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第356話 VS最高幹部ヴィクトリクス③

 まったくもって大した敵だ――リズに対してヴィトリクスは、そのような素直な感想を(いだ)いた。


 彼の一族に伝わる、一子相伝の秘奥。相手の思考を読む禁呪、顕心(アニマスペクト)を、こうも早く的確に看破してくるとは。

 彼がこの禁呪を体得していることを知るのは、魔界と顕界の二世界において、大魔王ロドキエルとリズの二人だけだ。

 魔界の勢力争いの中、もしかすると気づきかけた者もいたかもしれないが、それらは全て土の中。いずれも劣らぬ強者揃いではあったのだが……

 今回の敵は、主君を除けば過去最高の敵かもしれない。


 目の前の脅威に底知れぬものを感じ取り、ヴィクトリクスは手に汗を握った。


(さすがに、陛下には(かな)わないだろうが……いや)


 彼は騒乱を避ける弱小部族の中に生まれ、戦乱に次ぐ戦乱で身を立て、ついには大魔王の参謀にまで上り詰めた。その経歴が、彼に油断を許さなかった。

 直接的な戦闘力で言えば、この娘とてあの大魔王には勝てるはずもない。

 しかし、その差を埋め合わせかねないだけの何かが、きっとある。

 心を読んで応手を打つだけの自分にはない、状況を切り拓いていく危険な才知が。

 まだ隠し球がある可能性は否めない。取り逃がしてしまう懸念も大いにある。


(あちらも転移を使えるとのこと……と、「僕が読んでいること」まで『読んでいる』んだったか)


 突如訪れた膠着(こうちゃく)状態の中、思わず顔に、困り気味な笑みが浮かびかける。

 取り逃がす可能性は考慮するとしても、二度と立ち直れない程度の深手を負わせなければ。

 使命を新たにする一方、危惧すべき難敵の確認と始末に繰り出し、実際に現物と交戦したことで、彼の中には相手への確かな敬意が芽生えていた。つい、自然と口が開く。


「君、名前は?」


「そっちから名乗れば?」


 冷たい返事に、彼は少し迷った。

 転移を使えるということは、何かしらの魔族との(つな)がりも懸念されるところ。そうした連中にヴィクトリクスの名が伝わったとして、何か情報を抜かれるかどうか――

 結局、想定されるリスクは薄いと考えた彼は、敬意に値する敵の名ぐらいは知っておきたいという要求に従うことにした。


(皆も知りたがるだろうし)


 ごくわずか、相手に伝わらない程度の含み笑いが口から(こぼ)れる。それから、彼は少し改まって告げた。


「我が名はヴィクトリクス。君は?」


 この名乗りに対し、リズは少し間を開けてから「エリザベータよ」と答えた。


「とはいっても……私がうっすら考えただけで、ファミリーネームまで抜けるんでしょ?」


「……よほど、専用の修養を積んだ相手でもなければ」


「そう。驚いた?」


 あのラヴェリアの子孫を自称(・・)する娘を前に、ヴィクトリクスは少なからず驚かされはしたが――

 これが虚妄や虚偽でないと、ごく自然に受け入れることができた。


 彼自身は、あの大英雄と直接やり合ったことはない。主君によれば、かの英雄は戦闘力もさることながら、機知に富む傑物だった、そのように聞かされているだけだ。

 そんな、歴史の中にしかいない大人物の末裔(まつえい)が、今こうして目の前にいる。

 不思議と神妙な気持ちになったヴィクトリクスは、自分の力を試したいという本能的な衝動を感じた。


「悪いが、ここで始末させてもらう」


 意気を新たに彼は宣言した。


 すると、視界に広がる虚空を埋めんばかりに、別の光景が流れ込んでくる。女性だらけの着替え場面だ。


「ッ! しつこいな、この……!」


 心を読めるはずの自分が、精神的には手玉に取られている。

 遅れを取ってしまっている不甲斐なさに加え、脳裏へ勝手にねじ込まれる桃源郷。二重の恥ずかしさが平常心を削ってくる中、四方八方から弾が襲い掛かる。


 だが、リズにとっては皮肉なことに、苛烈にして重厚感あふれる弾幕の脅威が、ヴィクトリクスを一気に冷静にさせた。

 全方位から殺到し、締め上げるかのような弾幕の包囲網。実際には弾の配置に濃淡があるが――

 反射的な退避行動を(とが)めるかの如く、手薄な方に伏兵(・・)が配されていることを、ヴィクトリクスは()ていた。


(本当に、恐れ入る……)


 《追操撃(トレイサー)》という魔法は、魔族の間でも広く使われる攻撃方法だ。

 しかし、意のままに操ることのできる弾も、自分自身が動きながらとなると難しい。自身の移動とともに目にする光景が刻一刻と動き、弾の動きを補正する必要があるからだ。

 そのため、慣れていない、あるいは適性のない者は、歩を止めての撃ち合いか仲間の補助に用いることが多い。

 これを二流とするならば、一流は自分自身も動きつつ、自分との連携を狙う技量を持つ者。

 さらに上となると、一流までが平面的な動きに終始しがちになるところ、自身の上下移動も含めて立体的な戦術を可能にする者。


 しかし、リズはさらに次元が違う。

 空間全体を活かすような3次元での構成は当然のこととして、弾同士の緩急を操り、時間差の概念を取り込んだコンビネーションで巧みに攻め立ててくる。

 これほどまでに巧みな弾幕は、ヴィクトリクスも初めて目にする。

 彼にとって、今までに出会った強者のほとんどは、(あふ)れんばかりの魔力を元に、技よりも力強さに重きを置いていた。


 かつての強敵たちとは一線を画する、この弾幕のコントロールを可能にしているのは、思考速度を加速させる何らかの魔法によるものであろうと、彼は推測した。迫りくる弾の嵐に対処しながらのことではあったが、それを見抜くのは容易ではあった。

 というのも、彼の脳裏に送り込まれた卑猥な光景が消えるや否や、圧縮された言語らしきノイズが、単一の人物から絶え間なく流れ込んでくるのだ。

 これは、相手が常人の数倍の速さで物事を考えているがゆえであろう。

 いくら心を読めるといっても、彼自身の思考がこの速度に追いつけるわけではない。

 だが、彼にとっては、勝つために考え事の速度で追いつく必要などどこにもない。


 どこに気を付けるべきかは、相手が勝手に思い描いてくれる。間断なく放たれる弾は、その行く先へと向かう未来の軌跡が描かれている。

 禁呪、《顕心》の力で攻め筋が視覚化されているのなら、これに対処するのは、わけのないことだ。


(もっとも、決して油断できない相手ではある。けど……!)


 手を変え品を変え、幾度となく襲い掛かる死線をかいくぐり、彼は攻勢に出る意を決した。

 これ以上、あえて攻撃を続けさせたとしても、有益な情報は引き出せないだろうと判断しての事だ。明らかに戦闘巧者らしき相手に対し、もう少し粘って奥の手を引き出したくはあったのだが……向こうにそのつもりがないのは知れている。

 これが潮時と、彼は瞬時にして魔法陣を書きあげた。


 次の瞬間、それまで高速で飛び回っていたリズの体が硬直し、彼女は飛びのくように急旋回した。

 彼女が進むはずだった道の先に、ほぼ透明な、ごく薄い魔力の刃が突如現れたのだ。すんでのところで獲物を逃した虚無の刃は、すぐに痕跡もなく消えていく。


(今のを避けるのか……)


 心を読めるヴィクトリクスの力を以ってしても、心に現れない本能の閃きまでは捉えきれない。

 とはいえ、そうやって難を(しの)いできた敵は数少ない。彼は改めて、リズへの感服の念を抱いた。


 先ほど放った魔法は、《裂空斬(ディスペース)》。任意座標を切り裂いて顕在化した次元の刃で、相手をも切り裂く魔法である。

 空間を操る転移系に属する魔法であり、この虚空への連れ込み含め、彼の得意魔法でもある。

 思考を読む禁呪に加え、仲間内で随一の転移使いとして、彼は幾度となく主君の敵を闇に葬ってきた。


 一度避けられはしたものの、これで自負心が揺るぐことはない。むしろ心の中には沸き立つものを彼は感じ取った。

 相変わらず容赦のない弾幕が、圧倒的な攻囲をかけてくる中、迫る連撃をいなしつつ、再びの《裂空斬》。


 次の瞬間、悲痛な声がヴィクトリクスの内に響いた。

 誘導弾の制御と直感的回避の両立は困難らしい。脳裏に伝わる思念から、彼はリズの大腿を割いたという認識を得た。


(さすがに、痛覚までは偽装できないだろう)


 彼にとっても恐るべき知者であるリズだが、その限界はある。

 ありもしない痛みを彼にまで信じ込ませること、身を襲う痛みを完全に無視すること、そんなことまでできる化け物ではないのだ。


 初撃が思いがけない痛打になったリズへ、ヴィクトリクスはあくまで油断なく、攻撃の手を緩めない。

 しかし……おそらくは思考加速によるものだろう。現れた虚無の刃を感得するなり、ごくわずかな間の猶予に身を動かし、リズはどうにか急所だけは避け続けていく。

 それでも、身に負い続ける傷は重なり続け――

 その命運は如何ともし難いものがあった。


 ついには動かなくなった相手を目に、ヴィクトリクスは神妙な面持ちで静かに構えた。

 こちらに伝わってくる感情に、負のものは驚くほどない。この結末を素直に受け入れる、静かな諦めがあった。


 任された使命には忠実なヴィクトリクスだが、敵をいたぶる趣味は持ち合わせていない。

 かといって、このまま置き去りにするのも忍びない。

 彼は、リズが抵抗できないでいることだけを確認すると、二人まとめて転移の対象とした。

 暗い灰色広がる虚無の空間が歪み、少し遅れて視界にかすかな色彩が現れ、揺れ動く歪みが次第に落ち着いていく。

 目にするものの目まぐるしい変化の後、二人は虚空から顕界への跳躍を終えた。


 官庁舎が集まる区画の中、街路に横たわる一人の麗しき勇者。彼女の前まで近づいて、ヴィクトリクスは片膝をついた。

 果敢にも彼に向けて指を構えるリズだが……何かをするだけの力がないことは、お互いに了承済みである。

 静寂に荒い息遣いだけが響く中、先にリズが口を動かした。


「何? さっさと始末すれば?」


「いや、これほどの相手とは思わなかった。君が生きている内に、陛下の御前へお連れしようと思う」


「……いい趣味していらっしゃるわ。見世物ってわけ?」


「僕らは、強者には敬意を払う」


 堂々と言い切ったヴィクトリクスを前に、リズはただただ荒い呼吸を繰り返す。


「そして、弱者には目もかけない。それが君たち人間には相容れない、それだけのことだと思う」


「そう……お眼鏡に適って、嬉しいわ。単に……私が、ラヴェリアの血族ってだけで、引見されるものと思ったけど」


「それもある」


 それから少し間を置き、ヴィクトリクスは真剣な眼差しを向けて言った。


「墓は君が選べ。この国の霊廟だろうが、ラヴェリアへ返還しようが……君の意向に沿うように尽力する」


「あっそ……勝手に読めば?」


 リズが冷ややかに言葉を返すと、ヴィクトリクスの顔に困ったような微笑みが浮かんだ。


「これから死ぬ奴の中は、覗かないようにしている」


「……意外と繊細でいらっしゃるのね。それともお情け?」


 減らない口からの皮肉に、「単なるこだわりだ」と、鼻で笑って返すヴィクトリクス。

 それから少しの間、静かな時が流れ――


 事態が急変した。


 空間が突如としてねじ曲がり、虚空から現れる数人の人影。

 読めていなかった(・・・・・・・・)奇襲に対し、ヴィクトリクスは――反射的に後退し、距離を取った。

 思考を読める彼ではあるが、生来の慎重さが双方にとって穏当な結果をもたらした。乱入者たちは突如として現れ、かと思えばすぐに消えていた。

――地に伏したリズの身柄を連れて。

 異変が生じ、わずか2,3秒あったかという程度での出来事である。


(離脱の準備はあったのか……しかし、協力者の備えがあるような素振りは……)


 夜道に独り(たたず)むヴィクトリクスだが、もはや考えても詮無き事であった。

 取り残された彼は、夜道に広がる赤いものに目を向けた。


 この出血では助かるまい。最期の時を仲間たちが取り戻したことで、心を読む力について共有されるのは間違いないだろうが……

 別に、それはそれで良い。こうした潜入を避け、人類全体がもっと慎重に動いてくれるようになれば、こちらとしては御の字である。

 しかし……取り逃がしたのは事実だ。


(皆に何を言われるか)


 大見得きって出ておいて、この結末。

 まず間違いなく笑われるものと、彼は肩をすくめ、王城へと歩を向けた。

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