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第391話 印なき白旗

 一本の矢となったエズフィデク、手に凝集された魔力は巨大な矢じりとなって、夜の闇を歪めんばかりに怪しく輝き――

 彼がルキウスに達する前に、その手からいくつもの魔弾が放たれた。


(これぐらいのことはするだろうな……)


 あくまで冷静なルキウスは、迫りくる弾幕の必要最小限をナイフで打ち払い、活路を開いて敵の魔の手から逃れた。彼の回避行動からわずかに遅れ、街路の石畳を割る勢いで敵が着地。

 かと思えば、すぐさま矛先を変えて跳躍し、再びルキウスに肉薄する。


(言うだけのことはある……)


 一応は多対一の状況にもかかわらず、果敢に攻め立ててくるこの敵に、ルキウスは相応の感心を(いだ)いた。

 突撃の速度は《魔法の矢(マジックアロー)》と見まがうほどだ。

 それに、突っ込まれた側から見れば的が小さく、その先端には魔力が集中している。正面から撃ち落とそうにも、攻防一体の矢じりが生半可な魔法であれば相殺してしまうだろう。

 かといって、囲んで狙いをつけようにも、味方への誤射の危険は付きまとう。


 ただし、ルキウスにとっての最大の関心ごとは、いま対峙している敵ではなかった。夜の闇を縦横無尽に切り裂く敵をいなしながらも、彼はあくまで大局を意識している。


(こいつを泳がせているのか、はたまた……別の場所に振っているのか?)


 観戦を装って周囲に警戒を向けている仲間の様子を見るに、機をうかがって潜んでいる敵がいるというわけではないようだ。この敵は単独で動いているものと考えて、まず間違いないだろう。

 それだけ把握できれば、様子見を続ける必要はない。


 目も慣れてきたところだった。依然として目を見張るスピードながら、動きは直線的で単調。この調子ならば、隠し玉のようなものも無いのではないか。

 市街地を活かした攻めも、見切ってしまえばどうということはない。

 後は、どのように勝つか。


 自他ともに認める慎重派のルキウスだが、彼は長引かせるリスクを嫌い、手の内を明かす選択を選んだ。

 街路沿い建造物の高所に貼り付く敵目掛け、まずは《追操撃(トレイサー)》を飛ばしていく。

 しかし、彼の腕を以ってしても、市街地を飛び回る敵を捕らえるには至らない。


「なんだ、それは? 攻撃のつもりか?」


 市街を縫うように走る光の矢が、追いつけないでいる魔弾を嘲笑(あざわら)う。

 追いすがろうとする誘導弾を、ひとしきり弄んだ後、エズフィデクは「では、狙いやすくしてやろうか」と高らかに笑った。


(あ、来るな……)


 ルキウスも直感通り、敵が高所より猛然と迫ってくる。

 これでは誘導弾で撃とうにも、自分まで巻き込む結果になりかねない。その程度のことまでは、相手も想定してのことだろう。


 しかし――迫りくる敵を前に、ルキウスは手をかざしていた。その手から、幾度となく手にしたレガリアが現れる。何も描かれていない、真っ白な旗だ。

 突如として出現した障害物を前に、エズフィデクは一瞬驚かされはしたものの、彼はこれを目くらまし程度に考えたようだ。すぐに、彼の顔には不敵な笑みが浮かぶ。


 だが、全身を鋭利な魔力の矢と化した彼の突撃も、白い布一枚を貫通することができない。すでにルキウスの手を離れている白旗の布が、飛び込んできた獲物にまとわりつく。

 視界を奪われてなお、どうにか着地、再び宙を目指して飛び上がるエズフィデクだが……

 魔法を引き寄せるルキウスの旗に、彼が飛ばしておいた誘導弾が殺到していく。先ほどまで、エズフィデクに笑われ、軽視されていた弾である。

 今再び、ルキウスの操作によって勢いを取り戻した魔弾に、今度はレガリアの引力までもが合わさった。


 この戦闘で初めて現れた、自身のスピードを超える存在。それも、視界を奪われた中で包囲まで――

 エズフィデクが殺到する弾幕を回避することは、(かな)わなかった。白い布に包まれた彼に、初撃。大きくバランスを崩したところへ、後続が次々と襲いかかる。

 攻防一体の突撃を見せた彼だが、その戦闘スタイルゆえか、一度捉えられると脆くもあるのだろうか。四方八方から迫る弾幕の前に、彼はもはや無防備だった。全身を打ち付けられ、地へと落ちていく。


 落ちていく彼目掛け、ルキウスはナイフを投擲した。刃が深々と突き刺さり、敵を包む白旗が血に濡れる。

 次いで、腰から長剣を抜き払い、彼は宙を駆け上がった。何一つ抵抗できないエズフィデクに空中で剣を突き立て――

 重く鈍い音が響く。石畳に打ち付けられた上に、深々と杭を打たれる格好になり、白い布に包まれた物体は何の反応も示すことなく沈黙した。


 まずは一人打ち倒した。しかし、この程度の勝利に酔うはずもなく、ルキウスは淡々としたものだ。

 彼が自身のレガリアを解くと、白い布の中から物言わぬ遺骸が現れた。


「なるほど、それが君の……」


 横合いから、感心した風な声を向けられ、ルキウスは仲間たちの方に顔を向けた。

 決して緊張が切れたわけではないのだが、それはそれとして、興味ありげな目を向けられている。

 そんな、近しい立場の――レガリアという概念も知っているであろう――仲間たちに、彼はやや困り気味の笑みを浮かべた。


「これが私のレガリア、《要の一旗(フラクシス)》だ」


「見たところ、魔法を引き寄せる力があるようだが」


「ああ。概ね仲間を守るために用いるが……使いようによっては、一対一でも使えないことはない」


「ちょうど手並みを拝見したところだよ」


 相手が飛び込んでくるタイプだったのは、かなり好都合ではあった。一度この白旗にくるまれたのなら、脱出は困難。生半可な力では破壊できず、内側から魔法を撃って引きはがそうにも、魔力が乱れてうまくいかないのだから。

 もっとも、こうした手口が通用するような相手ばかりでもないだろう。


 今ではすっかり遠くなった、逃げ行く群衆の塊に遠い目を向け、ルキウスは口を開いた。


「まずは一人というところだが、相手の出方について、どう思う?」


「中枢の指揮系統から(あぶ)れた、成り上がり目的の小兵ってところかな」


「同感」


 ルキウスもまた、似たような思いは抱いていた。

 騒ぎを起こしてからさほど経っていないとはいえ、すぐに仕掛けてきたのは今回のエズフィデクのみ。

 これは、敵の消極性を示唆するというよりも――


「見逃してくれるかな?」と冗談交じりに問う声に、ルキウスは小さく鼻で笑った。


「爆発がポーズでしかないと、向こうもわかっているんだろう。その上で、組織的に迎撃しようとしている……と思うが」


「そうだろうな。向こうが動員できるのは……魔族だけではないからな」


 あまり好ましくはない、しかし現実的な指摘。

 しばらくすると、その推定がそっくりそのまま、一行の前に姿を現した。この街の防衛戦力らしき人間の部隊だ。

 そして、悲壮感漂う彼らの前後に、憎らしいほど余裕を見せる魔族が数名。

 実にわかりやすい、人の矛と盾である。


「ルキウス、あなたは少し休んだら?」


 不意に投げかけられた、仲間からの声。「いや」と遠慮しようとするルキウスだが、他の仲間たちが言葉をかぶせてくる。


「君が一番、心労が多い立ち位置だからな。こういう仕事ぐらいは、任せてくれていいぞ」


「そうだな。他とのやり取りもあることだし……」


 と、いずれもが気遣いを見せた。

 今まで親しい付き合いがあったわけではないが、それでも通じ合えるものはある。そうした仲間たちに汚れ仕事を押し付けることに、心苦しさはあるものの……

 ルキウスは素直に申し出に甘えることにした。


「では、私は少し下がって、支援に集中しよう」


「……というか、君が司令官だしな」


「すでに初戦を押し付けてしまっているけども」


 あくまで軽やかさを保つ仲間たちだが……近寄ってくる敵兵を前に、やはり思うところはあるのだろう。顔には言葉ほどの軽さがなく、敵兵へ向ける眼差(まなざ)しには真剣さと悲哀がある。

 そして……ルキウス率いる一団と、ヴィシオスの防衛部隊が(にら)み合う形となった。

 これを望まざる対峙と捉える者も少なくない中、そうではない者が口火を切る。


「よし、かかれ」


 冷淡な口調で魔族の一人が配下に告げた。自身でも、先陣を切るように《魔法の矢(マジックアロー)》を飛ばしてくる。

 これに続き、堰を切ったように動き出す人間の兵たち。彼らを前にルキウスら一団は――

 迷わず迎撃の構えを取った。

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