第34話 タネ明かし②
リズは倒れ伏す男の方に近づき、その身に流れる魔力に目を光らせた。
先ほどまでの戦いとはまるで異なり、その男にはもはや強い魔力は宿っていないように思われる。未だに何らかの魔法の影響下にあるようだが、おそらくは魔剣以外もこの男に干渉しているのだろう。
男に宿る魔力の感じから言って、体を直接動かすような力はなさそうだ。リズは、この男が急に襲い掛かってくるということはないと判断した。
この男の生死について、彼女はある程度の見当がついている。
彼女はちょっとした嫌悪と抵抗感を覚えつつも、仰向けになっているその男の首筋に手を当てた。
予想通りに脈はなく、体は冷え切っている。
紛れもない死人だ。
気にかかるのは、異様に露出の少ない装いだ。目深に被ったフードの中で顔を晒している以外、肌の露出がまるでない。
リズには、これが何か隠すために思われてならない。死人特有の血色の悪さを隠すためということもあるだろうが、他にも何かありそうである。
《幻視》で気がかりな魔力の動きがないことを確かめた彼女は、意を決して男の身ぐるみを剥ぎにかかった。
《インフェクター》による特有の創傷は、見受けられなかった。
これは、魔剣が現地調達した体ではなく、ラヴェリアで用意された体だということを示唆している。
それを裏付けるものとして、手首足首、それに首筋に、鎖を思わせる意匠の入れ墨があった。
これらの入れ墨は、牢内での動きを著しく制限するために施される、呪術的な拘束処置であり、この男が罪人……それも、相当の重罪を負った者であることを示している。
おそらく、人生一度では償いきれないほどの懲役、あるいは死刑の執行を待つ身だったのだろう。
――そして、今回の戦いのために殺され、その身を使われたのだ。
リズは、深いため息をついた後、男に死に装束を戻してやった。
その後、彼女は男の体に今も残る魔力の流れに目を向けた。
虚ろだった目は閉じているが、おそらくは”機能”していることだろう。顔周りに、そういった魔力の流れを感じられる。
敵方に今も見聞きされている可能性を思った彼女は、着せてやった男の服を掴んで引き上げ、巾着状に縛り上げた。
それから、放置してある魔剣に近寄り、彼女は問いかけた。
「連中は、彼を経由して見聞きしてたのね?」
『……言えりゅとでも?』
「そんな状態になってまで意地張ることないでしょ? どうせ契約も切れてるでしょうし」
敗北による契約破棄と失効について言及したリズだが、魔剣の側から返事はない。
そこで、リズは指先に青白く光る魔力を凝集させ、魔剣の刀身に近づけた。刀身に少し触れただけでも、激しい火花が飛び散り、金属の断末魔が上がる。
『き、貴様、何をしゅる気だ!?』
「“筆圧”には自信があってね……この手でお前の書き換えができるかどうか、ちょっと試したくなったのよ」
『うっ……』
この場の手書きによる魔法陣書き換え――つまるところ、精神破壊の可能性をチラつかされ、魔剣はついに屈服した。悲哀を誘う弱々しい声音で、契約内容を語っていく。
内容は、おおむねリズの予想通りであった。
まとめると、魔剣側の要求は封印からの解放と放免。相手の要求は、元王女エリザベータの殺害ないしは傀儡化。
これら2つを軸に、いくつかの条件が付与された。
魔剣ではなく事前に用意した”使用人”から、ラヴェリア側に共有知覚の提供を行う。標的以外の殺傷においては、ラヴェリア側の承認を都度必要とする。契約を破棄する権利は、ラヴェリア側にのみ認める等の条件だ。
契約破棄については、これが通った時点で魔剣の放免を意味する。
逆に言えば、その権利は魔剣に持たせられるものではない。
この条項の存在が存在する理由は、魔法契約が専門ではないリズでも察しがついた。
知覚共有により敗北を悟れば、その時点で契約破棄。契約を失効させることで痕跡を消し、リズに契約を読ませなくするという意図があったのだろう。
結局、相手の口から自白させることに成功したわけだが。何もかも手探りで準備し、迎え撃つこととなった戦いとしては上出来である。
魔剣とラヴェリア側とのつながりは、この魔法契約のみ。それが断たれた今、この魔剣の動向を知る術は、ラヴェリア側にはないはずだ。
これはちょっとしたアドバンテージである。
ラヴェリア側の契約者も、リズの予想通りであった。
これについては、彼女自身が呪いをかけられていたときからおおよそ見当がついていたものだが、ようやく他者からの裏付けが取れた。
後は、戦いの締めくくりだ。相手が付きあってくれるか、定かではないが。
すっかり意気消沈し、怯えた様子の魔剣に手を伸ばすリズ。柄に触れると、刀身が力なく震えてか細い音を立てた。
恐るべき魔剣も、こうなっては形無しである。油断を誘う演技でもなく、本当に力が弱まっている。
そんな魔剣を片手に握り、リズは倒れた男に対して魔法を記述した。大型の《念動》を複数同時に用い、全身を浮き上がらせる。
あまり重量物の持ち上げには使われない魔法だが、十分な魔力と複数の魔法を同期化する技量があれば、人でも持ち上げられる。
そうして彼女は敵を拾い上げ、その場を後にした。
☆
場所を変えた彼女は、赤褐色の地面広がる周囲を見回し、まずはちょうどいい大きさの岩を探し始めた。
程なくして見つけ出した岩に、今度は運んで来た男の背を預け、体を安定させる。巾着袋にしていた上着の拘束を解き、普通に着直させていく。
男の方の準備を終えると、彼女はその死体と少し距離を開けて向かい合うように座り、傍らの地面に魔剣を突き刺した。
そして、腕を組んで少し考え込んだ後、彼女は物言わぬはずの屍に話しかけていく。
「紳士淑女のみなさん、ごきげんよう。どうせまだ見聞きしてらっしゃるんでしょ?」
当然のように返事はない。客観的に見れば、死人に話しかけるリズは正気でないように映るだろう。
しかし、彼女は正気だ。無言の屍に声をかけ続ける。
「死体遊びが高じて、生身の人間とは話せないのかしら? 言うこと聞いてくれる人、死体の他にはいないんでしょ? じゃなきゃ、こんな卑しいやり方はしないものね」
『調子に乗るな』
屍が口を開いた。放たれたのは、見た目に相違ない普通の男の声だ。
しかし、その男の背後にある者を見据え、リズは言葉を重ねていく。
「お久しぶりね、今は第四位ですかしら? 王女ネファーレア殿下」
『たかだか一勝を拾った程度でいい気になって、滑稽なものね。お前があまりに哀れだから話しかけてやってるの。身の程を弁えなさい』
「話し相手が貴女でも、私としては嬉しいわ。居もしない相手と戦っているみたいで、自分が狂ってるのかと心配だったもの」
リズはにこやかに言った。
この言は実際、割と本心である。今回の一件、ラヴェリアが無関係である可能性はゼロではなかった。
しかし、今は話に乗ってきている相手がいる。
――これでもう、自分は母国との交戦状態にある。
そのことを再確認できたリズは、対峙する者たちのことを思いながら、口を開いた。
「そちらには、何人いらっしゃるの?」
『自惚れないで。どうして他の者まで、お前なんかに構うと信じ込めるの?』
「アハハ。貴女の一存だけで、こんなことできるわけないでしょ?」
かつて無力化していた魔剣とはいえ、適切に対応できなければ国難となりかねない。いかに継承競争の最中であろうと、競争者一人の考えで動かせるものではないと、リズは踏んでいた。
おそらく、他の王子王女に情報共有することを条件に、これを認めさせたのではないか。魔剣の事後処理においても、協力は必要だったことだろう。
リズの見立てはある程度当たったのか、図星らしき向こう側からは、返答がすぐには返って来ない。この短い静寂の間にも、リズは追い打ちをかけていく。
「ま、さすがに6人じゃないでしょ。18か……いえ、70ちょいってところかしら?」




