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第389話 それぞれの戦い

 死に体だった王都の数箇所に火がつき、群衆が息を吹き返したように騒ぎ出す。民衆ばかりでなく衛兵らもまた、突然の事態に驚かされるばかりである。

 一方、比較的落ち着きを保てている者もいた。

 あらかじめ、こういった感じの動きが起きる可能性を伝えられている、ヴィシオス側の協力者らだ。


 彼らは、各所で生じた爆発が、転移によって忍び込んだ人類側の精鋭によるものと承知している。

 もっとも、情報漏洩を防止するためという名目で、事の詳細までは伝えられていないが……

 王都を揺るがすこの騒ぎを目の当たりに、「ついにその日が来た」と察するものはあったことだろう。


 そうした一人に、ヴィシオスの将軍ダンケル卿がいた。

 度重なるループの中、彼はリズが最初に得たヴィシオス側有力者だ。この取っ掛かりの縁により、ほぼ全ての試行において、彼はリズのしでかし(・・・・)に巻き込まれる形となっている。それは今夜も同様だが――

 別世界の彼が幾度となく巻き込まれてきた諸々と比しても、今回は段違いの仕掛けである。


 異変が起きてから程なく、彼の元へ部下が"凶報"をもたらした。今となってはほとんど呑んでいなかった、(たしな)み程度の酒気など、一気に吹き飛んでしまう。

 彼はすかさず立ち上がり、部下を連れて執務室を出た。普段はひっそりしている軍庁舎も、今夜ばかりは慌ただしく……統制は取れていない様子だ。

 庁舎内を駆けながら、彼は見知った顔に声をかていき、最終的に十人程度の信頼できる配下とともに庁舎を出た。

 この場を脱する理由はいくつかある。お偉方の魔族との接触を避けたいというのもあるが――

 一番の目的は、この国の軍人としての勤めを果たすためだ。


(あの王女様からも、そうするように勧められていることだしな……)


 配下を連れて庁舎を出た将軍は、脇目もふらずに官庁街の外へと足を向けた。彼の後に、当惑を隠しきれない様子の部下たちが続いていく。

 酒浸りの日々を送ってきた将軍だが、鍛えてきた体を完全に鈍麻させるには至らなかった。

 むしろ、意識には澄み渡るものさえある。胸の内から全身を突き動かす衝動など、しばらくぶりのものだ。

 まるで、国に忠義を果たそうと軍服に袖を通した、新兵の頃の意気を感じる。


 自分に残っていた青臭さに、一人静かに苦笑いする彼だが、完全に腐りきっていない自分を感じるのは心地よいことだった。

 このような事態になって、やっと……というのが、なんとも皮肉ではあるのだが。


 それぞれが内に何かを秘めつつ無言で駆け抜け、一行は官庁街の出口に到着した。

 出入り口を守る門衛も、状況が切迫したものだとはよくわかっているらしい。こんな事態だからこそ――という見方もできようが、将軍の顔と名を申し訳程度に確認しただけで、後はほとんど顔パスであった。


 官庁街を囲う門を出ると、遠くできらめく火の手が視界に映る。


(広く延焼するようなものではない、そういった配慮はすることだろうが……)


 混迷に揺れる街並みを駆けていく将軍は、ふと、こうした事態を引き起こした例の人物を思い出した。

 自分の半分も生きていないだろうに、年の差など感じさせないくらい老練にして大胆不敵な、あのラヴェリアの小娘のことを。

 あの娘は、この街にいるのだろうか。


 事の詳細までは知らされていない彼は、あの娘と、この先のことを思った。

 協力関係を結んだとはいえ、単に味方とも言い切れない関係ではある。情報戦の都合上、部下には話が浸透していない。軍内の他部署に関しても、どこまで話が通っていることか。

 話をつけられている将軍自身でさえ、この王都で動き出しているであろう人類側戦力との間に面識はない。鉢合わせれば、その場の流れ次第で敵として認識されても文句は言えない。

 それに……あのラヴェリアの王女は、確かに人類の味方には違いなかろうが――

 今のヴィシオスの民の、どこからどこまでが人類に含まれるというのか。確かなことは何も言えはしない。


 事態の裏を多少なりとも把握している彼でさえ、この後の流れについては心中をかき乱されるものがあった。

 ましてや、このような状況を突然提示された部下や他の兵たち、そして民草の胸中はいかばかりか。平穏を脅かされた王都に、そこかしこから声にならない声が響き渡る。


(いや……脅かされたというのは、少し違うか)


 このような状況にあって、意外なほどに冷静さを保てている将軍は、そもそもの事の流れに思いを巡らせた。

 より正確には、この国も王都も、すでに脅かされてきたのだ。この国の王族の血を断ち切った、あの魔族らの手によって。

 だからこそ、互いに何を信用すべきか、はっきりとは言えない状況にあるのだ。本来のヴィシオス国民、支配者となった魔族ら、そして解放に来たという人類の精鋭たち。それぞれの恵惑が一夜に交錯する。

 敵味方定かならぬ混迷の中だが、それでも将軍にとって自明の事実が一つだけあった。


 自分たちだけは、この国の民草の味方である。

 そうでなければならない。


 支配者が成り代わって以降、少し遠回りしていたようだが、彼はようやくシンプルな基本に立ち返ることができた。

 迷いが晴れた彼は、走りながら部下へと、朗々とした声で指示を飛ばしていく。


「複数箇所への襲撃に対し、各員は散って衛兵隊と合流! 統制が失われていれば、本来の指揮者に成り代わって指揮を執り、民衆を安全な場所へと誘導せよ!」


「あ、安全な場所と言いますと?」


「まずは公園や広場だ。建物が密集する場所を避け、できることならば王都の外を目指せ。いいな?」


「ですが閣下、応戦は……しなくてよろしいのですか?」


 当然あるべき問いに、彼は少しだけ迷いを覚えた。


「敵が、逃げ惑う民の背を撃つような輩であれば……良心に従うのもいいだろう。だが……命を散らす以外にできることがあるのなら、決して無理はするな。無心になって、人々を助けろ」


 魔族が現れてからというもの、この将軍が酒色に(ふけ)るダメ人間だったことなど、配下はみな良く知っている。

 そんな人物が、いつになく真面目くさって偉そうに指示を飛ばしてくる。

「今更どの口で」と、将軍自身は思わず自嘲しそうになるが……指示を受け止める配下たちは、いずれも神妙な顔をしていた。


「お前たち、返事は忘れたのか?」


 問いかけてようやく、口々に言葉を返す配下に、将軍は小さく鼻を鳴らした。


 やがて一行は、王都の街路が集う大広場に到着した。行くあてもない民衆が、周囲に怯えるように身を寄せ合っている。

 各所で燃え上がる炎は、遠景に浮かぶ小さなものでしかない。新手が増えていく感じはなく、燃え広がっていくようにも見えない。

 おそらくは、そういった配慮がやはりあるのだろう。


 とはいえ、落ち着いて観察できるのは、事前の情報あってこそだ。

 何も知らされていない群衆の大半は、この世の終わりのように恐怖貼り付く顔で縮こまっている。そうした民の有様に、将軍は小さくため息をついた。


「私はここで指揮を執る。衛兵隊のとりまとめも必要だからな。他の場所については、お前たちに託す」


「はっ!」


 今度は息を揃えての返事に、将軍は満足そうにうなずいた。

――もしかすると、これが最後の言葉となるかもしれない。

 脳裏によぎったものを、彼は自分の内に留め、配下を見送った。


 配下たちの背から視線を動かすと、怯えすくむ民衆とともに、衛兵たちもまた狼狽(ろうばい)を隠し切れないでいるのが映る。

 同時に、将軍は自身の手が震えているのにも気づいた。少し前から、酒は減らし続け、この夜に向けては軽い嗜み程度にまで減らせていたのだが……


(いや、無理もないか……)


 よくよく考えれば、内地で昇進を続けた軍官としてのキャリアの中で、命を張るような実戦は一度もなかった。

 今夜がまさにそれである。

 突如としてやってきた人生の正念場、意識すれば(あふ)れんばかりの手汗を握りしめ、将軍は顔を上げた。


 人の世のためという大言壮語を、本当に成し遂げようとする者たちがいる。

 このような暗黒大陸の王都、それも魔族が闊歩する死都にまで足を運び、果敢にも攻撃を仕掛けてきた、恐れ知らずの猛者たちが。

 人類が誇るべき輝かしき傑物たちに、自分たちの力も志も、及ぶことは決してないだろう。

 それでも、果たすべき勤めはある。


――いや、最初からあったはずのそれを、敵だったはずの連中が思い出させてくれた。


 確かな使命感を胸に、将軍は最後の奉公と向き合った。

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