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第351話 玉座の集い

 同胞ジェステラーゼを殺した者、あるいはその関係者が、この王都に侵入しているのではないか――

 王の腹心たるヴィクトリクスの言葉に、座は少しざわついた。その影を感知したというメアネーチェは、顔色がさらに冴えないものに。


「ジェスを倒した奴が?」


 気色ばむ同僚の魔族に、ヴィクトリクスは「ああ」とうなずいた。


「それこそ考えすぎ、じゃないか?」


「まあ待て。こやつが考えなしに口を動かすはずもあるまい」


 大魔王ロドキエルが放つ言葉は、それぞれの立場を抜きにしても正当なものだったのだろう。すぐに場は静けさを取り戻し、ヴィクトリクスが考えを示すための空気が整った。


「人間の国々が大軍隊を結成しようと動いているところですが、これは陛下を始め、皆も知っての事と思う」


「まずはラヴェリアとマルシエルが先に動いたな。他の列強も続こうとしているところだったか」


「それが、どうかしたのか?」


「我々としても、無視はできない動きだろ? そこで、向こうは我々の注意が外部に向いているものと考え、この王都にまで忍び込んでいるのかも……僕はそう考えている」


 この意見に、各々が考え込む様子を見せる。


「……それはそうとして、ジェスを倒した奴とどういう関係が?」


「列強国による連合軍の運用に際し、その下調べにと忍び込んできているのかも……と思わないでもない。ただ、それにしては思い切りが良すぎる。人間側の動きは、おおむね慎重のように感じられるからな。しかし、ルブルスクだけは、差し迫った立場にある」


「……なるほど。ルブルスクにとっては、大きなリスクを取ってでも動く意味はある、と」


「そういうことだ。自国の防備に役立てる情報を優先しつつ、次いで連合軍向けの情報を……と考えると、しっくりくるように思う」


「本当に潜入者がいるとして、だが」


 議論に水を差す同僚の言葉に、ヴィクトリクスは困ったように微笑んで肩をすくめ、言った本人は「つい、な」と軽く()びた。


「ルブルスクと関係がある者の動きだとして、ジェスはその(つな)がりで?」


「ああ。あの国に、ジェスを倒せるほどの猛者がいたというのが予想外だった。そのことが引っかかっていたところ、メアネーチェの報告が来て、二つが結びついたんだ。

実を言うと、そういう直感が先にあって、後は理屈を肉付けしたというところでもある」


 彼の推理に、同僚の魔族たちは納得いった顔でうなずいた。

 続く、「では、どうする?」という王の声に、一同は振り返った。王は悪い笑みを浮かべ、「余が出ようとか?」とも。

 これには配下の皆が苦笑いした。


「陛下がお出になられては、我らのご奉公の場が奪われてしまいます」


「とはいえ……この城から満足に出られんというのも、中々に窮屈でなァ」


 助けを求めるように、横の腹心へチラリと視線を向けるも、返答はそっけないものだ。


「どうか、こちらでお待ちいただきますよう。思い過ごし、あるいは罠という可能性もございますので」


「致し方ないか」


 王は右のひじ掛けに重心を預け、上に向けた手のひらを何度か握ってみせた。

「よほど活きのいいのが捕まれば、ここへ連れてきても良いぞ」などと、冗談交じりに言い放つ王をさておき、腹心が淡々と話を進めていく。


「まずは我々の内から一人、様子見に向かうのが良いと思う」


「その我々に、余は」


「相変わらず面白いお方ですね」


 いちいち横槍を入れる王に対し、横からそう楽しくはなさそうな言葉。皮肉を向けられるも、どこか満足そうに王は微笑み、後を腹心に任せた。

 そこで配下の一人から声が上がる。


「念のため、複数で出て囲ってしまうというのは?」


「難しいと思う。仮に、侵入者が本当にいたとすれば……相当に大胆でありながら、用心深いものと思われる。複数で動けば気取られ、逃げられてしまうかもしれない」


「逃がしては困るか……」


「それに、かえって情報を与えることになりかねない」


 この発言を(いぶか)しむ同僚たちに、腹心は自身の考えを流れるように告げていく。


「我々が今、こうして議論しているのは、メアネーチェが形跡や兆しのようなものを感知したからだ。逆に言えば、それ以外のところで証拠を(つか)んではいない。そこで、急に囲うような動きを見せれば、何か特殊な感知法があることを推察されかねないと思う」


「しかし……状況から推察するに、潜入者というのは官庁のいずれかへ出入りしていると思われるだろ? そいつからすれば、協力者に『売られた』という判断が妥当じゃないか?」


「だからこそ、売られないようにと外堀を固めている可能性が高いと思う。あるいは、売るに売れないような立場の相手を選んでいるか……」


 間を置かずの反論に、疑義を呈した魔族は「うーむ」と(うな)って黙り込んだ。


「いずれにせよ、城外の警備においては一般的な感知魔法や魔道具に頼っていない状況だからこそ、こちらは相手の油断を誘える。そこへ大挙する動きを見せて、相手に手掛かりを与えたくはない。それに……」


「それに?」


 先を促す同僚、一方でヴィクトリクスは、だいぶためらいがちな態度を見せた後、フッと表情を崩して言った。


「我々はどうにも、チームワークというものが苦手で……」


「最初に言え!」


 ごもっともな言葉に、座が一気に沸き立つ。

 しばし笑った後、腹心は笑顔でわざとらしく咳払いしてから、表情を引き締めた。場の空気も一緒に、静かな緊張感を持ったものに。


「一人で出るのは良いとして、誰が? 考えはあるのか?」


「ああ。僕が出ようと思う」


 話の流れを掌握しておきながらの名乗り。これには不満げに苦笑いする同僚からブーイングが上がる。

 そこで一人の魔族が、「まあ待て。まずはどういう奴に任せたいか、条件を並べ挙げたらどうだ」と、建設的な意見を口にした。

 至極まっとうな言葉に、それぞれが了承。まずは司会進行役のヴィクトリクスが第一の条件を挙げた。


「あくまで僕の直感と推定でしかないのだけど、今回の標的はジェスの戦死に関わっている可能性が推察される。だから、ジェスよりも強い……というと語弊があるか」


 そこにはいない戦友に対して配慮を見せる彼に、他の同朋も倣った。


「あいつは、どちらかというと一対多でこそ力を発揮するからな」


「だからこそ、ルブルスクへの先鋒として、軍勢相手の立ち回りが期待されていたが……」


「うむ。ジェステラーゼの件に関しては、余の差配に非があろう。実に惜しいことをした」


 突然、真面目くさって口を挟む王に、一同が恐縮する様子を見せる。

 そうした配下に「続けよ」と威厳を以って促すと、腹心が口火を切って議論が再開した。


「一騎討ちということであれば、我々の中では……メアネーチェはともかくとして、ジェスに後れを取る者はいない」


 実力を認め合う間柄らしく、それぞれ視線を交わし合った後、魔族らは互いの信頼感あらわにうなずいた。その中、王は瞑目して満足そうに微笑んだ。


「それで、ジェスよりも強い奴というのは良いとして、他に考慮すべき点は?」


「敵を取り逃がさないことに重点を置きたい」


 ヴィクトリクスがそう言うと、同僚たちは「ああ」と納得いったようにうなずいた。


「確かに……単に殺し合うだけならばいざ知らず、逃がさないことを重視するなら、ヴィクターが適任か」


「手柄をやるようで、シャクではあるが」


「まぁまぁ。陛下からは、ひっ捕らえてこいといったようなご所望を受けていることだし」


「ほう?」


 嬉しそうに身を乗り出す王を横目に、腹心は「失言だった」とばかりに苦笑い。軽い咳払いの後、彼は続けた。


「仮に、ですが。ここまでの推定が正しいとすれば……メアネーチェの感知を以ってして、やっとその影に触れるような相手です。取り逃がす可能性も、恐れながら念頭に置いていただきたく存じます」


「ずいぶんと自信なさげではないか」


「陛下が期待なされるような相手ですから」


 チクリと刺すような、皮肉交じりのカウンターに、王は楽しそうな笑い声をあげた。


「お前の言うとおりだな! 未だ、影を垣間見たかどうかという程度でしかないが……」


 これに、話の発端となった感知係、メアネーチェは小さく薄い体をピクリと震わせた。その様を見つめ、王がニヤリと言い放つ。


「全て思い過ごしであったなら、その時は皆で笑ってごまかすまでの事よ。何しろ、この玉座は退屈で仕方ないからな」

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