第369話 既知の初見
『下から10段目、左から7個目のブロック、模様の中の黒点から地面に平行に《貫徹の矢》を撃てば、向こうの敵が死にます。これで後続を釣ります』
などと、心に刻まれた手引書は、実際に事に臨むリズにとっても――
(バカじゃないの?)
思わず顔を引きつらせるような代物であった。
だが、未来を知るために幾度となく死に続けてきたことを権力者たちに信じてもらうために、今回の企画がある。度肝を抜いて説得力を増すデモンストレーションとしては、申し分ないことだろう。
この企画を思いついてから、数十回のループにわたって攻略法を固めていたというのだから、それはそれでバカげているのだが。
しかし……再現性については、きちんと考えられたものであった。
石ブロックの中の所定の位置というのは、実際にわかりやすいものだ。角度は地面に対して並行と、これまたわかりやすい。
ここに至るまでのタイミングについても、相応の考慮があった。初手の転移においては、ラヴェリアにおける正午の後、現地に吹いた突風が合図。潜入後の動きでは、透視した視界の中での、敵兵の行き来を数える。
加えて、敵拠点内の転移についても十分な仕込みがあった。現在のリズにとっては初めての場所だが、過去の自分達にとってはそうではない。
そこで、後の自分が転移先として思い描けるよう、実物と見紛うほどに精緻な絵が《叡智の間》内に残されていた。精細な絵から転移に繋げるというのは、ルーリリラ発案とのことだ。
後から思い出す一助とするため、日記に絵を用いるという方策が活きたということもある。
もっとも、絵から得たイメージ一つでは、未踏地への転移はまだまだ困難だが……現在地と行き先の距離感を把握しておけば、行き先と繋ぐ大きな助けとなる。
そうした諸々の用意があって、今ここにいるというわけだ。
ここまで実際に計算通り来ることができている以上、この後も過去の自分たちを信じるだけである。
この挑戦を目にしている者たち同様、今の自分も初見でしかないのだが、リズは強い気持ちを持って《貫徹の矢》を放った。
普段であれば、体のどこかにあたって、後が有利になればよいという程度のシチュエーション。壁どころか、いくつもの部屋を隔てての射撃だ。多くを期待するものではない。
しかし、透視した向こうで敵が倒れ伏した。
これを見せつけるために、世界各国から要人たちを集めている。必須の過程ではあるのだが……このパターンを見つけるまでの行程を、リズは空恐ろしく思った。
とはいえ、過去の試行錯誤に思いを馳せ、圧倒されていられる状況でもない。これが引き金になって、さらなる動きが進展していくのだ。
ごくわずかな間に意識を仕切り直し、彼女は動き出した。会場で読んでもらっているのと同様の記述が、脳裏に浮かび上がる。
『ここで、倒れた敵に近づこうと、別の敵がやってきます。ですが、貫通弾一発で殺したおかげで、敵襲とまでは断定されていないものと思われる状況です』
敵からすれば、仲間が殺されたというよりは、仲間が突然倒れたといった方が近いのだろう。
『警戒態勢が強まるまでの隙を突きます。前方へ無音で走りながら、紙切れに《念動》と《閃光》を刻んで展開します』
(はいはい)
過去の自分達に言われた通り、事を進めていく。
実のところ、今のリズにとっては初めての戦闘であるが、それを言われた通りに進めるだけの力が、彼女にはあった。
禁呪、《雷精環》による思考加速を用いれば、示された攻略チャート通りに現実を合わせていく事など、そう難しいことではないのだ。
特に、今回のように、最初から敵地を掌中に置けている状況下ならば。
『前方から数え、4つ目の窓で紙を前に投げます。3つめの窓で自分は外へ。屋外から回り込みつつ、投げた紙が廊下の隅に着いたところで、《閃光》を起動します』
指示通りに紙を投げ、自身の体は屋外へ。特に言及はなかったが、見張りに見つかる様子はない。
そのまま壁際を走り抜けていき、紙が所定の位置に達したところで、《閃光》を起動。壁の向こうから光が若干漏れ出す。
『これで敵は身構えます。回り込んで最初の窓から、まずは貫通弾を普段通りの感覚で、敵の喉へ』
つまり、ここでは特に別段の注意を要しないというわけだ。
若干の安堵を覚えながらも、リズは窓越しに敵の姿を認めるや否や、すかさず横合いから貫通弾を決めた。
『続いて胸部、急所狙いで』
これはさすがに、現場にいる自分の動きの方が早い。半ば反射的に指があるべき配置へ導かれ、間を置かずの追撃。二人目の敵を即座に射抜き、絶命させた。
事前に解説書を読み込んだところ、残る敵は一人だ。しかし……
『今から所定の射撃ポイントへ向かいます』
手下が何一つ連絡できない内に殺され、しかも外の爆発音から大して時間が経っていない。
そんな中、持ち場を離れずに構えている指揮官相手にやることなど知れていた。
☆
結果、何一つ危なげなく、リズは拠点の一つを奪還した。まともな戦闘にもならず、一方的に敵集団の指揮官たちが殺されたのだ。
敵拠点を掌握すると、いつも通りの流れで事後の作業が進む。まずは外部から魔族の仲間たちを呼び寄せ、彼らとともに人間の敗残兵を鎮圧していく。
自分たちを抑圧していた魔族らが、いつの間にか殺されていたという事実は、残った兵たちを大人しくさせるのに十分すぎるものであった。
これを見ていた権力者たちにとっても、相当な衝撃があったことだろう。
ここまでの攻略風景だけでも、後の話での説得材料としては十分だろうが……
過去のリズたちは、実に念入りであった。捕虜となったヴィシオスの人間兵を前に、彼女はそれぞれへと視線を巡らせ、端にいる人物に目を止めた。
「グランストン・ウェイジー」
名を呼ばれた彼の顔が固まり、体がピクリと震える。
彼だけではない。リズはその場に並ぶそれぞれの兵の名を、端から順に読み上げていった。
単にこれだけであれば、事前に何らかの手段で情報を掴んでいたと考えることはできる。
実際、名を知られていた兵たちは、そのように考えたことだろう。
だが……今回のデモンストレーションを目にしていた者にとっては、また違った感じ方があるだろう。
果たして、どのような受け止められ方をしていることか。
これから打ち明ける、事の真相を、どのように受け止められることか。
初見の戦闘を、経験者らしく振る舞って攻略する――過去の自分達から投げつけられた無茶振りも、結局は本題のための前段でしかない。
一仕事を成し遂げたばかりリズだが、さっそく次なる難題に心騒がせる。
そこへ、横からフィルブレイスの声。
「まずは、お疲れ様」
「ありがとうございます」
「とはいえ、これからが本戦といったところかな」
情報戦における必要性から、色々と隠し事の多いリズだが、限られた仲間には今回の構想の全てを打ち明けている。
フィルブレイスは、そんな数少ない仲間の一人であった。事情を知る彼に、リズは力なく微笑んでみせた。
とりあえず、過去の自分たちが蒔いた種に、今は芽が吹いたところだ。
この先、どのような花が咲くか、実を結ぶまで育つか。
(ま、やれるだけやるわ)
後事を託して散っていった、数多の自分たちを思い浮かべ、リズは強気な笑みを浮かべた。




