表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
381/429

第376話 等身大の勇者

 ネファーレアが落ち着いてから、二人はいよいよ部屋を出た。

 城内はひっそりと静まり返っており、使用人等とすれ違うことはない。二人はただ無言で歩を進めていった。向かう先は、後宮の中庭である。

 後宮は継承競争とは縁浅からぬ場所であり、王家の儀式においても枢要な地位を閉占めている。衆人の目に触れることなく、それでいて十分な広さがあるため、今回の儀式の場として選ばれた。

 というのも、ラヴェリア聖王国次王継承の儀を見届けるにあたり、世界各国から要人が集まっているからだ。


 ところどころを白雪が覆う庭園。ここに集まったのは要人ばかりというわけでもなく、リズに振り回されてきた仲間たちも、主だった面々が待っていた。

 中には、フィルブレイスやルーリリラを始め、最近になって手を結ぶようになった魔族らの姿も。

 本来であれば、後宮の庭に足を踏み入れることなどできない面々だが、誰も(とが)めはしない。

 一行は紛うことなき賓客であった。


 神聖な儀式の場に、姉妹二人が立ち入った。意を汲み取ってくれた仲間たちに目配せしてから、リズは場の中央へとゆっくり歩いていく。

 庭の中心には、即座に継承の議を行うべく魔法陣が刻まれている。リズが死んでから時間をかけられるわけではなく、不死者(アンデッド)となってもタイムリミットはあるためだ。

 自身の死に場を前に、穏やかな顔で視線を落としたリズは……決然として顔を上げ、場に集う大勢に良く通る声で言った。


「まずは、お集まりの皆様方へ。暴挙と言うべき提案にもかかわらず、ご理解を賜り、これまで策にお付き合いいただきましたこと、深甚に存じます」


 これに、世界各国の権力者たちは押し黙ったままだが……そこで一人、ゆったりとした所作で手を挙げた。マルシエル議長、マリア・アルヴァレス。

――リズが《時の夢(クロノメア)》を用いることについて、事前に(・・・)知らされていた、数少ない人物の一人である。

 わずかにざわつく中、多くの視線を集め、彼女は穏やかな口調で答えた。


「殿下のご覚悟のほど、大変に見事なものと存じます。これに異論を差し挟もうなどとは、露ひとつ思いませんわ。ですが……」


 彼女は、これから死ぬ、相応に付き合いに長かった娘を前にして、微笑を浮かべた。穏やかでありながら、どこか切なさも感じられる。

 そんな顔から発する声は、彼女の執務室でリズが耳にしてきたような、あまり気兼ねのない響きがあった。


「私共は殿下と持ちつ持たれつの関係にあり、そのことについては満足のいく関係でしたし、光栄にも思います。ですが……何かと気を揉まされることもあったのも事実です。これきりということですから、私は殿下に対し、心情面での対価を要求したいと存じますが、いかがでしょうか?」


「……何なりと」


 まさか、こういったところで、積もり積もったツケの支払いを請求されるとは。

 不思議な圧を感じて身構えるリズに、この鷹揚な大人物はにこやかに言った。


「では……権力者相手の、他所(よそ)行きなご挨拶や所信表明ではなく……一個人としての素直なお気持ちや叫びを、お聞かせ願いましょうか」


 この請願を耳にしたリズに、「こういう場で……」といった思いはあったが、同時に「こういう場だからこそ」とも思った。

 父も、兄弟も、仲間たちも、他国の理解者も、そう関わりのない権力者も――

 いずれも、立場だけの存在ではない。


 一人一つ、心ある者たちに向けて、リズは……少しためらいながらも、口を開いた。


「実際、私は今まであまり正直になれなかったと思います……きっと、私の根っこが意地っ張りにできていて……同情なんてされたくなかったからですね。なにしろ、こんな生まれですし」


 言うまでもなく、継承競争という制度下にある王室を指しての言だが、リズは親族らに優しい笑みを向けた。


「今になって、そのことを責めようとは思いません。私に色々とあったのは、それぞれに事情あっての事ですし……私は、人に優しくて寛容な自分が大好きですから、許します」


 恩着せがましく、冗談めかして笑い、リズは続けていく。


「それに……国としても、長年の慣習を止めるわけにはいかなかったことでしょう。そんな中、ただ一人の標的が私だったからこそ、誰一人欠けることなく、私たちの王室の今がある」


 そこで彼女は……若干のやっかみも込めて、「正しい判断だったと思いますよ?」と、この場に参加する一団に笑顔を向けた。

 相手は王直属の諮問機関、枢密院の重鎮たちである。

 彼らの事も許すとは言え、気に入らない部分が払拭されたわけではない。依然として、父王のこともキライなままである。


 他国の権力者が集う中、積年の鬱憤を少なからず解消し、リズは小さくため息をついた。


「……とはいえ、今では許せるとしても、昔はそうではありませんでした。『死んでたまるか』という思いは、常にありました。その一方で、『私が死んだ方が、世の中うまく回るんじゃないか』……そんな、諦めと物分かりのいい自分も」


 一度視線を落とした彼女は、目を閉じて今までを思い返した。ややあって顔を上げ、言葉を続けていく。


「だから、私には私なりの、気持ちの折り合いが必要でした。生き延びるためだとしても、あまり誰かを犠牲にはしない。私が殺されるのは、私が悪いからじゃない。そのために、人に求められるような人物でありたい。ラヴェリアという国を追われた私だからこそ――私は、苦難に立ち向かってきた、あの大英雄の末裔(まつえい)らしくありたい」


「……今でも、それは変わらないのですね」


 かすかに声を震わせる議長に、リズはうなずいた。


「国を出てからは、ずっと不安でした。まあ、私ってこんな性格ですから……余計なことを言わなければ、友達ぐらいはできるとは思ってました。でも、私の背景を知った上で、手を差し伸べてくれる人なんて……そういう諦めは、最初からあったんです」


 だが、現実はだいぶ違っていた。双方に利があるビジネスライクな関係だとしても、心情的に想われていなかったわけではないのだ。

 国を出てから手を結んだ人々に、それぞれとの縁を確かめるように、リズは視線を巡らせていった。


「今まで支えてくれた皆さんのことは、本当に……愛しています。こんなことで先立つのは心苦しいですが……手をこまねいては、皆さんに先立たれるかも知れません。だって私……自分一人で生き延びるのは、大の得意なもので」


 実際、ラヴェリア王族からの攻撃を、彼女は何度も切り抜けてここにいる。

 そして、この先の未来を皆々に伝えるべく、人知れず数知れず死に続け――それでもなお、ここにいる。


 そんな彼女を思ってか、権力者たちも幾人かが瞳を潤ませた。

 弟妹が耐えきれなくなってすすり泣く中、アスタレーナは口元を押さえ、内なる声を噛み殺して涙を流し続けている。

 身を切られるような想いは、リズにもあった。


 だが……腹はすでに(くく)っている。

 幾度とない生と死の円環の中、何度も何度も。


「かいつまんで言えば、私はものすごく負けず嫌いで……愛する人々のために戦って、きっと勝ちます」


 長い思いの丈を、簡素な言葉で結んだリズ。

 彼女にここまで語らせたマルシエルの大恩人は、無言で人の輪から一歩歩み出た。リズもこれに応じ、二人は抱き合った。


「英雄というものに、年甲斐もなく憧れの念を抱いていましたが……」


「知ってます」


「そんなに良いものでもありませんわね」


「まったくです」


 やがて、ユーモアを忘れないこの大人物は、リズから身を離して振り向いた。その視線の先に、マルクら親友たちの姿が。

 このアイコンタクトに察するものがあったリズだが、そのものズバリを議長が先んじて白状した。


「ご友人から、こういったご提案が」


「そうでしたか」


 仲間たち――最初の相談相手――にも、もちろん、心の内は吐露していたのだが……

 聞き足りないものがあったのではなく、聴かせたかったのだろう。

 あるいは、もっと多くの前で言わせたかったか。


「必要なことでしたでしょう?」


 議長の言葉に、リズは素直にうなずいた。


 本当の所信表明は終わった。後は儀式を――

 その、いよいよという段になって、リズは自分にもう少し正直になることを選んだ。


「あの……お集まりいただいておいて、本当に勝手とは思うのですが、最期は身内だけで過ごさせていただけませんか?」


 これに異を唱える声はなかった。

 もっとも、身内という言葉の解釈は分かれることだろうが……先手を打つように、マルクが平素と変わらない口調で「またな」と言った。

 しかし、一団に混ざって立ち去ろうとするアクセルを、ニコラとセリアが苦笑いで(つか)んで引き止める。


「アクセルくんはあっちでしょ~?」


「えっ、いや、しかし……」


「遠慮なさる必要はありませんよ、ほら」


 セリアが言う通り、リズは近寄って、アクセルの腕を軽く掴んだ。「まったく、手間がかかる弟なんだから」と呆れたように言うも……


「……姉さんほどじゃないのでは?」


 見事なカウンターが入る。ただし、その声には沈んだものがあり、かすかな震えも。


 やがて、場に残るのはラヴェリアの血を引く者だけとなった。

 リズと、嫡子庶子問わず、兄弟が7人。

 そして現君主の父王。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ