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第350話 予兆

 娼館からの協力が一段階進み、今度はヴィシオスの将軍ダンケル卿からの協力を得ることとなったリズ一行。協力の内容は情報提供に留まるとはいえ、大きな一歩である。

 この前進に伴い、リズの周りも色々と慌ただしく動くことに。

 まずは将軍からの勧めに従い、娼館からは従業員の若者たちを早期に亡命させる運びとなった。

 当初の予定では、将軍との接触初期に娼館への飛び火というリスクを見込んでおり、それは乗り越えた段階にあるのだが……今後のやり取りの中で、何か怪しまれないとは限らない。

 協力者を得たとはいえ、敵地のど真ん中に身を潜めていることには変わりないのだ。

 幸いにして、娼館を畳む意向があることは、かねてより客にも知れたことである。ダンケル卿からも、同僚たちにそれとなく取りなしてもらえるという話だ。


 従業員が残らすヴィシオスを離れていく一方、館長はまだ留まることとなった。将軍側とのやり取りもあれば、従来からの客に対する説明の役割もある。

 また、館内に空いた部屋を埋めるように、リズたちが一時的な拠点として滞在するようになった。その面倒を館長が見ることに。

 館長自身、この王都を離れることについて、少なからぬ迷いを抱いているようでもあったが……そこはリズからの説得で、いざとなれば亡命することで同意がなされている。

「亡命先でも何かしら、あの子たちのためにできることはある」という言葉が効いたようだ。


 ヴィシオス側だけでもそれなりに動きはあったのだが、国外はその比ではなかった。

 将軍から拝借した、各種軍事機密書類を手土産に、リズは人類側諸国の司令部を渡り歩いた。潜入作戦を知っている者も、この戦果には中々信じがたいものがあったようだが……

 一度、ヴィシオス側協力者との橋が架かったと知れると、議論は火がついたように活発化した。得られた情報の妥当性を精査するとともに、その情報をもとにした今後の動き、さらに必要となる情報の検討等々……

 忍び込んだ手際と勇敢さを、諸国の要人たちから大いに褒め称えられつつ、リズは世界中を忙しなく飛び回り――

 今作戦の第一報が済んだのは、将軍から情報を得た翌日、昼過ぎのことである。



「お疲れ様です」と(ねぎら)う声に、リズは柔らかな笑みを返した。


「ただ……あまり無理をなされては、と思うのですが」


 気遣う館長。仲間の魔族らは、困ったような微笑を浮かべるのみ。

 そうした一団の中には、ダンケル卿との橋渡し役である青年士官の姿も。現在の協力関係を結んだことで、彼はバーネットという自身の名を明かしている。

 かなり無感情なところもあった彼だが、リズ側にブランドンという同国兵士の存在がいると知ると、いくらか緊張や警戒心も(ほぐ)れたようだ。

 そんな彼は、今は私服でこの娼館に入り込んでいる。昼から娼館に向かうとなると、軍の制服では悪目立ちしすぎるためだ。

――服装がどうあれ、出入りしているところを見られるのは、そう愉快なものでもなかろうが。


 それでも、日が沈まない内から彼がこの場にいる意味は大いにある。リズは懐から数枚の書類を手にし、「どうぞ」と彼に渡した。

 世界中を飛び回り、各所から会議によって提示された、提供してほしい情報のリストである。

 それら項目に真剣な目を向け……ややあって、彼はリズに書類を返却した。万一に備えるならば、持ち歩くわけにはいかない。

 言われる前に返す彼の理解に感心しつつ、リズは念のためにいくらかテストを始めた。

 実際、彼の記憶力は大したものだ。細かな表現に若干の揺れはあったものの、どういった情報が求められているかの大意は、何の問題もなく記億できている。


「頼もしいわ。よろしくね」


「承知しました」


 これから、彼には適当に時間を潰してもらい、適切なタイミングで将軍の元へ向かってもらう。必要とされるものを伝えた上で、その準備に移ってもらい、また後日リズが将軍の元へ向かうという流れだ。


「一日でも早くという思いはあるけど……連日連夜、同じ娘ばかりというのもね」


「一応、他の娼館からも呼ぶ予定とは伺っています。もっとも、適度に酒を(たしな)んで、それで終わらせるというご意向ですが」


「それがいいわ」


 向こうも向こうで良くわかっているらしく、偽装してくれるというのなら言うことはない。

 ただ、それでも漠然とした懸念はあるのだが……


「今更だけど、王都内の警備って人間に任せっきり?」


 問いかけられ、バーネットは難しい表情で考え込んだ。その沈黙の間を埋めるように、フィルブレイスが口を開く。


「少なくとも歓楽街については、感知の網を張られている感じはなかった。さほど重要視されていないから……というのもあるだろうけど」


「重要視という点では、どうでしょうか。それなりに懸念もあるとは思います」


「というと?」


 身を乗り出す仲間たちを前に、リズは自説を口にした。


「魔族が避け、人間ばかりが集まる区画を、あえて設けているって話ですから。『悪だくみならここで』って言われているようにも思います。当然、向こうも承知していることでしょうし」


「それは確かに」


「逆に言えば、ここへの警戒を手薄に”見せる”ことで、王都全体の警戒状況を無意識的に見誤らせるという駆け引きもあり得ると思います」


「詰めの甘いままに動かせる、あるいは(あぶ)り出せれば、と」


「はい」


 実際に相手側がどのように考えているかは不明ながら、歓楽街での警備体制一つを取って、それを王都全体へ敷衍(ふえん)するのは難しいという話である


「……というわけで、何かしら違和感でも覚えることがあれば、その時は気兼ねなく教えてもらえると助かるわ」


 比較的自由に動き回れる、ブランドンとバーネットの両名に頼むと、二人はしっかりとうなずいた。



 その頃、ヴィシオス王バーゼル王城内にて。

 薄暗い玉座の間は、礼拝堂と見紛うばかりの天井の高さを誇っている。床からは絶えることなく、薄い青紫の魔力が立ち昇り、空間を淡く染めていく。

 玉座に着くのは当然、簒奪(さんだつ)者である大魔王ロドキエル。魔族一般に相違なく肌の色は白いが、たくましい体躯と余裕ある(たたず)まいは、その五体に満ちる力を自ずと感じさせる。

 その傍らには腹心らしき魔族が一人。他にも何人かの魔族が玉座の前に集う中、一人の魔族が王の御前にひざまずいた。見た目は若い女性といったところ。

 同じ場にいる魔族らと大きく違うのは、態度であった。堂々とした自信などはなく、彼女はかなり頼りなさそうな様子で口を開いた。


「ご、ご報告申し上げます……」


「敵かッ?」


 どこか楽しそうに、笑みを浮かべて問う主君に、彼女は体を少し震わせた。


「いえ、恐れながら、断言できる状況にはなく……ただ、怪しげな兆しを感じたというだけですが……」


「いつも通りか」


 配下の一人が、やや退屈そうな顔で口にするも、ロドキエルは彼を手で制した。(たしな)めるような王の所作に、その配下は目を閉じて控えめな態度に。


「兆しと言ったが」


「はっ、はい。張り巡らせた網の、ごく一部にですが……かすかな違和感を」


「ほう」


 ロドキエルは顎の下に指をあて、困ったように苦笑いした。


「メアネーチェ、お前がそう言う時……そうだな、大体7割は思い過ごしに終わる」


 この言葉に、気弱そうな彼女は一層にシュンとし、上目がちに他の魔族らを見つめた。

 ただ、助け舟はまったく出ず、いずれも王の言葉に小さくうなずいて肯定するばかり。だが……


「残る3割で、誰も気づくことのなかった影を見つけ出す。その影に気取られることなく、な」


 実力を認める言葉に対しても、配下たちは同様にうなずいて肯定。メアネーチェは顔を少し輝かせ、深く頭を垂れた。

 影に潜むが如き感知担当ながら、感情表現が他より豊かなこの配下に苦笑いを向けた後、王は「お前たちはどう思う?」と促した。


「同胞の出入りと勘違いということも、あり得るのではありませんか?」


「よくあるパターンだからな」


 同僚二人からの指摘に、メアネーチェはやや控えめながらも状況を口にした。


「違和感があったのは、夜間の王城近辺、庁舎類が集まる辺りです」


「となると……我々があまり出入りするところでもないか。時間帯的にもな」


「とはいえ、いつもの勘違いということも」


 交わされる言葉が勢いを増してきたところ、王は傍らに佇む物静かな魔族に問いかけた。


「ヴィクトリクス、お前はどう考える?」


 ヴィクトリクスと呼ばれた、一見すると人間の青年に映る魔族は、王の腹心的存在なのだろう。配下らが緊張を以って口を閉ざす中、彼は言った。


「思い過ごしの可能性もありますが、探ってみる価値はあるかと思われます。しかしながら……これが敵対的存在によるものであれば、確認方法にも熟考の必要があるかと」


「ほう」


 短い相槌に先を促す意を認め、王の腹心は自分の考えを告げていく。


「今になってようやく、メアネーチェが感じた兆しという形で、その影を見せるような相手です。仮に、本当にそれが居るとすれば……生半可な敵とは考えにくく、こちらからの感知の可能性すらも、考慮に入れているのではないかと」


「下手に動けば逆効果か」


「取り逃がす恐れもありますが……様子見にと動いた者を、釣り出そうという心づもりがあるとも」


「考えすぎじゃないか?」


 同僚がわずかながら呆れた様子の真顔で一言入れると、ヴィクトリクスは苦笑いした。


「メアネーチェと同じで、心配性なものでね」


「ま、色々といた方がバランスは良いだろうよ」


 さらに横合いから入る同僚の言葉に、場が少し砕けたものに。

 そんな中、リラックスした様子の王が言った。


「心配性といっても、不必要に恐れることはあるまい」


「仰せの通りです」


「では……お前にそこまで構えさせるほどの脅威に、何かしら心当たりがあるのではないか?」


 この指摘に、場は一気にピリッと引き締まったものに。「さすがのご慧眼、恐れ入ります」と腹心が落ち着いて応じ、緊張はさらに高まった。

 そんな中、場の耳目を集める彼が静かに口を開く。


「我々がこちらへ仕掛けた初日、ジェステラーゼが戦死しましたが」


「ああ。ルブルスクを任せていたが……惜しいことをしたな」


「彼を倒した者が、何らかの関与をしているのではないかと……そう考えます」

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