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第367話 秘めたる想い

 とりあえず話が通ってホッと一息つくリズに、アスタレーナが問いかけた。


「用件は以上?」


「あ~、まだ少しあって。姉さんへの相談ってわけでもないんだけど」


 残った用件というのは、他の兄弟との面会であった。


「姉さんとはそれなりに会う機会があるけど、他の皆はそうでもないから。姉さんに聞いてみるのが、一番早いかなって」


「まぁ……そうね。居場所はわかるし」


 内政畑の王族も、今となっては世界各国へ駆り出されて活動するような毎日である。

 しかし、リズの見立て通り、アスタレーナは兄弟の動向を完璧に把握している。職務上の必要と、心情的な理由の両面から。


「それで、誰に会いたいの?」


「ネファーレアと、レリエル」


 妹二人の名を耳に、アスタレーナの顔がピクリと動いた。

 いずれも高位の文官だが、ラヴェリア王族の常といったところか相応の戦闘力を有しており、今となっては国外へ増援に向かうことも。

 さっそく懐から手帳を取り出し、確認していくアスタレーナ。


「レリエルは大丈夫。前線に回ることもしばしばだけど、暇は作れるでしょう」


「そう、良かった」


「あなたとも話したい様子だったし、あの子にとってもちょうどいい機会ね」


「私と?」


 姉の口ぶりから、何か問題があって「話がある」というわけではなさそうだが……あまり身に覚えのないところではある。腑に落ちないものを覚えるリズに、アスタレーナは困ったような微笑を浮かべた。


「あの子は召喚術で戦えるけど、あなたは自分の身一つで戦ってるでしょ? 心配もあるけど、尊敬しているって」


「そう……ちょっと照れるわね」


「ふふ」


 思えば、ラヴェリア大聖廟で出会った時も、相応の敬意を向けられていた。法務官らしく自制の効いた人物という風評はリズも知るところだが、そんな妹に陰ながら慕われているというのは、悪い気はしない。

――そんな心底をお察しのようで、なにやら暖かな目を向けてくるアスタレーナを前に、リズは話の続きを求めた。


「ネファーレアは?」


「今はルブルスクだけど……戦没者の供養や、各種儀式で」


「ああ、そうなの……」


 さすがに、そういったところに押しかけてまで、自分の用件を果たそうというのは、かなり(はばか)られるものがある。

 こうした反応を示すこと自体、腹に抱えた用件が何であるかの表れでもあるが。


「あの子への用件は?」


死霊術(ネクロマンシー)について、聞きたいことがあったんだけど……今は難しそうね」


 いがみ合っていた妹への気遣いを見せるリズに、アスタレーナもまた、気遣わしそうな優しい微笑を浮かべ……

「ちょっといい?」と尋ねてきた。それから、だいぶためらいがちになり、彼女が口を開く。


「それって急ぎの話?」


「早めに確認しておきたくはあるんだけど」


「だったら、クラウディア妃殿下にお会いすれば? 今日は後宮にいらっしゃるはずだから」


 この提言に、リズの顔が渋くなる。


「……やっぱり、苦手?」


「そりゃ、まぁ……」


 実のところ、苦手意識のベクトルは変わっていた。

 かつては、憎悪を向けられるような間柄だったのだが……世の中がこのようになってから再会した時は180度反転し、こちらの存在を尊重するようになっていた。

 むしろ、あの王妃の中では、彼女自身が下でリズが上という認識が定まったようにも。


(たぶん、陛下から色々と聞かされたんでしょうけど……)


 自分の中にある、あの王妃との過去と現状のギャップには、やはり戸惑いを覚えてしまうところ。苦手意識というのはそういうことであった。


「良ければ、私も立ち会いましょうか?」


 悩み、結論を出せないでいるリズに姉からの提言。


「……むしろ、それを意図して提案してない?」


「結果としてそうなったってだけよ」


 この姉も姉で、やり手の策士ではあるのだが……こういうところで嘘をつくような人物ではない。同席の提案も、おそらくはリズと王妃両者のことを(おもんぱか)ってのことであろう。

 とはいえ、さすがに彼女を同席させるわけにもいかず、リズは腹を(くく)った。


「案内してもらえる?」


「ええ、わかったわ。付き添いね」


「あ・ん・な・い」


「ふふ」


 ここぞとばかりに、それとなくイジってくる。どこか楽しそうな姉だが……

 リズとしても、そう悪い気はしなかった。



 実際、案内というよりは、付き添いの方が適切な表現だったかもしれない。あの王妃の居室を前にすると、リズでも思わず身構えてしまうものがあった。


「妃殿下には、ご来訪の旨をお伝えしてあります」


「ありがとう」


「では、ごゆるりと……」


 後宮の世話役である、しっとりした印象の女性役人が静かに立ち去っていく。その背が見えなくなるまで、二人で見送り……

「ここで待ってましょうか?」とアスタレーナが問いかけた。

 廊下に王族、それも姉を待たせておくのは、相当な無礼に当たるだろう。だが、当人はまるで気にしていないようだ。


 目の前には、頼めば快く引き受けてくれるであろう姉。

 背にした扉の奥には、かつて自分と母への憎しみを(たぎ)らせていた王妃――

 ふと、リズの心の中に、ちょっとした甘えが生じた。結局、たまにはいいかと思い、彼女は姉に甘えてみることに。


「待っててくれると、助かるわ。そんなに長くならないと思う」


「私としては、どれだけ長くなるか楽しみだけど」


「……まったく。人の気も知らないで」


「大丈夫よ。感想聞かせてね」


 世界を股にかけた暴れぶりでは、この姉を驚かせることもしばしばだが、こういうところでは(かな)わない。落ち着いた抱擁感から離れることに、少なからず心細さを覚えるリズだが……

 振り向いてドアノブに手をかけると、その手にこもる力の意外な強さを自覚した。

 心の奥底では、あの王妃と向き合ってみたいという気持ちがあったのかもしれない。


 というより、そういうことにした。


 前向きな気持ちを意識して胸に(いだ)き、部屋の中へと足を踏み入れていく。

 すると、部屋の奥から少し足早に、淑女が近づいてくるところであった。


「ようこそ、お越しくださいました」


「ど、どうも・・・」


 思っていたよりも柔らかな印象を与えてくる王妃の雰囲気に呑まれ、リズは彼女の案内に促されるまま部屋の奥へ。

 そこにあったのは、茶の用意である。


「これは、ご自分で?」


 思わず真顔で尋ねるリズに、王妃はうなずいた。


「陛下へのもてなしとして、こういった(たしな)みも……ただ、私が入れる茶など、喉を通らないでしょうか?」


 実際、かつてはそういった間柄であった。

 ただ、今のこの不安そうな気づかわしさは演技で、遺恨と宿願を毒に込めて……などといったわけではなさそうだ。あの姉とは違った形で、こちらをもてなそうという空気を感じられる。

 人を見る自分の目を、リズは信じることにした。


「実を申しますと、アスタレーナ殿下と茶を同席したばかりでして」


「それは……気が回らず」


「いえ。味を比べてみるのも良いかと思ったところです」


 すると、不安と申し訳なさ(にじ)む王妃の顔に、明るみが差していく。

 リズからすれば倍近い年齢の女性だが、そうとは感じさせない若々しさや瑞々しさのある美女であった。

 この美貌と、表情に浮かぶ思慕の念は、きっとあの父王だけのものだったのだろう。

 では、今の自分に向けられているこの感情は、果たして自分一個人に向けられたものか。

 それとも、あの父王の子として向けられたものか。


 おそらく両方だと、リズは直感した。

 あの父王の子だというのは、自分にとって切り離せることではないのだから。


 しかし、穏やかな気持ちを胸にクラウディア妃と相対したリズだが……ひとたび同席し、言葉もなく茶をすすっていると、場の空気がにわかに緊張感を帯びていく。

 結局のところ、それなりの用件があってここに来ているのだ。

 それがわからない王妃でもなく、彼女はさっそくそれを尋ねてきた。


「それで……ご用件というのは?」


「実は――」



 王妃との会談を終え、少なからぬ不安と罪悪感を胸に、リズはドアを開けた。

 果たして、そこにはアスタレーナが待っていた。

 もっとも、来たばかりの時とは違って、イスに腰掛けているのだが。これまで手帳片手に、色々と考え事をしていた様子だ。

 窓からは茜色の陽光が差し込んでいる。思っていた以上に時間がかかってしまったことを申し訳なく思うリズだが……


「終わった?」


 尋ねてくる姉は、何ら気にした様子がない。


「……姉さん、大丈夫だったの?」


「あなたが『話がある』っていうものだから、ある程度は時間を取れるように調整しておいたの」


 まったくもって用意のいい姉である。


「もっとも、思っていたのとは少し違っていたけど」


 それから彼女は、柔らかな笑みを浮かべながら尋ねた。


「あなたにとっても、そうだったんじゃない?」


「……そうね」


 話がここまで長引くなどとは、思ってもみなかった。すぐに終わるものでもないという予感はあったのだが……実のところ、本題以外で話し込んでいたのだ。

 そういった諸々について、興味を持たれないはずがないのだが、アスタレーナは何も聞いてこない。彼女はただ、「行きましょうか」と微笑んだ。

 彼女は立ち上がり、振り向いてイスに手を――伸ばそうとしたが、途中で止めた。そこへリズが、スッと手を伸ばす。


「私が持ってくわ。さすがに、”王女様”に持たせるわけにもいかないでしょ?」


 この後宮であれば、リズが実際にどういった人物であるか、概ね知れたことではある。しかしながら、正式な身分を踏まえると、付き人(・・・)が手ぶらで王女がイスを持つというのは、いささか問題がある。

 アスタレーナも、すぐにそういったことは考慮したのだろう。困ったような笑みを浮かべ、彼女は言った。


「悪いけど、お願いするわ」


「喜んで」


 さっそくリズがイスを手にし、二人でその場を離れていく。

 座っていたイスは、後宮の衛視に声をかけられた時、事務室から調達してもらったのだという。まずはそちらへ寄って返却する流れに。


 広義では王城内に含まれるこの後宮だが、今の王城そのものとは違って、なんとも静かなものであった。現世から隔絶された感すらある。

 二人の間に会話もほとんどなく、静寂の中で歩を進めていく。

 決して穏やかなだけの時間ではなかった。あの王妃との会話で、リズも心揺さぶられるものは少なくなかった。ただ……


「……どうかしたの?」


「何でもないわ」


 話せて良かったというのが、素直な気持ちであった。この機会を提案してくれた姉には、感謝しかない。

 それゆえに、今も心に秘めている策については、実に心苦しいものがあるのだが……

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