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第380話 二人で一つ

 盗んだ船の命名については、リズたちが担当するということでさておき、話はもっと重要度の高いものに。これからの戦いに深く関わるところだ。


「儀式の結果として、普段よりも力が満ちている感じがあるって話だけど……」


「ああ」


「他に何か、収穫はあった?」


 一応は相手を(おもんぱか)って、遠回りに尋ねるリズであったが……当のベルハルトはというと、なんとも気兼ねのない男であった。


「ああ、私のレガリアの事か」


 はたと気づいたように手を打つ兄に、リズは思わず気遣った意味を自問自答し、顔をひきつらせた。

 同じく父王の血を引く弟妹も、彼の気安さには苦笑いするばかりだ。


 ベルハルトのレガリア、《夢の跡(イクスドリーム)》は、作戦の骨子に関わる存在だ。

 一方、その作用に関して絶対の確信を持てるものではなかった。

 重要でありながら未知数の部分も大きく、戦術に組み込んで固めるのが難しい、というわけだ。加えて情報戦における機密ということもあり、今の今になるまで表立って言及しないできた件だが……


 ベルハルトは、この場の全員に対し、改めて自身のレガリアについて言及していった。

 手ずから破壊した武器や兵器、あるいは討ち倒した敵の愛用の得物を、自身の魔力を以って再現するレガリアである、と。


 この場でこの件を、リズが遠回しに持ち出した意味は、一同にとってはすぐ察しのつくことであった。複雑な表情に囲まれる中、端正な顔を曇らせるべルハルトだが……

 リズは優しく微笑み、彼の肩を気安そうに何度か叩いた。


「あなたが奪ったんじゃない。私が託したのよ」


 物は言いよう、ではあるのだが、実際に本心でもある。

 ベルハルトにとっては大きな慰めとなったらしく、彼はその手に魔力を集め始めた。


「何が出るかは、私にもわからない。おそらくは何らかの本、あるいは……魔剣が一振りってところか」


「魔剣……」


 過去の経緯を思い出したのか、顔を曇らせるネファーレアに、リズが遠慮なく脇腹を小突く。


「いちいち気にしないの、まったく」


「ご、ごめんなさい」


 どの件について謝っているのやら。気落ちしがちな妹に、苦笑いするリズ。


 やがて、ベルハルトの手の上で、魔力が形を成した。

 大方の予想通り、一冊の本である。

 まずはベルハルトが本を開け――すぐに眉を寄せ、実に困ったような顔に。彼は気兼ねなく手招きし、書の中身を皆に見せた。

 中身は白紙……というより、全体が魔力でできている。これが魔導書だというのなら、魔力で刻まれた魔法陣や文章は、極めて可読性に欠けるものとなろう。

 そして、肝心なのは……


「兄さん、何か使える? あるいは、書ける?」


 心配そうな末弟の問いかけに、目を閉じて集中するべルハルトだが……緊張感ある静寂がいくらか続き、彼は結局、首を横に振った。


「ダメだな。何かが書かれているかどうかもわからないとなると、魔導書として使えそうにない」


 そして彼は、リズに向かって心底申し訳なさそうに「すまん」と頭を下げた。

 一方のリズはと言うと……兄の謝罪をよそに、真顔で思考を巡らせている最中であった。


「兄さんの《夢の跡》って、一人の相手から受け継ぐ武具は、一つだけ?」


「そういう検証は、あまりしていないんだけどな……双剣使いから二振り得たことはある。ただ、おおむね一人一つっていうのが原則だと思う。それに、お前の分からは他に何か出そうな感じが特には……」


「ってことは……私の中の、『特定の一冊』が出たってことかしら。あるいは……」


 いくつかの可能性に思い巡らせたリズは、最終的に鍵を握るのが自分ではないかと直感した。

 試しに、心の中で魔法陣を思い描き、いま目にしている本へと意識を向けていく。

 果たして、皆が見守る中で、ベルハルトの本がパタパタとはばたき――空中で逆さになって、彼の頭に被さった。

 ユーモアを見せる魔導書の動きに、彼は困り気味の笑みを浮かべた後、リズに問いかけた。


「お前が操った……ってことだよな?」


「今はね。《念動(テレキネ)》が記されていると認識した上で、今度は兄さんが念じてみて。もしかしたら使えるかも」


 言われた通りにしてみると、今度はベルハルトの頭の上から、ややぎこちなく本が羽ばたき……

 自分の手に戻すことに少し難儀した彼は、結局、本を空中で魔力へと霧散させた。新たな一冊を手に再生成し、「横着で悪いな」と苦笑い。


 ただ、これはこれで意味がある検証に(つな)がる。リズが再び念じると、本はベルハルトの手の上で、小さく動き出したのだ。


「だいたいわかったわ」


 強い関心が寄せられる中、リズは現時点での推定を口にしていく。

 おそらく、ベルハルトが手にした本は、その中身をリズが思いのままに記述できる。

 また、持ち主のベルハルトが本を出し入れしても、中身が変わるというわけではないようだ。一度記された中身は、リズは意識的に消去しない限り、持続する性質がある。

 そして、魔導書として機能させるためには、リズかべルハルトいずれかの魔力を必要とし、操作に関しても同様である。

 ついでに試してみたところ、この魔導書へ同時に指示出しした場合は、リズの方が勝るらしい。


 リズを殺める継承の儀において、ベルハルトが《夢の跡》で何を得るか、事前には全く予想がつかなかった。継承競争そのものの儀式的側面、リズ固有の力である《叡智の間(ウィザリウム)》等と、どのように相互作用するか未知数だったためだ。

 それが、実際にふたを開けてみれば……


(《別館(アネックス)》に近いものはあるわね)


 リズとは切っても切れない関係にある《叡智の間》が、形を変えて一冊になった。そう思えば、何となく腑に落ちる現象である。

 ただ、本の実質的な主導権がリズの側にあることについて、ベルハルトは困り気味の笑みを浮かべた。


「私にも『使えなくはない』ってところだろうが……どういった魔法を用意しておくかは、リズ任せになってしまうな」


「ま、それぐらいはね」


「悪いな」


 そういって素直に謝ってくる兄の姿に、リズは事の背景を見出したような気がした。


「兄さんって……なんていうのかしら。クリエイティブな人間に対し、結構コンプレックスがあるんじゃない?」


「そりゃあるぞ」


 あっけらかんとした様子で、次なるラヴェリアの王が認めた。


「私には壊したり殺したり……そういう非建設的な事しかできないからな」


 そこまで言って、彼は「だからか」とつぶやくように言った。横ではすでに、ファルマーズが納得したような顔でいる。


「《夢の跡》そのものについても、兄さんは心苦しく思っている感じだし……『妹から奪った本に、自分なんかが書き込みを入れるなんて』っていう気持ちが、どっかにあるんじゃない?」


「どこかってほど、奥に潜んでるものでもないけどな」


 返答の口調は明け透けなものだが、内面は実に奥ゆかしい兄であった。

 ともあれ、《夢の跡》によって彼が得た本の性質は、大方明らかになったと考えてよいだろう。

 早い話、本の所有者はベルハルトなのだが、著作者はリズである。

 そして彼は、後者の権限ないしは権威を、意識的にも無意識的にも、より大きくみているということだ。


 問題は、これでベルハルトの助けになれるかどうか。


「《夢の跡》で、複数の武器を同時に展開することは?」


「それは可能だ。腕が足りないから普段はやらないだけだが……魔導書なら浮かせて使えるか。お前ほど自由にってわけにはいかないだろうけどな」


 他にも問題はある。リズのように、戦闘中に新たなページを書き足すという曲芸が、ベルハルトにはできない。

 とはいえ、そもそも世界中探して何人いるかという絶技であり、そこまで彼に求めるのは酷というものだろうが。

 戦闘中はさておくとしても、リズにページを書き加えてもらえるのは、彼女がそばにいる時ぐらいのものだろう。事を起こしてから離れ離れになれば、すでに書かれているもので対処する必要がある。

 そういった懸念点をさっそく指摘するベルハルトであったが……リズの方は、あくまで深刻には考えていない。


「いえ、使ってもらえるならそれでいいのよ。色々と考えはあるし」


「……姉さん、もしかしてこのために」


 何かに気づいたらしいファルマーズが口を挟むが、リズは微笑を浮かべて首を横に振った。


「あくまで、自分で使うためのアイデアだったから。兄さんにも使ってもらえそうっていうのは収穫だわ」


「何の話だ?」


 さすがに気になるようで詳細を求める兄だが、リズはいい笑顔を向けて断った。「まだ、知らない方がいいわ」と。

 これに、泣く子も黙る大列強の、次なる王は肩をすくめた。


「まっったく……私に次の玉座を押し付けておいて、さらに隠し事とはなぁ。大した女神さまだよ、本当に」


 などと、憎まれ口を叩くも、口調にはどこか楽しそうなものもあり……

 眼差しには、策略家な妹への確かな信頼の念があった。

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