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第340話 潜入とこれから

 酒場の後は街に繰り出し、散策で時間を潰したリズは、頃合いを見計らって予約の宿へと足を向けた。

 どうやら、「ご休憩」の客が何組か帰ったようだ。清掃も済んで空きがあるとのこと。泊まりたい部屋について特に必須条件というほどのものはなく、リズは空いた部屋をさっそく借りることにした。


 大通りに面するこの宿は、実際には中々の物件らしい。案内された部屋は意外に広く、ゆとりがある。一人で泊まることを想定した部屋が、この宿にはあまりないということもあるだろうが。

 幸いにして、今回の作戦にはルブルスクが後援しており、上等な宿でも資金的な心配はない。

 思っていたよりも良い部屋を得たリズは、窓の方へと歩を進めた。今回の部屋は高い方の階にあり、酒場などが下に見える。

 それが良い見晴らしかと問われれば、リズにはなんとも言えない眺めではあるのだが。


 曇天の下でも、日の傾きはわかる。夕方になった今、相変わらず暗鬱な空の下、魔道具の明かりがより煌びやかに街路を照らし出している。

 その明かりは、活力よりもむしろ、不健康な毒々しさを思わせた。

 道行く人々も同様だ。昼間から飲んだくれていた人々が、その数をさらに増している。

 この歓楽街に魔族がいないのは、単に人ごみに辟易(へきえき)してしまうからかも――そのように考えてしまうほどに。

 脳裏に退廃や虚飾という言葉が思い浮かび、リズはため息とともに窓から身を離した。

 まずは仲間との合流である。部屋の鍵をかけたことを再確認した後、彼女は仲間を置いてきた木立を思い浮かべ、精神を集中させた。


 ヴィシオス王都への単独侵入は、時間にして半日といったところか。

 さすがに、仲間たちもそれなりに心配ではあったらしい。リズが転移で帰還するなり、場の空気が一気に緩んでいく。

 心配をかけていることを少し申し訳なく思う一方、心配してくれるこの魔族らに、温かな気持ちを(いだ)くリズであった。

 仲間を前に彼女は、王都への侵入について簡潔な報告を始めた。街の雑感や戦力配備、門での警備状況。そして宿の所在と周囲の様子等々。


「全員で泊まれそうな部屋ではあるのですが……普通に出入りするのは、少し難しいかもしれません」


「歓楽街に魔族が見当たらないという話だからね」


「はい」


 とはいえ、魔族が普通に出歩く区画へ行ける段階かというと、そういうわけでもない。今は話を合わせるための材料が欲しいところだ。


「こちらへと魔族を呼び寄せる段階にあると考えれば、新参を装うというのも手と思われますが」


「そのあたりを明らかにした上で、我々が動く、と」


「はい」


 とりあえず、いざという時のために拠点を移しておく意味はある。王都内での活動は保留するとして、仲間たちも宿へと転移することに。

 次いで、話し合う価値がある重要事項は、ここまでの案内人ブランドンの今後についてだ。

「今ここで、決めておきたいんだけど」と、リズは改まって彼に声をかけた。威儀を正した彼の顔が、少し硬いものに。


「ここまでの協力には感謝するわ。十分な働きだったと思うし……あなたが望むのなら、同行はここまでということで打ち切っても構わない」


 そうした場合、まずはルブルスクへと一時帰還することになる。

 彼の身分は正式には捕虜だが……ヴィシオスを支配する魔族からの、人類の解放と保護ということを考えれば、彼の扱いも相応のものになるだろう。ヴィシオス王都バーゼルへの侵入成功を助けたという手土産もある。

 しかし、ブランドンは保護の申し出を丁重に断った。


「ルブルスクの事を信じられないというわけではありません。むしろ……祖国よりはよほど、信用に値する相手です。だからこそ、祖国の今を、この目で確かめなければと思います」


 感情を表に出さない彼だが、今はその顔に確かな覚悟の念があった。

 その覚悟の奥に、どこか哀愁と悲愴の感も。

 王都全体に加え、歓楽街の現況について、客観的な観察結果は伝えてあるからだろう。期待が持てる状況などと考えられるはずもない。

 彼に思わず同情のようなものを覚えたリズは、ため息を一つ口から漏らした。


「同行は認めてもいいけど、一つだけ条件があるわ」


「はい」


 生真面目で従順なこの協力者に、リズは真顔で申し渡した。


「付き合いで飲ませに行くこともあるかもしれないけど、決して溺れないでね」



(――やっぱり、こうなるかぁ~)


 薄々覚悟していたことではあるが、ブランドンは祖国王都の現状を目の当たりにして強い衝撃を受けたらしい。

 街を一通り見て歩いた後、彼は部屋のテーブルに突っ伏した。

 この街の人々の有り様には、リズも落胆していた。祖国の王都から遠く、国境警備を謹厳に務めたブランドンにとっては、なおのことであろう。

 失意に沈む彼をよそに、街は日が沈み切ってからより一層に活況を呈している。


(一人で行っちゃおうかしら)


 彼を置き去りにするのも……とは思ったリズだが、彼の側からは「自分が足止めになってしまっている」という見方もできよう。

 結局、気にし過ぎず自分の仕事を果たすべきと考え、彼女は立ち上がった。


「じゃ、行ってくるわね」


 何気ない感じの声掛け。これにブランドンは、テーブルから顔を上げた。


「自分も出ます」


 やや赤い目で言う彼を前に、リズは腕を組んで考え込んだ。


「こんなことになった王都を歩くのは苦しいですが……それでも、母国のために、何かできればと思います」


「……わかった。無理はしないでね」


 そうして二人は、仲間の魔族らに留守番を頼み、夜の繁華街へと繰り出した。


 夜に若い男女二人で動くこと自体、この街ではそう珍しいものでもない。他から気にされる様子はないが、手分けした方が効率はよさそうである。

 また、酒が入った者ばかりの街だが、大きな騒動はない。たまに酔客同士のいざこざが見られる程度で、飛び火する(たぐい)のものでもなさそうだ。周囲は関わり合いになろうとしない。

 老若男女、様々な人々が普通に一人で出歩いており、単独行動も問題にはならないだろう。

「じゃ、またね」と軽い感じで、リズはブランドンと別れた。


 時には人の波に乗り、時には人の群れをかき分け、リズは酒臭い街並みを散策していく。

 どの店も一様に騒々しく見えていたのだが、実際には色々と違いがあるようだ。外にまで音が響いてこないような、少し落ち着いた感じの店もある。

 それに、盛況している割には、一見すると客の装いが数パターンしかない店も。


(軍人御用達ってところかしら)


 それなりに賑やかではあるが、他の酒場よりは落ち着いてもいる。聞き耳を立てての情報収集にはちょうど良さそうだ。

 全ての客が軍人というわけではなく、中には私服の客もいる。とはいえ、町娘然としたリズが入り込むとなると、悪目立ちしてしまうかもしれない。


 興味を惹かれつつ、ひとまず保留ということで立ち去ろうとしたリズだが、彼女は視界の端に見覚えのある顔を捉えた。


(あら?)


 よく見ると、ブランドンが衛兵らしき一団とテーブルを囲んでいるではないか。

 見たところ、場に溶け込めているようである。元はこの国の兵士として、相手の胸襟を開かせるネタでも持っているのだろう。

 つい先ほどまでは沈んでいた彼だが、彼なりに何かしようとしている。

 あまり飲み過ぎないように――とは祈りつつ、リズは協力者の再起を喜ばしく思い、その場を去った。



 今夜の情報収集において、ブランドンの働きは予想以上のものであった。リズたち二人が宿に戻ると、彼はさっそくその成果を口にしていった。

 今回の主な情報源は、この街の衛兵である。「辺境の偵察兵だったところ、上官の許しで里帰りした」と話すと、快く今の王都について語ってくれたという。


「やはり、この歓楽街に魔族がいないのは、意図的な政策のようです」


 衛兵曰く、周囲に人間しかいない街を意図的に作ることで、感情のはけ口としているのだという。

 もっとも、この国を牛耳る魔族が、人間の反乱や煽動を押さえつけたいわけではないらしい。こうした隔離政策は、まだ生かされている人間の高官が提言し、魔族のお許しを得て実現したのだとか。


「なるほどね。人間の面倒を人間に見させるため、それなりの立場の者を残してる、と」


 そういった予測はあった。国のトップが成り代わったとしても、実際に国を動かすノウハウが完全になくなったのでは、新米の支配者もさすがにやりづらいだろう。

 そのため、国や民を動かす道具としての価値を見込まれ、政治や軍事の高官が存命を許されているのでは、と。


「どうにか取り込んで、もっと情報でも吐かせたいところだけど……」


 しかし、事はそううまく運びそうにないのが実情であった。情報収集を開始してまだ一夜だが、すでに成り立つ憶測はある。


「生かされている高官となると、相応に魔族と接点があるだろうし……近づくだけでも難儀するかもしれないね」


「そうですね。どうにか接近できれば良いのですが」


 すると、ブランドンが口を閉ざし、難しい表情で考え込み始めた――いや、考えているというより、何かをためらっているような。

「何かあるかしら?」と尋ねるリズに、彼は「役立つ情報かどうか」と前置きした。


「実はその……さほど役に立ちそうにない人材も、まだ生かされているようで」


「ふぅん……ある意味、肝が据わってるのかもね」


 リズの言葉に、仲間たちが首をかしげるが……


「生かしてもらうために役立とう……だなんて、考えてないわけでしょ? 単に、やる気をなくしてるだけかもしれないけど」


 これには「なるほど」とうなずく仲間たち。

 心情の正確なところはさておき、魔族からほとんど注意を向けられていない、それなりの有力者もいるという。接触するなら、そちらが先の方が良いかもしれないが……


「何かめぼしい候補はいるかしら?」


 すると、ブランドンは渋面で、「それらしい人物が、いないわけではないのですが」と応じた。


「兵が愚痴の槍玉に挙げていたのですが……まだ存命の将官に一人、酒色に溺れてどうしようもないのがいるという話です」


「それって、元から?」


「いえ、最近になってからとのことで……『仕方ない』とはしつつも、失望と憤懣(ふんまん)があらわでした」


「なるほどね」


 落ちぶれぶりを叩かれるのは、下からの信望を裏切ったからこそだろう。かつては相応の働きをしていた可能性が高く……今も、何かしら情報を持っているのではないか。

 話を聞く限り、魔族からも軽んじられ、ほとんど放置されているとのこと。そうして周囲を油断させた上で、何かしら水面下で動いているということも、考えられなくはない。

 真相がどうあれ、近づいて明らかにする価値はあるだろう。

 では、実際にどうやって近づくか。


(酒色に溺れてるって話だけど……酒色かあ)


 主に酒場を見てきたこの一夜だが、そういう(・・・・)店の存在に気づいていないわけではない。

 リズは頬杖をついて、部屋の外を眺めた。夜が深まるにつれて、さらに色づいてさえ見える、どぎつい光色の夜景。


「リズ」


「何でしょう」


「なんていうか、その……自分を売る方向で考えてないかな?」


 相変わらず察しの良い魔王の言葉に、リズは身を起こして彼に向き直った。

 生娘の今後を案じる、なんとも気づかわしげな顔を向けられ、彼女は思わず表情を綻ばせていく。


「さすがにそこまでは……私だって、自分がカワイイですし」


 そこまで言ってから、リズは小さくため息をついた。


「やるとしても、売るフリですよ」

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