第387話 決戦の流れ
結局、降服勧告から後の流れは、驚くほどにスムーズであった。包囲状態を崩すことなく両軍の飛行船が着陸し、ルキウス指揮の元で敗残兵たちが船外へと出ていく。
その気になれば逆らうだけの余力が、まだ残っていることだろうが……心理的にはそうでもないというのがありありと伝わってくる。悄然とし、恥じ入りながら諾々と、敵兵たちは指示に従って拘束に応じた。
騒ぎ立てられなかったのは幸いである。《乱動発生器》の効力が切れ、何かの拍子に通信を再確立されれば、今回の手口が他の船団に伝えられる恐れもあったのだ。
ひとまずは、自分の受け持ち分の一つが片付き、肩の荷が若干下りた感を得たルキウスだが……
一つの戦場を治めた彼の関心は、すぐさま別の戦場へ。彼が他の戦場の状況を尋ねると、程なくして通信士が情報を持ち帰ってきた。
「多くの戦場で膠着が続いております。敵船団の撃破に成功した隊もいくつか。概して我が方が優位と思われます」
「ここから最も近い戦場はどうだ?」
「目立った動きはなく、睨み合いが続いております。当該地方はルブルスク国境方面ということもあり、いずれも敵方が慎重で兵力も厚い模様です」
「了解した。本船団の諸官を招集する」
次なる動きを示そうというという下知を受け、周囲の武官はすぐにピシッと姿勢を正し、「承知いたしました!」と応じた。
それからすぐ、ルキウス率いる船団の主だった面々が集結。旗艦司令室に顔を並べたところ、ルキウスは現状について簡潔に説明していった。
「注意を引き付けるという目的は、すでに達成できたとみていいだろう。ただ、この後の動きを考えると、膠着を打破して余剰戦力を確保したくもある」
「王都の防備にと、向こうが航空戦力を伏している可能性も、決してないわけではありませんからな」
年配武官の指摘に、ルキウスはうなずいた。ヴィシオス側協力者の情報で、王都の守りに航空戦力は無さそうだというのはわかっているのだが……
情報提供者自身、「把握しきれていないだけ」という可能性について言及してもいる。
王都攻めのみならず、他の戦略要地への攻撃についても、航空戦力という援軍があれば好ましい。このような作戦に付き従う勇士たちの離脱・帰還にも、飛行船が大きな助けとなろう。
そこでルキウスは、次なる動きについて考えを示した。
「本船団を、直近の戦場へ差し向けようと考えている。局地における優位を伝播させ、全体の流れに繋げるためだ。何か異論はあるか?」
「投降兵らの扱いと、敵船の扱いについては、何かお考えが?」
問いを受け、ルキウスの視線はフィルブレイスの方へ。これにすぐさま、彼はうなずいた。人類側に立つ魔族を代表して口を開く。
「転移で送り届けるのなら、手分けすればそうはかからない。あの兵たちの様子であれば、数分程度見てもらえれば」
「承知した。貴殿らに任せよう。次に、船の運用についてだが……」
敵船を奪い取ってそのまま動かすという点においては、実務上の指揮を担当するマルクが一番よくわかっている。彼は、名目上の指揮官であるアクセルに目を向けた後、ルキウスの問いに答えた。
「戦力として計上するには乗組員の手が足りませんが、飛ばすだけであれば問題はありません。数で威圧するか、弾避けにするか、緊急時の予備とするか……といったところでしょうか」
「動かせるだけでも十分だな」
正規軍人からすれば、盗んだ飛行船をすぐその場で運用するというだけでも、相当の離れ業である。こともなげに言ってのけるこの青年に、世界各国から集められた精鋭たちは、感心の唸り声を漏らした。
本格的な戦力とはならずとも、手札が増えたのならそれなりに使いようはある。好ましい状況を確認したルキウスは、居並ぶ面々に顔を向け、少し考え込んでから口を開いた。
「油断は禁物だが……現時点を以って、作戦の第一段階は望ましい流れに入ったと考える。この流れを堅持した上で、次なる動きに手を進めるべきだろう」
彼の言葉に、場の空気が一気に引き締まる。
「では、ご出陣なさると?」
「そのつもりだ」
今回の一連の大作戦において、第1波である空戦と第2波である各地の要所攻めは、すでに動き出している。
ここで指す、「次なる動き」「ご出陣」というのは、第3波についてだ。
すなわち、ヴィシオス王都への奇襲である。
敵の目を地方へ向けさせてからの、この一手。いよいよという雰囲気に緊張が高まっていく。
ここで動き出すという点については諸官も賛同し、一同の同意を受けてルキウスは話を続けた。
「他部隊とも協議の上、機を見て仕掛けに行く。後の算段は手筈通りに」
「はっ!」
作戦総司令官という役回りのルキウスだが、今回は王都攻めの現場に立つこととなる。
世界各国から王侯貴族までも戦闘要員として駆り出している手前、自身も戦場に身を置くのが礼節というもの。彼自身、戦力的にも重要な立場を占めている。
そして、彼以上に代用が効かない特殊戦力として、アクセルも王都攻めに動き出すことに。
この二人が抜けても、船団の運用には支障はない。それだけの人材が集っている上、膠着状態へ援軍にいくという優位な立場でもある。
また、盗んだ船の扱いについては、マルクが第一人者として采配することとなる。彼は彼で、やはり代用が効かないポジションだ。
そして……今日の彼は、世界各国の確たる地位を占める指揮官たちと、肩を並べて戦うことになる。
次なる展開に向けてそれぞれが動き出そうとする中、後事を託す立場となるアクセルは、やや表情が硬いマルクに苦笑いを向けた。
「緊張してますね」
「まさか、こんな大任を負うなんてな……日陰者のアウトローのはずだったんだが」
「慣れないことは、するもんじゃないですね」
アクセルはアクセルで、これからも非常に大きな役目を期待されている。一応、諜報員らしい、いつもどおりの仕事ではあるのだが……
危険度と重要度は、これまでに手掛けた仕事の比ではない。
にもかかわらず、彼は程よい余裕を保っている。この弟分に、アクセルは小さく鼻を鳴らした。
「死ぬなよ。お前が帰ってこなかったら、なだめるのが大変だからな」
「わかってます。マルクさんも、どうかご無事で」
「ま、足を引っ張らないようには頑張るさ」
と、控えめな言葉を返すマルクだが……そこへ横から、同船団の指揮官たちが割り込んでくる。
「『足を引っ張らないように』などとは、随分と慎ましい!」
「そうとも。これまでの動きだけでも、我々は驚かされてばかりだというのに」
「これが貴兄らの当たり前だというのなら、何とも頼もしい話ではあるがね」
と、立場ある人物たちが、期待と信頼に満ちた視線を寄せてくる。
(アクセルやリズがいないと、もう少し泥臭くなるんだけどな……)
などと思うマルクに、どこか人を喰ったような笑みを向けるアクセル。
「では、僕は行きますから。評判を下げないでくださいね」
「……お前、どっかの誰かさんに似たよ、ホント」
「それはお互い様ですよ」
悪びれもせずに笑う戦友の言葉に、マルクは鼻で笑った。
「そりゃ違いないな」




