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第355話 VS最高幹部ヴィクトリクス②

 虚空という戦場に引きずり込まれたリズは、飛び交う魔弾に対処しつつ、自分からも魔弾を連射して対抗した。

 一気に距離を詰めるような動きはしてこない。まずは小手調べといったところか、相手は牽制程度の構えだ。

 もっとも、逃げ場を潰すような絶妙なタイミングとコース取りの《追操撃(トレイサー)》の中、突如として高速弾が襲い掛かってくるのだが。


 間合いのおかげもあって、これらを難なく(しの)ぎながら、リズは次の手を打ち始めた。虚空に空けたさらなる虚空への穴から、いくつもの魔導書を取り出していく。

 同じく取り出したホルダーを、《念動(テレキネ)》で操って腰のベルトへ。ナイトドレスには不釣り合いな戦闘モードである。


 そうして戦闘態勢を整える中、彼女はこの戦いについて思考を巡らせていった。

 敵がこのような異空間に連れ込んできたことについては、いくつか目論見あってのことだろう。

 まず、単に逃げ場を封殺するため。ここで確実に殺しておきたいという、相手の考えが透けて見える。

 また――ある種の希望的観測のようではあるが、自分の手に負えない敵だと向こうが考えたのなら、この空間から離脱して置き去りにするという手もありえるだろう。


(一応、こっちは転移を使えるんだけど……)


 この空間へ連れられてなお、冷静さを保って戦い続けられる事実それ自体、転移の心得や準備があると見抜かれてもおかしくはない状況ではある。

 そう思えば、相手にとっては思わぬ収穫といったところかもしれない。


 加えて、この足場のない空間でも思い通りに動く技術を体得していることもまた、こうした空間に覚えがあることを自白するも同然であり……

 リズとしては、偶発的な形で様々な情報を抜かれた格好だ。少なくとも彼女は、現況についてそのように分析した。

 無論、敵をここで仕留めることができれば、何も問題はないのだが……


(難しいわね……)


 戦って勝つにしても逃げるにしても、困難な道のように思えてならない。この虚空の中での戦闘において、相手に一日の長がある可能性はほぼ確実視されるところ。

 それを抜きにしても、敵は抜け目のない戦闘巧者のように思われる。

 真に警戒すべきは、こちらを大きく上回るであろう、転移への熟達ぶり。まだ見せていない手があることは疑いなく……この空間からの離脱一つをとっても、相手の方が迅速確実であろう。

 となると、答えは……


(まだ来ない内に、こっちから畳みかけるしか……)


 今のところ、相手が大胆さを見せたのは、この異空間への連れ込みだけ。概して慎重な戦い運びを続ける相手に、こちらから打って出るのが活路か。


 腹を(くく)った彼女は一気に攻勢に出た。虚空を高速で飛び回りながら、自身の周囲を旋回する魔導書から誘導弾を連射。四方八方に飛ぶ魔弾が、敵を包囲するような動きを見せる。

 単なるカ押しではない。経験とセンス、計算と勘、そして精密玄妙なコントロールと魔力による――必殺のカ押しである。


 生半可な相手であれば、押し寄せる飽和火力を防ぎきれずに即死。それなりの実力者でも、全弾の対処にまでは至らないだろう。いくらか有効打にはなるはず。

 しかし……地面が存在せず、遠近感を希薄にさせる空間だからこそ、通常よりも効果を増すこの飽和攻撃。環境を活かした攻撃を仕掛けるリズの内側で、なんとも言えない危惧が大きくなっていくのを、彼女は自覚していた。


(自分でこんなところへ連れ込んだんだから、この程度は……)


 どのようにして切り抜けるか定かではないが、切り抜けられるのではないかという漠然とした予想があった。

 そして、うっすらとした嫌な予感が、目の前で現実の光景として形を帯びていく。


 戦闘が始まって最初に訪れた山場を前に、敵は攻撃を手仕舞いして対応の構えを見せた。取り囲んでくる誘導弾の群れに対し、敵はリズから一時も視線を外すことなく――

 鮮やかな手並みで、弾幕の嵐を切り抜けていく。

 迫りくる弾幕の中、あえて薄い方へ自ら近寄ったかと思えば、手早く《防盾(シールド)》で薄いところを相殺、道をこじ開ける。

 別方向から挟み込もうとする弾は最小限の動きで避け、弾同士を勝手に相殺させ、さらに別方位に群がる弾には《火球(ファイアボール)》の先置き。

 いや、単に置いておくだけではない。放った火球に追撃の魔弾を送り込み、起爆。「今しかない」という絶好のタイミングで爆炎が広がり、いくつもの誘導弾が巻き込まれて蹴散らされていく。

 思わず感嘆しそうになる立ち回りを前に、それでもリズは攻撃を続行。自身と魔導書から波状攻撃を繰り出していく。が、一向に当たる気配がない。


 不可解なのは、そこに来るのがわかっているかの如き、相手の無駄のない動き。

 それに、死角など存在しないかのように、迫りくる弾をあまりにも的確に処理していくその様は、熟練といった言葉では片づけられない違和感を、リズの胸中に植え付けた。

 誘導弾に紛れ込ませ、視認しづらい《貫徹の矢(ペネトレイター)》を織り込んでも、誘導弾で緩急をつけても、フェイントを仕掛けてやっても……結果に結びつくことはない。


 彼女が政勢を仕掛けて以来、相手は反撃せずに攻撃への対処に専念している。だが……攻撃に手が回らないというよりは、あえて、攻撃してこないだけではないか。

 技巧と魔力で押し潰そうという猛攻の中、実に余裕のある立ち回りを目にして、リズはそのように考えた。


(それにしたって……あり得ないでしょ)


 ここまで攻撃にかかりきりになって、それでも成果が全く挙がらないというのは、リズにとって初めてのことである。

 必然、彼女の思考は、相手の実力の源泉にあるものへの推定に移った。


(私みたいな、思考加速……じゃない)


 最初に浮かび上がった仮定を、彼女はすぐさま棄却した。

 迫りくる弾の嵐に対し、いくら防御側が思考加速で構えようとも、その全てに最適解を出せるというわけはない。

 それに、撃たせておいてからの対応となると、どうしても攻め手より時間の猶予がなくなってしまう。

 端的に言えば、相手の思考の方が速くなければ成り立たない仮定だ。


 仮に、思考速度で切り抜けているのだとしても、いくらか運に任せる場面も出るだろうが……

 それにしても、全てのフェイントや奇襲を見抜かれているのは、確率的にあり得ないことと言って良いように思われた。

 さらに言えば、いくら思考加速をしていても、外界からの情報あってこそである。一番頼れるのは、やはり視覚情報。いくら鋭敏な感覚を持っていようと、死角から迫る魔力を正確に把握するのは難しい。

 しかし、相手は全方位からの攻撃に対し、等しく視線を巡らしているかのように対処してくる。となると――


(もしかして、心の中を読まれてる?)


 そのような魔法に心当たりはないリズだが、禁書の(たぐい)には載っているかもしれない。

 たとえ人類側の知識体系には存在しないとしても、魔族も同様に使えないとは限らないのでは……?

 今まで考慮の外にあった、相手の思考を読むという能力も、この状況では腑に落ちる仮説だとリズは感じた。


 他に思い付いた仮説は、「相手は未来予知できるのでは」というものだが、推定がここまで来ると、もはやどうしようもない。

 そこで、相手が思考を読んでくるということを仮定し、その対応に的を絞ることで意を決したリズだが……

 問題は、その検証方法と打開策だ。攻勢を継続してもなお、向こうは何一つ答えを漏らそうとしない。

 しかし……こうして異空間における戦いに応じていること自体、思考を読める証左ではないかと、彼女は考えた。


(こっちも自力で転移できるって”確信”を得たからこそ、置き去りにしないで対処しているんでしょ……?)


 ここから逃げ出し得る相手であれば、まずは好きに攻撃させた上で手の内を探ろうという考えも出るだろう。

 逃げ出されたなら、再戦する可能性もあるのだから。


(それに……妙に、考えの先回りをされてる気もする。というか、考えた後、行動に移す前に適切な応手が……)


 そこでリズは、相手が本当に思考を読んでくるのか試すため、一計を案じようとした。が、しかし。


(テスト内容を考えるってのもね。どうせ読まれちゃってるし)


 こちらの心を読めているかどうか、判断基準を考えて用意したところで、出題前に読まれているとあっては――ということだ。

 となると、あまり手の込んだテストよりかは、もっとシンプルなもの。単純に相手の反応、それも反射的な、思考に拠らないものを引き出すだけのものの方が良いだろう。

 つまり、その場の思いつきを、相手が身構えるよりも先にぶつけるような。



 方向性を定めたリズは気を取り直し、これまで良いように防がれてきた弾幕を再展開した。あくまで、相手の思考リソースを、まずはこちらに傾けさせるためだ。

 リズとお供の魔導書から放たれる誘導弾の群れが、敵の全方位から襲い掛かる。

 無論、これを黙って受ける相手ではないのだが――


 魔弾の群れを操りながらも、リズは日常のある一幕を思い浮かべた。

 一言で言えば風呂場。

 それも、つい最近の。

 さらに言えば、娼館の、広い浴場で、見目麗しい娘たちと――


 途端、敵の滑らかで淀みなかった動きに、初めてギョッとしたような硬直が訪れた。

 すかさずその隙を突こうと貫通弾を向かわせるも、立ち直りは早い。誘導弾の群れもろともあしらわれていく。

 そこで再び脳裏に思い浮かべるは、また別の、肌色が多い光景。

 またしても硬直しかけたように見える敵だが、今度は心構えができているのか、ぎこちなさはさほどでもない。

 ならばとダメ押しに、リズは攻勢をかけつつ策を練った。


(よく考えれば、あの歓楽街に魔族なんていないし、魔族が人間を買ってる(・・・・)って話も聞かないのよね)


 となると……魔族の仲間に一人、仲がいい女性がいる。色白の彼女と、お互いに開放的な姿で水浴びをした時の光景を、脳裏にありありと思い浮かべ――


 目の前の現実で、ついに敵が誘導弾の直撃を受けた。

 明らかに調子を崩したらしい彼は、さらに迫りくる弾を魔弾の連射で撃ち抜き、これまでよりは迅速ながら、力づくで退路を開いた。


 これで、おそらくは確定であろう。モノのついでとばかりに、リズの減らず口が勝手に一仕事した。


「スケベ」


 戦場に似つかわしくない言葉が虚空に響き渡り、後には何とも言えない微妙な静寂が場を満たす。

 こうなっては隠す意味もないと悟ったようだ。無感情に見えた敵は――恥じらいと苛立ち(にじ)む複雑な顔で、ようやく口を利いてきた。


「そ、それはそちらの方だろう!? まったく、勝手にその……申し訳ないと思わないのか!?」


「ブッ!」


 自分よりも、よほどモラリストかもしれない敵――それも、大魔王配下の魔族――からの指摘に、リズは思わず噴き出した。

 彼女自身、妙にテンションが上がっている自覚はある。心を読んでくる者を相手に、戦闘の中でその確証を得ることができたのだから。

 ほとんど自爆、それも友人たちを勝手に巻き込んでの所業だが……こうでもしなければ、ここまでうまく事は運ばなかっただろう。


(これで効かない相手だったらどうしようって思ってたけど……イヤハヤ)


 こうして余計なことを考えるのも、彼に対しては追撃となるだろうか。

 だからといって、思考を読むのを止められるはずもあるまい。戦闘中は思考加速前提になっているリズ同様、彼も相手の思考を読めること前提で、自身の戦技やスタイルを培い、磨き上げてきたはずなのだから。


 実際その通りらしく、彼は答え合わせを始めた。


「君が考えている通り、余計(・・)な思考までこちらに流れ込んでくる。だからといって、やめるつもりはない」


「あらそう。もっと覗きたいってわけ?」


「そう何度も効くものでもないさ。それに……こちらからまだ、本気で仕掛けていない。どちらに優位があるか、君なら言われるまでもないだろう?」


 読みの鋭さを買ってか、向こうからの称賛にはあまり含むところなく、正直な言葉のように聞こえる。リズは口では答えず、ただ唇の端を吊り上げた。

 心を読めるという、恐るべき能力を持った魔族が敵にいる。これは極めて重要な手土産になることだろう。

 だが、しかし。彼を倒し、あるいは出し抜き、どうにか生還する。


――そのための筋道が、リズには見えてこなかった。

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