルが魔力を断って物陰へと隠れ潜んだ。


 それから少しして、通路の曲がり角から一人の魔族が現れた。フィルブレイスを目にするなり、怪訝(けげん)な顔になって身構える。

 とはいえ、同族と認識しているらしく、敵意は見られないが。


「見慣れない顔だな。ここで何をしているんだ?」


「見慣れない顔とは……失礼だな。あえて口にする必要もないだろうに」


 勲功目当てで、多くの魔族がこの領地へと馳せ参じているのは知れた事。そうした有象無象の一人であることを(ほの)めかす口ぶりに、相手は鼻で笑った。


「で、外に出るでもなく、何をしてるんだ?」


「大穴狙いだよ。外のアレ……どう見ても陽動だろう? 何かネズミでも忍び込んでいるんじゃないかと。君はどう思う?」


「そうだな……」


 警戒心はかなり解かれたらしく、話に乗ってくる様子。


――そして、背後の影から凶刃が迫る。


 胸と首を矢継ぎ早に刺される同族の前で、フィルブレイスは奇襲に合わせて《乱動(ランダマイト)》を即座に展開した。幸い、今わの際に何かを伝えられた様子はない。

 遭遇者が完全に沈黙したのを確認し、アクセルは遺骸を物陰に押し込んだ。

 目的の部屋までは近い。殺した相手と成り代わるように、彼は再び魔力を解放、すぐさまフィルブレイスとの間に《念結》を再接続した。


『視た感じ、こいつだけですね。標的までは、障害なく進めそうです』


『了解……何とかなりそうだね』


 安堵した様子の心の声を受け、アクセルは相方へと視線を向けた。

 握った手がかすかに震えている。インドアなダンションマスターにしてみれば、このような潜入任務など、あまりに大それた暴勇なのだろう。

 それでも、ついてきてくれている。


 確かな感謝の念を胸に、アクセルは「行きましょうか」と先を促した。

 どうも、敵方は上空からの接近などはあまり想定していないらしい。基本的に地上階近くで対応する構えのように映る。魔力透視で見る限り、玉座回りの上層階に、魔族らしい存在は限定的だ。

 もっとも……それら魔族らしき反応よりも目を惹くのは、玉座直下にある濃密な魔力の存在だが。

 世界各地への襲撃において、敵勢が確保した鉱山から徴発したという魔導石が、そこに運び込まれているという。

 アクセルら二人が向かう、最終目的地でもある。


 その部屋は、元は大きな講堂だったらしい。見上げるような丈の、なんとも大仰なドアが二人を待っていた。

 見るからに重厚なドアに隔てられてなお、わずかな隙間から沁み出してくるなんとも言えない雰囲気が、この奥にあるものを想起させる。

 正念場を前に、アクセルは無言でうなずき、再び魔力を無にした。この奥にいるという、神がかり的な探知能力者に気取らせないためだ。

 一方でフィルブレイスは、ドア正面から少し外れた壁沿いに、念のための転移先として出口の魔法陣を手早く刻んだ。


 幸いにして、上階にいる敵に何かを察知された様子はない。

 何度か深呼吸をした後、フィルブレイスは意を決してドアを開けた。

 果たして、目的の部屋は、描いていた想像を超えるほどのものであった。照明のようなものは何一つないが、部屋に置かれたいくつもの巨大魔導石が青紫に発光し、部屋中を照らしだす。

 床には全体を覆わんばかりに、巨大な魔法陣が敷かれていた。魔導石から直接魔力を吸っているようにも見受けられる。

 そして、その魔法陣の中央に、祈るような姿勢で鎮座する一人の魔族が。戸惑いを見せる彼女は、小声ながら、妙に心の中へ響く透き通った声を発した。


「ど、どちら様ですか?」


「ああ、失敬。部屋の外にまで魔力が漏れ出ているもので、つい興味が……」


「こ、このような事態ですし……気が散ってはなりませんから、早く出ていっていただけませんか?」


「このような事態、とは?」


 出て行けと言われているのに、フィルブレイスは逆に歩を進めていく。それもこれも、全ては注意を惹くためである。

 実際には、出ていきたいのが正直なところ。それでも、気弱そうな敵幹部を前に、彼は表面上の余裕を保ち続けた。

 この精神的な努力の甲斐あってか、相手は食いついてくれた。「そこまで」と言わんばかりに手をかざし、指先から放たれる光は、当人よりもよほど威圧的だ。


「わ、私は……陛下から勅命を賜っています。このお務めを邪魔立てしようものなら、多少の懲罰も辞しませんよ……」


 戦闘は不慣れなのだろうが、静けさの中には妙な圧がある。

 同じく、戦いを不得手とするフィルブレイスから見れば、戦闘面では明らかに格上である。

 しかし、彼は引かなかった。


「後学のためと言いましょうか。陛下のご信頼を受けるあなたがどれほどのものか、試してみたくはありますね」


「……ど、どうなっても知りませんよ!」


 腹を(くく)ったらしい彼女を前に、フィルブレイスは深呼吸をし……余裕ありげな表情はそのままに、精神を深く集中させた。緊張感に息が詰まる。

 ややあって、彼はさらに一歩を踏み出した。その一歩に合わせ、彼を撃たんと、魔力の光線が放たれる。


 そして――標的の裏には、アクセルがすでに回り込んでいた。

 相方が作ってくれた好機をものにすべく、音もなく魔導石の一つに登っていた彼が、フィルブレイスへの攻撃と同時に跳躍。構えていた魔道具の剣を、標的の右鎖骨から深々と突き立てた。《乱動》内蔵の剣である。

 念のため、殺しきれずとも転移と通信を防ぐための得物だが、万一の備えすら必要なかった。体重を乗せた一撃で即座に絶命、遺骸がゆらりと床に倒れ込む。


 大目標の一つを果たしたアクセルだが、彼の注意はすぐさま相方の方へ向いた。敵の息の根が止まっていることだけは確認し、やはり当然のように無音で駆けていく。

 部屋の外に出ると、そこには壁に背を預けるフィルブレイスがいた。命に別状はないようだが、肩からおびただしい血が流れている。

 アクセルはすぐに《念結》を再接続した。


『フィル様、大丈夫ですか!?』


『ああ、死にはしないけど……たった一発でこうなるなんてね。君たちみたいにはいかないな』


 困ったように力なく笑う相方に、アクセルは深く頭を下げた。


『でも、助かりました』


 と、その時、上階から得体の知れない魔力の波動が二人を襲った。何か感付かれたのではないかと身構えるが……

 不可解な魔力の高まりの矛先は、城外にあった。目もくらむ赤き奔流が、夜闇を切り裂いていく。

 これが何を狙ったものか、二人は即座に悟った。


『アクセル、君は残った仕事を。私はこうなってしまったけど、帰りの転移ぐらいは問題なくこなしてみせるから』


『了解しました』


 すっくと立ちあがり、アクセルは魔導石が林立する大広間に目を向けた。

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