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第35話 初会談

 薄暗い講堂に響く少女の言葉に、その場の多くは思わず息を呑んだ。

 講堂中核の魔法陣から浮かび上がる深い青色の球体は、遠地で微笑むリズの姿を、群青色の濃淡のみで映し出している。リズの他に映るのは、雲のない晴天ばかりだ。


 ここはラヴェリア聖王国の政治的中枢である、枢密院会議の講堂だ。

 半円に近い扇形の講堂の中は、議席が同心円状の3層構造になっている。

 まず、一番内側の層でひと固まり。このブロックでは、代表者が外部の"通話先"と直接対峙する格好になっている。

 中と外の層は、それぞれ等間隔で3つずつに区切られており、それぞれのブロックに各派閥がまとまって席を占める。

 これら派閥は、第四位王位継承者エリザベータが抜けたことで六人になった次期王位継承者を、それぞれ擁立するものだ。


 ちなみに、ラヴェリア聖王国における王位継承競争は、伝統的に性差を全く考慮しない。

「強く優れた者が上に立つべき」、ただそれだけである。

 そのため、生まれた順次を王子と王女で分ける習慣がなく、一緒くたに扱う。現在の継承権一位と二位は王子だが、その下の王女は第三王女と呼称されるといった具合に。


 今回の集合においては、講堂中核部の議席に第四位繰り上げとなった王女ネファーレア、その周囲を彼女の一派が固めている。他の競争相手も勢ぞろいだ。

 ラヴェリア側の主役とも言うべきネファーレアは、色白の肌に長い黒髪の、やや小柄な少女だ。美形だが、どこか近づきづらい陰気な雰囲気を漂わせている。

 その装いは、黒を基調に金線が入る、落ち着きと華美を兼ね備えたもので、意匠は礼装と術師服の中間といったところ。

 高名な魔導師が着るに相応しい衣服といった風だが、実際、彼女も極めて強力な魔導師だ。

 彼女は、呪術師の分類でも、最高位に属する死霊術師(ネクロマンサー)。極めて希少な存在の一人なのだ。


 そんな彼女も、リズ相手の舌戦では苦戦を強いられていた。

 ネファーレアは、もともと気は強いが、人付き合いが苦手ということもあって、口論は得手ではない。

 だが、それ以上に、リズが厄介な相手なのだ。言い争いの中で彼女が口にした数字70は、今回の参席者総数と、そう遠いものではない。


 次代の国王候補であるそれぞれの王族たちは、すでに要職を任される権力者だ。

 彼らを支える腹心たちも、大列強国として恥じない選りすぐりの人材である。この場の人数について、近いものを言い当てたリズに対し、大きく当惑するような彼らではない。

 それでも、予想を超える彼女の知力の一端を垣間見たようで、一同の多くは警戒心を新たに、講堂中央に浮かぶ魔力の珠へと向き直っていく。

 この場のかすかなざわつきを背に受け、ネファーレアは苛立たしそうにしながら、宝珠の向こうのリズへと言葉を返した。


「それで、ご用件は? あまり暇ではないの」


『それはそうでしょうね。この始末に、あなたの横や後ろの者たちまでもが駆り出されるでしょうし』


「横だの後ろだの、お前の幻覚を押し付けないでくれる?」


『駆け引きのつもり? それとも、単に認められないの? だとしたら、あまりにも卑しいわ。死んだ罪人に語らしめるなら、あなたの言葉はちょうどいいでしょうけどね。これ以上の恥を重ねる前に、継承権を返上なさったら?』


「下賤の分際で……」


『お前はそれ以下だって言ってんのよ。国が私を追い出さなきゃ、四位にも上がれなかったくせに』


 言葉を重ねるほどに凍てついていった緊迫感は、ここで臨界を迎えた。

 ネファーレアの全身が小刻みに震え、青紫の妖気が立ち上る。彼女の口から、抑えきれない怒気が(こぼ)れ出した。


「お前の母、墓から掘り起こして辱めてやる」


『まだヤッてないの?』


 間を置かずに放たれたリズの切り返しに、講堂を埋める多くの廷臣は面食らった。

 言い争う当の本人ネファーレアも、呆気に取られた表情をしている。他の王子王女にも、戸惑いを見せる者はいる。


 そこで、一人の青年が手を挙げた。現継承権一位の長兄、王子ルキウスだ。

 長身で引き締まった体を儀礼的な軍服に身を包む、眼光鋭い美丈夫の彼は、少し年の離れた妹に「私が代わる」と声をかけた。


 ネファーレアにしてみれば、自分が手掛けた一連の作戦が失敗に終わったばかりでなく、尻拭いまで兄に任せる形となってしまう。

 しかし、長兄の申し出を跳ねのけるわけにもいかない。彼女はうなだれながらも両手を震わせ、「かしこまりました」と小さな声で返した。


 リズに対面する席にルキウスが座り、ネファーレアは側近たちが座る塊の中へ。

 役者が代わったところで、彼は「久しいな」と話しかけた。

 もっとも、これだけでは誰に交代したか、向こうのリズに伝わるか微妙だが……


『ええっと……ルキウス殿下かしら? 兄上と言葉を交わすのは……十年ぶりぐらいかしらね』


「覚えていないな」


 お互いに会話した経験がほとんどないこの二人は、まず軽く言葉を交わし合った。

 次いで口を開いたのはリズの方だ。


『一つお聞きしたいのだけど』


「何だ」


『私が自殺したら、今回の継承競争はどうなるの?』


 この問いで、講堂に緊張感が走った。

 そういう事態については、一同の間でも意見が分かれているところだ。リズの余計な言葉で、派閥間闘争に火が入りかねない。

 しかし、長兄は冷静な男であった。あまり間を置くことなく、彼は言葉を返していく。


「一つ言っておくことがある」


『何かしら』


「こちらから、継承競争のルールを教えることはない。知れば悪用しかねないからな」


『あらそう。そちら側で悪用するのは?』


「それも含めての″競争″だ」


『へえ……』


 すると、宝珠の中のリズは、ニコニコとした笑顔を見せて言った。


『いつがスタート時点か知らないけど、抜け駆けに相当する行為があったわ。この身で味わわせてもらってね。そういう、事が始まる前からの仕掛けは、容認されるものなの?』


 この問いに、ルキウスは後方の席に着いたネファーレアを一瞥(いちべつ)した後、「知らんな」と答えた。


「そもそも、ルールというものは、制定前の行為を裁く物ではないだろう?」


『なるほどね』


 この件について、リズは食い下がる様子も見せず、あっさりと受け入れたようだ。

 一方、思い当たる節があるネファーレアの側近たちは、後方の議席を占める他勢力に気取られない程度に、安堵の反応を示した。

 ただ、そんな彼らも、次の指摘には身が強張(こわば)る。『ちょっと、面白いものを見つけてね』と言いつつ、リズが例の魔剣をひらひら弄んだ。


『私の記憶が確かなら、これは貴国の宝物庫に収蔵されている物品ではないかと思うけど』


「そんなに痩せた(なまくら)が?」


 ルキウスの返答はそっけない。彼の言葉に多くが傾注する中、彼は話を続けていく。


「我が国から、宝物が持ち出されたという事実はない」


『では、これは?』


「こちらが聞きたいくらいだ」


 シラを切る長兄の言は、解釈の余地がある。

 まず、この件は国としては関知しないというもの。

――あるいは、第一王子としては感知しないというもの。


 彼の言葉は、第四王女の不手際について、それをかばい立てするようでもあり、一方で冷たく切り離して牽制するようでもある。

 これもまた、互いに競い合う兄弟間の駆け引きであろうか?

 彼のポーカーフェイスの奥を探るのは容易ではなく、当人ネファーレア含む第四王女の勢力は、静けさの中に強い緊張感を漂わせた。


 すると、曖昧な笑みを浮かべたリズは、「献納しましょうか?」と持ちかけた。

 国としては悩ましいところである。これを機にリズと接触し、始末する事ができるかもしれない。

 だが、向こう側から持ち掛けたというのが、何とも怪しい。少なくとも、先手を打たれたことには違いなく、長兄は少し考えた後に答えた。


「いや、好きにすればいい」


『お一人で決めてしまって大丈夫?』


「そちらからの提案というのが、何とも怪しいからな。それに、誰も興味を示していない」


 弟妹の方を一度も振り向くこともなく、長兄は答えた。

 リズを標的と定めた継承競争が始まった中、元の継承順位は単なる飾りでしかない。長兄に向けられる敬意はあるが、絶対ではないのだ。

 そのような状況下で、自分の一存で決を下すこの行為は、弟妹からの反感を買いかねないものだ。

 一方で、兄弟間で対応の差を見せることそれ自体が、リズに付け入る隙を与えかねない。

 ちょっとしたやり取り一つで、後に大きく響きかねない中、長兄は動じることなく構えている。

 そんな彼の胸中を知ってか知らずか、向こうのリズは微笑みかけた。


『では、これは私の方で使うとしようかしら』


「ちなみにだが、我が国の宝物の、何と勘違いしていたんだ?」


 ルキウスの問いに、今度はリズがほんの少し黙って考え込んだ。

 仮に、彼女が安易に《インフェクター(汚染者)》だと答えれば、それらしい事態が生じたとき、軍や部隊を正式に動かす大義名分になる。

 というよりも、その気になれば、自作自演ということも可能であろう。真相を知る当事者同士としては茶番でしかないとしても、何も知らない下を動かすには十分な口実である。

 となると、このような非公式の場であっても、言質を取られるわけにはいかない。

 そして、彼女は慎重だった。


『知りたければ、こちらまでいらしたら?』


「……フッ、別に知りたくもないな」


『あらそう』


 結局、この場の話し合いで、魔剣の所有権が移転することはなかった。


 魔剣の扱いについて、話がひと段落したところ、宝珠が映し出す光景に変化が。視界を提供する遺体が変に動いたのか、一面の空が映し出される。

 もっとも、リズが映っていた時も、背景はほとんど青空であった。

 これを、議場を埋める者の多くは、背景の地形から現在地を割り出されないようにする、リズの工夫と見ていた。

 そして、おそらくは亡骸を適当な何かにもたれかけさせて会話をしていたが、何かのはずみに姿勢が崩れてしまったのだろう。

 映し出される光景が急に変わりはしたが、講堂内は落ち着きを保っていた。

 一方、リズは男の姿勢を改めていく。『悪いわね、ちょうどいい支えがなくて』と言いながら。


 そうして、亡骸が見つめる視線が、中天から地平へと近づいていき――少し弛緩していた講堂内は、強い緊迫感に包まれた。

 リズの他にもう一体、彼女の後ろに予想だにしなかったものが映し出されている。死者の目を介した映像越しにでも、その神々しさが伝わってくる存在。


 リズの後ろに、竜が控えている。


 最初からそこにいたであろう竜は、この会談に臨むリズを好きにさせている。その関係性などに懸念を抱いたのか、講堂内がにわかに騒がしくなり……

 そうした変化を見抜いたのか、リズはニコリと笑みを浮かべた。

 対して、話相手のルキウスとしては、顔が渋くなる一方である。長いため息の後、彼は口を開いた。


「用件は以上か?」


『ええ、まぁ……いえ、2つお願いがあるわ。いいかしら?』


「聞くだけ聞いてやる」


 竜の威を笠に着た脅迫、恫喝(どうかつ)だろうかと身構える廷臣たち。

 だが、彼らの懸念とは裏腹に、リズの要求は大したことがないものだった。


『この会談が終わったら、この彼を解放してもらえない? 魔法を解いてもらえれば、埋葬はこちらでやっておくわ』


「約束が守られたか、確かめる(すべ)はないが……いいだろう。話が終わった後、一切の魔法を解かせる。次は?」


『私への干渉だけど、あと……3週間ぐらいは、何もせずに猶予を与えてもらえないかしら?』


「理由は?」


『育てた野菜の収穫があるのよ』

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