第373話 ラストリゾート
リズの発言に、一瞬だけ遅れて大きなざわめきが波となって広がった。
「なるほど! それぞれの試行における、研究開発の知見を持ち帰ることができれば……!」
「数ヶ月、いや積み重ねによってはそれ以上の、先の未来の力を得られるというわけですな!」
つくづく察しの良い権力者たちだが、水を差すのを申し訳なく思いつつ、リズは口を開いた。
「問題がないわけでもありません。まず、今回のような席を設けるなどして、私が未来を知っていると信じてもらう必要があります。《時の夢》の存在を敵方に知られてはなりませんから、知らせる相手は限定的に。必然的に、研究開発も秘密裏の、小規模なものになります」
そして、最大の問題が一つ。
「技術面におけるいくらかの進展はありましたが、結局のところ、それ単体でロドキエルを殺し得るものではありません。力量差をある程度改善する程度のものとお考えいただきたく存じます」
「つまり……未来の知見を持ってしても、勝利には至らなかったと?」
「はい。ちょうど前世で検証済みです」
希望を持たせておいて、これである。深い穴の底に叩き込まれたように消沈する権力者たち。
ただ、話の流れ的には必要であった。
「この件を持ち出したのは、今回もそういった、少し先の未来の技術を用いようというご提案のためです」
「しかし、それだけでは足りぬという話では……いや、まさか、また別に策があると仰せか!?」
「はい」
大きな感情の振幅を、つい先程も経験しているだけに、権力者たちは慎重であった。気を持たせる発言に対し、そこまでの興奮と期待はない。
実のところ、リズにとってもその方が助かった。
状況を解決する糸口は、決して好ましいものではないからだ。
彼女は、血が繋がった兄弟たちに、それとなく視線を向けた。
いずれも複雑な表情の中、感情を押し殺したような面持ちのレリエルがいる。事前に彼女へ相談した上で承諾も得ているとはいえ、やはり抵抗感はある。
それでも、心に巡る諸々を払いのけ、リズは本題に入っていった。
「ご存じの方もおられるかもしれませんが、ラヴェリア王家には継承競争という制度がございます」
徐々にざわつきと緊張が増していく中、リズは自分と王家の間にあった――いや、今もある、制度と儀式的な繋がりについて話していった。
自身が儀式の贄であったことも。
決して、同情を求めたわけではない。むしろその逆で、向けられる同情の念が、逆にこれからの策への足かせになる懸念すらある。
妙な話だが、この場に集う権力者たちが冷淡でいてくれた方が、リズには幸いであった。
彼女が口にした諸々は、今まで他国に明かすことのできない事項ではあった。
ただ、こういった儀式や制度、あるいは慣習があることを察していた国は、いくつかあるらしい。この場で打ち明ける行為そのものに、面食らう様子もあるが。
無論、大いに驚かされる姿も多く見受けられる。しかし、静けさを保つ他の参席者の様子を目にしたのだろう。表面上の落ち着きを取り戻していくのに、さほどの時間は要しなかった。
ここにも、この会合の異常さが現れていた。
本来であれば、この継承競争の存在を明かすだけで、一席設ける意味がある。
そのような重大事項でさえ、今はただ、話題の一つでしかないのだ。
強いどよめきが静まり、打って変わって緊迫感ある静寂が場を満たした後、一人の中年女性が手を挙げた。
「この場で継承競争という制度の件を持ち出されたということは……もしもの場合、国を継ぐ礎となることを念頭に置いた上で、意識的に大きなリスクを取ろうというお考えなのですか?」
彼女が指す、もしもの場合というのは、敵に殺されかけた場合であろう。瀕死の状態でも、最期に親族にとどめを刺してもらうことで、継承競争を完遂させる。
そうした予防線を前提として、より果敢な手を打ちに行くのでは……という指摘だ。
この場で驚くべき事実を耳にしたばかりだというのに、この発言。リズは思わず感服した。
実際、前もってレリエルと相談した際、法務官の妹がすぐに指摘した件であり……
その有効性については、姉妹二人で否定的な結論を出していた。
「ご指摘の件ですが、そういったケースには2つの難点があります。殺されかけた場合の離脱、ないしは回収の困難と、儀式的な側面です」
まず1点目。離脱や回収の用意をした上でなお死にかけたというのなら、安全弁としての回収・離脱が機能しない恐れが大きい。
というのも、殺されかけてなお機能するような離脱・回収手段を用意するのなら、そもそも瀕死まで追い込まれない内にそうするべきという話だからだ。
ここで前提としているのは、あくまで、もしもの場合に備えてという話なのだから。
加えて、敵に瀕死にまで追い込まれておきながら、とどめは誰か親族の手で――こうした横着を、ラヴェリアの法制度が認めるとしても、儀式における魔法的契約が認めるかどうかという問題がある。
実際に必要なのは、政治的に定められた王ではなく、儀式によって真に認められた次のラヴェリア王なのだ。
ラヴェリア王家の過去について、他よりも理解があるリズとレリエルは、この横取り行為が通らないのではないかという、確証に近いものをもっていた。
仮に、継承の儀がうまくいったとしても、それはそれで問題が残る。
なぜならば、現状の話題は短期決戦の可能性についてだ。こちらから攻撃を仕掛けたのを前提に、ラヴェリア王族が一人死にかけ、回収した上で儀式を執り行う――
このタイムラグは、相手に立て直しの時間を与えてしまうだろう。奇襲への警戒態勢を強められては、せっかくの二の矢も浅い威力にしかならないかもしれない。
無論、次代のラヴェリア王として覚醒した力が、どれほどのものになるかという根本の問題もあるのだが……
「――といった次第ですから、最悪の事態への対策としては、悪あがき程度のものとお考えいただければと思います」
ここまでの解説に、権力者たちは納得したようだが……少しだけ間を置いて、逆に困惑と疑念の渦が広まっていく。
そうした反応が一番早かったのが、他でもないレリエルであった。
ラヴェリアの継承競争制度が、最悪のケースに対しては頼りない予防線にしかならないのだとしたら――
そもそも、なぜこの場で、継承競争について持ち出す必要が?
一応、ここまでの話で、全てのピースは提示されている。
短期決戦を仕掛けるならば早い内にすべきで、できることならば最初の一回で成果を出さねばならない。
個の力では、現状、大魔王ロドキエルに太刀打ちできるビジョンがない。
ただし、ラヴェリア王家には継承競争という制度がある。現行の競争における魔法契約においては、リズ一人を犠牲にすることで、兄弟の一人を次なるラヴェリア王に目覚めさせることができる。
そして――ラヴェリア王家の始祖その人が、仲間とともに、あの大魔王を討伐している。
聡明な妹が結論を出すのは、リズが思っていた以上に早かった。
「ま、まさか……」
これ以上の言葉が続かない、深刻な面持ちの妹に、一瞬だけ悲哀の色浮かぶ微笑を向けた後……
リズは自身が思い描く最終手段について、はっきりとした口調で言った。
「私の命を以って真なる次代のラヴェリア王を定め、大魔王ロドキエルへの奇襲の第一手に、今の世のラヴェリアを投入する――この提言が、今回お集まりいただきました真意です」




