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第394話 全ては掌中の駒

 冷徹な殺意を以って迫るルキウスに対し、ついにディキソスが動いた。手にした魔法陣がこれまで以上の光を放ち、彼の手から紅蓮の光線が飛んでいく。

 一方、ルキウスは……後背に回した手から、レガリア《要の一旗(フラクシス)》を展開した。

 敵から見れば、腰に隠し持っていたものを取り出したようにしか見えないだろう。旗は小さく、手旗と呼べる大きさでしかない。


 そして……当たれば体内から焼き尽くしてくるという、恐るべき秘術を前に、ルキウスは大胆不敵にして冷静沈着であった。

 旗の中心と自分自身の間隔が狭ければ、迫る光線に対してより効果的に誘導が働く。あえて小さい旗を作ったのは、旗への誘引力を高めるため……というのが、理由の一つ。

 他には、旗を目立たないものにすることで、他の敵に見られにくくするため。隠し持っていたように見せかけるため、という理由もある。


 実際、彼の目論見通りの事態となった。彼を撃ち抜くはずの赤い光線は、手旗へと強く引き寄せられ、白い布を穿(うが)って通り抜けていく。

 これに面食らった様子のディキソスだが……さすがに、こうした魔法を操るだけの素養はある。一度外れた光線が、大きく距離を取っていくのをルキウスは感じ取った。

 彼自身が《要の一旗》と一直線上に並べば、誘導も何もない。弾速が速い貫通弾であればなおさらである。両方とも撃ち抜けばいいのだ。

 おそらく、ディキソスは早くも旗の効果について察した。そこで、まずは距離を取り、うまい位置関係を狙おうというのだろう。


 しかし……敵の意図など構わず、ルキウスはただ空を駆けて敵に近づいていく。

 一人後方に置かれていた事、加えて合成魔法の特性から、彼はディキソスが専らアウトレンジで戦うタイプの魔族だと当たりをつけた。

 この見立ては正しかったらしい。接近する彼を前に、ディキソスは苦い表情を見せた。応戦の構えを見せ、ルキウスを近づけまいと魔法を連発するが……

 例の秘術の操作に、少なくないリソースを投じているのだろう。狙いは散漫だ。

 それでも、手当たり次第といった魔法の乱射は、余人であれば受けきれないほどの圧がある。


 だが……ディキソス相手の撃ち合いにおいて、リズは負けるはずもないと豪語し、その彼女にルキウスは勝っている。

 迫りくる弾幕も、結局のところ、ルキウスの前には取るに足らない悪あがきでしかない。


 彼は落ち着いた所作で魔弾を迎撃しつつ、双方の間へ手旗を、なんとも無造作に投げ捨てた。そちらへ多くの魔法が吸い込まれていく。

……かと思えば、彼は魔力線で(つな)がれた手旗を引き寄せ、左手へと戻した。

 と同時に、右では流れるような動きで腰からナイフを抜き、一閃。旗へと視線が吸われていたディキソスは、この投擲を避けきれず、右の上腕に刃が刺さる。


「ぐっ!」と苦悶の表情を浮かべるも束の間、肉薄したルキウスが、今度は長剣を抜き放った。案の定、彼ほどの剣士には対応できないらしく、明らかに焦燥するディキソスだが――

 彼はルキウスの意表を突いた。決然とした顔で間合いを詰め、斬撃を受けながらも渾身の力でこれを耐え(しの)ぎ、すぐさまルキウスに組み付きにかかろうとする。


「こ、こうなれば、貴様もろとも……!」


 しかし、これは読めていた。鋭くバックステップしつつ、敵との間に新たな旗を再生成するルキウス。

 今度の旗は、これまで手にしたものとは比べ物にならない、立派なものだ。

 彼は、最初から小さな旗を持っていたかのように見せかけていた。わざわざ《念動(テレキネ)》で手元に戻したのは、注意を引きつけるのも兼ねたブラフのため。

 ここで初めて、敵にとっても明白に、無から旗を生成してみせたのだ。


 突如として現れた、大きな白い布に視界を覆われるディキソス。間髪入れず、ルキウスは布越しに《貫徹の矢(ペネトレイター)》を放った。布の向こうから放たれた貫通弾を受け、敵がよろめく。

 小技を重ねて得た優位、迷いなく迅速な動きも相まって、ルキウスは敵の後背へ回り込む事に成功した。突然の流れに振り向くだけの余裕もない、敵の背を蹴り飛ばす。

 そこへ、ディキソス操る紅蓮の光線が、白い(とばり)の向こうから飛び込み――


 術者を貫通した。白い布に包まれながら、宙でのたうち回り、《空中歩行(エアウォーク)》を維持できなくなって落ちていく。

 内側から敵を焼き尽くすという秘術の威力を、彼はその身で知ることとなった。

 ルキウスがレガリアを解くと、悲鳴を上げながら内なる炎に焼かれていく一人の魔族が現れた。もはや戦闘どころではない。

 最期を過酷に待つばかりの彼に、ルキウスは念には念の追撃も兼ね、手向けの《火球(ファイアボール)》を差し向けた。

 魔法に一切の抵抗ができない敵は、《火球》の着弾とともに断末魔を残し、、爆炎に呑まれて灰へと化していく。


 ひとまず務めを果たしたルキウスだが、彼は戦意を絶やすことなく戦場の把握に取り掛かった。

 リズがもたらした攻略本の恩恵は、当然のことながら兄弟の外にも行き渡っている。(あお)り合いの中、敵のプライドを逆撫でして名乗らせたのは、既知の敵かどうかを確認するためでもあった。

 そうした下準備の甲斐あって、数の面では不利な状況にありながら、対魔族の戦いでは概して有利を取っているように映る。


(見たところ、私のも含めて二人殺したか……)


 一度数を減らせば、より有利な流れを引き込める。《乱動(ランダマイト)》による転移と通信妨害は、相手を劣勢に傾きかけた頃にこそ、より強く揺さぶるはず――

 事実、状況は見立て通りに転がっていく。手の内が知れた上、困惑と焦りで本来の動きができずにいる魔族など、ルキウスらの敵ではなかった。

 それでも、仲間の内には若干の負傷が見られるあたり、さすがといったところではあろうが。


 最終的に、大きな損失なく魔族を片付けることができた。戦場がにわかに静まっていく。街路には累々たる屍が転がっている。

 今もなお生きて剣を握るヴィシオスの兵たちは、すでに散った戦友たちに囲まれながら、何かがはちきれんばかりの表情で戦う構えを見せている。

 しかしながら、打って出ようという空気はない。無謀な号令を下す指揮官はすでになく、各々が動けずにいるのだろう。

 張り詰めた静寂の中、複雑な視線を向けられながらも、ルキウスは仲間たちの元へと戻った。


 魔族相手の口論は、ほとんど仲間任せであったのだが、こうした状況であれば、部隊のまとめ役であるルキウスが場を収めなければならない。

 彼は小さく息を吸った後、良く通る声で敵兵に語り掛けた。


「生きる希望がないならば、遠慮せずかかってくるがいい。我らに挑みかかった誉れを、冥府の者どもに吹聴するのもいいだろう」


 ヴィシオスの兵たちに勝ち目がないことは、双方ともに百も承知。これを侮りと捉えた兵は見受けられず、静かな諦念とともに受け入れられていく。

 そうした様子を目にしながら、ルキウスは「しかし」と続けた。


「歴史が変わるかもしれん一夜だ。結末を見ずに果てるというのは……もったいないようにも思うがな。剣とその装いを捨て、民衆に混じったのなら、まだ生き残ることもできよう」


「な……! 生き恥ではないか!」


 最前列の兵が、果敢にも食って掛かった。その心情を思い、ルキウスの顔がわずかに曇る。

 この兵たちも、何かしら志があってこの道を選んだのだろう。聞き入れ難い提案だというのは、ルキウスもよくわかっていた。

 だが……生き残ってしまった兵たちの事を思いながら、彼は言った。


「生きて辱めを受けようと、それでも守らねばならぬものがあるのではないか?」


 彼の言葉の後に続く者はない。街路のそこかしこでささやかに燃える炎、それを揺らす寒風の音が、物寂しく響き渡る。

 敵兵に戦意が失われつつあると認め、ルキウスは敵方から視線を外し、手にした剣を鞘に納めた。


「必要があれば殺すが、そうはしたくないというのが本音だ……国と文化が違えど、お前たちもそういった人間であってくれればと思うのだが」


 ややあって、石畳に落ちる金属音が静寂を破った。高く乾いた音が一度響き渡ると、呼応するように同じ音が重なっていく。

 それでもまだ、剣を取り落とさずにいる強者もいるが……張り続けるだけの意地は、もはや残っていないのだろう。構えを解いて剣を収めていく。


「後続が来る前に、散って逃げるがいい。我々は、お前たちの背を撃ちはしないからな」


 若干の冗談と親しみを込めて宣言するルキウスに、兵たちは何度か振り向いた後、静かに去っていった。

 蜘蛛の子を散らしたように散り散りになっていく兵の背を見送り、少しして仲間がポツリと口を開く。


「まずは一勝というところか」


「ああ」


「次は来るかな?」


「さあ……」


 《乱動》によって敵本陣から切り離し、釣った敵をその場で皆殺しにする。ルキウスたちの隊だけでなく、この王都に同時侵攻した各隊も同様の戦法を取っている。

 これで、王城内に控える戦力を減らそうという目論見があるのだが……

 不利になった魔族が増援を要請するのを許さないおかげで、敵方の反応には相応のタイムラグが見込まれるのは、当然の事である。

 とりあえず、次が来るまでの待機時間を小休止とし、ルキウスは遠方にそびえる王城に目を向けた。


 兄弟が向かう、決戦の場所だ。



 さて、次なる動きについて、ルキウスらは若干待たされるものと踏んでいた。

 が、幸か不幸か、敵方のレスポンスは予想以上に良好であった。

 やってきたのは、どこからかかき集めたのであろう人間兵と、それを率いる魔族らという部隊だ。

 義憤と辟易(へきえき)が混ざり合った雰囲気で、これに相対するルキウスたち。

 前回同様、自然な流れで敵の名前を引き出し、事前情報をもとに水面下で即席の戦術をくみ上げていく。


 彼らにとっては連戦だが、手を焼くほどのものではない。

 死兵となった人間兵の対処も、心揺さぶるほどのものではない。

 魔族らの、恐るべき、しかし種は割れている秘術をうまくいなしていき――

 街路に魔弾と炎が舞い踊る激戦の最中、魔族の一人が目をむいた。


「あ、あれはなんだ!?」


 これをルキウスは、取るに足らないブラフだとは捉えなかった。本当に、驚くべきものを目の当たりにしているのだろう。

 その心当たりはあり、時間通りでもある。


 果たして、魔族と少なくない人間兵らが向ける視線の先には、宙に浮かぶ船影があった。まだ小さなものだが、確実にこの王都へ向かってきている。

 それも、一隻どころの騒ぎではない。

 この王都上空へと、大挙して押し寄せる飛行船の群れ。これを味方と捉える楽観性などはなく……狼狽(ろうばい)が広がっていく敵勢に対し、ルキウスたちはこの機を活かして押し込んでいった。一人、また一人。魔族が露と消えていく。


 と、その時。再び状況が大きく動いた。王都の中央にそびえたつ王城、その上層部から目もくらむような光が放たれる。

 そして、閃光の中心から、夜闇を切り裂く赤い魔力の奔流が走り出した。王都上空にまで達した飛行船に、赤き魔力の激流が撃ち付け――飛行船が上空で爆発四散した。

 おそらくは状況がわかっていないであろう魔族らが、得意げに歓声を上げる。


 だが、ルキウスたちにとっては、何も驚くようなことではなかった。その後も、人類の技術の粋が空で爆ぜ飛んでいくが……

 全ては織り込み済みなのだ。

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