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第381話 また会う日のために

 作戦上必要になる確認事項を把握したリズ。兄に託すもう一冊の《別館(アネックス)》の中身について、今の内から用意しておく必要はあるが、ルブルスク行きのフライトの中で十分な時間がある。

 どういった魔法が必要になるかについては事前の想定もあって、そこまで悩まされることもない。

 よって、この件についてはさほど負担感を覚えていないリズであったが……


 心情的に重いものは、ほかにいくらでもあった。

 仲間たちとの別れである。


 ベルハルトが気を利かせてくれたようで、彼は会話の切れ目に弟妹を誘い、連れ立って船の見学に向かった。甲板に残ったのは、リズと仲間たち四人。

 にわかにしんみりした空気の中、まずはリズが口を開いた。


「こんなことに付き合ってくれて、ありがとね」


「『こんなこと』って言うが……いや、確かにそうか」


 博打の要素がいまだ大きい本作戦は、世界人類にとっては大いに価値がある重大な試みである。

 しかし、当事者たちにとっては、作戦の価値と重要性を認めた上で、やはり「こんなこと」と称するだけの想いはあるのだ。

 今更、迷いや悩みが生じるということはない。それぞれが悲壮感ある神妙な顔で見つめ合う中、今度はマルクが口を開いた。


「リズ、ちょっといいか?」


「ええ、何?」


「作戦上の隠し事なら、別にいくらでもやってくれていい。そっちの方が、むしろ安心できるからな」


 他人の隠し事を暴くのが第二の天性であろう、元諜報員の言葉である。若干の毒気も、実際には照れ隠しのように思われる。その奥にある全幅の信頼を改めて感じ、リズは深くうなずいた。


「ただ、勝ち負けに関係ない部分については、この際だから正直に答えてほしいと思う……構わないか?」


「わかったわ」


 真剣な前置きに、リズは自然と姿勢を正した。

 少し間を置いてマルクが切り出した本題というのは、全てが終わった後のことであった。


「死者を生き返らせる禁呪があれば……みたいな話があっただろ」


「ええ」


 不死者(アンデッド)として動けている今の状態は、ネファーレアの直感で3日が限度。時が過ぎれば、本物の死者となる。

 そうなった後で、今度は生者として蘇らせる禁呪でもあれば……などとは話していた。権力者の中でも親しい者には、そういった意向を知られてもいる。


 だが、リズ当人としては、あまり期待はしていない。

 もちろん、それで蘇らせてくれるなら――という思いはある。

 しかし、そういった禁呪が本当に存在するかどうかも知れたものではなく、あったとしても、まともに使えるかどうか。《時の夢(クロノメア)》という底意地の悪い先客の存在もあり、そう期待できるものではない。

 よって、実際には気休めのような話である。


 ただ、マルクの懸念はもっとその先にあった。


「仮に、死者を蘇らせる禁呪があったとして、さらにそれを実際に使えたとして、なんだが……」


「何か問題が?」


 リズが思いついた問題は、禁呪の対価といったものだったが、耳にした返答は違っていた。


「お前が本当に戻ってこれるか、そっちの方が心配なんだ」


 予想していなかった懸念に虚を突かれ、一瞬だけ頭が真っ白になるリズ。

 もちろん、こういった禁呪について、マルクたちは専門家でも何でもない。だが、まだ見ぬ禁呪に懸念を(いだ)くだけの理由が、彼らにはあった。


「《時の夢》の禁書については、俺たちも何度となく読み込んできたからさ……体だけが生きていても、生きた心がなければ意味がないだろ?」


 気遣わしい視線を向けてくれる仲間たちを前に、リズは返答もできず、ただ目を閉じて立ち尽くした。


「《時の夢》を使っている間、どれだけ苦しい思いをしてきたのかは、俺たちには想像することしかできない……いや、想像すら追いつけないだろう。そんな苦しみに耐え抜いてきたのは、きっと、リズの中に人一倍の使命感だとか……負けん気があったからだと思う」


 根底にあるものを言い当てられ、胸の奥がキュッと握られるのを、リズは感じ取った。伏せがちな顔を上げてみると、寂しくも優しい戦友の微笑がある。


「やられっぱなしでは終われない、だろ? 相手を出し抜いて、ほえ面かかせて……ってさ」


「……そうね、その通りだわ」


 時を歪める禁呪、死の経験。精神を抹消するような苦役の中、それでも心を(つな)ぎ止めてきた。

 幾度となく、生と死の連続に立ち向かい続けてきた。

 あるかどうかも知れない勝ち筋を、人類の手に手繰り寄せるために。


 そうして戦い続けてきた自分の原動力を、この仲間たちは良くわかってくれている。

 すでに死んだ身ではあるが、それでも温かなものを覚えて思わず頬を緩めるリズだが……彼女を見つめる友の顔には、悲愴な陰があった。


「これでうまくいって、大魔王を倒したなら……今までのお前を繋ぎ止めていたものが損なわれるんじゃないかって、そう思うんだよ。体が蘇っても、心がついていかないんじゃないかって」


「……それは」


 言いかけて、否定しきれない自分を感じ、リズは口を閉ざした。


「たぶん……今回の戦いで負けた上で、何か蘇らせる禁呪を見つけたなら、お前はきっと再び立ち上がると思う。でも、勝ったら満足して、それで終わりなんじゃないか」


「……実際にどうなるかは、わからない。だけど……」


 もちろん、世の中が平和になったら、やってみたいことというのはいくらでもある。余りに若すぎる死なのだ。

 だが、摂理を歪めてまで舞い戻ろうとするだけの、強い信念を抱かせる願いかというと――

 その答えは『否』であった。


「残されたみんなのためになら、戻って来られるかもしれない。だけど……平和な世の中で、何をしたいか、どう生きたいか。これと定まった強い気持ちが……たぶん、私にはないわ」


 リズにとって、生きることはすなわち戦いであった。生まれと育ちが強いた束縛は、今も彼女の奥底に根付いている。

 安穏とした暮らしに、たまに憧れを抱くことはあっても、それが自分の手に入るなどとは思えない。落ち着いた一時でさえ、次なる戦いの前の準備期間でしかない。

 そのような生き方をしてきた彼女にとって、平和になった後の事を思い描くのは、実に難しいことであった。

 生き残るための術策、敵を出し抜くための算段に比べれば、圧倒的に。


(兄弟がいなくてよかったわ……)


 重い話題の中でそんなことを思いつつ、目の前にいる気づかわしい顔の仲間たちに、リズは寂しげな微笑を向けた。


「マルクの言うとおりね。残していく皆への後ろめたさだとか、心残りだとかはある。だけど……《時の夢》を乗り越えてきたときみたいな、強い目的意識になるかというと……大魔王を倒せたのなら、満足が勝ってしまうかもしれない」


 正直に所見を伝えるリズだったが、マルクは少し悲しそうな顔を見せた後、優しい眼差しを向けてきた。


「別に、満足することが悪いわけじゃない……いや、誰よりも苦しい目に遭ってきたんだ。お前が満足できないままだなんて、そっちの方がおかしいだろ。だから……蘇生する禁呪がうまくいって、それでもお前の気持ちが戻ってこなかったとしても、文句は言わせないさ。ただ……」


 彼にしては珍しく言い淀んだが、リズは何も言わず次を待った。ややあって、ためらいがちに彼が続きを口にしていく。


「お前が安らかな眠りにつけるなら、それはそれで喜ばしいけど……また起きてほしいとも思う。無茶を言うようだけどな」


「……ふふっ、そうね」


「だからさ……お前の気持ちが戻って来られるような、生き返るための目的を考えてみたんだ」


 そう言うと、彼はリズから視線を逸らした。視線の先は、船内へ続く入口。誰もいないが、聞かれてはまずい話なのかもしれない。

「内緒話?」と尋ねるリズに、彼はうなずいた。


「トップシークレットだ。ちょっと、耳貸してくれ」


「うん」


 素直に近づくリズに、マルクもそっと寄り添い――

 彼の話を耳にして、リズは目を白黒させた。


「ほ、本気で言ってるの!?」


「そりゃな。一応は言っておくが、知ってるのはこの五人だけだ」


「というと……」


「議長閣下にも、この件は明かしていません。事が終わってからであれば、とは思うのですが……」


 セリアの言葉に、リズは腕を組んで考え込んだ。


「……この件、私が蘇ってこなければ、あまりよろしくないのでは……」


「そうですね」


 真面目な顔を保ちつつも、サラリと言ってのけるセリアに、リズは思わず渋い微笑を浮かべた。


「つまり、その気になれば外堀を埋めに行けると」


「ご明察です」


 淡々とした返答を受け、顔を引きつらせていくリズだが……セリアの瞳が少し潤み、顔がわずかに歪んでいく。


「こういったご提言を申し上げるのも、大変に心苦しくはあるのですが……それでも私は、まだ殿下とご一緒したく……」


「私というか、私たち、ですね」


 横から割り込むニコラの目にも、かすかに揺れる光があり……アクセルが言葉を継いだ。


「この件に関しては、姉さんがいつまでも起きてこなければ……誰か適任者がやる仕事だとは思います。それが心配なら……寝坊でもいいですから、いつか起きてほしくて……」


「……まったく!」


 目が覚めるような提案をしてくれた、この四人に、リズは呆れたような笑みを浮かべた。


「善処はするわ。この後どうなるかわからない。蘇らせる禁呪が、あるかどうかもわからない。でも……それがうまくいったなら、きっと戻って来る。私だって……死にたかったわけじゃないんだから」


「そうか……言って良かったよ」


「……まぁ、眠り姫を起こすにしては、とんだご提案だと思うけど?」


 食って掛かるリズに、マルクは少しの間真顔になった後、声をあげて笑った。


「ははッ! お前には振り回されっぱなしだったからな。そのお返しだよ。な、みんな」


 マルクが話を振ると、三人がしっかりと首を縦に振った。

 今まで色々と振り回し、相応に心労もかけてきて……それでもなお、自分を求めてくれている。

 今までも、これからも。


 たまらなくなって、リズは抱きついた。まずは、一番感極まった様子のセリアに。


「今まで本当に、ごめんなさい。出向者だっていうのに、面倒ばかり押し付けちゃって」


「いえ、私は果報者です。お手伝いできて、本当に……光栄に思います」


 二人でギュッと抱きしめ合い、ややあって次はニコラに。


「ニコラも……ありがとう。あなたがいてくれて、本当に……色々と気が楽になったわ」


「……また、色々な服を着せてあげますからね。死に装束で終わりだなんて、そんなのナシですよ!」


 表情豊かながら、普段は余裕のある態度を崩さず、あまり心の内を見せてこない彼女だが……今回ばかりは、感情の限界にあった。嗚咽(おえつ)が漏れるこの親友をリズはしっかり抱きとめ……

 ニコラが落ち着くと、リズの視線は残る男性陣に。

 しかし、アクセルは遠慮した。


「僕は、一回済ませましたし……僕だけ多いっていうのも、皆さんに悪いんじゃ……」


 などと理屈をこねる彼だが、女性二人が瞳潤ませながらもにこやかに笑って、彼の背を少し勢いよく押した。

 押し出された彼を、リズが抱きとめる。


「イヤだった?」


「そんなわけは……」


「だったらいいじゃない。何回だって……」


 そこで言葉が切れ、二人はしばし無言で抱き合った。

 そうして、最後に残ったのはマルクだが……彼は視線を逸らした。


「なんか、気恥ずかしいな……」


「いえ、こういうのは平等に、一回はしておかないとね!」


 リズの言葉に、他三人が含み笑いを漏らす。

 やがて、リズに向き直ったマルクは、若干の逡巡(しゅんじゅん)を示した後――


「ん」


 真顔で両腕を広げた。

 最近は皆と抱き合ったり、あるいは抱きしめてあげたりしてきたリズだが、一方的に抱き寄せられたことはない。

 今度は自分が照れくささを覚えながらも、彼女はやや伏し目がちになって体を預けた。


「……ねぇ。イヤじゃない?」


「なんで」


「いや、ほら……厳密には死体だし」


「今更言うか?」


 照れ隠しのような言葉を、マルクは鼻で笑った。


「……本当に死んでるのか?」


「そうだけど」


「それにしては、妙にあったかいな……きっと血の気が多すぎるんだ」


 口さがない戦友の皮肉に、リズもまた鼻で笑い……抱き寄せられたまま、彼の顔に両手を伸ばし、頬をつまんで少し力を込めた。


「あっ、んなろ~」


 つまんだ頬に、濡れた感じはない。

 ただ、とても温かだった。

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