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第375話 決行日

 2月1日。世界中の権力者の前で、リズが自身の最終手段を打ち明けたあの日から、2か月ほどが経過した。

 大魔王ロドキエルを倒すための作戦に向け、リズがもたらした各種報告書を元に、世界各国で入念に準備と調整を重ね――

 今日が、その決行日となる。


 夕刻、ラヴェリア聖王国王城内、第四王女ネファーレアの居室にて。

 室内にいるのは、部屋の主とリズのただ二人。両者ともに祭礼の場にふさわしい、清らかな純白の法衣に身を包んでいる。


 これから死ぬ姉を前に、ネファーレアはやはり思い詰めた面持ちだ。

 予定の時間まで、そう長くはない。雰囲気は重苦しくありながら、急き立てられたように落ち着きを欠く様子の彼女は、かなりためらいがちに口を開いた。


「お、お姉さま。今になって心変わりなどは……」


 実のところ、ここ最近は何度も聞かれた言葉である。

 それも、国の内外問わず、権力者の幾人からも。


 この作戦に関わる各国指導層においても、やはり一世ー代の大博打には迷いが生じるものらしい。

 それでも、事は動き出しているのだ。この状況になってなお迷いがある妹に、リズはむしろ人間味を覚え、優しく微笑んだ。


「心配?」


「……それは、その」


 ネファーレアは、他の権力者たちよりも、ずっと大きなプレッシャーがかかる立場でもあった。

 他国の権力者に比べ、ラヴェリア王室はそれぞれに特有の役回りが課せられているのだが……

 リズがベルハルトを次王とするため、儀式の贄となった後、ネファーレアの手でリズを不死者(アンデッド)として一時的に蘇生させる。

 これがうまくいかなければ、ロドキエルに挑む有力な駒が一つ減ることとなってしまう。

 その場合、ロドキエルヘの攻撃は諦め、敵幹部狩り程度で収めようという方針転換も考慮の内だ。


 リズを不死者とする禁呪を成功させるべく、命日よりも以前から禁呪の前準備に時間を費やしている。ここ数日などは、魔力の接続を極めて安定させるべく、二人がつきっきりで生活するほどだ。

 だが、ネファーレアほどの術師を以ってしても、諸事万端に整えた上でなお、絶対の自信は持てていない。


 対象が強ければ強いほど、強力な不死者として使役することは可能。

 だが、それは生き返らせる対象が、術者の手に余る者でなければの話だ。

 それに今回は、死者の精神を肉体に留めたまま、仮初(かりそ)めの命を与えて不死者とする。

 通常であれば、魂亡き死体を操るところ、さらに高度な死霊術(ネクロマンシー)を行使しようというのだ。


 リズがこれから死ぬということに加え、これから身にのしかかる重責。

 二つを天秤の片方にかけられては、及び腰になるのも無理はない。

 そこでリズは……少し迷ってから、今まで言わなかったことを口にした。


「蒸し返すようで悪いけど、あなたの手勢が私に襲い掛かってきたことがあったでしょ?」


「……はい」


 この期に及んで持ち出された、過去の一件。妹にとっては心理的な追撃になったらしい。気に病んでしおれた様子の彼女に、リズは柔らかで困ったような笑みを向けた。


「あの時、下手人は……《インフェクター(汚染者)》を握ってたけど、魔剣一つであそこまで死体が強くなるとも思えなくてね」


 そこで言葉を切ったリズは、「何か秘密があったでしょ?」と柔らかな口調で尋ねた。

 問いから少し間を置き、ネファーレアが事の背景を口にしていく。


「私のレガリアのカで、死霊術の対象に、私の魔力を融通できます」


 どことなく観念したような、ホッとしたようにも見える彼女は、そのレガリア――《冥府の橋(シェオルゲシェル)》――について語っていった。

 端的に言えば、このレガリアは、対象とする不死者と術者たるネファーレアの間に完全な接続性をもたらす。術者の魔力を、そっくりそのまま移譲できるのだ。

 また、不死者側からの知覚を共有し、当人さながらに物事を感じることもでき、死霊術が可能にする以上の精度で対象を「意のままに」操ることも。


「――とはいえ、あの時は対象の死者の操縦について、《汚染者》側にその自由を認めていましたが」


 つまるところ、魔力だけはラヴェリア王族に匹敵する駒を、あの魔剣が操っていたというわけである。

 前々からの疑問が腑に落ちたリズだが、「そんなことではないか」という予想もあった。


「でしょうね。そういう契約だったんでしょ?」


 何の気無しの確認のつもりであったのだが、ネファーレアは追及のように感じ取ったらしく、うなだれて小さく「はい」と答えた。

 今になって責める気はない。というより、付き合わせてしまっている罪悪感が遥かに勝るのだが。リズは柔らかに微笑み、小さく鼻を鳴らした。

 それから……彼女は一つ閃きがあり、黙して考え込んだ。


「……お姉さま?」


「いえ、あなたが私の中に入り込んで操れるっていうのは、ちょっとした武器になり得るかもって」


 しかし、ネファーレアは「とんでもない!」とばかりに、首を横に振った。


「わ、私がお姉さまを操るだなんて、そんな……宝の持ち腐れです」


「そこまで言う?」


「それは……私が”不死の魔道士”(リッチ)になりかけてまで戦ったのに、お姉さまには技量や経験や……私にはないもので、あしらわれましたから」


 そういえばそんなこともあったと、リズは思い出した。

 確かに、あの戦いを踏まえれば、ネファーレアの考えも納得がいく。後を顧みない身体強化で攻め立ててきた彼女だが、結局、リズを葬ることはできなかったのだ。

 つまるところ、自分の体という駒を操る才覚は、リズが上回るということである。


 過去を思い出し、またしても気鬱になる妹を前に、リズは思わず苦笑いした。このままでは……と、少し話題を変えることに。


「それで、あなたのレガリアって、どういう見た目?」


 すると、ネファーレアは衣服の首元をゆるめ、はだけさせた。白い布の間から覗くのは、色白の首に巻かれた、黒い布製らしきチョーカー。

 どう言ったものか、言葉には悩んだリズだが……


「なんていうか……趣味が良いわね」


 簡素ながら、ネファーレアの色気を引き立てる、似つかわしさがあった。


「ちょっと触っていい?」


 尋ねるリズに、ネファーレアはコクリとうなずいた。無言で目を閉じ、上向きに。捧げるように首を近づける彼女に、リズは渋い微笑を浮かべた。


「まったく。なんか、勘違いしてらっしゃるんじゃない、このコ」


 相手が男であれば、内なる衝動を呼び起こしそうな所作である。

 この、儚い可憐さのある妹に、リズはスッと手を伸ばした。つややかな黒のロングヘアを優しくかきわけ、細い首に指を這わせていき――

 顎の下へ指を持っていったリズは、遠慮なく撫で擦りまくった。


「ほーれ、ニャンニャンニャ~ン」


「!?」


 突然の奇行に、ネファーレアは勢いよく身を後退させた。


「バッ、バカなんじゃないですか!?」


 先ほどまで、細く白い首を無防備に(さら)していた少女の言である。リズは含み笑いを漏らした。


「いや、ゴメンゴメン。つい、からかってみたくて」


 あくまで悪びれない感じの姉に、ネファーレアは色白な顔を少し紅潮させ、非難をあらわにするようであったが……

 少しすると、気持ちもしおれて悲しげになっていく。


 こんなこと(・・・・・)をしていられるのも、もうこの場限りなのだ。


 リズは彼女をそっと抱き寄せた。


「なんていうか……昔は殺気満々の妹だったのに、今じゃ姉の方が死にたがりね」


 もっとも、決して死にたいわけではない。

 ただ、このままで生きていくわけにはいかない、命を賭すだけの価値があるからこそ、戦うのだ。


「ネファーレア、私に手を貸して。一緒に戦って……みんなで、ラヴェリアの英雄っぽい(・・・)ことをしましょう」


「……お姉さまって、本当に……『戦う』だの、『勝つ』だの、そういうことしか頭にないんだから」


「そういうところが良かったくせに」


 意地悪く微笑んだ後、リズは神妙な顔になって続けた。


「そんな私だからこそ、ここまでやってこれたのよ」


 これに返事はなく、胸元から小さなすすり泣きが(こぼ)れ出す。

 ギュッと抱きしめてくる力は、この薄幸そうな、線の細い妹のありったけのものであろう。

 リズは黙って、優しく抱き返した。

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