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第38話 大陸の玄関へ

 ラヴェリア聖王国とアルレフィム王国の境目にある、山脈から流れ出る河川は、アルレフィムを通ってはるか南方の海にまで続く。

 川を下るほどに幅を増すこの大河は、中流を超えた辺りで橋を架けるのが困難なほどになる。

 そのため、川を渡る手段としては船が広く用いられている。


 春うららかなある日、中流から下流へと向かう一隻の旅客船があった。

 船は木造で、旅客スペースは二階立て。推進力は魔道具で、水を吸って吐くという、界隈では広く用いられる魔導船だ。

 あまりスピードが出るものではなく、遊覧と移動を兼ねたような船である。


 そういった船だけに、客層は落ち着いている傾向にある。富裕な家族連れ、あるいはカップル、たまの休日を味わう小金持ちなど。

 もちろん、船側としては、そういう穏やかな客層は好ましいものだ。問題を起こすこともほとんどない。



「お客さま、お客さま」


 若い女性の客室乗務員が、屋上席で寝る客の体を揺らす。

 その客は10代後半らしき少女だ。座席の空きスペースには、自身の荷物らしきリュックサックを置いている。

 客層を考慮してもやや不用心といった感はあるが……起こそうとしたらすぐ、客は目を覚ました。

 この反応の速さに、乗務員は思わず驚きそうになりつつも、自己を抑えて柔らかに声をかけていく。


「失礼いたしました、寝ていらっしゃるものとばかり」


「いえ、本当に寝ていました。終点ですか?」


「はい」


「そうですか、お手数をおかけしました」


 この乗務員が見る限り、相手は昼前に乗ってから日没直前の今まで、ずっと眠っていたようだ。風景を見るでもなく、寝っぱなしという客は珍しい。

 その点が気になって、彼女は尋ねた。


「どこか、お加減に優れないところでも?」


「いえ、大丈夫です。船に優しく揺すられ、風と日差しがあまりにも気持ち良いものですから……」


「左様でしたか。お楽しみいただけたようで、何よりでございます」


 実際、ずっと寝ていたであろうその客は、どこか思わしいところがあるわけでもなく血色が良い。

 ハツラツとした活力に満ちるその美少女は、介添の必要もなくスッと立ち上がり、乗務員に軽く頭を下げた後、リュックサックを背負った。



 ロディアンを出てから1週間。船を降りたリズは、船着き場から最寄りの街道までを歩いた。

 ああいった船が就航できるだけあり、周囲の治安はすこぶる良い。

 街道沿いには人馬両方のために宿が配され、宿を中心に集落が点在している。巡視に出る兵の姿もしばしば。


 ただ、先を急ぎたいリズとしては、そういう集落の存在はあまりよろしいものではない。人に見られることなく、駈け抜けてしまいたいのだ。

 下船した直後も、夜というにはまだ早い時間帯だ。街道を行く人影が、ないこともない。

 彼女は《霊光(スピライト)》で辺りを軽く照らしつつ、怪しまれない振る舞いを続けた。

 もっとも、女性一人の旅人という時点で、どうしても人目を引く部分はあるのだが……


 やがて、辺りの闇が深さを増し、街道沿いに見られる明かりがだいぶ少なくなってきたところで、リズは行動に移った。

 まずは自身の明かりを消し、《空中歩行(エアウォーク)》で透明な階段を駆け上がっていく。

 そして、彼女は道なき道を疾走し始めた。馬でも追いつけない速度で、夜闇の空をひた走る。

 一応の目印は下にある。街道に点在する宿や集落の明かり、あるいは街道を警備する者が持つ明かりだ。

 これらの光を参考に、リズはなるべく街道に沿うように南下していく。


 ここ、ルーグラン大陸は、北に進むと寒冷な土地が広がる。春先でも海面が凍っているような土地だ。

 それゆえに不凍港は存在せず、周辺航路は極めて限定される。


 追手を撒くためにと、彼女はまず大陸を脱したかった。そのために手っ取り早いのは、南に進んで港町に向かうことだ。

 そこで彼女は、昼と夜で行動を分けた。

 南下のメインは、夜間での移動。明かりのない空中の持久走で、可能な限り距離を稼いでいく。

 日が昇り始めたら地に降り立ち、街道を普通に歩きつつ、宿か適当な店に寄って食事。

 そして、下り方面の船が出る船着き場に着いたら、船に乗って就寝。疲れを癒やすという流れだ。


 旅情もへったくれもないこの逃走において、今の所、警戒を要するような気配は感じられない。

 この動きが読めない敵とも思えないが……


(水際作戦かしらね……)


 リズがどの港を用いるか、おおよその見当をつけることは可能であろう。そこで迎え撃つことはできずとも、何か後の布石を仕掛けることは可能なはず。

 移動中の今を妨害するよりは、そちらの方が効率的と踏んでいるのかもしれない。


 相手方の出方について考え始めた彼女だが、議題は徐々に追跡手段の存在と精度へと移っていく。

 まず、リズがいるであろう場所を特定する手段を、ラヴェリア側は間違いなく有している。

 問題は、どこまでの精度があるかだ。


 竜の厚意で呪術を解いた瞬間までが、一番精度の高い位置情報だったと思われる。

 しかし、解呪してから二週間ほど後に、相手は相当なレベルの呪物を送りつけてきた。

 これは、リズの現在位置について相当の確信めいたものがなければ、とてもできない行為であろう。


 では、常に確実に、彼女の居場所を特定できるかと言うと……それにしては、ラヴェリア側の動きに微妙なところがある。鳥獣を犠牲にしたりせず、ピンポイントにリズだけを殺しに来れば良いものを、魔剣はそうはしなかった。

 それに、様子見という側面はあるだろうが……それを加味してもなお、相手方の動きにまどろっこしいものがある。刺客が矢継ぎ早に来るわけでもない。

 競争ゆえの(にら)み合いが、互いへの抑止になっているのだろうか?


 そこでリズは、現時点での考察をまとめた。

 まず、彼女の現在地を把握する手段は、今も確実に存在する。おそらく、彼女の側からは干渉・妨害できない系統の何かで、生きている限りは追われ続けるだろう。

 ただ、位置情報の精度については、魔法・呪術的な接続ほどには確たるものがないように思われる。

「そこにいる」ではなく、「そのあたりにいる」程度のものだろうか。

 また、いつでも場所を探れるかどうか。その可能性は高いとしつつも、その情報を共有するのに、何かしらの障害がある可能性をリズは推測した。

 その理由はいくつか考えられる。探知手段の限界か、あるいは継承競争のルール、ないし駆け引きか何か……


(別に、確証なんて何もないけど……)


 こうして、彼女が答えにたどり着けない思考を巡らしてしまうのは――

 単に、頭の中があまりに暇だからだ。眼前の明かりに気を配る以外、思考を働かせる要素がまるでない。

 もっとも、地上を離れて夜闇を走ると、月を独り占めしているような高揚感にワクワクする感じはあるのだが……

 それだけでは、脳内の退屈さを紛らわすことはできなかった。



 昼夜の移動を繰り返し、ロディアンを発って二週間ほど経った夜。


 すでに2つほど国境を超えてきた彼女の目に、ようやく目的地である港町が見えてきた。

 城壁と言うにはやや低めの壁の上に、明かりが並んで灯っている。

 ルグラード王国ハーディング領の港町、トーレットだ。


 ルグラード王国は、伝統的に各領主の統治権限が強く、政府や国王は取りまとめ役としての性質が強い。

 そのため、各領はそれぞれ独自に運営され、互いに競いつつも長短を補い合うように発展してきた。


 ここハーディング領は商業力に代々力を注いできた土地だ。

 そんな領土にあるトーレットの町は、いくつかある同国の沿岸都市の中でも、規模が大きい貿易港を有している。

 リズが目をつけたのはまさにこの点にあって、この港ならば遠洋航海を行うレベルの船も取り扱っている。


 ただ、問題がないこともない。

 リズが宮廷のメイドだった頃、ルグラード王国に関わるキナ臭い噂話が、同僚の口から語られたことが、ままあったからだ。

 とはいえ、他の港で外海まで出せるような船を扱うものとなると、さらにだいぶ東へと行かなければならない。


(時間との勝負って面も、きっとあるのよね……)


 懸念や心配事は尽きないが、彼女は気分を切り替えた。情報が集まりやすい港町だからこそ、手に入る情報というものもあるだろう。

 そこで彼女は、今後の流れをざっくりと決めた。

 まずは、港からの運航状況の確認、その後はスケジュールに合わせて情報収集。何かしら問題があれば、得た情報を元に作戦でも練る、と。


 とりあえず、今日のところは近場の宿に泊まることに決めた彼女は、街道から少し離れた地面に音もなく降り立った。

 周囲に人の気配がないことを確かめると、素早く街道へと歩を進め、《霊光》で明かりを灯す。

 やがて、宿の明かりが近づいてきたところで、彼女は少しウキウキしている自分に気づき、やや遅れてその理由に思い至った。


(まともなベッド、1週間ぶりだわ……)


――真夜中の水浴び・川遊びは、連日のようにやっていたのだが。

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