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第353話 見えざる網の中で

 ダンケル卿からの聴取に勤しむ日々の中、ある夜。職場からお迎えにやってきたバーネットを前に、館に住まう一同が勢ぞろいした。

 情報共有のためにと、散策や見張りでの発見事項などを報告していく場だが、特に有力なものはない。安心半分不安半分といったところだが、気にしすぎても仕方ないことと、いずれもあまり深くは考えていない。

 だが、リズの発言には場に衝撃が走った。


「バーネット。王城への接近ルートって、何か心当たりはある?」


 出し抜けな問いかけに、バーネットは唖然とした後、真剣な表情で考え込んだ。即答には至らないあたり、安易な答えが返ってこないのは明白だ。

 それでも、どうにか解を出そうとしてくれる協力者の存在は、ありがたくあった。目を閉じて悩む彼を前に、リズは一人、場に不釣り合いな微笑を浮かべ……

 彼が顔を上げるのとともに、表情を引き締め直した。


「城内への出入りは、厳しく制限されています。おおむね、向こう側からお呼びがかかった時にしか……」


「召し出される人物も、かなり限定的でしょう?」


「はい」


 彼が知る限り、呼ばれたことがあるのは、軍属であれば将軍クラス。文官は専門外だが、大臣クラスの出入りは目撃したことがあるという。

 さすがに、そういった面々に成りすますのは不可能だろう。


「付き人の帯同も許されていません」


「正規ルートでは入れないってわけね」


 リズの発言に含みを感じたのかに、館長とブランドンが目を白黒させる。

「非正規ルートというのも、望み薄に思うけど」と、フィルブレイスが真顔で現実的なことを言ったが、リズには目算がないことともなかった。


「城内へ魔導石が運び込まれているって話だけど……詳細は(つか)めるかしら?」


「軍事的にも重要な資源ですので、将軍の権限があれば、情報の調達は可能です」


「良かった。それで、できれば詳細を確認したいところだけど……場内に運び込まれてるのって、きっと市場で出回っているような小物じゃなくて、掘って削り出したばかりの大物よね?」


「はい」


「そういうのを運び込む雑用って、人間任せ?」


「自分が知る限りでは」


 すると、話が読めたらしいブランドンが、横から口を挟んだ。


「荷運び役に成りすまそうとお考えですか?」


「それで出し抜けるのなら。無理でも、そういった雑用に関わった者に接近して、懐柔したり買収したり……何かしら、内情を把握するための一歩にできればと思う」


 単なる博打ではなく、あくまで実現性を勘案しつつ、さらなる歩みを進めようというのだ。


 次なる動きについて軽く話した後、リズは面々に振り向いて「いってきます」と口にした。

 何度も繰り返したお仕事ではあるが、出発の時は至って真面目である。相手に探られていないなどと、気が抜ける立場ではないのだから。


 さて、娼館を出て歓楽街の門へ向かうと、門衛が慣れた調子で簡単な手続きを始めた。普段は、あまりヤル気を見せない門衛たちだが、軍からの遣いが通る時だけはシャキッとしだす。

 こうした堕落ぶりを、最初は呆れた目で見ていたリズだが、最近では致し方ないと思うようになっていた。


(持ち場を離れず、この歓楽街を眺め続けるのって、控えめに言って拷問みたいなもんでしょうし……)


 そう考えると、退廃の極みにある通行人に手を出さないだけ、まだ実直で理性的と言って良いだろう。

 未だ全般的に、リズの目にはどうしようもなく映るヴィシオス王都のこの街だが、ある種の理解が芽生えているのを、彼女は日に日に実感していた。

 喧騒の街を背に、門を出て一路、王都の中枢部へ。何度も通った道も、緊張感が緩むことはない。


――その緊張の糸に、何かが触れた。


 場所は公官庁が集中する地区の街路部。月明かりは届かず、ただ魔道具の明かりだけが寂しく夜道を照らしている。

 T字路を曲がった闇の先に、リズはうっすらとした何かを感じ取った。背筋にそっと触れる冷たい予感。

 人の気配のような具体的なものではない、もっと漠然とした予兆でしかない感覚だが、彼女はこれに従うことにした。

 すなわち、脅威が迫ってきているのではないか、と。


 彼女は慌てることなく、それでいて素早く周囲に視線を巡らせた。街路のすぐ横には、ちょっとした木立が連なっている。

 そこで彼女は、先を行くバーネットに追いつき、小声で話しかけた。


「声を出さないで。《念結(シンクリンク)》を使うわ」


 突然の事態ではあるが、彼が特に驚きを示すことはない。ただ静かに「はい」と応じる彼は、振り向くこともなかった。

 この物わかりを頼もしく思いつつ、リズは足早になって彼の横に並び――体を密着させた。外から気取られないよう、触れ合う体に魔法陣を刻み、心の中の懸け橋とする。

 この間も、漠然とした気配が夜道の向こうから近づいてくるようだった。

 そちらへ顔を向けたくなる衝動を抑え、リズはそのままバーネットとともに前へ歩き続け……腹を(くく)った。


『何があっても、決して声を出さないで』


『はい』


『絶対よ』


『は、はい』


 念押しの気迫に、バーネットはたじろぎつつも答えた。

 すると、リズは辺りを素早く見回した後、彼の手を取り、街路を横に逸れて木立の中へ入り込んだ。


――かと思うのも束の間、今度は彼を地面に押し倒す。

 木立の間の土の上、リズは彼に覆いかぶさる恰好になった。


 さすがに狼狽(ろうばい)しているのがありありと伝わる、焦った顔のバーネットだが、言いつけ通りに声は出さずに口の中で押し殺してくれている。

 ただ、口にできない分だけ、心の中は雄弁だが。


『い、一体何を! こんなところを目撃されれば、この後の仕事がやりにくくなるのでは!?』


『大人しくしてて。敵が近づいてきているかもしれない』


 押し倒しておきながら、色気をまったく見せず、ただ冷淡に応じるリズ。バーネットは息を呑んだ。


『しかし、これで(・・・)ごまかそうというのですか?』


『まさか』


 色々と捨ててきている自覚のあるリズだが、踏み留まっているものはまだ数多い。

 それはさておき、彼女には考えがあった。


『じっとしてて。転移門を作って送り返すから』


 リズたちはあらかじめ、例の娼館やブランドンが投宿する部屋に、転移の出口となる《(ゲート)》の準備をしている。その備えを、今使おうというわけだ。

 こうした緊急避難手段の存在は、将軍もバーネットも承知している。もしかすると、それを使ってもらうことになるケースも想定されるからだ。

 もっとも、今夜いきなりというのは、リズ同様に彼も完全に予想外だっただろうが……


『……残念?』


 押し倒した姿勢のまま、横手に《門》の準備を進めていくリズは、いたずらっぽく尋ねた。

 このような状況になってもなお、自分のスタイルやペースを崩さないリズ。一方のバーネットは、かすかに頬を赤らめつつも冷静である。


『先ほど、送り返すとおっしゃいました』


『ええ』


『殿下は、こちらに残られるのですか?』


 心の中、まだ出ていなかった結論だが、言葉の端には直感的なものがすでに現れていたらしい。そうした綾を逃さない注意力に感心しつつ、リズは答えた。


『二人共いなくなったのでは、怪しまれて後に響きかねないでしょ? 私は残るわ』


『しかし……本当に、敵だとしたら』


『私では(かな)わない奴が、さっそくおでましになったと?』


 バーネットの言外に含まれる微妙なニュアンスを、リズは汲み取った。問いかけるも、返答できずにいる彼に、リズは微笑みかける。


『そういう奴に出会って情報を持ち帰るのも、私の仕事なのよ』


 誰に任されたわけでもない、自分なりの使命感を言葉にするリズに、バーネットは神妙な顔で瞑目した。

 そうこうしている間に、《門》の準備が完了した。後は送り込むだけである。

 いざその段になって、彼は言った。


『必ず、無事の帰還を』


『がんばるわ』


 絶対の自信を持てないでいるリズは、それを自覚しながらも努めてにこやかな笑みを浮かべると、バーネットの身を地に刻んだ《門》へ送り込んだ。


 すぐさま門を閉じ、一人きりの状態に。


(いえ、一人ってわけでもないか)


 これで単なる思い過ごしで終われば……完全に笑い話だが、それが望ましくはある。

 しかし、そういった明るい未来は、どうにも望めそうにない。ある意味では兄弟たちのおかげで磨きに磨かれた彼女の第六感が、少しずつ、しかし確実に近づきつつある脅威を感じ取っている。

 まず間違いなく、この感覚は本当だろう。


 そして……将軍とのやり取りにおいて、リズは自分なりに露見しづらいような注意を重ねてきたつもりである。

 だが、歓楽街から庁舎を往復するまでの間、何かを感知するような魔力は、彼女の鋭敏さを以ってしても感じ取れていない。

 それでも、こうして夜道の向こうに、ただならぬ何かを感じているのだ。

 これが偶然でなければ……潜り込んでいる何者かを察するだけの何かを、相手方が有しているのではないか。


(これが”お客さん”だったらね……)


 彼女はふと、そんな有り得そうもないことを考えた。

 その時は、気恥ずかしさを表にして逃げ出してしまおうか。

 他愛のないことを考えて気を紛らわそうとする彼女だが、冷たい予感はなおも近づき続け、現実のものとなろうとしている。

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