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第385話 人類の空賊

 船の動きを変え、敵船一隻を釣り出してからわずか数分。ルキウスが座す司令船に、朗報が響き渡った。


『友軍の壮挙により、敵船一隻を確保! これに対し、他の敵船は……通常通り通信に応じている模様です』


 信じ難い報告に耳を疑う将官たち。ルキウスもまた同じような思いであったが、彼は落ち着き払って聞き返した。


「敵側は、船を奪われたことに気づいていないというのか?」


『は、はい!』


 どうやら、アクセル率いる移乗攻撃部隊は、敵船の乗っ取りに成功。そればかりか、一時的に通信を途絶した後、敵方への通信まで()確立しているらしい。

 砲火の音と戦場の慌ただしさも相まって、敵の船団指揮官からは怪しまれていない状況とのことだ。


 まずは一隻を奪取した上、敵側の一員として船ごと偽装している。この望外の戦果に、各国から参集した猛者たちも開いた口が塞がらないでいる中、ルキウスは感嘆の(うな)りを小さく漏らした。


(エリザベータの戦友たちだな……)


 魔力による探知にはかからないアクセルが単騎で忍び込み、彼が作った好機に、マルク率いる後続がなだれ込む。彼の統率で一気に場の収拾をつけ、敵船を掌握するや、ニコラの手腕で所属をすっかり成り済ます――

 まったくもって頼もしいばかりの、妹の戦友たちを思い浮かべ、ルキウスは口角を少し上げた。

 彼らが動かしたこの状況、これを活かしてさらに道をこじ開けていくならば……


「所属を誤認させている一隻、これを活かさぬ手はありますまい」


「演技次第では、後背を突くこともできるかもしれませんな」


 大いに驚かされはしていたものの、卓を囲む武官たちもまた手練れであった。にわかに得た好機に対し、すぐに展望をイメージできている。

 彼らに対しても確かな信頼の念を新たに、ルキウスは口を開いた。


「では、次の手立ては――」



 アクセルらが奪い取った船は、これまで通りに連合軍の船と撃ち合いを続けていた。

 完全にポーズでしかない、ある意味では気楽な撃ち合いではあるのだが、奪った船の内側は中々に忙しい。投降した兵の捕縛、奪い取った軍服への着替え、そしてヴィシオス側との通信のやり取り等々……

 下手すれば事が露見しかねない中、マルクは的確な指示で仲間たちを動かしていく。

 そこへもたらされた、友軍司令官からの指示に、彼は思わず苦笑いした。


「さすが、リズの兄上でいらっしゃるな」


 気心知れた通信士も、彼の(こぼ)した言葉に合わせて表情が少し崩れる。

 未だ砲火が止まず、遠くより轟音が響く中、マルクは仲間たちに次なる手について告げた。


「この船を、あえて被弾させてみてはどうかと打診があった」


「はあ~、なるほど。それで敵の指揮側の反応をうかがおうと?」


「そういうことだ」


 攻撃を受け、若干押し込まれつつあることを理由に、この船を後退させる許可を要請。これが通り、立て直しのためにと隊列後方へ潜り込めれば……敵船団の後方に着くことができる。

 これが通らなかったとしても、全体として膠着(こうちゃく)気味の戦場に、新たな動きを促すことができる可能性はある。端から切り取られて崩されるのは、向こうとしても避けたいだろう。

 そして――何かしら策を講じようというのなら、その中身を敵に教えてもらえる。後は味方にコッソリ流せば良いのだ。


 ただ、あえて被弾することについては疑義を呈する声もあったが……「(だま)すなら必要な経費」とニコラが指摘した。


「虚報だけでは、戦意喪失のための嘘と取られかねませんし。損傷の有無は、遠方からでも確認できるでしょう」


「ま、双眼鏡かなんかで見れるな。損傷箇所次第ではあるけども」


「逆に言えば、どこを撃たれたか明言した上で見てもらおうって話でもあるな」


「そうなりますね」


 加えてニコラは、相手を騙すための意図的な被害に対し、現実的な提案を一つ口にした。


「あえて被弾という話でしたけど、こちらの内側から適当な箇所を破壊すればいいと思いますよ。いくら友軍とはいえ、示し合わせて撃ってもらうのは、それなりにリスキーですし」


「だな。自分でコントロールできる自損の方がいいか」


 結果、ルキウスの打診から始まった戦術案は、クルー全員の賛同を以って可決した。

 こういった手口は、実に我々らしい、と。


「しっかしまあ、なんスか。これじゃどっちが悪党なのやらって感じスけど」


 奪い、成り済まし、騙し討つ。実に悪辣な手口に手を染める一同に、なんとも言えない微笑が広がっていく。


 ただ、話が決まれば行動は早い。自損行為からその後の行動までの想定も含め、次の動きについて手早くまとめてルキウス側に提案。

 これに対し、司令側はすぐに了承した。加えて、他の船の連動を絡めた指示を早々と飛ばし、実働部隊がさっそく行動に移っていく。


 前もって敵船を手中に収めておいたこと、それを解体して得られた知見が、ここでも生きてくる。撃って壊してもあまり意味がない箇所――

 今回においては、壊してもいい箇所の理解があるのだ。

 もしかすると一般的な敵船員よりも内部構造に熟知しているかもしれない潜入者らが、手分けして船内構造の奥へと進入。そして……


 船全体に、それとわかる程度の衝撃が走った。

 内側から破壊したのは、いずれも、飛行に不可欠な部位を守るための、ゆとりをもたせた部分。緩衝用と言える部位を壊されたところで、航行にはまだ支障がないのだが……外から見れば、かなり危うく映ることだろう。

 後は、どこまで騙せるか。


 仕込みが完了した連絡を受け、通信室のニコラは生唾を呑んだ。彼女が直接通信係を務めるわけではなく、代理に男性の仲間を立てている。ニコラは、通信内容について補助するご意見役といったところだ。

 彼女のうなずきで、慌ただしさ装う偽通信士が口を開く。


「きゅ、急報! 被弾しました!」


『クッ、それは本当か!? 被害状況を正確に述べよ!』


「はッ、船内より確認に向かっております!」


 ここまでのやり取りでは、まだ変に思われていない。おそらく、自損を怪しまれることもないだろう。ニコラはすぐに、話の勘所をこの後の動きに設定した。

 実際、事は彼女の直感通りに動いていく。若干の間を開け、被害状況について続報を通達していく。


「船体下部前方に、複数飛弾! 現状、船の機動力に問題は生じておりませんが……」


『こちらでも被害を目視した。戦闘続行で、損傷が広がる懸念はあるか……』


「……はっ、無視できぬ懸念かと」


 実のところ、そうはならない程度に痛めつけているのだが……あくまで、撃たれたと思っている者に、事の真相は(つか)めない。

 ここでニコラは、《念結(シンクリンク)》でダメ押しの口車を通信係に託した。通信士はうなずき、緊張感を持って口を開く。


「兵の間には動揺が広がっており……このまま押され続けては、戦端を維持できなくなるものと」


『……仕方あるまい。戦列を動かし、そちらに増援を一隻送る。その動きを確認でき次第、友軍の到着を待たず少しずつ後退し、陣の後方にて態勢を立て直せ。敵が押し込むようであれば包囲へ持ち込む。その際は追って指示する』


「か、かしこまりました」


 至極まっとうで、合理的な指揮である。

――だからこそ、付け入る隙になる。


 事がうまく運ぶ予感とは裏腹に、ニコラはわずかに顔を曇らせた。

 世に名だたる悪逆の国も、その兵は命令に忠実でまともな人間だというのは、前々から知れたことではあった。

 それは今日も変わらないようだ。

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